九話 対量産大型

 和沙の姿が少女の乗る温羅の向こうへと消えていき、完全に見えなくなったのと同じ頃、こちらでも変化が見られていた。


「……貴女の目的は何!?」


 完全に、とは言えないが、それでも敵と対峙するには十分な程の体力にまで回復した睦月は、ようやく向き直った少女に向かってそう叫ぶ。だが、返ってきたのは冷たい言葉と視線だった。


「それを知って、どうするつもり?」


 その言葉と共に、少女はまるで合図でもするかのように手を振り下ろす。同時に動く大型の攻撃に巻き添えを受けないように、間合いから飛びのこうとする。が、やはり大きなわりに動きが早い。それに加え、睦月は別段スピードに秀でているわけでは無い。攻撃を受ける直前、黒い影が睦月の前に飛び出し、そのまま彼女を連れ去っていく。

 またもや空振りした温羅の攻撃が風圧を産むも、すでに対策済みなのか、その衝撃でも守護隊は崩れない。


「重い……」

「ちょ、それは言いすぎなんじゃない!?」


 睦月を助けたのは瑠璃だったが、彼女から散々な評価を得た睦月が抗議するも、当の瑠璃は渋い表情をするばかりだ。

 前述の通り、彼女はスピードとは無縁と言える。だからと言って、あからさまに重いと言われるほど太ってはいないはず。そう思ったのか、自分の体形を確認する睦月。


「……その無駄な二つの錘が原因では?」


 今度は千鳥に白い目で見られながらそんな辛辣な言葉を吐かれる。和沙からの扱いと言い、二人からの言葉責めといい、今日の睦月はどうもついていない。


「そのザマで巫女? 冗談でしょ」


 頭上の少女もまた、そんな睦月を見て吐き捨てるようにそう言った。しかしながら、彼女の睦月達を見る目からは、妙に暗い感情が感じ取れる。それが向けられている先が彼女達なのか、それとも彼女達が所属する組織なのかは分からない。それこそ、直接聞いてみるしかないのだ。


「そういう貴女は巫女に恨みでもあるのかしら? 随分と言ってくれてるみたいだけど、貴女に恨まれるような事をした覚えはないけれど?」

「……そうね、あんたはしてないわ。でも、祭祀局はどうなのよ?」


 どうやら後者だったもよう。しかしながら、あの組織、というよりも一部の人間がやってきた事とはいえ、叩けばいくらでも埃が出てきそうなものだ。こうして行動を起こした時点でそれらを防ぐ為に浄化、などと言っていられる余裕は無いだろう。また織枝の心労が増えるというものだ。


「そんなの、分からないわよ。私はただの、一巫女でしかないんだから」

「知ってる。だから、期待なんてしてないっての」

「くっ……!!」


 再び大型が動き出す。今度はこれまでの事を学習し、攻撃を受けない位置まで下がるものの、それはそれで睦月自身もダメージを与える事が出来ない。とはいえ、機動力が高い方では無い彼女にとって、大型の広範囲攻撃は脅威以外のなにものでもない。近寄れず、されど距離をとっていては彼女自身も攻撃が出来ず、完全な膠着状態になると思われたが……


「ふっ……!!」

「……はっ、防いで!!」


 その瞬間、まるで金属同士を打ち付けたかのような甲高い音が辺りに響き渡る。いつの間にか、瑠璃が少女のいる高さまで登り、彼女を一気に仕留めようと斬りかかる。が、すんでのところで瑠璃の存在に気づいた少女が温羅に指示を出し、なんとか防ぐ事に成功するも、彼女は知らなかった。瑠璃の傍には、常にもう一人いる事を。


「……とった」


 反対側からまるで忍び寄るかのように音も無く千鳥が斬りかかる。スピードそのものでは千鳥に劣るが、その大きな得物とは裏腹に、彼女の動きは隠密性に秀でている。それもそうだ、そもそも瑠璃と同じように正面から彼女の道を切り開くだけならば、それこそ殲滅力に特化した武器を使えばいい。そうせずに、大鎌なんて非常に扱いづらい武器を選んだのはこういった隠密性も兼ねての事だ。千鳥のサポートだけではない。時には彼女を囮にして背後から急襲する事も彼女達の戦法の一つだ。

 そして、今それが成功しようとしている。誰が見てもそう思われた……が、


「冗談でしょ? そんな簡単に背中をとらせるわけないじゃない」


 少女がそう言った瞬間、千鳥が何かを察知したのか、即座にその場から飛びのいた。刹那、一瞬前まで千鳥の頭があった場所を黒い何かが通り過ぎる。距離をとると、その全貌が明らかになった。


「……また杭。ワンパターンにも程がある」


 鈍く輝くそれは、もう二度と見たくないと何度思った事か、例の杭だった。しかしながら、以前見たものとは少々形状が異なっている。


「そうね。私もそう思うわ。だから、今回少し趣向を凝らしてみたの」


 ガキン、という無機質な音と共に、杭の側面が開いた。そこでようやく理解する。あれは刺突目的の杭ではない、という事を。

 直後、開いた場所から鳴り出したのは、まるで不協和音のように整っていない音の羅列だ。それが大音量で響き渡り、睦月や瑠璃、千鳥の耳にこれでもかという程、不快な音を届けてくる。


「ぐっ……」


 耐えられず、耳を塞ぐがそんなもの無意味とでも言わんばかりに抑えた手を伝って彼女達に耳へと侵入してくる。当然、そんな状態ではまともに戦闘など出来ようはずも無い。手から滑り落ちていく武器へ視線を向ける事も敵わず、ただその場でうずくまるのが精一杯な状態だ。

 そんな彼女達をせせら笑うかのような表情を浮かべた少女が、睦月のすぐ傍までやって来る。


「無様ね。私の油断を誘って不意打ちなんてしようとするからそうなるのよ。ま、そんな事されなくてもこうなってたと思うけど」

「あ、なた……、何で、無事……、なの……?」

「無差別攻撃とはいえ、対処方法はある。毒ガスを撒いた側が、何も付けずに自分達のガスを吸い込むと思ってるの? ちゃんと考えてやってるの。アンタ達と一緒にしないでくれる?」


 馬鹿にしているのだろう。しかしながら、今の睦月に彼女に対する返答は持ち合わせていない。いや、考える事が出来ないと言うべきか。もはや音響攻撃の音があまりにも大きすぎて、少女の言葉すらまともに聞くことが出来ない状態だ。それは、少し離れた場所にいる瑠璃や、千鳥も同じこと。


「もうこうなったらまな板の上の鯉ね。ま、絞める時くらいは苦しまずにやってあげるわ」

「……ッ」


 抵抗しようにも、耳から手を離す事が出来ない。また、離す事自体に成功したとしても、この音のせいで三半規管は既にボロボロだ。まともな平行感覚は無いだろう。

 少女の言う通り、後は料理されるだけ。彼女達にはもう、打つ手は無い。この状況を見れば、誰もがそう思っただろう。

 間違ってはいない。事実、睦月はもはや、まともに動く事すら出来ないのだから。更に言えば、この音響兵器の攻撃範囲はかなり広い。それこそ、離れた場所にいたはずの守護隊メンバーがその場から動けなくなる程度には。

 だからこそ、だろう。少女が悠長に目の前で苦しんでいる睦月にトドメを刺さなかった事、これが仇となった。

 突如として、遥か遠くから鳴り響いたであろう発砲音。だが、問題はその音が聞こえた事ではない。その音の発生源となったものが何に向けられたか、だ。

 発砲音から一秒……もしくはもっと短かったかもしれない。経ったその時、カァン、と甲高い音が聞こえた。音の発生源は……例の音響攻撃を発している杭だ。よく見れば、その側面に何かが刺さっている。

 刺さっている物が何か、それを確認する前に、ソレは起動する。カチン、という音と共に、彼女が目にしたのは、刺さっていた物から半径一メートル程の大きさで、杭が削り取られた瞬間だった。


「っ!?」


 すぐさま少女は温羅に指示を出し、攻撃を受けたであろう方角から自らの体を覆い隠す。十中八九どころか、まず間違いなくあれは狙撃だ。それも、人一人程の長さと、内蔵された兵器のせいで多少太くなっているとはいえ、それでも人間の胴ほども無い太さの杭を易々と狙撃してみせる程の実力者。それが今、少女の事を狙っている。

 よくよく考えてみれば分かる事なのだが、本当に少女の事を狙っているのであれば、今の隙を撃ち抜かない、なんて事は無いだろう。もしくは、照準を合わせてはいたが、あくまで様子見程度で、元々撃つ気は無いか。

 とはいえ、自身の感知距離外から攻撃を受けたのは確かだ。しばらく大人しく隠れていた少女だったが、ふとある事に気が付いた。先ほどまで蹲っていた睦月達がいない。


「……これが狙いか!!」


 そう、少女はまんまとハメられたのである。




「無事か?」

「……なんとか、ね」


 紅葉に抱き上げられ、ようやく戦闘圏内から離脱する事に成功した睦月だったが、思いのほかダメージが大きいようだ。そして、それは瑠璃や千鳥も同じだった。


「瑠璃ちゃんもいいんだけど、ボク的には千鳥ちゃんの方が……」

「櫨谷さん?」

「いえ、はい、すみません、真面目にやります」


 妙な手の動きを披露していた明に鈴音が笑顔を向ける。しかしながら、その表情にはどこか圧力があり、言葉には表していないが、明に対し釘を刺しているのは確実だ。


「にしても、いくら大型相手とはいえ、このお三方がやられるなんて……。そもそも、あそこにいた人は誰なんですか?」

「それは……」


 睦月が言い淀む。別段、彼女の事を配慮しているわけでは無い。一戦交えたとはいえ、あの少女の事は結局何も分かっていない状態だ。敵として対峙している。そうとしか言いようが無い。


「しかし、音での攻撃とは……、今まで経験が無いのが仇になったな。真砂のお陰でなんとかなったが、次も上手くいくか……」


 紫音の狙撃に難がある、というわけでは無い。いかんせん、相手は温羅だ。即興でこちらの攻撃手段に対応してきたとしてもおかしくは無い。


「様子を見ながら、という事になりますか……。こちらが対処しきれない攻撃を続けられても対応できないだけですもんね……」

「むこうに好き放題されるのは癪だが、何が何やら分からん攻撃でこちらの戦力を崩されるわけにもいかない。幸い、むこうの手勢のほとんどが以前倒した量産タイプの大型ばかりだ。数で押されれば流石にこちらもキツイが、そもそもあの巨体で数で押してくる事はないだろう」

「だったらいいんですが……」


 少し不安げな鈴音。いくら量産タイプとはいえ、先日の戦いは熾烈を極めた。それこそ、彼女達が全員次の日はまともに動けなくなるレベルで、だ。それを再び再現しようというのだ。懸念に思うのも仕方が無いだろう。


「そういえば、睦月さん」

「ん、何?」

「兄さんはどこへ?」


 ここでようやく彼女と共に出たはずの和沙がいない事に気づく鈴音。薄情な妹である。

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