十一話 仮面の下は……

「非常事態、と言うべきなのでしょうね……」


 本部長室、その奥のデスクの上で手を組みながら、織枝がそう呟く。彼女の前にいた和沙が、それ以外にどう捉えてるんだ、などと悪態を吐くも、特に咎めるような事はしない。する人間もいない、という事で、今この場は高い機密保持レベルを有していると言ってもいい。とはいえ、和沙の存在は意外にもそれなりに知られているうえ、今回改めて派手にやった為、あの場にいた人間のほとんどがその存在を知る事になった。

 とはいえ、だ、このようにして祭祀局のトップと繋がっている事はやはり内々にしておきたいのか、この場にお付きの人間すら居合わせないようにしている。そう考えると、やはり彼女にとって和沙とのこのやり取りは隠匿すべきものだという認識である事は間違いない。今日この日までそう思っていたのだが……


「失礼します。巫女隊一同、ここに揃いましたので……、鴻川兄、何故ここにいる?」

「……こりゃどういう事だ?」


 扉から入ってきた巫女隊メンバーが約一名を除いて和沙の姿を目にし、その場で固まる。対して、和沙は一瞬彼女達の姿に困惑した表情を浮かべるも、すぐに振り返って織枝を睨みつけていた。


「もうこの子達は知ってるんですよね? なら、隠す必要も無いかな、と」

「俺が、何のために、埃塗れになりながらも、誰にも見つからずにここに来ていたと思ってる!! 俺の事云々じゃなく、あんたと繋がってる事を秘匿する必要があったからだ!!」

「そうでしたか、それは申し訳ない事をしましたね」


 どう見ても申し訳ないとは思っていない顔をしている。しかしながら、実際のところここまで和沙の事が知れ渡った時点で、彼との繋がりを隠す事はほぼ無意味となっていた。色々と表には出せない仕事を頼む、という点では秘匿する意味もあったのだろうが、それ以上にこれほどの実力者との接点があるのだ、とその存在を知る者には牽制する意味もある為、今後巫女隊メンバーとの距離感を改める際などには役に立つというものだ。それまで和沙が味方であるとは限らないが。


「鴻川兄、御巫様にそのような言葉遣いを……!!」

「構いませんよ。彼と私は対等な立場です。むしろ、変にかしこまられた方が、何か企んでるのではないかと勘繰ってしまいます」

「あんたが普段俺をどういう目で見てるのか、よく分かった気がするよ……」


 金縛りが解けたメンバーは、思い思いの場所に陣取っていく。その中でもやはり前に出るのは紅葉だ。そんな彼女を補佐するかのように、すぐ傍には睦月が付いている。


「それで、貴方達をここに呼んだ事に関してですが……」

「分かっています。新たな敵の出現、そしてこれからについて、ですね?」


 織枝が頷く。だが、ここまでは誰だって分かる事だ。今更復唱させるような事でもない。


「そうです。計画自体は今回のもので全て完了。樹を中心とした半径一キロメートル四方は完全に隔離され、向こう側からはほとんど手が出せない状態になっています。……が、それもあくまで時間稼ぎに過ぎません。そのうえ、今回貴女達が対峙したという二人に人間について、こちらも早急に対処しなければいけない案件ではありますが……」

「目的は不明、奴さんの戦力も不明、ついでに言えば素性も不明ときた。まずは何から手を付けるか、という話だよな?」

「そういう事です。更に言えば、今回和沙君が対峙したとされる巫女服の女性、温羅を操る少女の事も気にはなりますが、まずはこちらでしょう。直接的な戦闘力を持っている分、温羅よりも厄介です」


 そう、和沙と戦ったあの女性は、その気になれば巫女隊のメンバーすらもあしらう事が出来る程の実力を持つ和沙をいとも容易く下して見せた。その実力が並大抵ではない事は確かだ。

 しかしながら、ここで一つある疑問が浮かび上がってくる。巫女と拮抗、もしくは上回る程の人間が現れた、という事だ。確かに、技術面で言えば、鈴音と片倉のように多少の上下の差はあるだろう。だが、件の女性は明らかに身体能力全般からして巫女である和沙と競り合っていた。たとえ尋常では無い身体能力の持ち主であったとしても、それに耐えるだけのが必要になってくる。見た感じ、あの女性の身体はこれと言って一般人からかけ離れたものには見えなかった。それこそ、似ているとすれば睦月のような女性的な体、と言えばいいだろうか。

 それらから推測するに、あの女性がただの人間ではない事は確かだが、それ以前にある事実が行き当たる。つまり、巫女、だ。


「あの仮面はともかくとして、巫女服というのはあまりにもあからさま過ぎます。もしかしたら、貴女達のようにどこかの支部で巫女をしていた者かもしれません。が、それならそれで話が早いというもの」

「……」


 そうじゃない、という可能性もあるにはあるが、まずはその線から当たってみるのが一番手っ取り早いと考えたのだろう、織枝が内線通信を行おうとしたその時、ふと思い出したかのように睦月が呟く。


「そういえば、なんで和沙君はあの人が温羅よりも厄介だ、って分かったの?」


 その視線が一斉に和沙へと向けられる。思えばそうだ、そもそも和沙は最初から温羅を従える少女へは一切目をくれず、あの巫女服の女性ばかりを警戒していた。まるで、彼女の実力を最初から知っていたかのように。


「……」


 あの女性の話題が出て以来、一切口を開かない和沙だったが、流石に全員から目を向けられれば居心地が悪いのだろう、少しばつの悪そうな顔をしている。


「何か理由でも?」


 単純な質問ではあるが、ここまで口を閉ざしてきた和沙にとっては追い打ちのようなものだ。だが、織枝にそう問いかけられても、なかなか口を開こうとしない。いや、どこか言いづらそうにしているようにも見える。


「兄さん? どうなんですか?」


 鈴音の言葉に黙っていられなくなったのか、ようやくその重い口を開く。


「心当たりは……無いわけでも無い」

「何だ、その曖昧な返事は」


 だが、彼の口から出たのは、彼自身も確証が持てていない、というものだった。


「だって、しょうがないだろ。俺だって直に顔を見たわけじゃないし、実際に戦ってみるまで知人かどうかの確証は無かったんだ」

「で、結果は?」

「……さぁ?」

「さぁ? って……、貴方ね……」


 睦月が呆れたような顔をしている。とはいえ、彼女の反応も仕方が無いと言える。どんな形であれ、手掛かりを持っていたと思われた人間が一切情報を口にしないのだ。そもそも本当にあの女性の正体を知っているのかどうかすら怪しいものだ。


「野生の勘辺りで、あの人は危ない、みたいな感じだったんじゃないですか?」

「……否定はしない」

「状況が混乱するから、確証が無いならせめて黙っててくれないか」


 織枝の手前、あまり表情を表に出さなかった紅葉でさえ、和沙のはっきりしない態度には嫌気が差してきた様子。織枝に向き直り、彼女に今後の方針を伺う。


「織枝様は、今後の事をどうお考えですか? 例の二人の件ではなく、あの今でも立ち続ける大樹の事です」

「そうですね……」


 織枝が考え込む。少なくとも、即決出来る何かがあるわけではないようだ。とはいえ、何らかの対策を打たなければ、いずれは立てた壁も崩壊し、その向こう側から夥しい数の温羅が押し寄せてくる。そうなれば、この街は終焉を迎え、現日本の首都としての機能も死亡する。こんなご時世だ、万が一の事も考え、そういった政治関連の機関は各地にばらけさせてはいるものの、中心となるこの街が落ちれば、都市機能だけでなく、国家としての存続も危うくなる。それだけは避けなければならない。


「あの樹、あれを何とかしなければ、ここは終わりです。何とか、しなければ……」


 そこまで言うものの、やはり尻すぼみになった言葉を最後に黙ってしまう。祭祀局のトップとはいえ、あらゆる知識に精通しているわけではない。むしろ、彼女が知っていることなど、下手をすれば一職員にすら劣るレベルだ。実際に現場で戦っている巫女達がどうしようもない事を、彼女にどうこう出来るはずも無い。


「どうにかする、ねぇ……。とりあえず、切るだけならどうにでも出来るが、それ以上となるとなぁ……」

「……え? ちょっと待って、今なんて言ったの?」

「それ以上はどうにも、って」

「その前!!」

「切るだけなら、ってとこ?」

「そう、それ!!」


 睦月の予想外の押しにのけぞる和沙。そんな彼を見て、また、異様に興奮した自分を見る皆の目を見て、一つ咳払いをすると居住まいを正す。


「今の話、本当ですか?」


 そんな睦月に代わって和沙に問いかけるのは織枝だ。彼女もまた、和沙のその言葉に目を丸くしている。


「本当も何も、一番手っ取り早い方法があるじゃんか。別に超巨大な斧を用意するとかじゃないぞ」

「別に誰もそんな事を言ってません。で、その方法とは?」

「単純な話だ。温羅の攻撃から守る為に作られたあるもの、それは理論上においてはほぼ完璧な遮断性を持ってるはずだから、そいつを使えばあの樹も切れるんじゃないか?」

「あるもの?」


 巫女隊のメンバーの中で、思いついた者はいない。が、織枝だけは違うようだ。和沙の言葉が指すあるもの、それについて合点がいったらしい。


「なるほど。あれなら、そもそも『切る』という行為すら必要ありませんね。お互いを繋ぐだけですし」

「そういう事」


 二人だけが話の意図を理解している中、もやもやとした感情を抱いているのは鈴音だ。ここ最近ハブられる事が多かったため、そのストレスがここに来て言葉に表れる。


「で、そのあるものってなんですか?」


 明かに不機嫌な彼女に向き直り、和沙は一瞬何故分からない、といった表情をした後、他のメンバーも見当がついていない事に気づき、彼女達にあるものの正体を告げる。


「何言ってんだ? 二世紀の間、ずっとお前らを守り続けただろ? 大結界が」

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