六十九話 巫女対巫女

「ん、どうかしたか?」

『兄さん、やっと出ましたね!』

「何だよ。まさか、俺の声が聞きたくなったとか、そんなんじゃ無いだろうな」

『そういうのは気持ち悪いのでやめて下さい。それよりも少しマズい事に……今、取り込み中ですか?』

「ん? まぁ、取り込み中と言えば取り込み中だな」


 通信機を耳に当て、そんな事を言いながら和沙は横凪に振るわれた大剣に長刀を合わせながらいなす。大剣の持ち主は、その行動に苛立ちを隠す事なく更に踏み込み、今度は上から両断しようと大剣を振り下ろした。


「けどまぁ、大した事は無いから別にいいよ」

『はぁ、そうですか……』


 目の前で、通話をしながら片手間で対応されては誰だって怒る。それはいつも冷静な紅葉とて同じ事だ。しかし、冷静である事が長所の彼女にとって、今の状況は自身の長所を全く生かせていない事に本人は気づいていない。こうまで適当に対応されれば怒るのは仕方が無いが、それで闇雲に剣を振ったところで当たらない物が当たるはずも無い。


「それで、どうかした?」


 大剣の刃に沿って長刀を滑らせ、横に流す事で紅葉の体勢を崩すと、その隙だらけの体目掛けて和沙の蹴りが放たれる。咄嗟にガードはしたものの、それでもまともに蹴りを受けた体は、数メートル吹き飛ばされ、受け身すら取る余裕も無く地面を転がっていく。


「チッ……」


 しかし、明や瑠璃とは違い、そこまで大きなダメージを受けていない紅葉は、舌打ちをしながらもすぐさま起き上がり、和沙を睨みつける。だが、当の和沙は端末を耳に当てたまま、おそらく鈴音がいるであろう方角へと視線を向け、その状態で話しているだけで、現在進行形で戦っているはずの紅葉達に一瞥もくれない。敵とすら認識していない、という事だろうか。


「睦月!!」

「ッ!?」


 紅葉の鋭い声が睦月へと向けられる。呼ばれた本人は、一瞬肩を大きく震わせ、どこか戸惑うかのような目で紅葉に視線を返している。


「援護を!」

「だ、だけど……」


 彼女にしては随分と歯切れの悪い返答だ。無理も無い。鴻川兄妹は彼女にとっても弟妹のようなものだ。本人達がどう思っているかは分からないが、それでも睦月としてはそう接してきたつもりだった。そんな相手と戦え、なんて言われたところで、はいそうですかと言って戦う事など出来るはずも無い。ましてや、彼女は厳しくもあるが、人一倍身内には甘い。いかにどんな状況でも、和沙に刃を向ける事は出来ないだろう。


「ふ~ん……」

『どうかしましたか? 兄さん』

「いんや、何やら煮え切らないのが一人いてね」

『??』

「まぁいいや」


 チラリ、と和沙は未だ紅葉と向き合っている睦月に視線を向ける。どうやら、和沙が何をしようとしているのか、気が付いていないようだ。

 未だ端末を耳に当てたままだが、その場でゆらり、と一瞬力を抜いたように姿勢を低くすると、そのまま地面を疾走する和沙。片膝を付いている紅葉の横を抜け、踏み込んだ先は……覚悟すら出来ていない様子の睦月だった。


「!?」


 刹那、白刃が軌跡を描く。刃の先が向かうのは、睦月の胴。横凪に彼女へと迫る。が……

 鈍い音が鳴り響く。すんでのところで、睦月が持っていた薙刀を横に構え、和沙の一撃を柄で防いでいた。


「……ウジウジと悩んでた割に、動作は早かったな」


 鍛錬の賜物だろう。いつも地道にではあるが、一番訓練を行っているのは睦月だ。何が彼女をそこまでさせるのかは分からないが、それでもその努力がここで彼女を救った事に代わりは無い。


「和沙……君」

「割り切れ。ここにいるのは敵だ。だが、アンタの敵じゃない。だ」


 和沙の刃を受けながら、ハッとした表情を見せる睦月。その瞬間、彼女の顔が変わる。それはいつもの優しい笑みを浮かべる姉のものではなく、温羅を相手に立ち回る時の巫女の顔だ。


「それでいいんだ……よ!!」

「くっ……! 紫音ちゃん!!」

「はいは~い」


 いつの間にか、睦月の背後、ちょうど彼女の体で見えないように調整されていた紫音がライフルを構えている。こちらは和沙と戦う事に躊躇いは無いのか、それとも単純に使命に殉じているのかは分からないが、その引き金を案外あっさりと引いた。

 撃つ直前まで、紫音の姿は睦月の体で隠されており、射線も読みづらくされていた為、一瞬和沙の反応が遅れた……と思われた。

 キィン、と甲高い音が響き渡る。撃たれた弾は、和沙の体には到達せず、すぐ近くに威力を殺された状態で落ちて来た。


「嘘!? 弾かれた!?」

「隠すんじゃねぇ、相手の動きを読むんだよ!!」


 ニヤリ、と笑みを浮かべた和沙が、睦月の頭の上を飛び越える。その先には、紫音の姿があり、急いで二発目の狙いを付けるが、ジグザグに動く事で照準を合わせられないようにしている。流石の紫音も、これにはお手上げ……だったのだが、約一名、完全に存在を忘れ去られていた人物がここに来てようやく自己主張を始めた。


「っと!?」

「行かせ……ない!!」


 千鳥だ。見た目に反し、軽やかに振るわれる大鎌に、和沙の足はそこで止まってしまう。当然、そこを見逃す紫音ではない。


「もらった!!」


 完全に制止した和沙に今度こそ狙いを付ける。あとは引き金を引くだけで和沙にダメージを与えられる。そう思った瞬間だった。


「え?」


 スコープ越しに何か縦長の物が写る。それが何かに気付く前に、紫音の体に横から衝撃が伝わり、そのまま地面に転がる事となった。


「ちょっと、何!?」


 見ると、彼女を突き飛ばしたのは、いつの間にか起き上がっていた明。そして、彼女がナックルで受け止めている物、それを見た瞬間、紫音の背筋に冷たい物が走った。

 刀だ。それも、自身の身長を優に超える大太刀。それを明はナックルで受け止めていた。


「流石に刀を投げるなんて発想には至らなかったよ……」

「そうか? 割と便利だぞ?」


 和沙の行動にこれまた珍しく呆れた声を漏らした明に答えるかのように、和沙の声が聞こえた。すぐ傍から。


「ぐっ……!!」

「今度は耐えたか。意外と勉強熱心なんだな」

「……可愛い顔してこの威力とは。いやはや、付き合えるのは頑丈な紳士じゃないと務まらないね」

「いや、俺は男だぞ」

「嘘だ!! その見た目、声からして女の子じゃないか!?」

「久しぶりだな、この反応」


 少々呆れ気味な和沙だったが、いつの間にかその周囲は巫女達に囲まれている。コントのようなやり取りをしている間に、回り込まれたようだ。ご丁寧に、わざわざ距離を詰めた筈の紫音もまた、和沙の意識が明に向いている間にかなり遠くまで離れていた。


「そういう隙を突くやり方、嫌いじゃないぜ」


 立場的には追い込まれているにも関わらず、和沙の顔から笑みは消えない。余裕の表れなのか、それともこの状況を楽しんでいるのか。どちらにしろ、ロクな理由では無さそうだ。


「それじゃ、鈴音。そっちはお前に任せる。何、大型一体、どうにでもなるだろ」

『え? あ、ちょっ! 兄さん!?』


 向こうに現れた大型に関しては妹に任せ、自分は彼女達との戦闘態勢に入る。


「さて、第二ラウンドといこう」


 巫女と巫女による、戦いが始まった。

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