第206話 突撃、隣の諸事情

「とまあ、姉さんから聞き出せたのはそんなところよ」

 喫茶店のテーブル席を占拠した彩那たちは、瀬織が得てきた情報を共有していた。いつものようにファストフード店ではなく、見目麗しいマスターのいる喫茶店にしたのは、ここが坂元の部屋に近いからだ。引越しの準備をしていたものの、家賃をケチってか彼はまだ同じ部屋に月末まで居座るつもりだった。ここで瀬織から得た情報を元に、すぐさま部屋に押し入る算段でいた。さすがの坂元も、証拠を突きつければ話す。少なくとも動揺するはず。そう考えていたのだが。

「さすがにどんな内容かまでは教えてくれなかったけど」

「仕方ないよ。人の事を好き勝手喋るわけにはいかないし」

 世の中には好き勝手他人の事を喋る人もいるが、瀬織の姉は良識ある人物だったようだ。最低限のことしか妹に話さなかった。

「つまり、二人の間に何らかのトラブルがあって、解任した理由はおそらくそのトラブル、個人的な理由ってこと?」

 話の内容を咀嚼した結果が二人とずれていないか、彩那は顔を見渡しながら自分の認識を告げる。誰も否定はしないところで、自分の認識は間違っていないことを確認し、誰もが無理難題が山積みの政治家のような顔で項垂れているのも確認する。

「個人的なトラブルを、部外者の私たちが立ち入って解決できるもの、なのかな?」

 全員が考えていた事を莉緒が代弁する。

 世間的には、外部に問題解決を依頼するのはおかしいことじゃない。弁護士の仕事なんか最たる例だ。むしろ当人だけで問題を抱え込んで、手遅れになることはざらにある。特にこの国の人種は、人に頼るのを恥と捉える部分がある。人間一人で出来る事などたかが知れていると師っているにも拘らず。頼るのは恥ではないし、最小の損害で抑える可能性もある。

 ただそれは、専門の知識を持つ人間に相談した場合の話だ。専門知識があるわけでも、人生経験が深いわけでもない自分たちに、大人の問題を解決できるのだろうか。

「で、どうする?」

 瀬織が言った。

「どうするもなにも、それ以上は教えてくれなかったんでしょう?」

 情報がなければ動きようがない。坂元に尋ねたってはぐらかされるだけだろう。手詰まりだ。

「姉さんからは無理だと思う。だから、当人に話を直接聞くってのは、どう思う?」

「坂元さんから?」

 莉緒が渋い顔を作った。

「ちょっと、難しくない? あの人ほいほい誰かに喋るようなタイプじゃないと思うんだけど」

「私も同感」

「うん、それは私も」

 だから、と瀬織が続ける。

「もう一人の方に話を聞く、勇気と覚悟、ある?」



「私からは、これ以上話せないし、話すつもりもない」

 朝食の席で妹をこう突き放した後、スセリは続けた。

「でも、当人から話を聞きたいのなら、連絡くらいはしてあげる」

 突き放した後に抱きしめるかのごとき提案。結局お姉ちゃんは妹に優しいのである。それに、彼女自身もこの問題を解決したいと思っていた。自分では二人とも意固地になる。けれど、この子たちなら上手く立ち回れるのではないかと彼女の直感が告げた。自分の直感をかなり信じているスセリならではの理屈だ。その前に、スセリは確認しなければならないことがあった。

「いいの?」

「良いも悪いも、本人が話したら本人の責任だし」

 もし会いたいなら話通しとくけど、とスセリは言う。

「私を通じてあんたは十六夜と会ってるから、私の友達くらいの軽い感覚でいるけど。相手は本物の世界的VIPよ。普通なら絶対に会えない相手なんだから」

「それは、上流階級と庶民の差、みたいなこと?」

 ドラマとかでよくある、身分の違い。現実で目の当たりにするとは思わなかった。なぜなら、現実で身分の違いで苦労することなどないと思っていたからだ。実際に上流階級と庶民では生活階層が全く違う。平行線みたいなものだからだ。しかし、十六夜は数少ない、斜線のセレブだったというわけか。

「それもあるけど、十六夜は経営者で、実業家なの。世界中飛びまわってるのよ」

 言いながら、スセリはタブレット端末を操作し、カレンダー表示させた。

「三日後にはヨーロッパの各地を回り、その足でロシア、インド、中国とユーラシア大陸を横断し、ミャンマー、タイ、ベトナムにシンガポール通過してオーストラリア。そこから太平洋飛び超えてチリにブラジル、アルゼンチン、メキシコ、アメリカと巡るわ。この国だけでも北から南からそこら中飛び回って、その間も仕事は山積みで移動中も仕事してる。わかる? 自分の都合で人に会う時間どころか、寝る時間すらあまりないの」

 タブレットをしまい、スセリは瀬織の目を覗き込んだ。

「あなたは友達のために辰真が解任された理由を知りたいと言った。友達思いで優しいのは良いことよ。で、その気持ちは、十六夜の貴重な時間を削ってまで確認したいこと?」

 胸をつかれたように、瀬織がのけぞる。背中が椅子の背もたれにぶつかった。

「確かに解任は不自然よ。けど、辰真には退職金として死ぬまで遊んで暮らしても釣りが来るほどの金が支払われてる。普通の人間なら文句どころか歓喜する額よ。もし辰真の馬鹿がこれで満足しているのに、あんたたちが余計な横槍を入れたせいで取り消しになったら、どう責任取るの?」

 妹の逃げ場を防ぐように、姉は机から身を乗り出した。同じ女としてちょっとジェラシーを感じるほどの大きく綺麗な形の胸が大迫力で迫る。

「あんたたちの調査って、得たい答えって、二人の理由を押しのけてでも欲しいものなの?」

「そ、それは・・・」

 しばらくして、姉は息をつくと同時に体を元に戻した。

「意地悪な言い方になってごめん。だけど、あんたたち、そこまで考えて行動してた?」

 姉の問いに、妹は力なく首を振った。少しため息をついて、スセリは告げる。

「今の話を二人に伝えて、あんたたちの意思を統一しなさい。それでも会いたいなら連絡は付ける。十六夜が会いたくないと言ったらそれまでではあるけどね」



「って、ことなんだけど・・・」

 少し申し訳なさそうに、瀬織は姉との会話を全て二人に聞かせた。まさかの話の続きに、彩那と莉緒は打ちのめされていた。勢いで調査とか、何をふざけた事を言っていたんだと恥ずかしくなる。他人の問題を解決しようと言うのに、他人の心情に全く配慮がなかった。瀬織の姉の懸念もそこにあったのだろう。自分たちがテレビニュースを見て好き勝手に感想を言ってるのと同じではないかと。覚悟を問われたのだ。人に関わると言うのは、彩那たちが思っている以上に厄介だった。

「これは、私たちが立ち入って良い話じゃ、ないのかな」

 弱気になった莉緒が、俯きがちに呟く。声にこそ出さなかったものの、彩那も同じ気持ちが胸中に充満していた。マスコミ関係者は凄い。彼らはそれほどの覚悟を持って、突撃取材を行っているのだ。頭が下がる。

 どうする、やめる? 三人の視線が弱気を含んで彷徨う。このままお開きか、そう思われたとき。コト、とテーブルにケーキが三つ置かれた。

「「「え」」」

 注文をした覚えがない。三人揃って視線を向けると、そこには美の顕現、天使のごときこの店のマスターが笑顔で立っていた。

「申し訳ございません。お客様の話を盗み聞いてしまいました。これは、そのお詫びです」

「え、いえ、そんな」

「こっちが騒いでただけだし」

「そうですよ。ね、ねえ?」

「そう仰らず。それに・・・」

 天使の笑顔が、固まる。

「今の話、私たちにも無関係ではないのですから」

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