第37話 真実に事実は含まれるのか
あてがわれた、というか半強制的に宿泊を迫られたので、僕らはその日、洞窟内で一泊することになった。ミハルから龍が離れようとしないせいと、僕らのことを敵のスパイだと疑い、外に出したら情報を漏らされると危惧したせいだ。殺してしまえ、という意見もあったようだが、そこはティルが抑えた。僕らはともかく、龍が懐いているミハルを殺すのはマズイと説き伏せたようだ。その妥協点が監視付きの軽い軟禁状態だ。食事も出してくれるというので、お言葉に甘えることにした。別段急いではいないし、出たくなったらいつでも出られる。
夕飯から寝るまで、ティルは王族の義務か何か知らないが龍と仲良くなろうと画策し続けた。食い物で釣ったり、貴金属類で釣ったりしていた。
「食べ物は分かるけど、どうして宝石や金貨を使うの?」
というクシナダの疑問に対して、
「龍は鉱石や金属を好んで収集する癖がある」
奪われるだけ奪われて結局仲良くなれず、落ち込んで三角座りをしながらティルが説明した。ティルから宝石を奪った龍は、今はミハルの頭上から離れ、奪い取った戦利品をを体の下に敷いて眠っている。低反発には程遠い高価なベッドだ。痛くないのだろうか?
「そういう習性があるから、昔から龍の巣には金銀財宝が眠っているという話が後を絶たず、龍に挑む者たちが後を絶たず、犠牲者が後を絶たない」
龍の前から命からがら逃げかえった者、偶然見かけた者、時にはシルドの民と同じように龍と交流を持った者たちの話が合わさり、あらゆる生き物の頂点に立つ生物の逸話や伝説が生まれた、とティルは言う。
曰く、はるか北、夜の無い地には未来を予言する龍がいて、辿り着いた者に一つだけ未来のことを教えてくれる。
南の大海には、一息吸っただけで人を死に至らしめる猛毒と、あらゆる生物を石にする呪いの力を持った龍が眠っている。
東の高く連なる山脈のどこかには嵐を纏う龍が住み着き、あらゆる者の入山を拒み、気まぐれに周辺の街を蹂躙し尽くす。
西の深き森には八本の首を持つ龍が支配していて、その地に住んでいた人々を残らず食い殺した、など等だ。どれも眉唾物だが、とティルは付け足したが、心当たりが一つ二つあったりしたので、全てが全てただの迷信という訳ではあるまい。次は北か東に行ってみよう。
「そう言えば、タケルたちは狩猟者だと言っていたな」
今度は、ティルが僕たちに尋ねてきた。
「正確には、自分の行動を今の職業に当てはめると、狩猟者になる」
「では、もともと金を稼ぐためにしていたわけではないのか?」
「ただの趣味だ」
初めは頼まれたからだったんだけど。今では死ぬまでの暇つぶしも兼ねている。
「ただの趣味で、今まで怪物たちと戦ってきたのか?」
呆れたような驚いたような、そんな複雑な表情でティルは目を見張った。
「事実なんだからしょうがない」
「いや、否定するわけではない。でもその割には、お前はあまり狂気に染まっておらんのだな。正気だ」
「というと?」
まるで、狂気に染まった奴を見たことがある様な言い草だ。
「ロネスネスの王、フレゼルが、正にそうだった。戦うこと、相手を殺すことを趣味にした、狂人よ」
ぶるり、とティルは肩を震わせた。
「グレンデルの中でも最も強いグレンデル『フルンティング』を駆り、逃げ惑う人々を虫けらのように踏みつぶし、そして・・・守護龍様の心の臓に剣を突き立てたあの男こそ、まさにそうだ」
ずっと笑っていたのだ。ティルが両耳を塞ぐ。
「今でもあの光景は目に焼き付いて離れない。あの笑い声が耳にこべりついて離れない。あいつは、笑いながらシルドの民を殺し続けた。女も子供も容赦なく、逃げる者たちをわざわざ追いかけて、念入りに潰していった。守護龍様の遺骸を引きずって持ち帰り、捕虜たちの前で見せつけるようにして遺骸に杭を打ち付けていった。何本も何本も。目を逸らせば鞭打たれ、顎を掴まれ、強引に目を見開かされたそうだ」
最低だが、効果的だ。心のよりどころを失えば、人はいとも簡単に折れる。なるほど、幾つもの国を併呑してきたのだから、滅ぼした国の民の扱いは心得ているということか。
すまん、変な話をした、と断って、ティルは話を戻した。
「つまりはまあ、そういうわけで。戦いを趣味にしている人間にしては、まだしゃきっとしているなと。そう言う事を言いたかったわけなのだが」
「はっ」
ミハルが鼻で笑う。
「そいつがまともなわけあるかよ。あんたはそいつのことを何にも分かっちゃいない」
「そういうお前は、タケルのことを知っているのか?」
「さあ? ただ、私がそいつについて知っているのは、そいつが兄の仇だってことだ。そいつの情報で知っておくべきことなんてその程度で充分だ」
「ミハル、私にさっき言った事と矛盾していないか?」
「してねえよ。ああ、そいつを確実に殺すための情報ならいるか」
げらげらと笑うミハルに対して、ティルは怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ悲しそうな目を向けた。
「んだよ」
「別に。お前がそれでいいなら、私から言う事など何もない」
「ケンカ売ってんのか?」
がたり、と椅子を蹴立ててミハルが立ち上がった。声に気付いたか龍が起き、首をもたげる。
「言いたいことがあるなら言え」
「お前にとって耳障りなことだと思うぞ? 気に入らないタケルのことは知りたくもないと言ったお前には、最後まで我慢して聞けるとは思えんのだが」
「言えよ」
ぐいと体を乗り出して、ティルに顔を寄せた。額がぶつかりそうな距離だ。
「私がタケルに会ってから、まだ一日も立ってはいないが、そこからわかったことは、話は通じる人間だということだ」
「一応同じ人間なんだ。話くらいできるだろうよ」
「そういう事を言っているのではない。話が通じぬ、というのはフレゼルのような輩を言うのだ。タケルは違う。分別を持っている。もちろん、目的のためなら私たちと衝突することも辞さないところもあるが、他は普通、むしろ理性的な方だ」
ミハルの手が、ティルの胸倉を掴んだ。
「てめえの感想なんぞ何の意味も持たねえんだよ。あいつは殺した! 私は見たんだ! 兄が血まみれで倒れている部屋からあいつが出てくるのを! 返り血で顔も服も汚したあいつの顔をこの目でな! それが事実だ!」
「・・・では、その理由はなんだ?」
荒々しく吠えるミハルとは対照的に、ティルは怯えることもなく、冷静に返す。
「理由なんぞ知ったことかよ。さっきから何が言いてえんだよ」
「理由なく人を殺さないように見えたから、言っているのだ」
怒りに染まったミハルの目から逃げることなく、ティルはその目を見返した。
「理由もなく人は他人を襲わない、殺さない。ロネスネスの連中がシルドの民を襲ったのは戦争のため、領土拡大の為、奴隷獲得の為などだ。そこに利があるからだ。私たちがあいつらの仲間を殺したのは復讐の為、囚われた仲間を解放するためだ。そしてミハル。お前がタケルを殺そうとしているのは復讐の為だろう? ではタケルは? 何のためにお前の兄を殺したのだ」
「だからそんなもん・・・」
「怖いのか?」
そう言ってミハルの手を掴む。
「てめ、離せ」
「真実を知るのが怖いのか? そうだな。殺される理由を、お前の兄が持っているなど考えたくもないのだろう?」
振りほどこうとするミハル、逃がすまいとするティル。
「兄を侮辱する気か?!」
「侮辱しているのはお前の方ではないのか? お前の言う事が正しいのであれば、兄の最後を知っているのは、目の前にいる憎い男のみだぞ? 兄の最後を知ろうとは思わないのか。一体どんな因縁があって、タケルに殺されなければならなかったか、知る必要があるのではないか?」
「兄にそんな理由は無い! あるはずないだろ!」
その言葉に、あからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべてティルは言った。
「実はお前は、意外に自分の兄のことを何も知らんのではないのか?」
ガッ
ティルの横っ面がはじけ飛んだ。ミハルが殴ったのだ。ティルの言葉が、ミハルの逆鱗に触れたらしい。
「好き勝手抜かしやがって。てめえの方こそ何様だ。私と兄の何を知ってる。何が分かる!」
肩で息をしながら、ミハルは叫ぶ。
「知らんよ。何も」
口元に滲んだ血を指でふき取って、ティルは言う。
「だが、これだけは言える。お前の言う事実とやらは、兄が死に至るまでの過程の、たった一部分だということだ」
「偉そうに・・・っ」
二人が睨みあう。
まずいな。話が僕の望まないほうへ進んでいる。これ以上話が進みそうなら、少々強引な手を使っても止めるか。そう思って腰を上げかけたところで、丁度いい知らせが届いた。
敵襲の報だ。
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