第86話 アストロノーツ免許取得は敵艦内教習所で最短十五分で取れます(オートマ限定)

「こちらタケル。ネイサン、聞こえてる?」

 クシナダを抱きかかえながら、ネイサンに呼びかけた。よもや、この僕がスパイアクションみたいに耳に突っ込んだイヤホンで通信することになるとは夢にも思わなかった。しかも宇宙遊泳中だ。未知と接近遭遇から始まり、ついには宇宙艦隊で大戦争まで発展した。後やってないことは、残すところテラフォーミングくらいか。

『聞こえております。タケル殿。まったく、クシナダ殿以上に無理をなさる』

 呆れたような、どこかホッと息を抜いたようにネイサンが言った。

「悪いね。ラグラフでさえものすごい反対して、説得するの大変だったんだ。あんたらに説明していく暇が惜しくてさ」

 ラグラフは流れ弾がどうのと心配していたが、開戦前なら比較的簡単に近づけると踏んでいた。宇宙空間に漂う人間なんてデブリ以上に興味を引かない。思惑通り、何の障害もなく壁面に張り付けた。後はネイサンの指示でクシナダがいる位置まで誘導してもらい、壁を破壊した。宇宙船に穴が開くと中の空気が逃げようとするから、それを利用して助け出そうと考えた。エイリアンの倒し方の応用だ。いやあ、映画って役立つ情報がたくさんあって、本当に良いものだね。

 飛び出してきたクシナダの勢いが強すぎて、危うく星の海へと消えるところだったのは黙っておこう。

 少し視線を下に移すと、不安げな表情のクシナダがいる。これからどうする、と聞きたいようだ。あいにくこっちに彼女の声は聞こえず、こちらの声も届かないが、表情は分かる。任せておけ、と僕は笑った。そして、彼女の手を腰に回させる。意図を察したか、彼女はぎゅっと僕に掴まった。・・・ちょっと苦しい。力強すぎないか?

 まあいい。離れられるよりはましか。

「ネイサン。クシナダは確保した。今から相手の戦闘機を奪って逃げたいんだけど、一番近い格納庫ってわかる?」

 少々お待ちください、と返答があって、数秒。

『わかりました。タケル殿。そちらから見て、艦の左下に赤いランプが二つ灯っているのが見えますか?』

 艦の、左下・・・あった。距離もそんなにない。

『そこが第八格納庫です。検索したところ、二機ほど残っています。格納庫内はいつでも機体を発進、格納できるように真空状態となっておりますので、爆破しても問題ないでしょう』

「了解。悪いんだけど、この敵母艦に動かれると面倒なんで、動かないようにけん制してもらっていい?」

『承りました。お急ぎください』

「うん。わかった・・・ちょっと待て」

 今まさに教えられた格納庫の辺りで動きがあった。二つのランプの間にある壁がゆっくりと開いたのだ。僕を迎え入れる為と言う訳ではないだろうから、考えられるのは向こうさんの出撃だ。まずい。逃げるための機体を奪われたかもしれない。

「ネイサン。まずいことになった。格納庫から何か出撃するっぽい」

『第八からですか? そんな馬鹿な。そこに在るのは武装のない脱出用のポッドですよ? この場からいの一番に逃げ出しそうな連中はクシナダ殿の手によって昏倒させられましたし、一体誰が・・・』

 走行しているうちに、中から一機飛び出してきた。鋭角なシルエットの戦闘機とは違い、丸い、どこかカブトムシの雌ににたフォルムの機体が、そのまま一直線に、戦闘宙域とは真逆の方向へ飛び去って行った。逃亡した、と考えるのが筋だろうが、一体どうするつもりだろう? 聞いた話では、脱出ポッドは生き残る可能性を高めるため、装甲は火災や爆発、さらには不時着時の衝撃に耐えるためにぶ厚い。しかしそれだけだ。宇宙船としては最低限の機能しか備え付けておらず、長距離航行は無理だし、ワープも出来ない。敵が逃げ込むとしたらアトランティカの中くらいで、それは一億二千万光年離れている。

『おそらくジョージワードです』

 ネイサンとは別の声が割り込んできた。カグヤだ。

「あれ? 現場の混乱を避けるために部屋で待機してたんじゃないの?」

 外に出て大丈夫なんだろうか。暗殺の危険性だって消えたわけじゃないのに。

『事ここに至っては私がいてもいなくても関係ありませんし誰も気にも留めません。それは、この中で私だけが自由に動けるという意味でもあります』

 がちゃがちゃと向こう側で何か物が動いている。時々ネイサンやラグラフの悲鳴や怒声が遠くから聞こえる。

『私が奴を追います』

 悲鳴と怒声の理由が分かった。

『タケル。あなたは言いましたよね。私の出番はこの後だと』

「そうだね。確かに言った」

『少し、出番を早めます。私の手で奴を撃ち、すぐさま停戦を呼びかけます。これが今の私に出来る最善です』

「姫様自身が飛び出す必要はないと思うけど。と言っても、聞く気はないのかな?」

『申し訳ありませんが。それに、おそらく奴は一人。こちらはプラトーも一緒についてきてくれますから大丈夫です』

 ということでゴリ押ししたんだろうな。本当に頑固な奴だな。

『リソースがギリギリの中での適材適所です。私しか動けないのですから。急ぐ必要もあります。自暴自棄となったジョージワードが破滅の火を暴走させないとも限りません。そうなれば、この戦いに勝者も敗者もなくなります。全てが消えるのですから』

 他に手段は無さそうだな。僕としては彼女が死のうが敵を倒そうがどちらでもいいのだけれど、ネイサンたちにとってはそういう訳にはいかないんだろうな。たとえそれしか方法がなくても渋る、か。じゃあ、僕の方で後押ししよう。

「ネイサン。艦隊戦の方はどう?」

『え? ・・・ああ。はい。あなた方の活躍もあってか、現在こちらが優勢です。このまま行けば我々が勝ちます』

 少し考えて

「僕たちも後追いでいけば、問題ないんじゃないかな?」

『ちょ、タケル殿!? 何を仰るのですか!』

「だって、もうカグヤの意志は固そうだし、他に手段もないし。そっちはもうすぐ片付きそうで、僕らは宇宙での戦闘経験がないから役に立てない。じゃあこうしたらどうだろう。カグヤはジョージワードを追う、僕らがその後を出来る限り早く追う、戦闘を終わらせてネイサンたちも急いで追う、これで万々歳じゃないかな? カグヤの身を案じるなら、そっちも可能な限り早く戦いを終わらせればいい。もちろん、勝つことが最優先で最低限の条件になるけど」

 どうするかは任せる。僕に決定権は無い。そもそも、彼女以外に彼女の意志決定権を持つ人間などいるわけがない。

『その提案に乗ろう』

 横合いからラグラフが言った。

『姫様の仰る通り、誰も手が離せん。動けるのは姫様だけだ。我らに出来る事は、いち早くこの場を片付けてはせ参じる事。姫様。お任せしてよろしいか』

『任せてください』

 方針は決まったようだ。

『おそらくジョージワードは、タケルたちが住んでいる惑星に向かったと思われます。私たちが先行し、彼を追います』

「僕たちが後からそれを追う、と」

 そうと決まれば急がなくては。カグヤはジョージワードが自暴自棄になる可能性を考えているようだけど、僕は違う。僕の考えは、ジョージワードは自分の策の元動いている気がするのだ。その根拠となったのは、毎度おなじみ神様印の地図。待ってる間暇だったので、地図を眺めていたら、おそらく破滅の火がジョージワードの手に渡ったと思わしき時間に、赤印が発動したのだ。ジョージワードと破滅の火、両方揃うことで何かが起こる。

 スラスターを噴射させ、僕たちは格納庫に向かった。流れ弾が飛び交ってはいたが、第八格納庫は母艦の背部にあり、直撃することはなかった。格納庫もジョージワードが飛び出してから開いたままなので簡単に侵入することが出来た。何から何までお膳立てされていて、これはもう、僕たちに速く来いと言わんばかりじゃないか。

 薄暗い格納庫の中を進むと、隅の方にさっき見たカブトムシの雌みたいな機体が置いてあった。

『機体の側面部に手動で開閉するための取っ手があります。見た目は半円形のくぼみですね。取っ手の裏側にスイッチがありますのでそれを押してください』

 ネイサンの言うとおり、右側側面にワゴンカーのドアみたいなくぼみがあった。手を入れると裏側にあるスイッチに触れた。それを指で押し込むと、ドアが開いた。クシナダを先に乗せ、次いで自分の体を滑り込ませる。

『そのまま運転席に向かってください。最前列の真ん中にあるのが運転席です。その前にパネルと操縦桿がありますので、パネルの枠の右下辺りに電源ボタンがあります。それを押してください。おそらく点滅しているのですぐ分かるかと』

 クシナダを後ろの席に座らせて、運転席に近付く。パネルも、電源スイッチもすぐに分かった。電源を入れると機体内の照明が点き、暗かった機内を照らした。

『電源が入ったようですね。では、パネル右上にある赤くなっている箇所に軽く触れてください』

 指示に従って赤い箇所を触ると、後ろで駆動音が響き、ドアが閉まった。同時に機内に空気の流れ込んでくる音がする。

『もう少ししたら、今触れた箇所が緑色になるはずです。それで、機内でヘルメットを脱いでも大丈夫になるでしょう』

 三十秒くらいたって、赤が緑に変わった。ヘルメットを外すと、その場所に浮かぶ。

「もう大丈夫っぽい」

 後ろを振り返ってクシナダに伝える。彼女も息苦しかったのか、すぐにヘルメットを外そうとしているが、脱ぎ方が分からないらしく四苦八苦している。何度も手を滑らせて、終いには力ずくで引っぺがそうとしているのを見かねて手伝う。彼女の首のあたりに手を回り込ませてると、ボタンがあった。ボタンを押すと、がちゃりとロックが外れた。

「あ、ありがと・・・」

 ふう、と俯きながら大きく息を吐いていた。顔が真っ赤になっている。余程苦しかったのだろう。これでもう大丈夫だ。そのまま大人しく座っているように言い、シートベルトをつけさせた。再び運転席に戻る。なんとなく、後ろから視線を感じるが、気のせいか。ちょっと振り返ってみる。うん、気のせいだな。そっぽ向いてるし。クシナダなら、言いたいことがあったら言うだろう。そう思い、すぐに目の前の運転に集中する。

『次は、エンジンを起動してください。パネル中央にある丸枠部分に、自分の右手の平を当ててください』

 言われた通りに右手を当てていると、なんだか手の平表面がピリピリしだした。

『タケル殿の生体情報を読み込んでいます。操縦する人間の反応と思考をダイレクトに機体に反映させる仕組みです。そうすれば、正規の操縦法を学んでいなくても、操縦者がどう動きたいかを考えれば、機体が操縦桿を通して思考を読み取り、セミオートで大まかな操縦をしてくれます。ただ、細かい操作はできません。人が思い描く立体軌道や未来軌道予測などの複雑な操作を読み取れないからです。単純に離着陸、前後左右上下にしか動かせないと思ってください』

「それらをするためには、自分で操縦するしかないってことか」

『はい。万が一に備えて、手動操縦マニュアルに目を通しておいてください。左上にヘルプがありますので、そこから参照できます』

 運転席に座り、シートベルトを着用する。右手で操縦桿を握り、離陸、と考えると、繋ぎ止めていたアンカーが外れ、機体が浮いた。そのまま前進、と考えれば、その通りまっすぐ動く。なんだこれ。ものすごく楽しいんだけど。

 操縦しながらパネルのマニュアルを開く。文字は読めないが、イラスト付きで非常にわかりやすい。手動操縦の方法もそんなに難しくない。操縦桿はゲームのコントローターみたいに動かすことが出来て、それで前後左右の進む方向が決められる。上下は操縦桿のトップにコンピューターのマウスについているスクロールと同じで自分に向かってにスクロールさせれば下に、前にスクロールさせれば上に行く。まるっきりパソコン画面と同じだ。後は操縦桿の倒し方、スクロールによって微調整が出来る。

『操縦できているみたいですね。ではこれを』

 ネイサンが言うと、機体のフロントガラスに地図が投影された。現在位置と思われる場所から矢印が伸びて、丸い球体、おそらく僕らがいた惑星に向かって伸びている。

『惑星までの最短コースです。こちらでナビの設定を行っておきましたので、迷うことなく目的地に到達できるはずです』

 まんまカーナビだな。なんだか自動車運転免許の運転講習みたいだ。初めて高速に乗る時のアレだ。右良し左良し後ろ良し。ハンドルは十時十分で持って、いざ発進。

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