第186話 あの日、あの時、あの場所で

「会長、あなた・・・まさか彼女を無理やり来させたの?!」

 初めて莉緒の表情が変わった。怒りに染まり、語気も荒い。

「誤解しないでください。確かに彼女の家に行きました。被害者である彼女には絶対に話を聞かなければなりませんでしたから。でも、ここにいるのは彼女の意思によるものです」

 穂積は唾を飲み込みながら、二人に近付く。

「・・・もう、平気なの?」

 莉緒の問いに、穂積は真剣な表情で彼女に向き合う。

「はい。ご心配おかけして、申し訳ありません」

 ほっと莉緒が息をついた。そして、幾分落ち着いたものの、いまだ怒りを湛えたまま、彩那に向き直る。彩那は彼女の怒りを平然とした顔で受けながら、話を続ける。

「さて、これで事件当事者が揃ったわけですから。事件の概要を一つずつ解明していきましょうか」

「事件の解明?」

「ええ。探偵は関係者を集めて概要を話したがるものでしょう?」

 二人に確認を取るように、彩那は視線を向けた。穂積も、彩那の動きを封じている莉緒からも特に意見は出なかった。

「事件は十一日前。三人組の男性が我が校の生徒に対して、執拗に絡んだことに端を発します。調査の結果、三人はこの近辺でも悪名高い連中で、これまで何件もの犯罪を起こしてきました。が、残念ながら逮捕されることはありませんでした。何故なら、彼らの親はかなりの有力者で、その権力を用いて不祥事を揉み消してきたからです。何かしでかしても親がなんとかしてくれる。自分たちは何をしても許される。三人はますます増長、王様のように振る舞い始めます。そんな時、目障りな人間が現れます。武見穂積さんです」

 二人の視線が穂積に向いた。

「あなたは、生徒に絡んでいた連中に向かって注意した」

 彩那の確認に、ほずみは頷く。

「しかし、王様気分の連中としては、注意されることすら心外だった。何故なら、彼らに罪の意識など皆無だったから」


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「何だよ、お前」

 眉根を思い切り寄せ、苛立ちを隠そうともせずにリーダー格の男は穂積に詰め寄った。

「彼女が怖がってるじゃないですか。迷惑だからやめてください」

 正直に言えば、怖かった。けれど、そんなことおくびにも出さず、穂積は男たちに一歩も引かず、睨み返した。

「は? メーワク? 俺らがどうメーワクかけてるって?」

 リーダーは両隣の仲間に尋ねる。仲間たちは「さあ?」「わからねえ」と嘯く。

「ちょっと話してるだけだろうが。それのどこがメーワクなんだよ」

「ちょっと話すだけ? 知り合いでもないのに、男性が三人で女性を囲んだら怖いのは当たり前じゃないですか。怖がらせるのは迷惑に決まってるじゃないですか」

「知り合いじゃないって決めつけんなよ」

「じゃあ、知り合いなんですか?」

 穂積は彼らの後ろにいる生徒に問いかけると、伏し目がちの彼女は勢いよく首を横に振った。

「違うんじゃないですか」

「・・・あー、うぜえ」

 リーダーはガリガリと頭をかいた。言い訳する気が失せたらしい。気が短いリーダーは、二、三言葉を交わして思い通りにならないとみるや実力を行使する。

「お前、うざいわ」

 突然何の躊躇もなく、穂積に向かって拳を振り上げた。殴れば大人しくなるだろう、それくらいの感覚だ。 女に手を上げるのに抵抗がない。これまでも、何度も従わない人間に対して拳を振るってきたことが伺える。だが、今回は同じ結果にはならなかった。

 反射的に、穂積は動いていた。彼女にとって、男の一撃よりも憧れの先輩の一打の方が遥かに早かった。その一打を防ぐために何度も何度もシミュレーションと練習を重ねてきたのだ。真正面からの、何の小細工もない大振りを躱すことなど造作もなかった。左に半歩体をずらし、拳の軌道上から逸れる。その間に袋に入れて担いでいた竹刀を肩から外し、両手で掴んだ。長年共に修練を積んだ竹刀は驚くほどスムーズに両手に収まり、同時に彼女の中の恐怖を抑え込み、闘志を沸き立たせた。

 一撃を躱されたリーダーは体勢を崩し、無防備な側面を晒す。隙だらけだ。穂積は練習通りに技を返す。

「面!」

 振り下ろされた竹刀はリーダーの後頭部を痛打した。体勢を崩していたところへの穂積の技ありの面打ちは、リーダーを転倒させる。

「大丈夫か?!」

 仲間二人が駆け寄り、絡んでいた生徒から離れる。その隙に、穂積は生徒の手を引いて逃げ出す。怒鳴り声が彼女らの背に浴びせられるが、振り向くこともなく彼女らは全力でその場から走り去った。


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「勇気ある行動だと思います」

 彩那は穂積を讃えた。

「ですが、話はこれで終わらなかった。ああいう連中は、相手をコケにするのに慣れていても、コケにされるのは慣れてない。たかが女に一杯食わされて、彼らのプライドはいたく傷つけられた。傷を治すには、食わしてくれた相手に報復するしかない。だから、あなたを待ち伏せ、襲った」


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 痛みよりも混乱が大きかった。何が起こったか最初理解出来なかったからだ。気付いた時には、穂積の体は地面に伏していた。

 部活を終えて学校を出た時には外はだいぶん薄暗くなっていた。この日の鍵掛当番だった彼女は、他の部員よりも帰るのが遅くなってしまった。急ぎ、帰路につく。他の部員はいつものファストフード店で待っているはずだ。

 ふと、後ろに気配を感じた。振り返る。

「よお」

 悪意に満ちた挨拶と共に、何かが彼女に落ちてきた。とっさに防ごうと腕が出たのが不幸中の幸いだった。相手のバットの軌道を頭部から逸らし、衝撃を幾分か和らげることができたからだ。それでもなお、肩と腕に受けた衝撃は全身に走り、脳を揺らし、彼女に膝を折らせた。頭部に直撃していたら死んでいてもおかしくない。相手にとって、穂積が生きてようが死のうがどうでもいいのだ。コケにした相手は死ぬべきだとすら思っていたのかもしれない。

 揺れてぼやける視界に、昨日の男たちが映る。

「待ってたぜ。昨日の借りを返しにきた」

 ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべてリーダーが言った。

「俺たちの楽しみを奪ったんだ。責任はとってもらおうか。その貧相な体じゃ、ちょっと物足りないかもしれないが」

 リーダーが顎をしゃくると、仲間が穂積の体を担ぎ上げ、路地裏へと運んで行く。


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「ああいう連中の行動力って嫌になるくらい早いんですね。その才能をもっと別の場所で活かせばいいのに。さておき、穂積さんにとっては悪条件が色々と重なってしまった。彼らの行動力もさることながら、一人での帰宅に加えて、この辺りは夜になると人通りが激減する」

 これを機に、何か改善策を早急に議案にしなければならないなと生徒会長らしいことを彩那は頭の裏側で考える。 

「穂積さんを襲った連中は、手慣れた動きで彼女をそのまま路地裏に運び込んだ。一体何をしようとしてたか、なんて簡単に想像がつく。嫌悪感しか湧かない、吐き気のするようなことでしょう」

 しかし、と言葉を区切る。

「今回もまた、彼らの欲望は達成されることはなかった。一部始終を見ていた人物が止めに入ったから。そうですよね? 莉緒さん」

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