第175話 簒奪者
朝日が照らす城門を、一人の男が潜り抜けた。街中が総出で救助活動にいそしんでいる中、男を気に止める者など皆無だ。それは、男にとっては好都合だった。ここでのやるべき事は全て終わった。もう、用はない。
帰路を急ぐ男の行く手に、矢が突きたった。思わず足を止める。
「みんなが頑張ってんのに、どこに行こうってんだ?」
立ち止まるのを見計らったように声がかけられる。振り返ると、朱色の剣を担いだタケルがいた。
「サボりは良くないね。クルサに怒られるよ? それとも、シュマの一味だったから街に居づらいのかな?」
男の正体は、タケルから奪った剣をシュマに届けた、シュマの片腕と目された狩猟者だった。
「・・・確かにシュマどのとはよく組んでおりましたが、それだけで一味とされては」
「いやいや、僕見てたし。あんたが僕の剣持って部屋から出てくの。それに」
タケルは隣にいるクシナダに話を振る。
「あなたも居たわよね。ウシグたちに混じって洞窟までついてきた中に」
びょう、と互いの間に風が吹き抜ける。
「言っとくけど」
タケルが剣を突きつける。
「僕は探偵じゃないから、証拠を突きつけて言い逃れできないようにする、とか、趣味じゃないから。ただ僕の中で出来上がった仮説を対象に向けて言いたいだけだから。それであんたが不快に思おうが何言ってんのこいつ馬鹿? と思おうが知ったこっちゃ無い。だから、ご都合宜しけりゃ聞いていけよ。ご都合宜しくなくても聞いてもらうけどな」
これから彼が話すのは、大量のサソリを駆除しながらまとめていたものに、これまでの違和感の数々と、自分の考えや推測を加えたものだ。
「まずは、あの一風代わった眷属どもが出てきたところからだ。いつものサソリやらカエルやらと色が違う連中は、穢れで出来ていた。切っても突いても、すぐに回復する厄介な連中だ。けど、アジ・ダハーカが生み出した眷属は、いつもの連中だった。あの戦いで出されてたら、もしかしたら今頃僕らは全員アジ・ダハーカの腹の中だったかもしれない。それくらいの強さだった。なのに、最後の最後まで出なかった。どうして出さなかったのか。出すのに条件があるのか、とか色々考えて、辿り着いた結論は『別のやつの眷属じゃないのか』ってこと」
「え、何それ私初耳」
男よりも、クシナダの方が驚いてタケルを見た。
「ああ、今言ったからね」
「またあなたは! 私には話せ、教えろってうるさいくせに、どうして私には何も話さないの! 不公平よ!」
「だから、確証のない仮説を、答えあわせしてくれる当人以外に話したって意味ないだろ。間違ってるかもしれないんだから」
そういうことじゃない! と膨れてまだ食い下がろうとするクシナダを何とかなだめて、タケルは続ける。
「次は、今しがたクシナダが言ったように、ウシグと一緒についてきた点だ。シュマとウシグたちは別のグループだった。なのにそこに一緒に居たってことは、手を組んで街をのっとろうとしていたのか。僕の想像では、違う。協力はしていたかもしれないけど、目的は違う。だってシュマの最終目的はアジ・ダハーカの力を奪うことだからだ。シュマがウシグを斬り殺したのは、自分とウシグ、その後ろにはマルトだっけ? そのつながりを絶っておきたかったからだ。マルトに頼まれたというのもあるかもしれないけどね。裏切り者とは誰も手を組んでたなんて思われたくないだろうし。用件を果たすまでは人間には味方で居てもらいたかったんだろ」
自分がいなかったところの話をクシナダの話で補填して、タケルは推測を続けていた。
「この二点から導ける事、シュマたちがしたかった事は、アジ・ダハーカをこの地に引っ張りだすことだったんじゃないか、と思ってる。多分もっと長いスパンで計画を立ててたんだろうけど、そこに僕が現れた。悪魔の欠片を持ってるくせに悪魔の欠片の事を何も知らない馬鹿を利用できるんじゃないか、利用出来たら儲け物、くらいの考えで僕達を計画に巻き込んだ」
「ん? ちょっとまってタケル。何か変じゃない?」
クシナダが推測を止める。
「なんか、全部結果的に上手く進んで、シュマがアジ・ダハーカの力を取り込む事が出来たけど。そもそもタケルの剣なしで力を取り込めるの?」
朱色の剣、蛇神の性質を使わなければ悪魔の欠片を奪うなんて出来なかったのではないか。
そこがポイントなんだよ、とタケルは良い質問をした生徒を讃える先生のように頷いた。
「シュマが得ていた知識、あれは、どう考えたって悪魔の欠片を持つ何者かにあって情報を得てなきゃ出てこないものだった。じゃあ答えはこうだ。この街に、もう一匹。悪魔の欠片を持つ者が居る。そうすると疑問は解決だ。力の奪い方もそいつが教えるだろうし」
そうだろ? とタケルは男を見据えた。男は答えない。否定も認めもしない。ただ無表情にタケルの顔を見返している。構わずタケルは続ける。
「そいつは、力を欲するシュマの心理に付け入り、ウシグたちを操り、アジ・ダハーカを引っ張り出した。本当はもっと街の力をつけさせて、僕達抜きの、純粋に街の人間の力だけで勝てるところまでもって行くつもりだったんじゃないかな。この街の技術水準は今まで僕達が立ち寄った中でも最高ランクだ。今後はもっと不自然の無いように高めるつもりだった。だから、シュマのカリスマ性を使って街での発言力を高めるようにも動いていた」
もしかして、とクシナダが何かに気づく。
「じゃあ、狩猟者のランク付けって、自分達が街で好き勝手しやすいようにするための?」
「だと思うよ。シュマの入れ知恵ってことで鍛冶屋とかを抱き込んで、対アジ・ダハーカ専用の武具を開発させる、とかね。まあ、別に倒すとこまでは期待して無かったかもしれない。ほどほどに疲れさせたところで登場して、漁夫の利を掻っ攫えば良い。悪魔の欠片を持つ連中は実力はほぼ同等。ってことは、一方がハンディを持ってりゃほぼ確実にハンディのない方が勝つ」
「なんだってそんな、気の遠くなるような手間と時間をかけてるの?」
「理由は知らない、が、色々想像はつくよ。何千年前に受けた傷をまだ治療中だったとか、二度とアジ・ダハーカに逃げられないように周到に準備したかったとか、そもそもアジ・ダハーカのゲームを高みの見物としゃれ込んで、おこぼれ頂戴していたか。奴らに時間は関係ない。悠久の時を生きる化け物なんだからな」
「・・・タケル。それって」
一体誰の事を言っているのか、クシナダも気づいた。これらの情報が集まって導き出されるものの正体。
「答えあわせをしようぜ。レヴィアタンの頭を喰ったのは、あんたかな?」
無表情だった男の顔に亀裂が入った。三日月形に顔の下半分が裂ける。笑みと呼ぶには、あまりに邪悪な口の歪みだった。
「お見事。よくもまあ、断片だらけの情報からそんな仮説を組み立てたものだ」
パンパンと音を立てて手を叩き合わせ、賞賛する。
「なぜ、私が出て行くとわかった?」
「勘、だね」
いたってシンプルな答えがタケルから返ってきた。
「本当は、僕の見立てではアジ・ダハーカ戦後かな、と思ってた。アジ・ダハーカが倒された事であんたの用が済むと思ってたから。街の復興が始まる前、被害状況が判明する前に姿を消すんじゃないかな、と」
「だから、私や門番の皆に街から出て行きそうな人間がいないか探させたのね? 疲れてるのに何を言い出すのかと思ったわ」
だが、ぶうぶう文句を言いながらの見回りは空振りだった。クシナダがさらにタケルに噛み付いたのは言うまでもない。
「当然っちゃ当然だよね。アジ・ダハーカから力はまだ奪われて無かったんだからな。そして、シュマが暴れて、今に到る。・・・あんたが、あの時の頼みをもう一度実施してくれて助かったよ」
クシナダに向かって、タケルが感心したように礼を言う。褒められたことに少し照れくささを感じたクシナダは、彼から顔を背けて頭をかいた。
「あなたとの付き合いも長いからね。私に何か頼むときは、何か意味があるんだろうなって。ホッとした時が一番狙われやすいものだし」
頼みごとを思い出した彼女は、街の被害確認も兼ねて見回っていたときに男を発見した、というわけだ。
「大体はご推察の通りだ。シュマに悪知恵を吹き込み、マルトを扇動したのは確かに私だ」
タケルの話を頷きながら聞いていた男が応える。
「大体、ってことは、一部間違っていたのかな?」
「ああ。別段私は、傷を癒す為に隠れているわけではない。『本体』がちょっと遠方で私的な用事を済ませているところさ。だから今回の遊びに間に合わなくて、『
「へえ、私的な用事ね。どこで、何をされているのかな?」
大方の予想はタケルについていた。悪魔の欠片を持つ化け物がやる事といえば一つか二つ。
「なに、ちょっと他の欠片を集めていたんだ。両足と、残りの腕のな」
「ちなみに、その用事ってのは」
「ああ。ついさっき、終わった」
猛烈な風がタケルとクシナダに襲いかかる。二人は腕で顔をかばいながら、細めた目を男から離さない。
「頭、心臓、右腕、左腕、両足。何千年も昔、悪魔レヴィアタンは五匹の化け物に喰い千切られ、ばらばらとなった。だが、今そのうちの三つが私の中にある」
「それなら、今ここで残り二つを奪っていくか?」
好戦的にタケルが挑発するが、男は笑いながら首を横に振る。
「分身では分が悪い。私はアジ・ダハーカのような自信家ではない。臆病なんだ」
「生態系の頂点に立つ化け物が臆病とは、面白い事を言うじゃないか」
軽口を叩きながら、強敵だな、とタケルは確信していた。自信家で傲慢だから、今までの化け物にはつけいる隙あった。だが、こいつにはそれが無い。三つの悪魔の欠片を得ているにもかかわらず、だ。必要とあらば退くことも躊躇せず、油断もない。厄介なことこの上ない。臆病と慎重は紙一重だ。そして、こいつは間違いなく慎重寄りだ。だから他の化け物を喰らうことが出来た。アジ・ダハーカが尻尾巻いて逃げるわけだと苦笑する。
「まったく。二つに分かれたままのアジ・ダハーカや、愚かなシュマであればまだ簡単に欠片を集められたものを。変な奴に欠片を奪われたものだ。やはり不精はするものではないな。結局手間が増える」
そして、化け物も同じ事を考えていた。人の身でありながら化け物を倒す者を侮るなどとんでもない。が、諦めるつもりは全くない。悪魔の欠片を保持している者の究極の目的は、欠片を全て手に入れることだからだ。
「文句言うなら、最初からあんたがアジ・ダハーカの力を奪っちまえば良かっただろうが」
「分身で御せるほど、悪魔の欠片の力は小さくはない。こちらが取り込まれてしまう。一応、悪魔の欠片から生まれた身だからな。力の小さい方は飲み込まれるのだ」
お前の剣を運ぶときも、細心の注意を払ったほどだと男は言う。
「じゃあやっぱり、ドゥルジがシュマに飲まれなくて正解だったってことか」
クシナダの判断は間違っていなかった。
「そうだな。中々の英断だったと褒めておこう。あのままアジ・ダハーカの一部であったあの者が飲まれていたら、アジ・ダハーカはシュマと剣の力を使い、復活していた可能性がある。結局のところ、あの者とアジ・ダハーカは同一の存在、光と影。どちらも、元は人であったときの奴が作り出した人格の欠片。人が数多の欠片を生み出せるのなら、欠片から人を類推することも、別の欠片を導くことも可能だ」
「一事を以て万端を知る、ってか? とんでもない化け物だな。つくづく」
呟くタケルだが、表情は明るい。そんな彼を、男は表情を一変させ、鋭く睨み付けた。
「だからこそ、私は分身程度でお前に挑まない。悪魔の欠片を得てなお、正気と姿を保ち、アジ・ダハーカの力を得たはずのシュマに飲まれても吸収されるどころか喰い破り、この地に到るまで様々な力を喰らい続けてきたお前を、私は同等の化け物として、全身全霊をもって倒すべき敵と定める」
男の姿形が陽炎のようにうっすらとぼやけ始める。少しずつ色を無くし、後ろからの朝日が通過する。
「追って来い、簒奪者。怪物すら恐れる怪物め。ここよりはるか南の地で、『頭を喰らいし者』ティアマットは待つ。お前達の来訪を楽しみに、首を長くして待っているぞ」
ひと際猛烈な突風が吹き荒れ、タケル達を打ちつけ、砂埃が視界を覆い隠した。砂埃が収まった頃には、ティアマットの分身は消えていた。
「面白い」
虚空を見上げ、タケルは笑った。
「せっかくのご招待だ。バチッと礼装してお邪魔するよ」
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