第191話 狐と狸の果し合い

 二組の来客の依頼は、奇しくも同様の依頼だった。依頼、というよりも宣言といった方が正しいか。

「一週間後、我々はこの連中を排除する」

 安部が右にいる男を指差し宣言すれば

「一週間後、俺たちはこいつらをぶっ殺す」

 十二代目芝衛門、金長和人と名乗った着流しの男は左にいる女を指差した。

 坂元は頭を抱えた。

「・・・理由をお聞かせ願いましょう」

「連中が」「こいつらが」

「どうか、お一人ずつお願いいたします・・・安部さん」

 心底うんざりした様子で坂元は懇願した。先に来ていたという事で、安部から口を開く。

「一週間前、わが社の社員の一人が死んだ」

 突如としてきな臭い空気が溢れかえった。殺人、なんて自分には無関係なものだと彩那はどこかで区切りをつけていたから、衝撃は意外と大きかった。声を抑えるだけで精一杯だ。彼女が驚いているのに気づいていた安部だが、ちらりと一瞬彩那を見た後、すぐに視線を坂元に戻し、懐から写真を取り出した。

「彼だ」

 写真に映っていたのは、どこにでもいそうな、ごく普通の青年だった。温和な人柄がにじみ出るかのような柔和な顔つきで、安部の説明では事実、誰からも好かれる優しい人物、だったらしい。

「彼、田村俊之の行方がわからなくなったのは、十日前。無断欠勤を訝しんだ彼の上司が、彼の家族に連絡を入れた。几帳面で真面目な彼が無断で休むというのは考えにくい。すると上司は家族から、その前日の夜から連絡が取れなくなっている事を知った。その日は同窓会がホテルである、終わったらそのまま夜に彼女とデートに行く約束をしていると家族に伝えていた。家族は彼女と泊まってそのまま会社に行ったんだろうと、とくに心配していなかった」

 しかし、彼は会社に現れなかった。捜索願を警察に届けたが、今なお発見には至っていない。

「発見には至ってないんですよね? どうしてそれで死んだと判断したんですか?」

 坂元の当然の疑問に、安部は後ろの護衛に指示を出した。護衛は懐からスマートフォンを取り出し、机の上に置いた。

「田村の最後のメールだ」

 彩那と坂元が画面を覗き込む。田村からのメールには、こう書かれていた。


『彼女は間違っている。間違いを知ってしまった僕は、それを正さなければならない。今日この後、彼女に会う。彼女を説得する最後のチャンスだ。この説得に応じてもらえない場合、僕は彼女を告発しなければならない』


「これは?」

 顔を上げ、坂元が尋ねる。

「彼の社内PCに残されていた。身の危険を感じていた彼は、会社で支給された携帯電話からPCにメッセージを送っていたようだ。発信日は、ちょうど田村が消えた日。以降連絡は取れない。また、携帯電話にはGPSが内蔵されており、居場所を特定することができるのだが、その信号が消えた。最後に信号を受信した近辺を調査したら、ゴミ箱から破壊された携帯電話が発見された。明らかに人為的な力で破壊されていた」

「では、田村さんは何かの事件に巻き込まれて、最悪死んでいるのではないか、と考えているわけですか?」

「そうだ。そして、我々は金長ホテルの従業員、小安はるかを疑っている」

 安部と彼女の護衛たちが、金長たちを横目で睨みつけた。

「だから!」

「金長さん」

 坂元が食ってかかろうとした金長を制止させる。

「今は金長さんと安部さん、お二方から事情を聞いています。今は、安部さんの事情です。当然安部さんの考えが反映されます。あなたにも言いたいことがあるでしょうが、堪えてください」

 くそ、と金長は背もたれに乱暴に体を預けた。金長が引き下がったのを見て、坂元は安部に向き直った。

「その根拠はなんでしょうか?」

「小安が、田村の恋人だからだ」

 この発言に、彩那もそうだが、坂元も驚いた。敵対する組織の人間同士が恋に落ちるなんて、ロミオとジュリエットみたいだ。周りの反対が大きければ大きいほど燃え上がる恋は、フィクションの中だけの話じゃなかった。手鹿が聞いたら喜びそうだな、と文芸部エースの顔が彩那の脳裏によぎった。

「メールにもある、『彼女は間違っている』という文面の『彼女』は、小安のことではないかと考えている。事実その日はデートの約束をしている。つまり、彼女が田村が最後に会った人間だ。そして、文面にはこうもある。『説得に応じない場合、彼女を告発しなければならない』と。以上の理由から、我々は小安はるかが何らかの弱みを田村に握られ、告発される前に殺害したのではないかと疑っている」

 以上が、彼女の言い分だった。

「従って、私は金長ホテルを経営する金長和人に対し、小安はるかを引き渡すよう要求した、が、突っぱねられた」

「当たり前だ。うちの社員が殺した証拠もないのに、売り渡すわけにはいかねえからな。何されるかわかったもんじゃない」

「ただ話を聞くだけだ。いくら私でも、犯人と決まったわけでもない相手に無茶はしない」

「それが信じられないって言ってんだよ。その代わり、小安のその日の行動などの情報は渡しただろうが」

「あんなもの、鵜呑みにするわけないだろう。身内をかばっているんじゃないか、と疑うのは当然だ」

「身内は確かに可愛い。だが、火種になるのがわかってて庇うような事はしねえよ。庇ってんじゃねえ、犯人じゃねえから守ってんだ」

「どうだか」

「んだとてめえ」

「やるのか?」

 ガタ、ガタガタっと互いが身構える。再び喧嘩が勃発しそうになったので、坂元がスマートフォンを取り出し、わざとスピーカーにしてどこかの番号に発信した。コール音一回で向こうの相手が出た。

「さかもっちゃん? どうし」

 ブツ

 安部と金長の指が通話終了を押していた。そして、恨みがましい目で坂元を見下ろしている。

「わかった。ここで争いは二度としない」

「大人しくしとくから」

「わかっていただけて、何よりです」

 坂元は件の峰氏に電話が誤りであったことを謝罪し、安部と金長は再び席に着いた。

「話の続きをしよう」

 金長が後ろのメイドを呼ぶ。メイドは彩那と坂元に向かって綺麗なお辞儀をし「侍女の小安あきえと申します」と名乗った。小安、ということは、彼女はもしかして。彩那の疑問を裏付けるように、小安あきえは頷いた。

「小安はるかは、私の妹にございます。その日、私は妹より相談を受けておりました。『約束の時間になっても彼が現れない。もしかして捨てられたんじゃないか』と。わたしも彼とは何度かお会いしたことがありますが、何も言わず去るような、不義理をするような方とは思えませんでしたので、何か事情があるのだろうと妹をなだめました。翌日、そちらにいらっしゃる安部様から社長に田村様の件で連絡があり、初めて彼が事件に巻き込まれたことを知りました。社長はすぐさま妹に対して聞き取りを行い、また妹の話が嘘ではないか裏どりも行いました」

「結果、小安はるかはシロだってことがわかった」

 あきえの言葉を引き継ぐようにして、金長は言った。

「待ち合わせの店の防犯カメラに、彼女が映っていたし、それ以外の時間は彼女は勤務中だった。大勢の同僚たちと一緒にいたというアリバイがある。これをどう説明するんだ?」

「一緒にいたからアリバイがある、とは限らない。彼女はコンシェルジュだ。お客のためと嘘をつきホテルから出られる。休憩時間だってある。お前のホテルから犯行のあった同窓会の会場まで走れば十分かからないし、呼び出して殺した、という可能性もある。そうそう、話すのを忘れてたな。田村の携帯が見つかったのはお前のホテルのゴミ箱だ。そっちこそ、この事実をどう説明する? それに田村は生きたまま同窓会会場を後にしている。つまりそれまで生きていたんだ。これは、会場や付近の監視カメラや同窓会に出席していた人間の証言から判明しているんだぞ?」

「その証言やカメラ映像だって怪しいじゃねえか。顔がきちんとカメラに映ってねえし、証言だってあやふやなもんばっかで信ぴょう性に欠ける。携帯なんぞ真犯人がたまたま通りがかりに捨てたのかもしれねえだろう。裏路地にあるんだ。こっそり捨てることだってできるだろうが。そんなもんこそ鵜呑みにすんな」

 再び一触即発の空気が流れる。その流れを断ち切るように、坂元が手を二度叩いた。パァン、と乾いた音が室内に広がって、満ちていた敵意が祓われる。

「話はわかりました。安部さんは身内を殺されたから、犯人を引き渡せ。金長さんとしては言いがかりも甚だしい、と。そして、どちらも引き下がらないから段々ヒートアップしてきて、ついには抗争にまで発展してしまったと」

 とんでもない理屈だ。そりゃ、人ひとり死んでいるかもしれないんだ。大ごとだ。だが、恨むべきは犯人で、犯人探しを理由に抗争を起こしていい理由にならない。だが、彼ら彼女らにとって、それほど身内というのは大事なものなのかもしれない。

「一週間後に戦うと決めたのは、人員と武器を集めるのと、その前に坂元に伝えておこうと思ったからだ」

「お前の口を介してポートの連中に伝えてもらって、余計な被害を出さなくて済むよう手配してもらおうと思ったんだ」

「余計な被害を出さないためなら、戦いをやめていただくのが一番なんですが」

「「それは無理だ」」

 二人に揃って食い気味に言われ、坂元は大きくため息をついた。

「じゃあ、こうしましょう。お二方が持つ情報を、私に全てください。事件を調べます」

「犯人を探し出すってことか?」

 安部の質問に、坂元は一つ頷いた。

「なので、それまではどうか絶対に、互いに手を出さないでください」

「犯人が、わからなかったら?」

 今度は金長が、坂元を探るような目つきで見ている。

「その時は、抗争でも何でもすればいいです」

「ちょ、何言ってんの?!」

 坂元の無責任な発言を彩那は止めようとした。だが、坂元は彼女を手で制し、続けた。

「お二人が懸念された周囲への被害も、私の方で手配し、可能な限り抑えるよう努力します」

「約束、だな?」

 安部が念を押した。

「約束は、守ります」

「嘘をついたら、わかっているな」

「約束を破るということの怖さは、私が一番わかっていますとも。その代わり、お二方ともわかってますよね。私が真犯人を見つけたら・・・」

「もちろん、矛を収める。犯人が小安はるかでなかった場合、疑ったことを素直に子安と金長に詫びよう」

「金長さんは?」

「おお、お前の調査が終わるまではこっちも手出しはしねえし、事件が解決したならそれでこの件は綺麗に水に流そうじゃねえの。遺恨は俺の名前にかけて残さないし、部下にも徹底させる。犯人が、ありえねえが、もしも小安だった場合、素直に安部に引き渡すことも約束する」

「決まりですね。ではお二方、こちらにサインを」

 タブレットを操作し、二人に差し出す。安部と金長が内容を確認して、それぞれの名前を記入する。

「契約成立です。では、後日改めてご連絡させていただきます」

「楽しみに待っている。連絡はいつでも構わない。わかったらすぐに連絡してくれ」

 直通の連絡先だ、と安部が名刺を机に滑らせる。

「かしこまりました。ですのでお二方とも、くれぐれも早まった真似はなさらないでください」

「わかってるさ」

 メイドに自分の名刺を渡させた金長がずずいと身を乗り出し、下から坂元の顔をからかうように覗き見た。

「期限を設けなかったのを見逃してやったんだ、もう少し信用して欲しいもんだね」

 金長と坂元の視線が交錯する。

「だが、いつまでも抑えられると思わないことだ」

 釘を刺し、先に安部が出ていった。後に続いて、金長が扉の先へ消える。1LDKがいつもの空間に戻った。いつもと同じなのに、少し物悲しく、寂しく、物足りなく感じるのは、それほど濃い連中に室内を占拠されていたということだろう。

「ああ、疲れた・・・」

 坂元がぐったりと椅子から崩れ落ちた。

「あんな約束して大丈夫だったの?」

 息つまるような時間から解放され、ようやく息継ぎができた彩那からの質問に、「ん・・・うん」と億劫そうに坂元は答えた。

「やるしかないだろう。ほっときゃ血の雨が降る」

「何だったの彼らは。その・・・もしかして堅気の方では、ない?」

「グレーだな。昔は俗にいうヤクザだった。だが時代とともに法律、例えば暴対法とかか、詳しく知らないが。後はニーズ、金の稼ぎ方が変わってきたために、組織のあり方も変わってきた。安部も金長も全国に多くの仲間がいる。そのネットワークを用いて現在、安部は飲食業を展開、金長はホテルを経営している。彼らの目的はこの社会に溶け込むことが目的だから、職業にこだわりはない。だが、万が一の時の武力も所有している」

「万が一ってなにさ」

「こういう時だよ。人間とそれ以外、という考え方をまだしていないか? 人間だって国が違えば人種が違うように、彼らも多種多様な種族がいる。そして、仲が悪い同士も当然いる」

「彼らみたいに? ・・・そういえば、狐とか狸とか言ってたけど」

「ん? ああ、知らないか? 玉藻前とか芝衛門とか。玉藻前は昔の偉いさんに取り入った、狐が化けた絶世の美女として、芝衛門は変化の得意な芝居好きの化け狸として、古典に乗ってる有名どころなんだが」

「もしかしたらどこかで聞いたかもだけど」

「そうか。もしかしたら手鹿さんがよく知ってるかもな。サブカルチャーで現代風にキャラクター化されてるから」

 まあ、その話はまた今度にしようか。と坂元はすっかり冷え切ったコーヒーを一気に飲み干した。

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