四十九話 決着。しかし……?

 再び長刀を構え、狙いを定めている和沙。対する百鬼もまた、体内の再生が終わったのか、顔の横で刀を構える、所謂霞の構えをとる。おそらく、百鬼自身もそろそろ勝負を決めにくるつもりなのだろう。もはやその目からは、戦いを楽しんでいる様子は見られず、ただただ冷たい殺意が放たれているのみ。


「……」


 そんな視線を向けられていた和沙だが、一つ考えている事があった。それは、あの状態の百鬼の懐に潜りこみ、そのまま一撃を食らわせられるかどうか、という事だ。

 結論で言えば、出来る事は出来るのだろう。しかし、あの状態の百鬼の反応速度は尋常ではなく、十中八九迎撃を受ける。それも、攻撃動作中の非常に無防備な体へと。そうなれば、どちらが先に相手へと決定打を与えるか、という勝負になるが、速度は和沙が勝るものの、膂力は百鬼に劣る。そのうえ、おそらくあの胴部分は体の全外殻の中で最も硬いと思われる。容易に貫くのは難しい。先のような不意打ちはもう出来ない。だからと言って、真っ向から向かって大人しくその身で和沙の攻撃を受けてくれるとは考えにくい。

 ならば、と、和沙の目が左腕へと向けられる。


か……」


 即座に視線を百鬼へと戻す和沙。その頭には、一つの策が思い浮かんでいた。

 正々堂々も不意打ちも不可。ならば、最も予想外の方法で奴の弱点に強力な一撃を与えてやればいい。

 果たして、その方法とは……。


『――――――』


 もはや言葉ともつかない咆哮を上げると、百鬼が動き出す。これまで以上の速度で一気に和沙の目の前まで到達すると、一瞬で刀を振り上げ、袈裟斬りを繰り出す。も、和沙は持ち前のスピードでそれを難なく避けると、後ろに回って背後からの一撃を見舞おうとする。が、百鬼もまた、当初とは異なり異様な速度で動き、これを完全に避けた。いや、避けられる事は想定していたのだろうが、それでも見えない攻撃をよくもあそこまで見事に避けきるものだ、と感心さえ出来る。

 しかし、そんな余裕は一瞬たりとも続かない。斬り、払い、薙ぎ、突き、思いつく限りの攻撃を怒涛の勢いで放ってくる百鬼に、和沙は防戦一方になるしかない。このまま為すすべなく追いつめられていくのか、そう誰もが思っていたが……


「つっ……、いってぇなぁ……!!」


 勢いよく突き出された黒い刀身を唐突に右手で掴み、瞬間的に舞い飛ぶ鮮血。その動作に、コンマ数秒百鬼の動きが止まるが、即座に動き出す。しかし、和沙にはその一瞬の隙さえあればよかった。

 蒼雷が、迸る。

 右手から通された蒼脈が、黒刀から百鬼の本体へと伝わろうとする。先ほどの蒼脈を受けた時、ほんの少量でもダメージを受けた事から、その威力を計られたのか、その光を見た瞬間、百鬼が刀から手を離す。


「ビンゴ!!」


 刀から手を離した瞬間、長刀を手に、だらんと下げられていた左手が跳ね上がる。そして、その刀身が黒刀を捉え、宙高くに跳ね飛ばした。


『!!』


 一瞬で武器が無くなった事を理解したのだろう。すぐさま距離をとり、再び刀を再生しようとする百鬼であったが、和沙が待っていたのは今この瞬間だった。


「再生するのは分かってんだよ。でもな、今すぐ出来るってわけじゃないだろ!!」


 気付いた時には既に和沙の間合い。その長刀の切っ先は、一寸の狂いも無く百鬼の左胸に向けられている。ただ前に突き出すだけで、この戦いに終止符を打つ事が出来る。そんな今この場においてあらゆるものを決する一撃。和沙の踏み込み、そしてスピードをもってすれば、今の百鬼の外殻は貫ける。そんな自信すら感じさせる和沙の顔を見て、百鬼は刀を再生しようとしていた腕を突き出す。


「っ!?」


 突きが、弾かれた。防御が間に合うようなタイミングではなかった。少なくとも、百鬼が再生を続けていれば、の話ではあるが。

 そう、事もあろうに、この百鬼は無手で戦う事を選んだのだ。即断即決とは言うが、ここまであっさりと自身の代名詞でもある武器を手放すとは思っていなかったのか、和沙の顔が驚愕の色に染まっていた。


「和沙君!!」


 睦月の声が響く。その原因はただ一つ、残された百鬼の左手だ。

 踏み込む速度を落とせず、そのまま百鬼の懐まで飛び込んだ和沙は、待ち構えていた左手に顔を掴まれ、その勢いを利用されて地面に叩きつけられる。


「がっ……!?」


 凄まじい轟音と共に、叩きつけられた場所を中心に小さなクレーターが出来る。そんな勢いで叩きつけられたのだ、和沙へのダメージもそうだが、舞い上がる砂煙も相当なものだった。

 雌雄は決した。流石の和沙も、頭を掴まれた状態では満足には動けない。蒼脈を使おうとも、今はそんな余裕は無い程のダメージを受けているはずだ。当然、至近距離にいる時点で自身の身の丈以上もある長刀を振るう事など出来ない。

 あとはただ、その頭が潰され、死ぬのを待つのみだ。

 睦月を初めとした一同、そして、目の前にいる百鬼ですらそう思っていた。




 砂煙がゆっくりと晴れ、サムライの下に倒れ伏す和沙の姿が見え……いや、最初に見えたのは、自身に覆いかぶさる百鬼へと伸ばされた、和沙の左手だった。

 おそらくは、咄嗟に蒼脈を使おうとしたのだろう。しかし、その手の平はほんの数センチ、百鬼の体に届かない場所で静止していた。

 そして、砂煙の中から現れた和沙の顔。相当なダメージを受けたせいか、目の焦点が定まっておらず、まともに前すら見えない状態だ。そんな状態でありながら、和沙の口がゆっくりと開く。


「……分かって、いたさ……。武器を失えば、無手での戦闘も、やむなしと思う事は……。まぁ、あれだけ早く、切り替えるとは思わなかったが……」


 カチン、と何かが外れる音が聞こえた。そしてそれは、和沙のから聞こえたものだった。


「ただまぁ、全部思い通りにはいったよ……。だから……これで終いよ」


 そう、呟いたその瞬間……


 百鬼の体が吹き飛んだ。


 それも、人の力で上がるような高さではなく、十メートルは越えるかと思われるようなものだ。

 そして、同時に鳴り響くのは、辺り一面の空気を振動する程の轟音。先ほどの和沙を地面に叩きつけたのとは比べ物にならない程の凄まじい音だ。

 その轟音が発したのは和沙の左腕。いや、その中に仕込まれていたあるギミックだった。

 和沙の左腕、その手首辺りから腕が横に割れ、そこから二十センチ程の銀色の杭が覗いていた。


 ……そう、この腕は昨年、和沙が黒鯨との戦いで失った左腕の代わりに装着した義手だ。完全に使いこなすのに一か月丸々かかったと本人は言っていたが、義手をたった一か月で自分の腕と同じように動かす事が出来るようになる人間などそうはいないだろう。

 しかしながら、和沙はこの義手の中にこういったギミックがある事は聞いていたが、どうやらその威力については聞かされていなかったようだ。

 炉心を貫かれ、塵になりながら落下していく百鬼を見ていた一同が次に目を向けたのが、何やら肩を抱えながらその場で寝ころびながら暴れまわっている和沙の姿だった。


「ざっけんな!! こんな威力だなんて聞いてねぇぞ!! あんのクソマッド、帰ったらぶっ殺してやる!!」


 この場にいる誰もがその光景をただ黙って見ている事しか出来なかった。

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