第153話 刻まれた歴史

「なんともまあ、面白い話を持ち込んでくれたもんだねぇ」

 クルサは煙管を苛立たしげに噛みながら頭をかいた。

 ウルスラと共に街の管理者であるクルサたちの前に赴き、事情を説明した。

 今回の襲撃は自分たちが原因であること。その件で他の狩猟者からは街からの退去を求められていること。そして、自分達の旅の目的を。

「タケルたちの旅の目的はわかった。化け物どもを駆逐して回ってて、今回はその地図? でこの街周辺に化け物が現れるのがわかっている、と」

 彼女が指差す先には、僕達が持っていた地図が広げられていた。赤印は依然山の中に存在している。

「その化け物ってのは、あいつらのことじゃなかったのかい?」

「あの色違いの連中のこと?」

「そうさ。おたくらが現れてから、ここに初めて出た連中だ。生まれてこの方見たことない珍しいやつだ。そこにある赤印は、逃げたトカゲのものじゃないのかい?」

 やつらが赤印の敵だったか、といわれると、首を捻らざるを得ない。厄介な敵だったし、穢れを利用していた。けれど、そこまで苦労することなく二体も消滅させられた。以前相対した、穢れを用いた敵、ケンキエンはもっと手強かった。ここの大多数の狩猟者よりも二、三倍は強い鬼の連中と、そいつらと互角に戦ってきた錬度の西涼兵、二つの街の連中が総がかりでようやく倒せた相手だ。他の場所でも街と魔術を用いた総力戦だったり神の力を借りたり、ともかく赤印級の相手ってそれくらいだ。こういっちゃ何だけど、あの程度の戦力で倒せるものじゃない。逃げたトカゲも、倒したサソリもカエルも、赤印級とは思えないんだよな。

「多分、違う」

 僕の推測も混じる話になるけど、と前置きする。

「やつらとの会話で少し気になることを言っていた。あいつらは『悪魔の欠片を持ち帰る』って表現をした」

 クルサが首を傾げる。

「それのどこが気になるんだ。獣も餌を取ったら住処に持ち帰るぞ」

「そういうやつは、大概住処に子どもがいるからだろ。自分のためじゃない」

「ん? てことは、あいつらも?」

 僕の言わんとすることを察したクシナダが地図の方を見た。つられるように、クルサやウルスラ、その場にいた者たちが地図へと視線を向ける。

「まさか、ここにいるってのか。あのトカゲどもがせっせこ餌を運びたくなるような何かが」

 トントンと赤印を人差し指で叩くクルサ。

「かな、と僕は思っている。そこで一つ聞きたいんだけど」

「ん?」

「クルサたちの祖先が、ダマバン山に入ったってのは本当?」

「・・・どっからその話を?」

「狩猟者たちの間で出回ってる噂話の一つにあったよ。あんたらの祖先が大昔に山の中に入って、財宝を見つけたとか、そういう逸話さ」

 クルサとウルスラが顔を見合わせる。即座に一笑に付さないってことは、真偽はどうあれ、山の中に関して何か知っているって感じだな。

「よければ聞かせてもらえないか、あんたらが知っていることを」

「知ってどうする」

「なに。一つ山登りでもしようかと思って」

「タケル、まさかお前、山に行く気か?」

「一石二鳥だろ? そっちは僕らがいなくなって嬉しい、僕は目的が果たせて嬉しい、どっちも嬉しいで問題解決だ」

「馬鹿野郎! 言っただろうが、ダマバン山に行って生きて返ってきたやつはいない! 死にに行くようなもんだって! 行ったって化け物がうじゃうじゃいるくらいで何もありゃしないよ!」

「じゃあ、噂話は全てデマなのか?」

 ずい、と彼女に顔を近づける。僕としては、彼女が何もないと言い切るところが怪しいと思っているのだけど。

「違うだろう? 根も葉もない噂など、この世に存在しない。あるのは人の目と耳と口を通るたびに歪められた事実だ。だがその噂の中には、事実の破片が存在するはずだ」

『ダマバン山にクルサたちの先祖が入り、財宝と封印と化け物を見たことがある』

 この一文の中に。それがどの部分なのかはわからない。

「あんたらは、おそらく歪められていない事実の何かを知っている、と僕は思ってるんだけど、違うのかな?」

 クルサとウルスラに交互に視線を向ける。

「忠告してもらったのに心苦しいのだけど、僕があの山に入るのは決定事項だ。目的を前にして僕が止まる道理はないからね」

 にらみ合うことしばし。クルサが両肩を落としてため息をついた。

「・・・どうしても、行くってのかい?」

「むしろ教えてくれ。何故止める。たかが狩猟者の一人や二人がどうなろうとあんたらの生活に影響はないはずだ。もし影響が出るというなら、その原因を教えてもらいたいね。少しは考え直すかもしれないよ?」

 まあ、そんな気はまったくないのだけど。

「ふん、嘘つきめ。考え直す気なんてないんだろう」

 ばれていたようだ。苦笑を浮かべるしかない。やはり僕は、わかりやすいのだろうか。

「ついといで」

 クルサは部下達に元の業務に戻るように命じ、入り口とは反対の、奥へと続くドアに消えた。僕とクシナダ、そしてウルスラがクルサの後を追う。

 ドアの向こうは、螺旋階段が上に続いていた。

「他の誰にも聞かれたくない話だ。ウルスラ、鍵を閉めてくれ」

 言い残して、そのまま上へ。がちゃん、と大きめの金属音が響き、しっかりと施錠された。なんだかんだで、普通の鍵を見るのはこの世界では初めてだ。ほとんどが鍵という概念のない街ばかりだったし、唯一お目にかかったのは宇宙船でアナログから一足飛び、本人認証系のオートロックだ。

 行き着いた先は六畳くらいの小さな部屋だった。中央には部屋の面積の半分は取っているであろう木製の机がでんと鎮座している。立派な机以上に目を引くのは

「何これ?」

 クシナダが呟く。彼女がそういうのも無理はない。

 机の中央部には杖のような物があった。先端には金ぴかのドーナツ型の飾りがあり、そこから両翼を広げた鳥の翼と足が四つずつX状でついている。これだけならただの杖だ。

 だが、その杖が空中に浮いていたら誰だって興味を惹かれる。上から吊り下げているようにも見えないし、下で何かが支えているわけでもない。動くことも、ゆれることすらない。空中に固定されているみたいだ。

「触るなよ」

 釘を刺され、クシナダがすごすごと手を引っ込める。

「こいつは、うちの祖先が山から持ち帰ったもんさ」

「やはり、山に入っていたのか」

「それについても教えてやる。せかすな」

 クルサはどっこいしょと巨大な本を机に置いた。表面はなめし加工の施された皮で、中はごわごわの紙、多分動物の皮を加工した羊皮紙ってやつが何百枚と綴られている。

「こいつは、代々街の管理者に受け継がれてる記録帳だ。街で起こった事件なんかを記録し、その際の対処法なんかも一緒に残している。いつか、同じような問題が起きた場合に備えてな」

 凄いな。普通に感心してしまった。事件・事故やインシデントを管理して対策マニュアルとして残しているんだ。記録をとる、残すという有用性に昔から気付いているってのは、実は凄いことだ。自分だけではなく、自分の子孫、未来のことまで考えているのだから。

「下の階に化け物どもの絵が貼ってあっただろう。あれも、ここに書いてあるのを書き写したもんだ。ご先祖様たちが戦って重ねた経験が今につながっている」

 戦い方から弱点、取れる素材など、かなり詳細に書いてあった気がする。よくRPGゲームで倒したモンスターを記録していくイベントがあるけど、それのリアル版だ。記載するまでに、どれほどの血と汗と涙が流れ、死体が転がったことか。気軽にコンプリートするなんて言えないな。

 クルサがページの最初の方を開いた。街が生まれたばかりの頃だ。ええと、ええと、と彼女の指先が羊皮紙の上を滑る。

「・・・あった。当時の記録だ」

 クルサが読み上げた内容は、噂話と少し違っていた。

 彼女らの祖先がこの地に街を築いてすぐ、ダマバン山が爆発した。山からは赤々とした燃える土が流れてきて森を焼いた。地の底から響くようなおどろおどろしい声が一帯に丸三日間響き、天は真っ黒な雲に覆われて日の光が届かず、代わりに雷と氷が降り注いだ。人々はこの世の終わりだと嘆き、家の中で震えていた。

 四日目の朝、声が止んだ。外は昨日までの雲が嘘のように晴れ渡っていた。山から流れていた燃える土も冷まされて固まっている。あまりの代わりように人々は驚く。その中から、何が起きたのか調べようという流れになった。

「調査を行った人間の一人が、あたしらの先祖ミスラさ」

 話は続く。

 木々が燃え尽き、黒一色となった山肌を登っていたミスラたちは、中腹辺りにぽっかりと大きな穴が開いているのを発見する。穴は一直線に伸びており、らせん状にえぐれ奥へ行けば行くほど広がっていた。どれほど大きな物が山に直撃したのか彼らには想像もつかなかった。

「穴のどん詰まりで、ミスラたちは一人の女に出会った」

 大層美しい女だったとミスラは書き記している。また、大層恐ろしいと感じさせる女であったとも。当時ミスラは二十代後半。体格にも恵まれ体力もあり、経験も豊富な旅人だった。その彼が、目の前の小柄な、触れれば折れてしまいそうな女から凄まじいまでの圧力を感じた。

「まるで、巨大な化け物を目の前にしているかのようだった、とある。で、女がミスラに頼みごとをしたらしい」

 この地に要塞を築き、化け物どもから守ってくれ。

 女の本性は巨大な龍で、敵対する化け物と戦っていた。山が爆発したのも、天候が大荒れだったのも、全て戦いの影響だった。

 戦いはかろうじて龍が勝ち、敵を追い払うことに成功した。だが、深く傷つき、今の女の姿になってしまっている。

「女は言った。化け物はこの地を諦めていない。虎視眈々と狙っている。そのために、これから自分の配下を送り込んでくるだろう。放っておけば、いずれこの地はやつらに支配される。それを防ぐ為に、力を貸してほしい。自分の傷が癒えるまでこの地を守って欲しい、と」

 せっかく平穏に暮らしていたのに、化け物に支配されてはたまらない。ミスラは女の申し出を受けることになった。契約の証として、女から貰ったのがこの浮いている杖だ。

「この杖は、龍の半身、らしい。これを龍だと勘違いした化け物どもがこの街に攻めてくるんだ。本物は山の中で寝ているんだそうだ」

 いつか女が龍として復活するまで守り続ける。礼代わりにミスラには様々な知恵が与えられた。鉄よりも硬く軽い、化け物から取れる宝石の加工技術なんかもその一つだ。ミスラは与えられた知恵を活かし、街をさらに発展させた。技術を街の人間達に浸透させ、武器や防具を揃え、城壁を作った。

 タイミングを見計らったように、第一陣、最初の襲撃があった。そのときはサソリが十匹程度だったか、当時の人間からすれば天地がひっくり返るような大事件だった。街の人間総出で立ち向かい、多数の犠牲者を出しながらも何とか撃退した。

 以降、ミスラたちの実力を測るように襲撃が起こった。街が大きくなれば、比例して襲撃規模も頻度も増えた。

「以上が、あたしらが知っている山に入った人間の話さ」

 絶対に他所で話すんじゃないよ、と念押ししてクルサは続けた。

「あたしらとしては、おたくらがいようがいまいが、化け物どもはこの杖に向かってくる。確かに狙いが二つに増えて頻度が増えるかもしれないが、それはいずれそうなっていたのが早まっただけって話さ。気にするほどのもんじゃない。過去にはもっと酷い状況があったんだからね。それでもこの街はまだ残ってんだ」

 あたしらの根性を舐めてもらっちゃ困るよ、とクルサは不敵に笑った。

「だから、あたしの結論としては、おたくらには街に残ってもらいたい。実力が申し分ないのはわかりきってるし、今回のでもウルスラに化け物を倒す方法を教えてくれたんだって?」

 彼女の視線の先にいたウルスラが何度も頷く。

「その知識や経験も貴重だ。おたくらを追い出して減るかどうかもわからん危険性と、残った場合のおたくらの戦力なら、あたしは後者、おたくらを取る」

 ふう、とウルスラがこっそり安堵の息をついている。

 参ったな、これは。正直想定外だ。僕としては追い出されるものと思っていた。なのに、反対に街に残るように頼まれることになるとは。嫌われている方がやりやすいというのも笑える話だ。勝手に出て行けばいい。それで関係はおしまいだ。だが今回みたいな場合どうしたらいい。無理矢理出て行けばいいのか? そうすると何らかの事情、例えば食料とか備品とか買いに戻ってきたときに面倒になるんだよな。

 ちょんちょんとわき腹をつつかれる。振り向いた先にいたクシナダが「どうするの?」と目で訴えかけてくる。しかもなんだか嬉しそうだ。この女、最近僕が困っているのを見て楽しんでいる節がある。

「あんたらの話はわかった」

 クシナダを一睨みしてから、僕はクルサに向き直った。

「とりあえず、僕としてもこの街を拠点にさせてもらえるのは助かる」

 地図は場所を示してくれるが、いつどこで何と戦うかまでは教えてくれない。長期にわたる場合、やはりゆっくり寝られるのは嬉しい。

「じゃあ」

 依頼が通ったと思われたくないので「待ってくれ」と片手で遮り、止める。

「でも、山には登る。今教えてもらった龍ってのも気になるから、その辺が今どうなってるのか自分の目で調べたい。それで良いなら、死んでなきゃ戻ってくるし、これまで通り狩猟者としてあんたらの指示で戦ってもいい」

 今度はクルサがしばし黙考する。

「得た情報を、あたしらにも共有すること、そして、山に登る際は必ず街の人間を一人以上連れて行くこと。それで良いかい」

 互いの落としどころが決まった。

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