第33話 勝者と敗者
「そう言えばさ、『狩猟者』ってなに?」
野営中、夕飯を食い終えた後。地図を手にしたクシナダがミハルに話しかけていた。女性二人は話を途切れさせることなく、ずっと話している。よくもまあ、あんなに話が続くものだ。
「狩猟者ってのは、街の人からの依頼で魔獣やら怪物を倒して金を稼ぐ連中のことだよ」
彼女の話を聞いていると、この世界には、すでにいくつかの国家が形成されていることが判明した。文明が生れているってことだ。人が集まって街を作り、その集合体が国となって少しずつ版図を広げている。
だが、それを妨げるものたちがいる。怪物、化け物、魔獣と呼ばれる人に仇なす者たちの存在だ。人や家畜を襲い、時には群れを成して村や街すら滅ぼす、この世界で最も恐るべき存在。だから各国は周囲に高い塀を築き、兵を配備し、奴らに備える。今は、人対奴らの構図が出来上がっていた。
国を守るのは、国が鍛えた兵たちだ。だが、兵の数が足りない村や街はどうすれば良いのか。国からの兵が間に合えばそれでいいだろう。だが間に合わなければ? ただ座して滅びを待つのか?
そうはならなかった。人々の中から少しずつ、怪物退治を生業にする人たちが現れ始めたのだ。それが『狩猟者』のはじまり。以降、狩猟者人口は徐々に増え始めていた。
僕の世界の歴史でもあったことだが、こういう場合、家督を継ぐのは大体長男。次男より下は安い給金で長男の手伝いをするか、兵士になるかだった。
そこに第三の選択肢が現れた。依頼は命がけになるから、当然報酬も弾む。また、魔獣からとれる皮や鱗は優れた武具に加工できるため高値で取引される。家を追い出され、明日をも知れぬ貧乏人が、一体の怪物を退治し、その報酬と剥ぎ取った戦利品を売った金で一夜にして億万長者になった、なんて噂話が出回るほどだから、増加するのも無理はない。だが、けして増えすぎるということもない。己の力量も顧みず無茶な依頼に挑んだ結末は死。次々生まれるが、次々死んでいく。ハイリスクハイリターンな職業だ。
「私がこっちに来た時、あの女がこいつをくれた」
このことを見越してたんだろう、と腰に履いた剣をポンと叩く。
「あいつを探すためには、こっちで生活を送ることになる。で、生活するためには働く必要があるわけで、今の私にうってつけだったのが狩猟者って職業」
戦い方を学べるし、稼げるし、定住する必要がなく、世界中を回れるからだと彼女は言った。長期戦も覚悟の上で一方通行のこっちに飛んできたのか。見上げた根性と執念だ。本当に惜しい。その才能と力を向こうで開花させておけば、ゆくゆくは歴史に名を刻んだだろうに。
ふうん、とミハルの話に相槌を打っていたクシナダは、ふいに尋ねた。
「じゃあ、あなたは本来の目的を果たしたら、その後どうするの?」
「え?」
驚いた顔で、ミハルがクシナダの顔を見返した。その後のことを何も考えてなかったって顔だ。
「目的を果たしたら、もう一度神に逢える事があるみたいだけど、その時は元の世界に戻るの? それともこっちに残るの?」
「その、時は・・・」
言葉に詰まる。これは彼女が悪いわけではない。
考えられないのだ。
人が意識を向けていられる数には限りがある。そして彼女は、その大部分を復讐のためにつぎ込んでる。メモリ一杯の状態で他の作業をしようとするとPCが停止してしまうみたいに、それ以外のことを考えようとしたら思考が止まる。その後のことを考えたくない、という心理が働くのも関係しているかもしれない。
なぜなら、復讐が終わった後、そこに残るのは燃えカスだからだ。それこそ本当に何も残らない。経験者は語る、だ。
それから二日。命を狙われることもなく旅は順調に進んでしまい、次の目的地付近に到達した。
僕たちは、目的地の手前にある、大きな街に入った。どうやら、この辺り一帯を治める国家の首都のようだ。活気があり、行きかう人々にも笑顔が見られる。どこぞの港町とは大違いだ。金銭を要求してくる悪徳兵士もいないし。
街では丁度、盛大に祭りがおこなわれていた。それだけなら何一つおかしいことなんてない。祭りなんてどこでもするだろうからだ。ただ、何のための祭りか、ということを突き詰めていくと、良い街だという意見が、少し怪しくなってきた。
原因は、街の中央広場にあった。
何の祭りか、と真昼間から酒瓶をラッパ飲みしてる酔っ払いに声をかけたら、意味深な含み笑いを浮かべて「中央広場に行ってみな」と酒くさい息を吐きかけてきた。
広場に近付くにつれて、人ごみが増加し、何か物が腐った匂いが漂い始めた。よくこんな匂いの中平気だなと周りの人を見る。皆顔をしかめていたので、平気という訳ではないようだ。ただそれ以上の価値が、腐臭の先にあるらしく、皆そのために歩を進めている。
嗅覚は脳に直接刺激を与えると聞いたことがある。だから、くさい匂いというのは目や耳、触覚から得られる不快感よりもはるかに拒絶反応が高いはずだ。それを押しのけるほどなのだから、くさややドリアン、納豆みたいに、我慢してでも欲する魅力的な物があるということなのだろう。ちなみに僕は、納豆もくさやもドリアンも食べられない。
僕たちは口元を強く押さえながら、人ごみに流されるようにして前に進んだ。人垣が左右に割れて、目の前に空間が広がる。その空間に、それはあった。
広さとしては、一周二百メートルのトラックがある小学校のグラウンドほどだろうか。そこの中央に、巨大な翼龍の死骸があった。
腐りかけた翼や手足、そして長めの首、胴体、いたるところに上から巨大な杭が打ち込まれて、標本みたいに縫い留めている。
「何、コレ」
嫌悪感を露わにしながらミハルが呟く。確かに何だこれ、な光景だ。こんな煮ても焼いても食えなさそうなものを見世物にしているこの国の住民たちの感覚が今ひとつわからない。
「悪名高き敵国の守護龍だよ」
隣にいた見知らぬ男が、何をおかしなことを言ってるんだ? とう顔で聞いてもないのに教えてくれた。
「あんたらは、旅人か? どっから来たんだ? ギルナー? ヨテポリ?」
「ヘオロトからよ。ついさっき着いたばかりなの」
クシナダが答える。ヘオロト、知らないなあ、と男は首を捻るが、すぐにどうでもよくなったらしい。彼にとっては、最近この辺りに来た僕たちが、自分の知っていることを知らないという事実の方が大事なようだ。
「教えてやるよ。我らが守護者『グレンデル』が、ついこの間、敵国シルドとそこをねぐらとしていた龍を討ち滅ぼしたのだ」
頼んでもないのに、男が熱く語る。説明から熱を帯びた賛美の修飾語を省いて要約すると、こういう事らしい。
この国『ロネスネス』は、ここ近年でいくつもの周辺諸国を併呑している強国だ。連戦連勝の彼らには他の国にはないものがある。『グレンデル』という秘密兵器だ。
グレンデルとは、巨大な人型鎧だ。
選ばれた人間がそれに搭乗して、中から動かせるらしい。そう聞かされて、僕が想像したのはアニメやゲーム何かに出てくる巨大ロボットだ。まさかこの時代にそんなものがあるわけない、と思ったが、元の世界でもオーパーツやらなんやら出土するのだから、この世界にだって神代の遺物であったり、それこそ異世界や外宇宙の発達した文明の忘れ物があったっておかしくない。しかも、それが十五体存在するという。すこし興味がわいたのは仕方ないことだと思う。僕も男子だからだ。巨大ロボットに胸をときめかせない男がいようか、いや、いない。
グレンデルを使って、ロネスネスは次々と敵軍を滅ぼしていった。巨大ロボットと前時代的な軍隊とじゃ、戦いもならなかっただろう。人では太刀打ちできない、生態系の頂点に立つとされる龍とて例外ではなかった。証拠が目の前の死骸だ。
「寛大な我らが王の勧告を無視して、シルドの連中は生意気にも恭順の意を示さなかった。あいつらの住処は龍によって守られていたから、攻めてこれないと高をくくってたんだろう。その思い違いを正してやったわけだ」
グレンデルと万の軍勢で持って攻め込み、頼みの綱である龍を彼らの前で八つ裂きにし、兵はシルドを攻め滅ぼした。もともとの兵力に大きな差があったため、龍がいなくなれば戦争と呼べるものすら起きなかった。一方的な虐殺と略奪だ。それが、つい先日起こったシルド戦争の顛末だった。
「開かれてるのは圧倒的勝利をもたらした王と兵、そしてグレンデルを讃えるための祭りなのさ。一日目は宴だ。この街の全員が食って飲んで歌って踊って大騒ぎした。で、二日目の今日は戦果のお披露目と売買だ」
売買? ぴんと来ない僕たちに、男はもうすぐ始まるから、と言った。すると奥の方から、銅鑼っぽい音が響いてきた。
「お、始まるぜ」
銅鑼の音が近づいてくる。死骸の向こう側に、風になびく旗が見えた。向こう側から現れたのは、旗を持つ兵士、次いで、首や手足を鎖に繋がれた、服と呼ぶにはあまりにもお粗末な襤褸をまとった者たちが、武装した兵士に連れられてきた。隣でクシナダとミハルが声を失った。売買の意味が、ようやく吞み込めた。
そうか。戦争をしているのだから、こう言う事もあり得るのか。
「皆の者!」
一番前にいた兵士が僕たちに向かって声を張る。
「我らがフレゼル・ロスガウル陛下の計らいにより、シルドで得た戦利品を皆に分け与える! 一同、寛大なる我らが王に感謝せよ!」
周りにいた全員が頭を下げた。黙祷みたいなもんだろうか。ある人は手を合わせて、ある人は下っ腹辺りに組んだ両手を当てて、王城の方に向かって腰を四十五度に曲げていた。
「止め!」
の声に、全員が揃って頭を上げる。満足げに兵士は頷き「では早速、競売に移る!」と声を上げた。その瞬間、熱気を通り越して狂気じみてすらいる歓声が中央広場を包みこんだ。兵士が嗜虐的な笑みを浮かべて、近くにいた若く美しい女の首に繋がった鎖を引っ張った。女は苦しそうに悲鳴をあげて、それを見て周りが、特に若い男たちが囃し立てる。
「さあ、ではまずこの女から始めようか」
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