六十一話 色々あって
「これが調査結果……とは言っても、その大半は推測だがな」
「ありがとうございます。随分と詳細に調べてくれましたね」
和沙がデスクの向こう側にいる織枝にデータの入ったメモリーカードを渡す。その中に入っていた資料に一通り目を通すと、小さく息を吐いてその目を対面に立つ和沙へと向けた。
「それにしても、巨大な木の根、ですか。にわかには信じがたいですね」
「信じるかどうかは自由だ。俺も、あれが本当に木の根かどうかの確証を得た訳じゃない。そう見えただけだ。木の皮膚を持った巨大なミミズかもしれないしな」
「それはそれで大問題だと思うのですが……。ですが、これが地震の原因だとして、排除するのは可能なのでしょうか?」
「元を絶てばいい。……とまぁ、言うだけならば簡単だが、正体が分からない以上どうしようも無い。あの後、件の根が消えた方を捜索したが、それらしいものは見つからなかった」
「原因が分かっただけでも上等、という事ですね……。ここ最近、地震の頻度が明らかに上がっているうえに、その大きさも回数を増すごとに大きくなっています。市民からは不安の声が上がっているので、早めにどうにかしたいのですが……」
織枝の視線が指す先には、現在来ているメッセージの数を示す通知が表示されている。一つや二つで済むどころか、その数はそろそろ四桁に達しようというものだった。その数に比例し、彼女の心労も増していくのだろう。先日会った時よりも、疲労の色が濃く出ていた。
「俺がこうしてここにいるのも問題だしな」
「やむを得ない事態ですからね。安心して下さい。この事を知っているのは私だけですので」
いかに佐曇の英雄とされる鈴音の兄とはいえ、そう簡単に浄位である織枝に会う事は出来ない。いや、そもそもどんな立場であれ、彼女に会う事はそうそう簡単な事ではない。様々な部署へと申請を出し、それらが受理される事でようやく公的に面会する事が可能となる。例外として、織枝が呼び出しをかけた場合には、それらの申請は全て免除される。
しかしながら、例えどんな用があったとしても、あくまで世間での立場は一般人に過ぎない和沙をそう簡単に呼び寄せるわけにはいかない。本人が会いたいと言っても、周りがそれを許さないのだ。そう聞くと、こうして和沙と気軽に話している彼女が、改めて特別な存在である事を再認識する。正攻法では決して会えない相手なのだ。正攻法では。
「まぁ、その事は良いでしょう。……ところで、最近、調子はどうですか? 何かあったりは?」
「何かも何も、今もこうして報告してるだろうが」
「そういう事ではありません。ほら、あるでしょう? 学校でこんな事があったとか、家でちょっとしたお祝い事があったとか」
「……息子と話しづらい父親かよ。何が聞きたいのかは知らんが、そんなもんあるわけないだろ。普通だ、普通」
「そう、ですか……。なら良いんですが……」
何やら含みのある言い方に、流石の和沙も訝し気な視線を向けている。
「いえ、最近琴葉の様子がおかしいので……。もしかしたら、また和沙君に迷惑をかけているのでは、と思ったので」
「迷惑どころか、姿すら見せないな。先日のあの一件以来か? あれから顔も見てないな」
「そうなんですか? 迷惑をかけていなければそれで良いのですが……何か変な事でもしてるんでしょうか?」
「年頃だろ? そういう事もあるんじゃない? あまりしつこく聞くと、ウザがられるぞ」
「あの子に限ってそんな事は……ない……はず」
自信は無いらしい。妹に慕われてはいるものの、それは彼女の立場あっての話。実際の姉妹仲は特筆する程良いわけでは無く、妹の性格を上手く理解出来ていない事が窺い知れる。
「まぁ、お宅の事情にどうこう言うつもりは無いからいいけどさ。用はもう無いのか? なら、俺はそろそろ行くけど……」
あまり長居するのはマズい。見つかる可能性がある、という事もあるが、第一に和沙はここに黙って来ているのだ。例の根を見つけてその足でここに来た為、既に窓の外は真っ暗だ。これ以上遅れると、鈴音に何を言われるのか分かったものじゃない。
鈴音自身も和沙の事情を理解はしているものの、それとこれとは話が別だ。帰りが遅くなるうえ、連絡も無いとなると誰だって心配くらいするだろう。
「あぁ、ついで、で良いんですが、ちょっと頼まれてくれませんか?」
「何を?」
「ちょっとしたお願いです。もし可能なら、で大丈夫ですので」
「はぁ……、仕方ない。話を聞こう」
踵を返していた足を直し、改めて織枝に向き直った和沙は、彼女の口から出た「お願い」に、眉を顰める。
「……本気で言ってんのか?」
「ですので言ったはずです。可能であれば、と。これを実行するか否かの判断は和沙君にお任せします。何せ、私達は当然の事、貴方の将来にも影響を与えない事ですから」
「……」
心なしか、和沙が織枝を見る目が険しい気がする。いや、錯覚ではなく、それは事実だ。実際、和沙は目の前にいる女性を細めた目で睨みつけている。その真意を問いかけるような視線を向けられている当人は、先程とは違い、それこそ初めて和沙と出会った時のような態度でその視線を真っ向から受け入れている。
そんな風に和沙が織枝を睨みつけてから一分は経っただろうか? 沈黙に包まれていたこの局長室に、小さな溜息が響き渡る。
「はぁ……、分かった。こっちでやっておく。その代わり、分かってるだろうな?」
「分かっています。後処理に関してはお任せ下さい。では、よろしくお願いします、千里様」
片手を上げて今度こそ踵を返す和沙。そのまま颯爽と表の扉から出ていく……はずだったのだが。
「……改めてこうして見ると、不審者ですよね」
「やかましい!!」
正面の扉から出ていくのにも上下左右を何度も確認するその姿は、まさしく不審者そのものだったという。
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