第198話 箸休め 下
「僕の今後の予定に、火をつけるなんてイベントはねえぞ。強いて言うならコンロくらいだ」
もしくは花火とか? 坂元の態度は変わらない。自分の事を自分が良くわかっている。自分は賢くはないが、それでも馬鹿な事はしない、はずだ。
「そんなことを言っていられるのも今のうちよ」
女性が馬鹿にしたように坂元を見下す。
「あなたの手下どもを駆逐するために、我々の仲間が彼らに接触しているわ」
「・・・接触?」
「彼らの中に入り込んでるってことよ。私たちの命令一つで、仲間たちはあなたの手下を殺せる」
坂元の顔つきが変わった。焦りと怒りが、無表情を装っていた彼の顔にわずかに表出する。
「顔つきが変わったわね」
勝ち誇った笑みを浮かべる。
「宇宙人でも、親愛の情はあるのね。それとも、せっかく作った手駒が消えるのは経済的に痛いのかしら」
「経済的とはなんつう言い草だ。人間殺すんだぞ。それでも守護者かよ」
「確かに我々は惑星の守護者。星に住まう人間も守護対象。だけど、裏切って宇宙人につくような連中は、もはや人間じゃないわ。敵なの。敵は殺さないと駄目でしょう。殺しに来るんだから」
殺される前に殺せ、という理論らしい。至極当然という風に語る女性を、今度は坂元が鼻で笑う。
「まだ誰も殺されても、害されてもいないのに、起こりうるかもしれないなんていう妄想で人を殺すなんて、イカレてるとしか思えないね」
「起こってからでは遅いのよ!」
激しく机を叩く。
「誰も彼もが平和ボケして、目の前の危機に気づきもしない。いえ、そうなるようにあなたたちが操作していたんでしょう。自分たちの行動に気づかれないように。長い時間を賭けて人間を骨抜きにしてきた。人類を支配しやすいように」
「そこが、不思議なんだよな」
女性の話の腰を折るように、坂元が言った。
「どうして宇宙人がそんな面倒な事をする? 支配するならさっさとすれば良いと思わないか? 宇宙を渡る技術を持つ連中が、未だにこの星に縛られたままの人間を恐れる理由がないような気がするんだ」
「それは、人類の強さを知っているからよ。これまで侵略されなかったのは、人類が結束して危機を乗り越えてきたから」
「インデペンデンス・デイみたいにか?」
ウィル・スミスを一躍スターダムにのし上げた映画を口にする。
「じゃあ、その結束した人類の戦いが一般人たちに知られてないのはどうしてだ」
「歴代の各国首脳が情報規制してきたからにきまってるでしょ?」
当たり前でしょう、と言わんばかりの女性に、坂元は苦笑するしかない。
「そうして、これまで幾度となく侵略作戦を失敗してきたあなたたちは、搦め手にでることにした。それが今の状況」
「あんたらが言う、国家の上層部を操作する、って話か。宇宙人と戦ってきた事を情報規制して封じてきた連中が宇宙人に操られるなんて、とんだ笑い話だ」
「でも、今あなたは焦っている。私が話している全てが図星だから」
違う? と問い詰められても困る。坂元は血走った目で見てくる女性から視線を外し、机の上に並ぶ写真を眺める。
「あんたらは俺に火を付けさせると言った。具体的にどうするつもりだ?」
「単純な話よ。あなたに関係する写真の人物たちを暗殺する。暗殺の証拠があなたの部屋から出る」
「それだと、ただの殺人に終わらないか? 宇宙人の犯行だなんて、どうやって見せかける? 大多数の人が存在してないと思っているものを存在していると思わせるのは並大抵の事じゃないぜ? 僕が宇宙人ではないと幾ら言ってもあんたらが信じないのと同じだ」
「固定観念に縛られた人類の頭を解きほぐすのが大変なことくらい、講釈されなくても分かってるわ。私もこの一件で一致団結できるとは思ってないわ。だから、まずはもっと身近なところからはじめるの。テロ組織とか、一種の思想を持つ反社会的組織、その一員としてあなたを仕立て上げる」
「そこから徐々に宇宙人襲来まで持っていくのか? 気の長い話だ」
「笑っていられるのも今のうちよ」
すっと女性が胸ポケットからスマートフォンを取り出した。少し操作して、最後に親指をパネルの上から少し離した状態で坂元に向けた。親指の下は『発信』となっている。
「後は、この発信ボタンを押すだけ。それだけで、この写真に写る十数名はこの世から消える」
「・・・本気で言ってんのか?」
「本気よ。冗談でこんな真似するわけないでしょう。もとより彼らは人類の裏切り者。殺されて当然よ」
「殺されて当然、か」
坂元の目が細まる。
「良くわかった。良くわかったよ。おたくらは、どれほど僕が言っても、変わる事もなければ顧みる事もない。そういうことだな。そのとち狂った考えを捨てる事はない。そうだな?」
「何とでもおっしゃい。侵略者め。彼らの後はあなたよ」
「彼らの後? はん」
心底馬鹿にしたように、坂元は鼻を鳴らした。
「彼ら、じゃない。お前らだ。後はお前らで最後だよ」
言葉が終わると同時、硬く閉じられていたドアが音を立てて勢いよく開いた。女性と、彼女の護衛である男たちの視線が音のした方へ反射的に向く。
巨大な手のひらが、男たちの視界一杯に広がった。手は並んで立っていた男たちの頭をまとめて掴む。ゴチンと頭蓋骨同士がぶつかり合い、そのまま地面に叩きつけられた。
「お待たせしました。坂元さん。大丈夫ですか?」
男二人を一瞬の内に倒した人物が彼に近づく。
「僕は大丈夫、だけど、こいつらの方が大丈夫か? すごい音したぞ?」
「手加減は、一応しました、けど」
自信なさげに、手鹿莉緒が呟く。言葉尻がしぼんでいくのが不安でならない。
「・・・病院だな。手配をお願い」
「・・・はい」
坂元の手足の拘束を解いた後、莉緒が電話をかける。天使直営の病院に搬送する手続きをとった。それを横目で見ながら、坂元は縛られていた手首をさすりながら女性の前に立った。
「形勢逆転と言う奴だ。田所由紀」
「・・・え?」
驚愕で固まっていた女性、田所は、呼びかけられてようやく動けるようになったのに、坂元の言葉に再び固まった。
「ど、どうして、あなた、私の名前・・・」
「知ってるも何も『僕とあんたは初対面じゃない』」
「は?」
更なる混乱が田所を襲う。思考停止一歩手前だ。
「言おうか言おまいかどうしようかと迷ってたんだが。実は僕は、以前にもあんたに会った事がある。今と全く同じ状況で」
「ちょ、ちょっと待って。私はあなたと会った事なんか」
「あるよ。記憶を封じられているだけさ。ちょっと封を切ると」
パチン、と坂元が指を鳴らす。途端、田所の脳裏に記憶が蘇り、溢れかえってしまう。
「あ、ああ、あああああっ」
頭を抱え、うずくまる。そんな彼女に、坂元は言い捨てる。
「まあ、前にあんたらを制圧したのはルシフル、六枚羽の天使だったから、今回の方が穏便度で言えばマシな方だ。よかったな」
制圧にマシとかマシじゃないとかあるんですか? と莉緒が突っ込む。
「なんで、何で覚えてなかったの・・・? 思い出せなかったの?」
「そりゃあ、僕たちがあんたらにチャンスを与えたからさ。以前も同じように宇宙人侵略説を唱えて、かなり危険な行動をとろうとしていた。だから僕が囮になってあんたらの思惑を全て聞きだして、全部おじゃんにした。で、全員消すのは簡単だけど、さて後始末とか面倒だなどうするか、って話になって。一度チャンスをやろうって言いだしたのが、あんたが殺そうとしたこの女」
坂元が写真の一枚を指差す。
「僕はやめとけって言ったんだけどね。人間性根はそう変わらない。記憶を消すならなおさら。どうせ同じ結末に行き着くって。でもあの女は、あんたらみたいな連中にも情けをかけた。人間はやり直せる生き物だからって。いや、やり直すためには必要な前提である『失敗』がなきゃ意味ないっつうの」
天才なんだか馬鹿なんだか、と大真面目に語っていた彼女の顔を思い出して苦笑する。
「だから、僕たちがあの女を、本物の『惑星の守護者』を補佐してるわけだ。おわかり?」
田所に向けて人差し指をつき付ける。
「あんたらが惑星の守護者であるはずがない。どこで聞きかじったんだかしらないが、名乗ることも、口にすることも止めてもらいたいね。本物の連中に失礼だ。過去、あんたらみたいなイカレた思想犯のせいで幾度となく戦端が開かれそうになって、本当に人類が全滅しかかった。それを守ってきたのがこの女を初めとした守護者の末裔たちだ。そんな功労者たちを、事もあろうに裏切り者呼ばわりし、あまつさえ殺す? 殺しても良い? ふざけんなって話さ」
口調は軽い。だが、含まれる怒りは本物で、田所は気圧され、後ずさった。壁にぶつかり、カタン、と手元で何か音がした。スマートフォンだ。これだ、と田所は引っつかみ、坂元に突きつけた。
「来ないで!」
「あ?」
「ちょっとでも近づいたら、ボタンを押すわ。押したらどうなるか分かってるわね? 私の仲間が」
「こいつらを皆殺しにする、って?」
はあ、と手のひらを額に当てて、坂元はこれ見よがしに嘆く。
「馬鹿じゃねえの。そんなもん、とっくに対処してるに決まってんだろ。あんたらが僕に写真を見せた時点で、その情報は僕の仲間に届いてる。前回も似たような方法だったからスパイを見つけるのは至極簡単だったらしいぜ?」
「そん、な」
「何を不思議がることがあるんだ? 宇宙人ならその程度出来て当たり前だろ?」
それよりも、と坂元が項垂れる田所に顔を近づけた。その顔にはもう、何の感情も浮かばない。
「二度目のチャンスが、あんたらにあると思うな」
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