八話 人間

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 睦月が薙刀を杖代わりにして何とかその場に立っている。全身いたるところが傷だらけではあるが、致命傷となりうるものは何一つ無い。むしろ、彼女の傷は軽傷に過ぎず、息を荒げているのはあくまで激戦を制する為に縦横無尽に動き回った結果だ。むしろ、その場に倒れこまないだけ大したものだろう。

 彼女の目の前で、ゆっくりと巨体が地響きをあげながら地に着地……いや、落下する。地面に触れたところからゆっくりと塵になっていくのを見届けながら、ようやくこの敵に勝利した事を確信する。


「な、何とか……なった……」


 息も絶え絶えになっているのは、何も睦月だけの話ではない。彼女以上の速度で、三次元機動を実現していた瑠璃などはその場でうつ伏せになって倒れ伏している。

 そこまでのダメージを受けた、からではない。単なるスタミナ切れだ。そも、そんな事態に落ちようものなら、傍にいた千鳥が意地でも防ぐだろう。そんな彼女も、手を膝について荒い呼吸を整えようとしている。


「被害は……大した事無いわね。大型が乱入してきてくれたおかげで、小型の侵攻は止まってる。今のうちに……っ!?」


 非常に小さくはあるが、光明を見出した睦月だったが、彼女の希望を打ち砕くかのように、ゆっくりと現れる薄い色合いの巨体。


「……増援!!」


 更に言えば、一体だけではない。初めに現れた個体の後ろに次々と集まってくる似たような形をした大型温羅達。それらは先日、睦月達が相手をした個体とほぼほぼ同じ姿をしていたが、多少改良が入っているのか、以前のものよりも幾分か攻撃的なフォルムになっているようにも見える。

 だがしかし、問題はそこではない。もちろん、数が多いことも厄介な状況を作っているのは確かだが、それ以上に彼女達の目を引くものが、先頭に立つ温羅の頭上にはあった。


「へぇ……、がやられたの。まぁ、内包武装なんかは無かったし、当然っちゃ当然だけど」


 ……そう呟いたのは、大型の頭上に立つ少女だ。風に揺れる短髪の向こうから、まるで睦月達を見下しているかのような目が覗いている。その目には、どこか黒い感情も籠もっており、まるで視線だけで相手を射殺さんばかりの目力を秘めている。


「人間……? 何で……」


 睦月が呆然としていると、そんな彼女をまるで足元にある小石でも蹴飛ばすかのような仕草で大型が腕らしき部位を薙ぎ払う。吹き荒れる衝撃に、かなり近い場所にいた瑠璃だけではなく、それなりに離れていたはずの守護隊の面々も自身の顔を、衝撃から守る為に覆っていた。

 そんな一撃を見舞われた睦月はというと……。


「……助かったわ。ありがとう、和沙君」

「……」


 小脇に抱えていた睦月をその場で落とし、抗議の視線を受けながらも、和沙は目の前のを睨みつける。

 量産大型ではない。その頭の上に陣取る少女でもない。

 その傍ら、最初見た時には誰もいなかったはずの場所に佇む、一人の人影を、和沙はただジッと睨みつけていた。


「和沙君?」


 和沙の雑な扱いに悪態の一つでも吐こうとしていた睦月だったが、その異様な雰囲気に尋常ではない様子を感じ取る。彼女もまた、和沙が睨みつけている方向へと視線を向けた。

 非常に特徴的な恰好をしている人物だった。いや、巫女達も御装と呼ばれる装備を身に纏っている以上、印象には残りやすいのだが、件の人物はそういった突飛な姿をしているわけでは無い。


 巫女服だ。それもオーソドックスな赤と白の。


 この時代にも巫女服というのは存在する。存在するのだが、それらは特別な祭事のみで着用する礼装といったものはあれど、目の前の人物が着ているような、一般的に巫女服と言えばこれ、と出てくるようなものは既に絶滅しているに等しい。理由としては、やはり伝統や文化以前に機能性が挙げられる。その為、今現在あのような恰好が見られるのは余程田舎の神社か、それともそういった催し、いわゆるマニアックな者達の祭典くらいだろう。

 だが、彼の人物が着用しているものはどちらかと言うと前者に近い。……近いのだが、ところどころ動きやすいように纏められていたり、改良されている部分が見られる。少なくとも、祭事を行うような見た目には見えない。


「……あれは俺がやる」


 一歩、前に踏み出した和沙がそう言った。それはいいのだが、つまるところそれ以外、あの量産大型は睦月達が対処しろ、という事に他ならない。大型を倒したばかりで疲弊している体では、いかに性能が落ちるとはいえ、あの大型とやりあうのは無理があるのでは? そう思うのは誰だって同じだろう。


「私達三人で大型の対応をしろ、と?」

「代わるってんならいいぞ。その代わり、あれはあの大型を何体束ねても敵わないレベルでヤバい。死にたくないなら大人しく大型の相手をしておいた方がいいと思うがね」

「……もしかして、知り合い?」

「さぁね。忘れた、そんな昔の話」

「??」


 長刀の切っ先をだらりと下げる。それだけ見れば、まるで戦意が無いようにも思えるが、実際は違う。むしろ、今の和沙からは、交戦の意思しか感じられない。以前睦月達と戦った時とは違う。明らかに、本気の目だった。


「増援は呼んである。だから……しばらく耐えろ!!」


 その言葉と同時に、姿がぶれる。単なる高速移動ではあるが、そのスピードは瑠璃とほぼ同じか、それ以上だ。その速度で、眼前に立ちはだかる大型の側面を走りながら登っていく。例の巫女服の人物へと。


「何? アイツ。振り落して」


 少女が足元に温羅へと指示を出す。すると、まるで彼女の意のまま、とでも言うかのように大型が大きく体を横に振った。当然、その体のどこかに掴まるでもなく、ただ走っていただけの和沙は体を宙へと放り投げられる。その様子を見た少女は、つまらなそうに温羅へと指示を出そうとした。

 が、その瞬間、和沙が持っていた長刀を投擲する。傍にいる少女には一瞥もくれず、ただ真っすぐに目的の相手へと。


「あぶっ……!!」


 危ない、少女がそう口にするよりも前に、巫女服の人物は投げられた長刀を真上に弾いた。で。

 それに驚きを隠せないのは、傍にいた少女も同じ事だったが、投げた本人に驚愕の色は見られない。そして、次の瞬間、


「!!」


 拳と、刀がぶつかり、鈍い音が響き渡る。


「……随分と趣味の悪い面だな」

「……」


 頭上からの奇襲、それを防がれたにも関わらず、和沙は薄く笑っている。口にした嫌味に対し、返ってくる言葉は無い。が、まるでこれが返答と言わんばかりにまだ宙に浮いている状態の和沙の正中目掛け、一直線に放たれる正拳。当然、防ぐ手立てなど無く、放たれた側はただ受けるしかない。が……


「……っ!?」


 再び至近距離に現れた和沙に、巫女服の人物は仮面越しでありながら、明らかに驚いた様子を見せる。拳を受けた際に、握っていた長刀を離し、その場に落としていたからこそ、吹き飛ばされていたにも関わらず、即座に間合いに戻る事が出来た。更に言えば、いくら体のど真ん中に攻撃を受けたとて、どこに何が来るのかを分かっていれば対処のしようはある。……そう、巫女服の人物が放った一撃を、和沙はで受け止めていた。


「油断大敵、ってやつだ」


 地面……正確には大型温羅の頭だが、そこから引き抜いた長刀を思いっきり横に薙ぐ。勢いのついたその一撃に、巫女服の人物は防ぐ様子は見せたものの、衝撃を殺しきれずに吹き飛び、近くのビルへと激突する。


「……」


 突如として真横が起きた戦闘を、ただ呆気にとられて見ていた少女ではあったが、味方であろう人物が吹き飛ばされた事で我に返ったのか、和沙を前に狼狽している。


「あんたよくも……!! いや、その程度じゃあの人は死なないわ。むしろそうやって余裕でいられるのは今だけよ!!」


 ビシッ、という音が聞こえそうな程、見事に和沙を指さして見せた少女だが、指された本人は彼女に対して一切意識を向けていない。むしろ、どう考えても無事とは思えないあの巫女服の人物を未だに注視しており、その目には一切の油断が無い事が見て取れる。


「ちょ、無視!?」


 少女の言葉に振り替える事すらない。それもそのはず。和沙の視線の先では、先ほど確かに手応えがあったにも関わらず、件の人物がゆっくりと立ち上がっているのだから。その体は多少の汚れはあれど、目立った傷は見当たらない。せいぜい露出した部分についた小さな傷程度だ。しかし、それもみるみる内に塞がっていく。


「……」


 その光景に、和沙は怪訝な表情を浮かべる。確かに、あの人物の実力は未知数だ。しかしながら、再生能力まで持っているなど、流石に予想はしていなかったようだ。和沙の目は驚愕に見開かれている。……自分も似たような力を持っているのを忘れているのだろうか。


「それは流石に聞いてない……ぃ!?」


 どこか呆れた声でそう漏らす和沙。しかし、次の瞬間、ビルに埋まっていたはずの巫女服の人物が、一瞬で自身の懐に潜り込んできたのを見て、顔を引きつらせる。とはいえ、和沙自身もどちらかと言うと高速戦闘を得意としている。その為、間一髪の状態ではあるが、その拳を防ぐ事に成功はしたものの……若干押され気味なのは素の力のせいか。

 刀と拳。一見すると、そもそも勝負にすらならなそうなものだが、何か特別な鍛え方でもしているのか。それとも、そういう技術なのか、まるで鍔迫り合いのように正面から押し合っている。


「……ちょっと、やんなら向こうでやんなさいよ。ここで戦われると私が動けないでしょ!!」


 どうやら意図せず少女の足止めをしていた模様。和沙としては願ったりの状況ではあるが、対峙する相手からすれば、あまり良い状況ではないらしい。

 押し合っていた拳を少しずらし、全膂力を長刀へとかけていた和沙の体勢が崩れる。次の瞬間、一瞬で和沙の首根っこを掴まえると、先ほど自分がされたように近くのビルへと投げ飛ばされる。


「チッ!!」


 受けるダメージはどうにでもなるものの、あの場所から離れるのは勘弁願いたい。そう思った和沙は、すぐさま長刀を投擲し、再び温羅の頭上へと復帰しようとするが……同じ手が二度も三度も通用する相手ではなかった。

 投げられた長刀を空中で掴み、逆に和沙へと投げ返す。


「うっそだろおい!!」


 高速移動を試みた瞬間にこれだ。当然、当初予定していた行動をキャンセルし、投げ返された刀を避ける事に注力する。そうしていると、自分もまた放り投げられていた事に気づく事に遅れ、そのままビルの壁へと叩きつけられた。


「ぐっ……!?」


 苦悶の声が漏れる。あれだけの勢いで投げられて、肺から全ての空気が出ていかなかっただけ恩の字と言うべきか。だからこそだろう。まるで追い打ちをかけるようにして自らも飛び込んできた件の人物を避けられる事が出来たのは。

 到底足で蹴り貫いたとは思えない音を響かせ、辺りに砂ぼこりと瓦礫が舞い上がる。そう、瓦礫も、だ。

 まるで獣のように四肢を地面に付けながら、辛うじて避けたという風体を残し、和沙が目の前の人物を睨みつける。


「……は、上等!!」


 その目に反し、口は笑っていた。

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