第132話 仕事人の種明かし

「さあ、大いに飲み、大いに騒いでくれ」

 屋敷の広間で、コセンの挨拶と共に宴会が始まった。

 チョハンの指揮があってこそ、山賊たちは効率よく組織立った行動が出来ていた。それを失った今、見逃した山賊も大人しくなるだろう。もはやここ一帯に領主たちの妨げになるものはいなくなった。恐れるものは何もなくなったコセンや兵たちは、今宵だけはと自らに言い訳し、羽目を外した。

「やあ、飲んでおられるか? お客人」

 中でも一番酔っ払っているコセンが、そのチョハン本人を討ち取った女に声をかけた。

「ええ、頂いているわ。領主様」

 杯を掲げる女は、酒のせいか頬が上気し、妙に色っぽかった。体も火照って、着ている衣服は崩れ気味だ。その隙間から覗く首や鎖骨、胸の谷間に、コセンは思わずのどを鳴らした。

「そ、それで、マオ、チョハンの妻はどうされたのです?」

 咳払いして、彼女への情欲を誤魔化すようにコセンが尋ねた。

「ああ、おそらくチョハンの亡骸にすがり付いているのではないかしら。自分がやったこととはいえ、ああいうのを見ると胸が痛むわ。これから、あの人はどうなるの?」

「そうですな。チョハンの死体は見せしめに広場にさらします。マオは、そうですな。山賊行為に直接関係ないとは言え、チョハンを匿ったのですから、相応の罰が与えられるでしょうな。最悪、奴隷として遠方へ売られることも」

 そこで、コセンは女が眉根を寄せ、顔をしかめていることに気づいた。ここで暴れられでもしたら厄介だ。いくら色っぽい女とはいえ、あのチョハンを殺害した腕利きの女だ。コセンはすぐさま自分を正当化するために言葉を並べる。

「不快に思われるやも知れません。が、これが法なのです。私は領主として、罪を犯したものを断じなければなりません。そうしなければ、他の領民たちに示しが付かないからです」

彼の凄いところは、自分が蒔いた種であっても、自分には何一つ過失はなく、全て自分以外の何者かの責任であると信じ込めるところだ。ゆえに、彼はこの言葉を何の良心の呵責もなく、当然のこととして口に出来る。すらすらと話すコセンの顔を見ながら、女は何かを諦めたように彼から顔を背け、杯を煽った。

「・・・わかってるわ。私はよそ者。依頼でもない限り、この地で起こることに介入しない」

「ご理解いただけて何よりです」

 ほっと胸を撫で下ろし、また別の誰かに声をかけに行こうとしたコセンの背中に、女が声をかけた。

「明日にはここを発つ。悪いんだけど、今すぐ報酬を用意してくれない?」

 ぴた、と足を止め、コセンは満面の笑みで振り返った。

「かしこまりました。あなたには大変お世話になりました。すぐに用意させますから、少々お待ちください」

 ぽんぽんと手を打ち、召使を呼び寄せて指示する。

「助かるわ」

 女は席を立ち、広間から出て行こうとする。

「どちらへ?」

「飲みすぎたみたいだから、夜風に当たってくる」

 そういう女は、何もないところでふらつき、たたらを踏んでいる。呼気も少し荒く、額はうっすらと汗が滲んでいる。

「そうですか。では、報酬を用意しておきますので、ごゆっくり」

 女が出て行くのを見計らって、コセンは召使に指示を出した。神妙な顔で召使は頷き、今しがた出て行った女の後を追う。召使の後に、数名の酔っていない兵が続いていく。

 コセンは、女に依頼料を払う気がさらさらなかった。だから何一つ証拠になるようなものを作らず、女に依頼したときも口約束で済ませた。

 腕は立つようだが、頭はそうでもないな。内心あざ笑う。最初に会った時から、気に入らなかった。人を見下したような、推し量るような目で、この地を収める自分を見ていたからだ。いくら見目がよくても、男よりも押しの強い女は駄目だ。やはり、一歩後ろで控えるくらいの、従順でつつましい女のほうが魅力的だ。

 だから、消してしまうことにした。部下にはあの女を殺して捨ててくるよう命じてある。あの女と自分が契約を結んでいることを知っているのは、自分と、コクダイを含めた限られた部下のみ。女が居なくなっても、もう旅に出たんだ、くらいにしか思わないだろう。

 送り出したのはその中でも腕に覚えのある連中だ。いかに強くとも奇襲で数人に囲まれれば、女の細腕では抗いようもあるまい。

「それに、ずいぶんとたくさん飲んでいたようだしな」

 コセンが彼女の置いた杯や、空けたとっくりを見つめる。毒殺することも考えたが、この場で血を吐かれて死なれてはいらぬ誤解を生む。代わりに体を麻痺させるものと眠らせるものを彼女の酒に仕込んでおいた。今頃は前後不覚になり、その辺で倒れているに違いない。部下たちはそんな彼女を宿まで送るといって連れ出すことだろう。

 しまったなあ、とコセンは額を打った。どうせ薬で動けなくなっているなら、少々遊んでから部下にくれてやればよかったと、今更思いついたのだ。先ほどの女の火照った、扇情的な体を思い出す。自分でもそうなのだから、若い兵士たちなら真っ先に考え付くだろう。今頃よろしくやっているのかと思うと、もったいないことをしたと後悔している。

だが、自分はここを離れるわけには行かない。女が殺されたのは自分とは無関係でなければならないからだ。まあ、酒を飲めずにいた兵たちへの、報酬の一部だと割り切ろう。

「っと、少しばかり飲みすぎたか」

 全ての問題が片付いたからか、緊張から開放されたコセンは尿意を催した。長い廊下を、鼻歌交じりに歩く。明日から、何ものにも心煩わされることなく領主として振舞うことができる。コセンが浮かれるのも当然だった。もう少しで厠というところで、少しふらついた。そのままへなへなと腰砕けになる。女のことは言えない。自分も飲みすぎだ。苦笑しながら柱に寄りかかり、赤ん坊のように柱を支えにして立ち上がろうとする。

「大丈夫ですか」

 背後から気遣いの声がかけられた。

「ああ、大丈夫だ」

「ご無理をなされず。ささ、私めがお連れいたそう」

「お、すまんな」

 差し出された手をコセンは握った。

「なに、お気になされるな。貴様には色々と世話になったからな」

 いくら無礼講とはいえ、流石に無礼な物言いに、コセンは怒鳴りつけてやろうと部下の男の顔を見て、怒りの顔のまま顔を真っ青にするという器用な真似をした。我慢していたものが決壊し、自分の股を濡らす。

「どうした? 顔が真っ青だぞ。まるで幽霊でも見たようだな?」

男は楽しげに長く伸びたひげをいじる。

「まあ、驚きもするよな。事前に話を聞いていた私でも少々驚いている。私が再びむくりと体を起こしたのを見て、驚くやら喜ぶやら泣くやら妻は大忙しだった。落ち着かせるのにたいそう努力したよ。一体、どういう芸当を使ったのだ?」

 男、チョハンが尋ねると、暗闇の中から一人抜け出してきた。月明かりが照らし出したその者の顔を見て、コセンの血の気のない顔が真っ白に変わった。

「鳴渦巳は、体内に流れる電流、雷みたいなものと思ってくれればいいわ。それを操作して相手に叩きつける業。一時的に心臓を痙攣させて脈を送れないようにしたのよ」

 薬を盛られふらふらになって、今頃兵たちの慰みものにでもなっていると思われた女が、けろっとした顔で現れたからだ。

「でも、そのままだと本当に死んじゃうから、すぐさま担ぎ上げる振りして痙攣を除去し、脈拍を戻したって訳。心停止の人間をこれで助けたことあるから、出来る自信はあったけど、それでも血流を止めるのは抵抗があった」

「そこで、我の出番というわけだ」

 横合いから美少年がニヤニヤしながら飛び出してきた。確か、女と一緒に居た少年だ。そして、あの山賊の住処から一番先に逃げた少年でもある。

「心臓を止めると、体中に血が巡らなくなり死ぬのは知っていた。では、心臓の変わりとなって体に血を巡らせる符術があれば、心臓を潰されても動き続ける、不死の兵団が作れるのでは、などというばかげた計画があった。作りはしたが、心臓の代わりとなっても、血がなくなれば人は死ぬし、首が落ちればこれまた当然死ぬ。計画はすぐに頓挫したが、術は完成しておった。まさかこんなところで日の目を見ると思わなんだが。努力とはどこで実るかわからんな」

 にっしっし、と少年が笑う。

「種明かしはこうだ」

 未だに声も出せずに固まっているコセンに、チョハンが言った。

「私はあの時、血の入った小さな竹筒を胸に仕込んでおった。そして、スセリ殿と立会う。スセリ殿はその業で竹筒を破裂させ血を飛び散らせつつ、私の心臓を止め仮死状態とする。おそらく貴様は私を晒し者にするために連れて帰るだろう。それまで大人しくしておいて、宴で誰もが居なくなったところで活動を開始する、という計画だったのだ。門番以外の全員を宴に参加させてくれて助かった。おかげで、探し物も難なく見つけることが出来たのだからな」

 チョハンが視線を向けると、マオに支えられながら、一人の老人が歩いてきた。コセンが幽閉していた、前領主ボダイだ。

「ああ、後、あんたに命じられて私を追ってきた連中だけど、ボコボコにしてその辺に転がしておいた。二度と悪さは出来ないと思う」

「酒に入っていた薬も我が中和しておいた。とはいっても、体内でほとんど分解されていたようだが。ほんとあなたの体は一体どうなっているのか。興味深いな」

「体質よ。毒とか薬とかが体に入ると、肝臓大活躍して解毒し始めるの」

「その割には、酒は残るのだな。どうせなら酒もすぐに抜けてほしいものだ」

 うるさい、と女が少年をはたく。

「き、貴様ら・・・」

 息も絶え絶えに喘いでいたコセンが、ようやく言葉を発した。

「た、ただで済むと思うなよ。私にこんな真似をして。ボダイを助け出せたからなんだというのだ。今は私が領主なのだ。私を殺せば、都が黙っていない。貴様らに私を殺すことはできないのだ!」

 コセンは殺されない、どころか自分の領主の地位も揺るがないことがわかっていた。いくらこいつらが策を弄したとしても、都に厳重に管理されている領主任命書はどう足掻いても変えることは出来ないからだ。驚きはしたが、だからなんだ。また追い詰めればいい。

「泣いて許しを請うなら、命だけは助けてやる。さあ、己の立場がわかったら、すぐさま儂を開放せよ!」

 精一杯の虚勢を張って、コセンはわめき散らした。しかし、目の前の彼らにはそよ風ほども影響を及ぼさない。

「おぬし、馬鹿ではないのか」

 彼らを代表して、少年が言った。

「勝てると思うかららこそ、我らは今このような場にいるのだ。そんなことよりも、自分の心配をした方がいい。おぬしは、もっとも怒らせてはならない女を敵に回したのだぞ」

 なあ? と少年が水を向けた先。そこには天女のごとき微笑を称えながら、悪鬼羅刹も泣いて逃げ出すほどの怒気を放つ女がいた。

「馬鹿なあなたにもわかるように教えてあげる。私はね、人の酒勝手に飲んでおいて補充しないヤツも嫌いなら、楽しみにしてたドラマの録画を取り消すスポーツ放送の延長戦も嫌い。くたくたになって座ろうとした電車の座席に強引に割り込んでくる我の強そうなおばちゃんなんかその場で張り倒して説教したいくらい嫌い。しかも持ってた鞄で仲間の席確保するわペチャクチャペチャクチャ最近の若者のマナーの悪さについて語りだすからたちが悪い。でもね、それ以上に」

 ずい、と身を乗り出した。

「自分は何しても許される、なんて思い上がりも甚だしい勘違いをしてるヤツが大嫌い。もう十分好き勝手やったろ? そろそろ支払い時だ。今までてめえが奪ってきたものを全て返品し、贖うといい」

 女の手が青白い稲妻を纏う。

「ま、待て。話せば、話せばわかる」

 しかし、女の手は止まらず、触れた。瞬間、コセンの全身に衝撃が走り、意識が遠のいていった。

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