幕間二 先輩と後輩 前

「何ともまぁ……派手にやってんな」


 とある廃ビルの屋上、そこには御装に身を包み、何やら遠くへとピントを合わせるかのように目を凝らしている和沙がいた。その傍らには、同じく御装姿で地面にうつぶせになりながら、スコープを除く一人の少女の姿がある。

 そして、その廃ビルから少し離れた場所では、盛大に砂ぼこりが巻き上がり、廃墟となっている建物が次々に倒れていく様子が見られる。


「中型四、小型多数……数にしちゃあ少ないわけじゃないが、それでもあれはやりすぎだろ」

「……」


 呆れた口調の和沙だが、その傍らで武器を構える少女、葵はその言葉に反応すらしない。いや、出来ないのだろう。いくら大規模な作戦が終わったとて、未だ戦闘経験は少ない。今襲撃をかけてきているのが黒鯨の残党とはいえ、温羅には違いない。緊張をするな、と言う方が無理なのだ。


「……はぁ。おい」

「あいたっ!?」


 鞘に入ったままの刀身が、葵の頭を小突く。目尻に涙を溜めながら、和佐を睨むも、その見た目故にそこまで迫力は無い。


「気負い過ぎるのもどうなんだ? 肩に入ってる力を抜いておかないと、いざこっちに来た時、撃ち漏らすぞ」

「うぅ……、だからって叩かなくても……」

「口で言っても気付かないお前が悪い」

「ぐぅ……」


 遠慮も何も無い和佐に対し、葵の口からはぐぅの音くらいしか出ない。

 そもそも、何故和佐が遠距離型の葵といるのか、それは今回の温羅の襲撃を感知したところまで遡る。

 当初、しばらくは襲撃も無いだろうと考えていた一同は、この突然の襲撃に慌てることになったが、トップを失った事で統率が取れていなかったのか、侵攻速度は遅かった。そのおかげで、多少作戦を立てる時間が出来た訳だが……


「和沙は後ろで葵と待機ね。代わりに七瀬に出てきてもらうわ」

「あ? 何でだよ?」

「何でも何も、アンタ、その腕で正面からやりあうつもり?」

「それ以外にどうするってんだ?」

「これだからアンタは……」


 額に手を当て、呆れた表情で溜息を吐く凪。あの決戦で散々佐奈の事を脳筋だと言っておきながら、和佐自身も大概脳筋だ。そのうえ、それを押し通すだけの力があるだけに質が悪い。


「先輩は、いつまでも和沙君に頼り続ける訳にはいかない、と言ってるんです。この間のような大規模な作戦は無い……とは一概に言い切れませんが、そうなった時、突出した一人が欠けていると戦いにならない、という現象を防ぐ為でもあります。これは川根先生とも話したうえでの決定となります」

「なるほど、全体の戦力アップを図るわけか。ん? それなら、何で神戸まで待機なんだ?」

「適正距離の関係もありますが、一応は保険を兼ねています。それと、神戸さんにはいずれは私と同じような視点で戦況を見る事が出来るようになってもらいたいので、最後方に配置した、というわけです」

「考えたうえでの決定か。なら、俺が何か言う必要は無いな。好きにやりな」

「あら、意外と素直じゃない。もう少しごねるかと思ったのに」

「弁えてる、と言ってくれ。目先の目的じゃなく、もっと先を見据えているならそこに口を挟む気は無いさ。この先、俺がいなくなる事も考慮せにゃならんしな」


 一般的に、巫女の力が最高潮になるのは、大体十六~十八辺りだと言われている。それ以降上がる事は無く、ただ右肩下がりに落ちていくだけなので、高校を卒業すると同時に巫女隊からは卒業、という事になる。

 凪は現在高等部二年、つまりあと一年力がもつかどうかなのだが、その間に後輩を育てたいという考えがあるのだろう。だからこのようにして、メインの戦力である和沙を外し、わざと戦力を欠けさせた状態で温羅を迎撃しようと言うのだ。


「ま、そういう事なら俺は大人しく後ろに引っ込んでるさ。せいぜい頑張ってくれ」

「言われなくても!」


 そういった経緯があり、現在このような状態になっている。


「派手なのはいいが、アレじゃ足場悪くするだけだろ」


また一つ、建物が倒壊する様子を見て、小さく呟く。


「でも、前に一度同じような事をしたと、七瀬先輩から聞きましたよ?」

「……」


 そういえば、この時代に来て初めて大型と邂逅した時の戦闘でそんな事をしていた。


「アレは足止めと分断を目的とした故意のもんだ。アレはどう考えても違うだろ」


 和佐が指差した先で、また大きな土煙が舞い上がる。

 そもそも、アレだけ派手に土煙を舞い上げるような攻撃手段を持たない彼女らが、どのようにしてあんな状態を作れるのかが謎だ。

 案外、凪辺りがパイルバンカーを連射しているのかもしれない。それならそれで、既に戦闘は終わっていそうな気はするが。


「苦戦している、って事ですかね……?」

「さぁなぁ、アレに苦戦するようじゃ、先が思いやられるが……。ま、何とかなるだろ」

「そんな楽観的な……」


 一見すれば楽観的ではあるが、和佐の口ぶりからは、あまり軽い雰囲気は見られない。つまるところ、その言葉は彼女らへの信頼から来るものだった。手古摺っている今の様子を見ても、不安を口にしないところから、これも経験だと割り切っている節がある。


「……不安じゃないんですか?」

「不安? 何で?」

「だって、自分よりも弱い人が戦ってるんですよ? 経験だなんだと言っても、結局負けたら全部終わりじゃないですか」

「弱いからこそ、だろ。誰だって最初は素人だ。この俺でも、戦いを始めた頃は食い止めるのがやっとで、ロクに連中を倒す事が出来なかったんだからな」

「……やっぱり経験が必要、と?」

「それもある。が、そもそも無理なら止めるさ。出来ると確信してるからこそ、こうやって静観してるんだ。でなきゃ、隻腕の状態でも突っ込んでさっさと終わらせてる」

「……」


 おそらく、彼女自身も和沙の言わんとする事は理解できるのだろう。しかし、育ってきた環境所以か、納得してはいないようだ。

 葵の家庭は裕福だが、祭祀局とは関わりが薄く、その役目や使命と言ったものを簡単に理解できる家ではなかった。だからこそ、葵に適性がある事が分かり、候補生となる事を勧められた時、それに真っ先に反対の意思を示したのが両親だった。

 葵の両親にとって、祭祀局は少女達を殺し合いへと放り込む危険な組織だという認識が強かった。極論ではあるものの、実際その認識で間違いは無かったため、祭祀局側も強くは言えなかった。


 そんな時だった、葵が七瀬と出会ったのは。


「……危険の中へと放り込む、私の両親が聞けば、卒倒しそうですね」

「獅子は我が子を千尋の谷へ落とす、って言うだろ? 大きな成長を得る為には、それなりの苦難が必要だ。あいつらは、それを与えられるんじゃなくて自分から得ようとした。なら、俺が止める道理はないだろ」

「自分から……」


 自ら苦境に陥るなど、葵には経験の無い事だった。努力自体は欠かしたことは無い。何せ、趣味嗜好がアレではあるものの、一応はお嬢様なのだ。両親の教育は厳しく、彼女自身もそれに応えようとしていた。そして、その努力が実らない事も無く、事実上、葵はこれまで大きな挫折というものを経験していない。

 失敗が糧になる、とは昔から言うが、葵にしてみれば失敗は失敗。それ以外の何物でも無いのだ。そして、ここで言う失敗は即ち死を意味する。

 そんな中に平然と飛び込んでいける先輩達の気持ちが、なまじ頭が良いだけに理解は出来るものの、保身的な性格上、納得が出来ない状態になっていた。


「まぁ、今は無理でもそのうち納得出来るさ。お前にはまだまだ先があるんだから、その中で見つけていけばいい」

「それで……いいんでしょうか……」

「今納得出来ないものを、今解決する必要は無いだろ。それに、どうしても納得しなきゃいけない、という問題でもないしな。考え方なんて人それぞれだ。納得のいかない事の一つや二つ、むしろ無い方がおかしい」

「そういうものでしょうか……?」

「そういうものだ」


 一先ず彼女の中では保留という結論に至ったようだ。葵の年齢を考えると、その判断は決して間違いではない。間違いでは無いのだが、そういった認識の祖語を抱えたままでは、いざという時にそれが過ちに繋がる事もある。それを防ぐ為にも、各々の意識はある程度統一しておかなければいけない。

 今すぐに、という程ではない。ただ、いつかは、というだけの話だ。

 他愛の無い会話、という程雑談をしていたわけではないが、少し会話を交わす程度には進展した二人の仲を水を差すかのように、端末の呼び出し音が鳴り響く。


『ごめん! 抜かれた!!』


 シンプル、且つ明確。しかし、その一言で、和佐が先ほどまで葵に説いていた言葉が全て台無しになるのは明白だった。


「はぁ……。で?」

『こっちはまだ残りの敵の相手をしなきゃダメだから……』

「……分かった、こっちでどうにかする」

『悪いわね。じゃ、頼んだわよ』


 どうやら向こうはかなり忙しいようだ。和沙が一方的に通信を切られた端末に目を落としながら、呆れた表情をしている。


「……どうします?」

「どうするもこうするもないんだが……、ん~……」


 腕を組んで、その場で考え込む和沙。何かそこまで思考錯誤しなければならない事でもあったのだろうか?


「よし、それじゃあ神戸、お前が一人でやってみろ」

「え、ええ!?」


 あまりに唐突な提案に、葵は驚きを隠せない。せめて和沙と連携して戦うならまだしも、完全遠距離特化型の葵に一人で戦えと言うのはあまりに無謀が過ぎるというもの。


「一人で、って言っても口出しはするぞ。流石にお前の戦闘スタイルで真正面からやり合え、って言うわけにもいかんしな。ナビゲートくらいはするつもりだ」

「そ、それならなんとか……、なんとか……なるのかな?」

「なんとかなる、じゃなくてするんだよ。ほら、構えろ」


 おおよその方向を確認した和沙は、そちらに砲口を向けるよう、葵に指示を行う。急いで構える葵は、どことなく頼りなく見える。

 たった一体ではあるものの、今回の戦いはなかなか苦戦しそうな予感が拭えないのは仕方の無い話だろう。

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