第92話 ようこそ獣人の村『バベル』へ

 目が覚めた時、僕は布団に横たえられていた。薄暗い天井が見える。どこかの家の中にいるようだ。少し首を傾ければ、僕の荷物とクシナダの荷物が揃えておいてあった。彼女はいないようだ。一体どこへ行ったのか。状況がつかめない。ゆっくりと体を起こす。少し頭が痛んだが、体のだるさはかなり抜けていた。

 粘土で塗り固められた壁の一部から、光が漏れていた。藁のようなもので編まれたすだれが外からの風で揺れて、そのたびに光が中に差し込んでいるのだ。すだれは床まで伸びていて、石で端っこを止められている。あれが出入口か。そう思って近寄り、すだれを手でのける。刺し込んだ光で目がくらむ。目が慣れるのを待って、外に出た。辺りを見回すと、今僕が出てきた家と、同じような家が立ち並んでいる。どこかの集落のようだ。

 太鼓の音が響いている。音の方へと向かう。やんややんやと騒ぎ声も聞こえる。なんだろう。祭りでもしているのだろうか。近づくにつれて、太鼓も騒ぎ声も大きくなってくる。人垣が見えた。全員が一つの方向を見つめている。そっちに何かあるらしい。太鼓の音もその方向からだ。

 人垣を作っていた一人が、僕の気配に気づいたのか振り返った。相手は僕を見てちょっと驚いていたが、僕もおっ、と目を見張った。

 小柄な少年だった。痩せこけた細い手足が貫頭衣から飛び出している。それだけなら問題ない。少年の尻の部分には穴が開いていた。破れているからではない。ワザとだ。そこから、長いモフモフした尻尾が飛び出しているからだ。こっちを向いている顔も、良く見ると特徴的だ。真ん丸な大きな目は金色で、真ん中の瞳孔は縦長だ。頭からぴょこんと飛び出ている三角形は、寝癖ではなさそうだ。ぴくぴくと主張し、こちらに『耳』を立てている。

「どうした?」

 隣にいた少年よりも大柄な男もこちらを振り向いて、少年と同じように僕を驚いた目で見ている。男もまた、少年と同じように尻尾があり、金色の目をして縦長の瞳孔をもち、三角の耳を持っている。身体的特徴がここまで似ているから親子か兄弟か、それに類する者だろう。

 ふと、昔を思い出す。僕がまだ高校生だった頃だ。友人の一人が獣耳好きだった。狐娘に狼娘、猫娘に羊娘と重度のケモミミスキーだった。彼に連れられ、僕は灼熱の真夏日や凍えるような真冬日に長蛇の列に並ばされたなあ。性格は明るく誰にでも優しくて、僕らのグループのムードメーカーであり潤滑油だったが、ただ唯一、その部分だけが欠点と言えば欠点だった。奴がこの場に居たら狂喜しただろうな、と思いながら、僕は歩を進める。

 スッと少年と男は道を譲ってくれた。周りも彼等の動きにつられて、僕に道を譲るように退いてくれた。やはり、他の人々も三角形のスタンダート? 獣耳ではないにせよ、熊っぽい丸い耳やウサギみたいな縦にピンと伸びた耳、エルフのような尖った耳に、ロップイヤーみたく長く垂れた耳を持っている者もいる。獣耳でない者もいた。彼らは角を持っていたり鳥の翼を持っていたりと他の特徴があった。どうやら、ファンタジーに出てくる獣人もしくは亜人、と呼ばれるような人種だろうか。まあ、そこまで驚くようなことでもないか。これまで鬼も魔女も宇宙人もいたんだ。尻尾があろうが翼があろうが、そういう人種がいても不思議ではないし何ら問題は無い。

 彼らの視線のトンネルを抜ける。少し広まった場所で、中央では焚火を行っていた。彼らが眺めていた方向を向く。僕が乱入したことで鳴りやんでしまったが、そこには太鼓を抱えた獣人たちがいた。そして、中央に、貴賓席みたいに一段高く設置された椅子があり

「タケル?」

 クシナダがそこに座っていた。獣人に逢った事よりも驚いた、というか、呆気にとられた。だって彼女は、頭にインディアンみたいなカラフルな鳥の羽の髪飾りをつけ、十二単みたいな服を上から羽織り、顔には化粧と、真っ赤な塗料で隈取が施されている。お前はどこの部族の族長だ、と言いたい。

 ゴホンッ、ンッ、とクシナダが咳ばらいをした。連れのあまりの変わりように呆然としていた僕の意識がそれで戻った。

「その、歓迎してくれるっていうから」

 ちょっと恥ずかしそうに言い訳をした。

「歓迎されてようがされてまいがどっちでもいいのだけれど。ごめん。僕が寝てた間に一体何があったの?」

 教えてほしい。心底。何がどうなって、クシナダは彼らから、アフリカの部族がやってるっぽい歓迎をされているのか。

「ん~、ええとね。まずはどこから話したらいいのかな」

「とりあえず、ここはどこ?」

「ここは、彼らの村で『バベル』って言うんだって」

 バベルというと、旧約聖書に出てくる塔か。確か神の怒りに触れて、住んでいた連中の意志疎通が出来なくなった話だ。

「バベルの村の連中が、どうして僕ら、いや、あんたを歓迎してくれてるんだ?」

「それなんだけど・・・」

 そう言って、彼女は僕の意識がない間の話をし始めた。

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