六十八話 合体?

「あぁもう!! 数が多すぎる!!」

「とか何とか言いながら、よくあの数を捌けるな……」

「鈴音ちゃんは強いからね~」

「そこ! くっちゃべってないで、さっさと動く!!」

「はいはい~」


 和沙が巫女隊の足止めをしている一方、鈴音達は当初の予定通り、温羅の巣窟へと突入し、その原因を暴く為に向かってくる小型温羅をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していた。しかしながら、敵の数は一向に減らず、ただ体力のみを消費していくに留まっている、と本人は思っていた。彼女の後ろで討ち漏らした敵を仕留めていく日和達を見れば、本当に疲労しているのかすら怪しいところではあったが。

 そもそも、いくら数が多いとはいえ、所詮は小型。対応さえ間違えなければ、苦戦するような相手ではない。実際、鈴音が考案した作戦として、敵を正面から打倒するものではあるが、その内容は温羅が一度に襲い掛かって来る数を制限するものだった。

 キリは無いが、さりとて対応さえ出来てしまえば何てことは無い。更に言えば、守護隊とは違い、鈴音の刀は一撃で温羅を両断していく。負けじと梢や燐のライフルも火を噴くが、実のところ彼女達の武器はそこまで威力があるわけでは無い。あくまで牽制用として開発されているからだ。足りない火力を補う為に、グレネードが搭載されているが、広さが限定されているこの場所でのグレネード攻撃は味方にも被害が及ぶ可能性がある。サポートに合わせ、利便性と追及した結果ではあるが、こういった状況では、迂闊に使う事が出来ないのがこの武器の欠点でもある。


「はぁ、はぁ……、次!!」


 とはいえ、今のところ日和達が活躍した様子は無い。何せ、かかって来る温羅を片っ端から鈴音が切り捨てているのだ。数が多過ぎて日和達では対応しきれないというのもあるが、一番の理由は色々と溜まった鬱憤を晴らす為だろう。日頃のストレスを温羅にぶつける事で解消していると言える。


「一人でこれだけやっちゃった……」

「これが……巫女の力」

「所詮は小型、これだけなら大した事は無いよ。そもそも佐曇むこうだと、一回の戦闘で中型が複数出てくるもざらだったから、この程度で済むのなら、兄さんじゃないけど楽で良い」

「は~……」


 呆れているのか、それとも感嘆のものか、そんな声が背後から聞こえてくる。流石の温羅も、ここまでの鈴音の無双っぷりに腰が引けて来たのか、それとも単に数が減ってきたのかは分からないが、先程と比べるとかなり攻撃の手が緩んできた気がする。

 それを見て、鈴音は後ろの四人へと手で合図を送る。前進だ。来ない以上はここに留まる必要は無い。そう判断し、狭い所から、開けた場所へとバトルフィールドを移す。大方の予想通り、温羅達の数がかなり減っているのが分かった。しかし、鈴音が斬り捨てたのはせいぜい百体かそこら。ここには少なく見積もっても三百以上はいた筈だが、残った温羅達はどこへ行ったのか? その疑問は、早々に解決する事になる。


「鈴音さん、あれ!!」

「!!」


 梢が指差した方向、根と思われる部分から、何やら黒い物体が盛り上がって来る。その見慣れた外殻を模した姿に、鈴音は冷や汗を流す。

 誰かに教えられなくとも分かる。減った小型はになったのだと。

 根の下からゆっくりと姿を現し、やがて地上へとその身を乗り出した姿は、まぎれもなく大型温羅のそれだった。




「……流石に~、これはヤバイかも~?」


 いつもと変わらない口調ではあるが、その言葉の端々にはそれとなく焦りが滲み出ている。


「全員回れ右!! 退避!!」


 大型の姿を確認した瞬間、鈴音が叫ぶ。その声に従って、全員がその場で踵を返し、元来た場所へと戻っていく。

 次の瞬間、今の今まで鈴音達がいた場所へと何かが放たれる。それは辺り一面の空気を震わせる程の轟音を伴い、その場に直径十五メートル程のクレーターを生み出した。それを見て震え上がる鈴音と従巫女の面々。鈴音の咄嗟の判断で攻撃を受ける事はなかったものの、仮に鈴音の反応が遅れていれば、今頃どうなっていた事か。


「何、それ……」


 梢が地面に出来たクレーターを茫然と眺めながら呟く。無理も無い。彼女達にとって、大型アレは完全に想定外の存在だ。むしろ、まだ生きている方がおかしいと言える程だ。


「梢さん! ボーっとしない!!」


 そんな彼女に向けられるのは、鈴音の悲鳴にも近い怒声だ。彼女はアレと正面からやりあう事の危険性を重々承知していた。故に、この場は抵抗するのではなく、一度退避の姿勢を見せたのだが……、いかんせん他のメンバーが付いてこない。いや、付いて来れない。

 予想外の敵と、その相手が繰り出す攻撃を目の当たりにし、完全に戦意を喪失している。このままここに留まれば、一方的に蹂躙されるのが目に見えている。


「もう……!! 日和!!」

「!! はいは~い!」


 彼女の意図を察した日和が、すぐ傍にいた燐を抱え上げる。残った二人を、鈴音が抱え、そのまま全速力で戦線を離脱する。背後では、巨大な口のような場所から鈍く光る尖った物が見えたが、それに意識を割く事は無く、鈴音達は全力でその場から離れて行った。




「は~、は~……」


 荒れていながらも、きっちりと語尾が間延びしている日和に感心すればいいのだろうか。何にしろ、ここまで離れれば流石の大型と言えどそうそう攻撃を当てる事は出来ないだろう。高い建物に囲まれた場所で息を整えながら、鈴音はそんな風に考えていた。


「悪かったね日和、大丈夫?」

「だ~、大丈夫~……」


 流石に鈴音のスピードに合わせたせいか、かなり疲労しているように見える。むしろ、本気を出していなかったとはいえ、鈴音の足に付いて行ったことを褒めるべきだろう。それも、人一人を抱えた状態で。


「……ごめん」

「だ~いじょ~ぶ~……」


 声は張るものの、聞くだけで空元気と分かるようなものだ。それでも部隊員に心配をかけまいとする姿は、やはりこんなでも小隊長だという事か。


「しかし鴻川、どうすればいい? あんな奴、私達でどうにか出来るレベルじゃないだろう」

「そう……ね。流石に中型をすっ飛ばして大型が出てくるなんて思わなかった。兄さんがいたら別だけど、私達だけじゃ、食い止める事もままならないね……」

「でも、あれをどうにかしないと、隔離区域の外に出られたら、それこそ被害が……」

「そうなんだよね……。仕方ない、ここは助っ人を頼むしかないかな」

「助っ人って……いいんですか?」

「何が?」

「ほら、お兄さん言ってたじゃないですか。鈴音さんの成長の為だって。このままだと被害が大きくなりかねないのは分かりますが、ここでお兄さんを頼ると、色々言われませんか?」

「……言われる。絶対に煽られる」

「まぁ煽る云々は置いておいて、ほんの少しでいいので、抵抗してみてはどうですか? 私達だって素人じゃないんです。大きくなっただけの相手に遅れは取りません!」

「大きくなっただけって……」


 鈴音が呆れた表情を見せる。しかし、個人的には梢の言葉に同意しているのか、その案を却下する事は無い。無いのだが……やはり鈴音はともかく、日和達はあくまで守護隊。そのうえ、大型温羅との戦闘経験はゼロだ。辛うじて玲が二年前戦ったかどうかなのだが……。


「いや、二年前は私も守護隊になる前だったから、大型との直接戦闘の経験は無いんだ。期待させて悪いが、私じゃ力にはなれない」

「そうですか……」

「あぁいや、この力になれないってのは、知恵を貸す事が出来ないって事で、戦えないというわけじゃ無い。私達の存在は、この街の平和の維持を行う為にある。遠慮なく使ってくれ」

「それはありがたいのですが……、ううむ……」


 状況的にはあまりよろしくは無い。こうしているうちにも、あの温羅は隔離区域の外へ向かって侵攻している可能性が高い。ここに来る前に充に連絡はしたものの、それ以降一切反応が無い事や、ここまで誰も来ない事を考えるに、向こうの現場は相当忙しいようだ。もしくは、和沙が何か細工でもしたか。後者であれば、そこまでするか、と思わないでも無いが、そもそも和沙自身もこの状況は予想していないだろう。

 予想していないのならば、むしろここは助力を求めるべきだろう。鈴音にも限界はある。それが分からない和沙では無いだろう。

 そうと決まればすぐに行動する。鈴音は端末を取り出すと、和沙へと通信を試みた。

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