第151話 記憶に残るニオイ

 サソリって、飛べるんだ。

 何メートルも上に飛び上がるサソリの腹を見ながら僕は思った。

 カエルはわかる。ジャンプする動物の代表といっていい。トカゲも、わからないではない。二足で水面走るやつがいるんだからジャンプくらいするだろう。

 ただサソリは想定外だった。八本の足を屈伸するように同時に曲げて、地を蹴った。太陽の光を遮り、地面に影を落とす。

「下がれ!」

 近くにいた狩猟者が叫び、自身も背を向けて走る。それに倣い、着地予測地点を避ける。ズズン、と大地に綺麗に八本の足型を入れてサソリが着地した。

『逃ガスカ!』

 横合いから何かが飛んできた。とっさに剣を差し出して受け止める。飛んできたのはカエルの長い舌だ。剣に巻き付き、切れることなく凄い力で引っ張ってくる。互いに踏ん張って拮抗状態に陥る。

「っつ!?」

 腕に鋭い痛みが走る。見れば手の甲や二の腕が赤く爛れている。舌から漏れる粘液のせいか。とんでもない消化液を持っている。このまま口に飲まれたら流石にただではすまない。

 剣を二振りのトンファーへと変化させた。剣の腹から折れるように分かれる。おかげで巻き付いていた舌の拘束から逃れられた。手に力を込める。呼応して、トンファーにバリバリと青白い電流が弾ける。

 再度カエルから舌が伸びる。それを、トンファーで受け止める。

『ガガッ!?』

 悲鳴を上げたのは今度はカエルだ。湿ってるなら、程よく通電しただろう。怯んだところを、今度はこちらから攻めようとする。

「タケル、上だ!」

 ウルスラの声に反応して急停止し、横に逃れる。僕が突き進もうとした場所にサソリの針が叩きつけられる。ボコォッと地面を陥没させたそれは、針というか、棘付きの鉄球、モーニングスターの如き形状へと変化していた。形状を変化させられるのか。感心したのもつかの間、尾を横薙ぎに振るう。勢い良く振るわれた尾の先端から棘が分離し、散弾銃のようにあたりにばら撒かれた。トンファーを振るい、何とか弾く。後方から悲鳴がそこかしこで上がる。下がっていた狩猟者達も被弾したようだ。

『シャアッ!』

 足を止めた僕に、背後に回りこんだトカゲが突進してくる。大きく開けた口が人の頭に狙いを定めている。

 パァン

 トカゲの下顎がはじけ、僕から逸れ、土煙を上げながら倒れた。前足にも矢が射掛けられている。そのせいでバランスを崩したのだ。

『ニオイハ一人分、ナノニ放ツノハ二人・・・ドウイウコトダ?』

 起き上がったトカゲの顎は案の定闇に包まれ、修復されつつある。その目が見つめる先に、矢を油断なく構えたクシナダがいた。

「女ににおいだなんて、失礼なやつね」

 彼女が矢を放ち、鼻先を消滅させた。顔の半分を破壊され、流石のトカゲものけぞる。だが、すぐさま闇が覆い隠してしまう。

「ていうか、そっちの方が臭いじゃない。それ、穢れでしょう?」

 彼女の言葉で思い出す。そうか、前に戦った鵺、ケンキエンか。

 人や動物が持つ負の感情によって出た穢れを喰う化け物がいた。そいつはその穢れをエネルギーとして使い、部下を無尽蔵に生み出したりしていたが、こいつらはそれを自身の修復に当ててるって訳か。昔からこの地で戦ってたのなら、大勢の人間が無念の内に死んだだろう。穢れが蓄積する好条件だ。

「あれ? てことはこいつら、まさか」

 本当は街を滅ぼすだけの戦力がありながら、これまで小出しにしてきたのは穢れを集めるためか?

「何ぼうっとしてるの!」

 クシナダからの叱責で、思考を断ち切る。そうだ。今は自分が望んだ戦いの真っ最中だ。他の事に気を取られている場合じゃない。

「ウルスラ!」

「何だ、この忙しい時に!」

 カエルと戦っていた彼女が、一旦引いてこっちまで来た。

「やつらの倒し方を教える」

「何?!」

 ウルスラがこちらを振り向く。

「戦ったことがあるのか?!」

「似たようなやつとだけど。だからこいつらに効くかどうか確証はない。それでも良い?」

「かまわん! 今のままではどう攻めていいかわからんのだからな」

「まあ、単純な話なんだけどね」

 やつらの倒し方は二通り。再生できなくなるまで叩くか、穢れそのものを喰う。後者は僕、というか僕の剣にしか出来ないだろうから、前者だ。

「なるほど、再生には限りがあるということか」

「なるべく再生する量を増やすようにした方が効果的かもね。胴体を切りつけるよりも、足を切り落とすとか。新参の僕が話しても誰も聞かないかも知れないけど、あんたの言うことならみんな耳を傾けるでしょう?」

「了解した」

 すう、とウルスラが息を吸い込み

「皆、聞け!」

 女とは思えないほどの大声を出し、対策を伝える。すると、目に見えて狩猟者たちの士気が上がった。昨日と同じだ。

 また、戦い方も変わった。

 先ほどまでは従来の連中との戦い方で、急所を突けば倒せる戦い方だ。だが、今回は長期戦を視野に入れた、安全に相手を削る戦法だ。格闘ゲームの必殺技によるガード削り殺しといったところか。相手がいくらデカくても、数が少ないならこっちは入れ替わり立ち代り、休憩しながら出来る。時間をかければ倒せる、きつくなったら代われる、この二つが狩猟者たちに与える効果は大きい。交代できるから、ペース配分をあまり考えずに最初から全力で出来るし、全力で戦えるから効果も大きい。もちろん、これを可能にしているのは狩猟者たちの腕だ。百戦錬磨の腕前を持ち、かつ共に長い間戦ってきたがゆえのコンビネーションの賜物だ。

 僕はのんびり休むつもりはない。サソリの足を切り落とし、カエルに電撃を浴びせて動きを止め、トカゲの炎を相殺する。クシナダはクシナダで全体を見渡しながら、的確に矢を浴びせて連中の足を止め、攻撃を妨害し味方の窮地を救っていく。

 朝日が中天に上る頃、拮抗がようやく崩れだした。サソリの足が回復しなくなったのだ。

「畳み掛けろ!」

 十傑の槍男が叫ぶ。トカゲ、カエルを最小限の人間で抑えている間に、残りの全戦力をサソリに向けた。足の数が減り、外殻に亀裂が生じ、中から黒い靄、穢れが漏れ始めた。それでもなお、尾を振り回し狩猟者たちを近づけないサソリだったが

 ガガガガコォンッ

 上空からのクシナダによる矢の連射が、尾を地面に縫い止めた。すかさず、ウルスラとシュマが尾を切断する。バランスを崩し転倒したところへ、他狩猟者たちが取り囲み、容赦なく武器を振り下ろす。ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。動かなくなるまで徹底的に。やがて微塵も動かなくなったサソリは、黒い煙となって消えた。やはり、穢れで出来てたっぽいな。報酬がなくなって狩猟者たちは少し残念そうだ。

「だがまあ、倒せるということはこれで証明できたかな」

 確信はなかったわけだし。これで言葉の責任は取れただろう。

『オノレ! コノ羽虫ガ!』

 カエルが上空のクシナダに舌を伸ばす。逃げようとしたが一瞬早く、彼女の足に舌が巻きつく。顔を苦悶に歪めながらも、引き込まれまいと耐えている。

「女の足を舐めるなんて、いやらしいね」

 背中から飛び乗り、頭上を目指す。このときカエルには、僕を振り落とすことを優先させるか、クシナダを喰うのを優先させるかで迷いを生じさせた。その一瞬の迷い、どちらに対しても中途半端な姿勢が明暗を分ける。

 その間にやることがはっきりしている僕はかえるの頭上に到達、伸びきった舌に剣を振り下ろす。抵抗もなく半ばで切断された舌が、黒い煙を上げながらカエルの口内へ戻っていく。

 カエルに口をあけさせると面倒だ。舌を再生されてまた振り回される前に、剣を串のようにカエルの口に突き刺して塞ぐ。

「よいしょお!」

 掛け声と共に、串の平たい先端をから殴りつけた。勢いに引きずられてカエルは意図しない形で前方へジャンプし、受身も取れずに倒れる。飛び跳ねて移動させなければ、カエルは他のやつよりも防御力が低い。次々と剣や槍がカエルに突き刺さっていく。ひときわ大きな剣を持った女が、裂ぱくの気合と共に上段から斬撃を放ち、カエルの横っ腹を切り裂いた。カエルの体は再生しようとするが、剣に妨害されて上手く修復できていないようだ。穢れが流出し、鼻がひん曲がるような悪臭が漂う。ああ、これこれ。思い出した。嗅覚は脳に直接作用するって言うけど、記憶にも関係するのかもな。このニオイだけはどれだけ年月がたっても忘れない気がする。

 身動きを封じたカエルも、やがて黒い煙となって消えた。

「後はやつだけだ」

 狩猟者たちの視線が一斉にトカゲに向く。

『フム』

 トカゲは目を細めて僕達を一瞥し

『流石ニ【コノ個体】ダケデハ、悪魔ノ欠片ヲ持チ帰ルノハ難シイカ』

 トカゲは、この場の誰もが予測しない行動を取った。口から火を周囲に吐き出しけん制。狩猟者たちは立ち上る炎を防ぐが、炎を目くらましにして突進してくることを経験上知っていた。次の攻撃に備えて待つ。だが、予想していた追撃はなく

「・・・いない?」

 炎が消えた後、トカゲの巨体は影も形もなかった。狩猟者たちは呆気に取られた。まだどこかに身を隠して、例えば地中にもぐってこちらの隙を窺っているとか、そういうことを疑っていたが、時間の経過に伴いそれもないと判断した。これまでどちらかが死ぬまで戦っていたため、初めての出来事にどこか消化不良のような空気が漂う。

「とにかく、撃退は成功した。勝ち鬨を上げよう!」

 シュマが率先して声をあげ、ぎこちないながらもまばらに上がる声は、いつしか一体となって戦場に響き渡った。

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