十話 刃と拳の果てに……

 まるで剣戟でも発生しているかのような音が立て続けに響き渡る。その発生源は和沙で、もはや何度打ち合ったのかも分からないほど疲弊している。

 それもそのはず、和沙が対峙している相手は、彼が上下左右どの方向から打ち込んでも全てに対応していく。更に言えば、リーチ自体は和沙の方が上とはいえ、素の速度が違い過ぎる。この人物は、和沙の移動手段で三工程ほど必要とする距離を、たった一歩で踏み込んでくる。おまけに、その速度は尋常ではないほど速い。流石に神立を使った和沙に問答無用で追いつく程ではないものの、逆に言えば、対人で神立を使用しなければ追いつかれる速度という事だ。しかもそれを一歩でやってのけるのだから尚更厄介極まり無いと言える。


「……多少予想はしてたが、実際に対峙してみると面倒な事この上ない!!」


 届くと思った攻撃が届かない癖に、本来当たるはずの無い距離から攻撃を捻じ込んでくる。温羅とは違い、直線的な攻撃が多いが、一発一発の速度が尋常では無く、尚且つ当たれば即死とまではいかないものの、受けた側の戦闘能力を一時的に奪う程度の威力を秘めている。

 初撃で決めておくべきだった。和沙にそう思わせるのにも十分な戦闘力を兼ね備えたこの人物は、ゆらり、とまるで力が入っていないかのような動きで上体を起こす。


「まったく、死人がでしゃばるなよ……」


 悪態を吐き、再び刀を構える。対して、目の前の人物は構える素振りすら見せない。だが、それを隙ととるのはどだい無理な話だ。何せ、あの状態から一瞬で目の前に現れ、一撃をかましてくるのだ。むしろ何をどう油断しろというのか。


「……」


 ゆっくりと、前のめりになる。倒れようとしている……わけでは無い。もはや次の瞬間を待たずとも分かる。和沙はすぐさま後ろに下がり、刀を構えて防御の体勢をとる。が……


「……がら空き」


 気づいた時には、というやつだ。目の前に迫っていた彼の人物は、まるで最初からそこに隙が出来るのを知っていたかと思う程あっさりと懐へと踏み込み、そして刀の細さによりできたガードの隙間をかいくぐる。当然、その攻撃は和沙の胴へと的確に叩き込まれ、そして同年代の男子と比べるとあまり恵まれているとは言えないその体は、易々と吹き飛ばされる。


「ぐぅっ……!?」


 壁に叩きつけられ、何とか立ち上がろうとするも、頭でも打ったのか、ふらついた状態でもはやまともに立つ事すら出来ない。

 そんな彼にゆっくりと近づいてくる巫女服の人物を、和沙は忌々しげに睨みつけている。その目は焦点が定まっておらず、もはや和沙の負けは確定しているようなものだった。傍から見れば、の話だが。


「迂闊に……」

「??」

「近づいてくるやつがあるかぁ!!」


 刹那、和沙の周囲を蒼い光が迸る。それらは無数の蛇となり、すぐ傍にいた巫女服の人物へと襲い掛かった。


「無駄」


 ……だが、もはや捨て身の作戦ともいえるその攻撃は、目の前の人物がたった一度、その場で足を踏み込んだだけで霧散する。そんな攻撃が、通用するはずがないだろう、と言いたげに。

 しかし、和沙が狙っていたのは神立での不意打ちではない。一瞬でも足元に気をとられたその瞬間、それこそが、和沙が狙っていたものだった。


「知ってるよ、んなこたぁ!!」


 そう、この人物は一瞬とはいえ、意識を和沙から外した。それこそが明確な隙、好機だった。……だった。


「はい、残念」


 完全に意識の外からの攻撃、だったにも関わらず、和沙の攻撃は受け止められた。これまでのような腕で弾くようなものではない。まさかの白羽どりだ。


「チッ……!」


 だが、腕を刀を防ぐのに割いた事で、胴が空いた。なら、そこに一撃でも、と和沙は蹴りを放つが、これも止められる。足で、それも脛で、だ。

 近接戦における択が悉く潰される。そんな事は最初から分かっていたのだろう。しかし、それでもこの戦いに勝利しなければならない。そんな秘めた思いが和沙を焦らせたのだろうか。精細を欠いた攻撃は、その全てが見切られ、いなされ、防がれた。これを敗北と言わずしてなんという。


「あなたじゃ、を倒すのは無理よ」

「んな事、やってみないと……!!」

「無理」


 静かに、そう告げた巫女服のは、白羽どりで止めていた刀を離し、体勢を崩したところに勢いの付いた回し蹴りを入れる。当然、体勢を崩している状態でそんなものを受ければただでは済まない。それは和沙とて同じ事だ。

 ズドン、と人の体から出たとは思えない音を響かせ、和沙の体が横に吹き飛ぶ。そのまま壁に叩きつけられ……今度こそ動かなくなった。


「……やり過ぎたかな?」


 和沙が沈黙したことで、この場でまともに立っている最後の一人になった女性だったが、その口から出たのは意外にもそんな言葉だった。




「真砂!!」


 目の前の大型の核を露出させ、遠方で機会を伺っている紫音に撃ち抜いてもらう。これが彼女達の戦法だった。そして、その戦い方はドンピシャであったようで、まだ三十分程度しか経っていないにも関わらず、既に三体の大型が塵になった。

 だが、問題はそこまでやってもまだまだ後が閊えているという事だ。

 量産タイプだというのは事前に理解してはいるが、こうも次から次へと来られると、いくら乗りに乗っていたとしても気が滅入るというもの。事実、彼女達の表情からは既に疲労と焦りの色が見られる。先に戦っていた睦月や瑠璃、千鳥もそうだが、他の四人に関しても別の現場から急行したきたせいか、一層疲れが濃く出ている。戦いが長期化すればいずれ崩れるのは彼女達が先だ。対して、敵は次から次へと兵士を導入してくる。何せ、彼女の背後には無限に温羅を生み出していると思われる母体が存在するのだ。戦力が尽きるはずが無い。


「……あと、少し」


 こんな絶望的な状況ではあったが、彼女達にも勝算はあった。いや、勝算と言っていいのかどうかは分からない。結局はこの場をどうにかする方法であって、敵を殲滅するわけでもなく、未だに量産タイプの大型の上で指示を出し続けているあの少女をどうにかするわけでも無い。

 明確に勝ち、と言えるものではないが、それでもそれがなってしまえば、この場はどうにかなる。そう願いながら、ただ少女達は耐え続けていた。

 そして、その時はやってきた。


「!! 総員退却!!」


 SIDの呼び出し音が鳴り響き、その画面に表示されたあるメッセージ、それを見た瞬間、睦月がそう叫んだ。彼女の言葉を聞いた全員が、その意味を察し、即座にその場から離脱を試みる。が、鈴音がある事に気が付き、睦月へと振り返る。


「兄さんは!?」


 そう、和沙がまだ帰ってきてない。例え大型の相手をしても、数分やそこらで屠るような人物だ。そう簡単には負けないとは思っていたのだが、帰りが随分と遅い。鈴音は当然の事、この場にいる誰もが彼の実力を理解している。あれだけの力を持っていながら敗北するなどは考えられない……いや、考えたくない、というのが本音だろう。しかしながら、実際に戻ってくる気配はない。ならば……


「和沙君なら壁の上からでも戻ってこれる!!」


 和沙の機動力は尋常ではない。その気になれば、空高く浮き続ける天至型にすら届く程だ。これくらいの高さの壁、なんともないだろう。

 睦月の言葉に、一瞬逡巡するような表情を見せた鈴音だったが、彼女の言葉を信じる、というよりも兄を信じたのか、大人しく撤退の意思を見せる。


「ここまでやられて、みすみす逃すと思う!?」


 逃げる巫女達に追い打ちをかけようとする少女であったが、そんな彼女に待ったをかける存在があった。


「はいはい、残念だけど今回はここで終わり~」

「な、ちょ、何でよ!?」


 少女の前に向かいあうようにして立ったのは、先ほど和沙が相手をすると言って対峙していたはずのあの巫女服の女性だ。その服にはいくつかの汚れは見受けられるが、目立った外傷などは無い。おまけに、戦っていたはずの和沙の姿も無い。ここから導き出される結果はただ一つだけ。


「何で、あの人……。だって、さっき兄さんが……!」

「鈴音ちゃん、早く!!」


 和沙の姿が無いにも関わらず、直接対峙していた相手が現れた事に明らかな動揺を見せる鈴音。そんな彼女の手を引き、睦月はポイントまで下がる。遠くは無いが、それでも被害を最小限に抑える為、かなり距離を離している。ぐずぐずしていては、彼らの足を引っ張る事にもなる。

 和沙によって作られた水晶の山も既に砕け散っていた。しかし、その足止めが功を奏したのか、自衛軍の士官はとうに準備を完了している様であった。


「上げてくれ!!」


 数秒後にはこちら側に来るであろう二人を見越して、紅葉が士官に起動を促す。一瞬迷った士官の男性ではあったが、睦月と鈴音のスピードから問題無いと判断したのだろう、手に持ったタブレットからを起動する。

 すると、まるで跳ね上がるかのように一枚一枚壁として建造していた金属板が跳ね上がり、それが順になって一つの壁として形成されていく。

 そう、これが簡易性隔離防壁の正体だ。温羅の攻撃はおろか、戦車の砲撃ですら貫通する事が難しい金属板を、何枚も横に並べていき、巨大な一つの壁として扱う。あくまで樹に対する対処法を見つけるまでの時間稼ぎでしかないが、それでも防ぐ、という点においてはこれ以上のものは無いだろう。

 全ての壁が立ち上がるまでにそう時間はかからない。せいぜい一分程度だろう。それだけの時間があれば、睦月と鈴音の二人も壁の向こう側へと辿りつける。そう思っていた。


「筑紫ヶ丘!!」


 離脱する二人を追いかけるようにして放たれた一本の杭。それがまさに今、彼女達を穿たんと飛来する。壁はまだ完全に立ち切っていない。このままでは、二人どころか、ここにいる全員に被害が出る。その事を瞬時に理解した紅葉が前に出ようとした時だった。

 キィン、と二人が通り過ぎた一瞬後に、地面に突き刺さったのはどこからか飛来した一本の刀だ。そして、次の瞬間。


 ガァン!!


 と、蒼い閃光が瞬いたと同時に、そんな音が鳴り響いた。

 二人を狙って放たれた杭は……彼女達に届いていない。いや、届く前に弾かれた。到達する一瞬前に二人の後ろに現れた和沙によって。

 そして、かなり強引に弾いたせいか、痺れる腕のまま、真っすぐに遠くでその姿を眺める少女と、巫女服の女性へと指を指す。


「次はその悪趣味な仮面、引っぺがすからな!!」


 それだけ言って踵を返し、跳ね上がる壁の向こう側へと消えていった……。

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