三十七話 防衛

「……チッ、第五は第二のカバーに入れ! 第六は第一だ! 持ちこたえろ!!」


 紅葉が矢継ぎ早に指示を飛ばし、その通りに動く守護隊の面々。こちらの戦力は睦月側に割いた者達よりも練度が高い者ばかりだ。理由としては、彼女達の方が装置に近い事、そして向こう側には和沙がいる事が挙げられる。戦力の偏りが極端過ぎる構成ではあったが、これにも一応意味はあるのだ。

 例えるなら、今現在彼女達を襲っている複数の大型に耐える事、などだ。

 ほんの数分前の話だ。睦月達とさして大きな差が無い数の温羅の相手をしていた紅葉達だったが、突如としてその数が倍どころか数十倍にまで膨れ上がった。更に、敵の中には量産大型に混じってオリジナルの大型まで現れるようになり、現場は大混乱……とはいかずとも、常時現状を判断しながら、次々と指示を出していく紅葉の脳は既にオーバーヒート状態にあった。

 こちらの状況を伝えようと端末に手をかけたものの、通話口から聞こえてくるのは聞きなれた声では無く、ただ延々と続く雑音の嵐。まさかこの土壇場で壊れたのか、とも思ったが、そもそも巫女関係者に渡されている端末の強度は市販品とはくらべものにならないレベルで頑強だ。それこそ、小型温羅の攻撃ならば、盾代わりとして使える程に、だ。そんな物がそう簡単に壊れるのか、と思いつつも、明に聞いたところ彼女の端末も同じ状態だった。また、千鳥も同様で、ようやく彼女達は何らかの通信妨害を受けている事に気付く。だが、気付いたところでどうしようも無い。

 指示は口頭で問題無い、それだけ紅葉が大声である事と、彼女自身が守護隊と共に前へと出ているからだ。小型・中型温羅の数が倍増した程度であれば、紅葉が出張る必要は無いが、大型が出てきた以上そうはいかない。オリジナルの相手は巫女隊が受け持ち、量産型以下のものは守護隊が対処する、という状況になっている。

 現状だとまだ耐えている、耐える事が出来ているのだが、これもあとどれだけもつかは分からない。守護隊はその数の多さを利用し、動いている部隊と休憩部隊を交互に戦線に投入していたが、こうなっては全員に戦ってもらうしかなかった。巫女とは違い、彼女達の身体能力のブーストはそこまで高くは無い。温羅と戦えるレベルまでしか上げられていないのだから、紅葉達と同様に動くとすぐに限界がやって来る。それは本人達も分かっている事だった。


 ――巫女である紅葉達が既に息を荒げている時点で、彼女達もまた限界が近い事は言うまでも無い。しかし、一瞬でも気を抜くと、そこから一気に瓦解し、彼女達が守護する背後の装置や技術班に温羅が到達してしまう。それだけは避けなければならない。それこそ、彼女達の命をもってしても、だ。

 しかし、二年前と同じ惨劇を繰り返させるわけにはいかない。あの時も巫女含め守護隊には多大な犠牲を払う事となった。当然、その事を踏まえ、守護隊も巫女隊もこれまで以上に厳しい訓練にその身を捧げてきた。そう簡単にはやられるつもりは無い、という事だ。

 だが、守護隊がそろそろ限界なのは素人目から見ても分かるだろう。そのうえ、大型の進撃は留まるところを知らず、物量で押しつぶそうとしているかのように前へ、前へと進んでくる。今のままでは、彼女達は擦り潰され、すり身にされるのが関の山だろう。だが、二年前ならいざ知らず、今の巫女隊はかつてとは違う。

 迫りくる大型ちょっかいを出し続けていた事もあり、その目はしっかりと紅葉に向けられている。当然、向かってくるのも彼女へ、だ。その勢いは地面を削り、砂ぼこりを大きく立てて地上で戦っている彼女達の視認性を非常に悪くしている。

 が、そんなものは関係無い。何せ、大型の巨体は砂ぼこりの中からでも認識できるものだ。しかしながら、そんな状態であるにも関わらず、紅葉はその場から動こうとしない。まるで目の前の巨体を受け止める、とでも言っているかのようだ。

 そして、その予想は裏切られる事無く、現実のものとなる。


「……っ!!」


 ドン、と鈍い音が響き渡り、その音の発生源である紅葉が大きく後ろに下がる。いや、押し込まれている。

 大型の突進を真正面から受け止めているのだ。大剣を盾のように構え、自身の身体で後ろから押し出し、力で押し留めるかのように。

 とはいえ、いくら強化されているとはいっても所詮は人間の力。温羅が全力で押し込めば当然後退もするし、全身を使った攻撃を受ければ、おそらくは大きく吹き飛ばされる事もあるだろう。

 だが、彼女はその方法で受け止める事を選択した。それは何故か? 背後にいる守護隊にまで大型を到達させない、というのが目的……という訳では無い。


 勝算があったからだ。


 気付けば、彼女の傍どころか、周囲にすら共に戦っていた三人の姿が無かった。温羅が先ほど自ら立てた砂ぼこりに紛れ、姿を隠したのだと気付いたのは、近くのビルから飛び降り、温羅の身体に向かって太刀を振り抜こうとしている瑠璃がその目に映った時だった。

 咄嗟にその刺々しい背中から針のようなものが突き出されるが、センスの塊である瑠璃にしてみれば、空中で敵の直線的な攻撃を避ける事など造作も無い事だ。むしろその針を斬り捨て、一気に温羅の身体にまとわりついていく。当然、それを振り落とそうとするが、しがみつくのではなく、温羅の力を利用して飛び回る事で落ちる事を回避する瑠璃の姿があった。

 背中の瑠璃に夢中になっている大型であったが、問題は残り二人がどこにいるのか、という事に気付いていない。気付かなくてはならなかった。何故なら、千鳥もまた、近くの小高いビルの上から飛び降り、とある部位目掛けて真っすぐに鎌の切っ先を振り下ろしたからだ。

 その鋭い先端は一部の狂いも無く、狙った場所へと命中する。その瞬間、温羅が苦悶の声を上げ、苦しげにのたうち回りだした。

 千鳥が狙ったのは、大型温羅の目らしき部位だ。当初の作戦では、片方を潰した後はもう片方も迅速にやる、というものであったが、この温羅の目らしき部位は最初から一つしかなかった。ならば、とそこ目掛けて全神経を集中させ、見事命中させる事に成功した、という事だ。

 囮からの陽動、そして敵の交戦能力を奪う。となれば、次は……。


「暴れるレディを窘めるのは得意だけど、悪いが温羅にかける言葉は無いんだ。大人しく……倒れてくれ!!」


 その声はのたうち回る温羅の足元から聞こえた。そこには、腰だめに拳を構える明の姿がある。彼女もまた、先ほどの砂ぼこりに紛れて姿を隠していた、と思われていたが、どうやらそうではなかったらしい。単に温羅の視界から上手く外れる場所に移動し、そこでこの好機を窺っていたのだろう。ナックルの手甲部分に装着されたリボルバーが回転し、撃鉄を鳴らす。

 刹那、足元、下から大きく上に突き上げられ、その巨体が宙に浮く。とは言っても、明らかに空を飛んでいる、というものでは無く、あくまで浮いた、と認識出来る程度のレベルだ。しかし考えてみて欲しい。人間の数十倍はあるであろう巨体が、全体重を計測すればどれほどになるか分からないであろう質量が、人二三人分とはいえ、宙にその身を躍らせているのだ。それを驚愕の光景と言わずしてなんと言う。

 地に足を着いた状態ならまだしも、温羅の身体は完全に浮遊状態だ。明の攻撃によって与えられた衝撃を逃がす場所など無く、その体に万遍なく衝撃が伝わっていくのが分かる。

 十秒程宙に浮いた後、その体は鈍い音を響かせながら地に落ちる。あれだけの攻撃を受け、まだ動ける事に驚愕の表情を隠せない一同であったが、そもそも炉心を直接破壊したわけでは無い。動こうと思えば動けるのだ。再生すれば、の話だが。

 ならば、と明がトドメを刺そうと温羅に近づく。多少蠢いてはいるものの、やはり明の一撃は予想以上に温羅へダメージを与えていたようだ。外部にではなく、内部に。その証拠に、外殻はひび割れ、中が少しばかり見える状態になっている。あまり気分のいい光景ではないが、それで中までしっかりと衝撃が伝わっているのが分かるし、何なら炉心もあと一歩のところで破壊、というところまで来ていた。

 一体を倒すのに随分と手間と時間がかかったが、これでようやく一体、と明が炉心の前に立ったその時だった。

 突如として、倒れ伏していた温羅の身体……正確には外殻の隙間から煙のようなものが漏れ始めた。一瞬、毒ガスかとも思ったが、特にその煙に巻かれてもどうという事は無い、多少鬱陶しいと思うレベルだ。砂ぼこりでも吸い込んでいたのか、明がそう判断し、トドメを刺そうとしたその時だった。


「櫨谷、下がれ!!」


 紅葉の声が響き渡る。そして、その声に呼応でもするかのように、倒れ伏していた温羅の身体が光に包まれた。




「あらら、随分とまぁ、酷い惨状」


 巫女服の女性が、建物の屋上から今しがた巨大な爆発によりクレーターの出来たその路地を見下ろしていた。

 和沙と瓜二つのその顔には、既に仮面らしきものは付けられておらず、ただ眼下の光景を複雑な感情を秘めた目で見下ろしている。流石に自分の意思を継いだ者達がボロボロになっていく様を見せつけられ、悲哀の一つでも感じているのだろうか。それとも、彼女もまた、和沙と同じように人がどれだけ傷つこうが関係無い、といったスタンスなのか。


「それにしても、やるならただの自爆でよかったんじゃないの? 何で可燃性の粉塵なんか使って、広範囲の爆発なんてやったんだろ。あれで仕留め切れてるならともかく、その場を荒らすだけなんだから、不意打ちの成功率上げるだけだと思うんだけどなぁ」


 とはいえ、その口から出てくる言葉は、あくまで温羅側としての発言だ。目の前で爆発に巻き込まれた彼女達を悼むようなセリフは一切出てこない。温羅に成り果てたとはいえ、元は人間のはずの彼女が何故、ここまで冷徹になれるのか。


『別に不意打ちなんてどうでもいいわ。問題はこの場をかき乱す事だもの』


 神流の背後から、もはや聞きなれた声が聞こえてくる。だが、この場に智里の姿は無い。彼女の声を発したのは、小さな身体に巨大な口を持つ温羅の口からだ。戦闘力は見た通り、皆無であり、ほぼ通信に特化した温羅と言える。

 その温羅が口にする言葉は温羅自身のものではない。これはあくまで特定の対象に付き、あちら側の声を届ける為の通信手段に過ぎない。戦闘力は当然の事、小型温羅でさえ持っているかすかな自我や、判断力などは皆無と言える。

 では、その口から出ている言葉は誰のものか? 考えずとも分かるだろう。現在神流と組んでいるのは一人しかいない。この場にいないその彼女が、向こう側から同様の通信特化型の温羅を介して神流へと話しかけているのだ。

 かつて戦った相手をこうして利用する日が来るとは、ましてやそちら側に加担する事になろうとは、あの頃の神流からは考えられなかっただろう。だが、あの少女のあの顔を見た瞬間、どんな手を使ってでも彼女の願いを叶えるのが自分の役目だと認識した。

 ……おそらく、その意識はどこかしら彼女に弄られた結果できたものだったのだろう。そうだとしても構いはしない。神流にとって、彼女を見過ごす事自体が、耐えがたい苦痛だったのだから。


『それで、連中はどうしてる?』

「ん? 一先ず一人は戦線離脱じゃない? 至近距離で爆発をモロに受けてたし、生きてはいるだろうけど流石にもう戦えないと思うよ」

『なるほど。じゃあ、例のじゃないのね?』

「そうねぇ。あの子なら、例え目の前で爆発が起きたとしても咄嗟に避けられるだろうし、あそこまで迂闊に敵に近寄らないだろうしね。そもそもここには女の子しかいないよ? ウチの息子を確実に戦闘不能にしたいのは分かるけど、見境無しはお姉さん感心しないな」

『自分の息子相手にあそこまでやった人間がよく言う。とりあえず、こっちの準備は半々ってところだから、もう少し足止めの方、頑張ってね』

「はいはい。ちーちゃんも頑張んなさいよ」

『ちーちゃん言うな!!』


 最後にそれだけ叫ぶと、温羅の口が閉じる。通信終了、という事らしい。アナログのようであるが、なかなかにデジタルな性能をしている模様。ビジュアルに少々問題はあるが。


「さって、お姫様の要望でもあるし、私もそろそろやるかな」


 身体をほぐそうとでもしているのか、手を組み、頭上に上げて伸びをするも、凝り固まっているはずの身体はうんともすんとも言わない。人間であった頃と外見的な年齢は変わっていない。にも関わらず、あの頃感じ始めていた衰えが、今は嘘のように

感じられないのだ。これは彼女の身体が人間ではない事を示している。


「便利っちゃあ便利だけど、なんて言うか、あんまり気持ちのいいもんじゃないよねぇ」


 自分の身体が既に異形のそれと同じものになっている事を認識した神流は、衰えの知らない身体を手に入れたというのに、あまり嬉しそうな顔はしていない。


「まぁ、いいか」


 だが、即座に切り替え、屋上の縁へと足をかける。そして、膝を少し曲げたと思いきや、ドン、という鈍く大きな音を残して消え去った……。

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