十二話 正体?
結果として、樹を切る算段はついた。しかしながら、おそらくそれを妨害してくるであろう例の二人組をどうするか、それらが決まらない内にお開きとなる。
家の方向が一緒という事もあり、いつものように連れ立って帰宅する和沙達兄妹と睦月であったが、今日はその後ろにもう一人珍客が混じっていた。
「……なぁおい、あれどうにかしろよ」
「……知りませんよ。そもそも私に付いてきた訳じゃないみたいだし、兄さんに用があるんじゃないですか?」
ひそひそと話し合う二人の前を、苦笑いをしながら歩く睦月。そんな彼女達の視線は、何故か三人の後ろを黙って付いてくる瑠璃と千鳥へと向けられていた。くしくもこの街に来た当初も似たような場面に遭遇したが、あの時は明確に鈴音が目的だというのが見て取れた。しかし、今回はその目的が読めず、むしろあれだけ付き纏っていた鈴音ではなく、その目は和沙へと向けられていた。
妹との責任の押し付け合いに負け、仕方ないといった様子で和沙が振り返る。すると、千鳥が何かを期待するかのような目で見返してくる。そして、それに反比例するかのように、彼女のすぐ隣からは、鋭い視線が飛んでくる。
「え~っと……、なんか用か? 今日はもう終わりだろ? 何で付いてくるんだよ」
自分達が歓迎されているわけでは無い、という事が伝わったのか、あからさまにムッとした表情になる。
「帰る方向が一緒だから」
「嘘つくな! 知ってんだぞ? お前家の方向逆なの知ってんだかんな!!」
「え、灘先輩の家がどこにあるか知ってるんですか? いつの間に……、ストーキングでもしてたんですか? だとするなら、流石の私でもドン引きですよ?」
「ちっがう!! 言ってただろ、この間!! 家逆方向だって!!」
「そうでしたっけ?」
「む、過去の私を戒める必要があるかな……?」
そう、以前付いてきた時に思いっきり家が正反対の方向である事を彼女自身の口から告げられていた。そのような事、忘れようはずも無い。
「で、何の用だ!?」
「ファンになったから、弟子にして」
「……何だこいつ。頭でも打ったか」
「酷い言い様」
和沙の言葉は、少なくとも自身に弟子入りを求めている者に対するものではない。とはいえ、本当に瑠璃自身が弟子入りを求めているのかどうかも怪しいところだ。以前とは多少対応の仕方が違うとはいえ、一度拒絶されている以上、和沙としてはあまり相手をしたくないのが事実だろう。
「ほら、前に言ったじゃない。瑠璃ちゃんが和沙君の事、気にしてるって」
「あ~……、そんな事も言ってたっけか? 徹底的にボコられてファンになるとか、Mなんじゃないか?」
「兄さん、それはセクハラです」
「せくはらを受けた。だから責任とって弟子にして」
「はぁ……」
随分と重々しい溜息が口から漏れる。明らかに相手をするのが面倒だといった様子だ。真っ当に相対したのが過去に一度しかない以上、彼女の性格を推し量る機会に恵まれなかったせいか、どうやら対応の仕方を間違えたらしい。
「とりあえず、遅いし迷惑だからさっさと帰れ。そっちの、片割れも、とっとと相方を連れて帰ってくんない?」
なんだかんだと言っても、この日和沙は例の巫女服の女性と戦い、体力を消耗しきっている。これ以上は小競り合いすらも遠慮したいのだろう。明らかに疲労の色を見せた表情で、手を振ってさっさと帰るように促す。
「え~……」
「ぶん殴ってやろうかこのチビ……」
「和沙君も大概小さいと思うけど……」
不満の声が口から出た瑠璃に対し、我慢の限界とでも言いたげに和沙が拳を握る。そこに追い打ちとばかりに睦月の心の声が漏れ、そんな彼女に対し和沙が恨めしそうな目で睨みつける。
「一先ず灘先輩、今日はこの辺りにしませんか? そろそろ暗くなってきましたし」
「ん~……、まぁいいか」
ようやく帰る意思を示した瑠璃に、和沙はホッと胸をなでおろす。が、直後に瑠璃の方から、無慈悲極まる言葉が聞こえてきた。
「また会うだろうから、その時に頼もうっと」
「……」
頭痛を耐えるかのようにして頭を押さえている和沙。
帰り際に振り返って手を振る瑠璃を忌々しく睨みつけながら、隣にいる鈴音に言う。
「なぁ、俺佐曇に帰っていいか?」
「いいわけないでしょ、兄さん」
「それで、結局私にも何も教えてくれないんですか?」
睦月と別れ、自宅へと戻った兄へまるで見計らったように鈴音が斬りこんでくる。いや、実際二人きりになるまで待っていたのだろう。もしかしたら、兄妹二人きりならば、この兄は何か教えてくれる。そう淡い期待を持ちながら。
「……」
だが、結局和沙は何も返さない。ただ口を噤み続けている。
「申し訳ない……なんて思いませんよ。私達は兄妹です。血が繋がっていようといなくとも。私にとってこの街で最も信頼できる相手は兄さんです。兄さんは、違うんですか?」
「……」
和沙は黙って荷物を片付けている。その背中は何も語らない。
だが、そんな兄を前に、鈴音は一切焦った様子も無く、また落胆した表情も見せない。彼女は知っている。自分が兄を信じるように、兄もまた自分を信頼している事を。
まるで引き延ばすかのようにゆっくりと片付けをしていた和沙だったが、それもすぐに終わる。一瞬、逡巡したような仕草を見せる。が、背後で鈴音がまるで逃がさない、とでも言うかのようにジッと自身を見つめている事に流石に参ったのだろう。ようやくその重い口が開く。
「知ってるか知ってないか、で言えば知ってるに位置するだろうな。けど、それが確かだなんて、俺には言えない。言えるはずがない。いや、思いたくない、ってのが一番だと思う」
「思いたくない、ですか?」
「ただまぁ、これだけは言える。アレは人間じゃない。もし対峙する事があれば……殺すつもりでやれ。俺もそうする」
「それは……」
難しい話だろう。和沙は人ではない、と言ったが、鈴音の目には確かに仮面を付けてはいたが、その背格好は人間以外の何物でもない。なんなら、隣の少女と並べて姉妹や親子と言っても遜色は無いだろう。そんな相手を殺せ、などと言われれば、常に冷静な彼女とて動揺を隠せはしない。
そんな妹の様子を察したのか、和沙は頭を掻くと、彼女が思っている程深刻に捉える必要はない、と告げる。
「勘違いするな。殺すつもりで、なんて言ったけど、アレはそう簡単に殺せる程まともじゃない。俺でもまだ無理だ。だから、あくまでつもりだ。別に本当に殺す必要は無い。むしろ対峙したら逃げろ。それが一番現実的な方法だ」
「直接戦えば私が負けると?」
「そういう意味じゃ……いや、そういう事か」
「そこは気休めでもそうじゃない、って言ってください。ほんっとーに、女の子の扱い方が分かってないんですね」
「しょうがない、俺は男だ。なった事も無い女の気持ちなんて、分かる方がヤバいだろ」
「女の子みたいな見た目なのに?」
「……忘れた頃に言うんじゃねぇ」
一瞬不機嫌になった鈴音だったが、その表情は百面相のようにころころと変わっていく。そんな妹の表情を見て、少し呆れたようにため息を吐く和沙であったが、その顔は数分前程重苦しいものではなかった。妹の機転に救われた、と言うべきか。単におもちゃにされただけのような気もするが。
「あぁそういえば、もう一人の方、あれは前に見た事あるな」
「え!? ちょっと待って下さい、初耳なんですけど!?」
「初めて言ったからな」
「えぇ……、それもっと早く言うべきでは……? そしたら、あの場でももう少し何か進展が……」
「とは言ってもあれだ、一回見かけただけだ。ほら、前にいっぺんモールの中で百鬼が暴れた事があっただろ? その時に……」
と、そこまで言って何かに気が付いた。そうだ、あの時すれ違った少女、彼女の隣には女性がいた。一瞬、ほんの一瞬ではあったが、その女性と目が合った……ような気もした。が、結局はお互いが言葉を交わすことは無く、そのまま通り過ぎたのだから、別人なのかもしれない。
「兄さん?」
「ん? あぁ、悪い悪い」
とはいえ、単に一度街で見かけただけの話。別段あの少女と深い関わりなどは無い。むしろ、まともに顔を見たのも初めて、と言ってもいいくらいだった。
「まぁ、何はともあれ、面識の無い他人、というのは間違いじゃない。あいつがどんな目的をもってあんな事をしているのか、なんて俺にはとんと見当がつかんさ」
肩を竦め、自分は手掛かりも何も持っていない事を現す。そんな和沙を訝しげな目つきで見ていた鈴音だったが、理解はしたのか、深い溜息を吐いてこの場は良しとした。
よくよく考えれば、あの百鬼が出た場にいた時点で何らかの関与は確定しているのだが、この時の二人は、疲労もピークという事で深く考えずにこの日は終わった。
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