六十七話 『敵』
「本当にこの方向で合ってるのか?」
「ええ。送られてきた情報とGPSを照らし合わせれば、こっちで合ってるはずよ」
鈴音達が戦う意思を固め、いざ温羅の大群に挑もうとしている時、少し離れた場所では鈴音を除いた巫女隊の六人が、睦月のガイドを頼りに鈴音達が戦っているであろう場所目指して走っていた。
巫女としての経験がある者ならば、建物の屋根伝いに飛んで行けばいいのに、と言いそうな光景ではあったが、これには理由がある。彼女達の後方には守護隊がおり、そちらに増援がこれ以上向かわないように迎撃しながら進んでいた為だ。例え小型だけとはいえ、守護隊に後の事を押し付けた以上、それ以上の負担をかける訳にはいかない。そう思っての行動と言える。しかし、それでも現場の全権を自らの従巫女に預けてきた事を不安に思う者は少なくない。
「……彼女らだけで大丈夫だろうか」
「八田さんもいるし、問題無いわよ。貴女もそう思って全部任せて来たんじゃないの?」
「いやまぁ、それはそうなんだが……」
決して彼女達を信用していないわけでは無い。紅葉が彼女達の事を心配するのはある理由あっての事だ。
「二年前とは違うんだよ。あの子達はあの時のような事にはならないさ。その為にあれだけ訓練を積んでいるんじゃないか」
「貴方に同意するのは癪だけど、今回ばかりは櫨谷さんに同意するわ。あの子達は守られる側じゃない、今は守る側なの。気に掛けてあげるのは良いけど、行き過ぎはあの子達の成長を阻害する事になるわ」
「成長……」
「千鳥ちゃんは今のままで十分可愛いから、育たなくてもいいんだよ!!」
呟きながら、自身のまっ平な胸を無表情に見下ろしている千鳥を、慰めているのかどうかは分からないが、少なくともあまり人様には見せられないような表情を向ける明を、ここに置いて行った方が良いと思ったのは睦月だけではないだろう。しかし、彼女のシリアスブレイクのおかげで、思考の沼に嵌っていた紅葉の表情がようやく前向きなものになる。
「そう……だな。時には見守るだけじゃなく、任せる事も重要か。すまない、醜態を見せた」
「完璧じゃない、というのは言い換えればとっつきやすいという事でもあるわ。あまりに気に病まない事よ」
「それもそうか……」
そう言いながら、紅葉は背後を走る瑠璃へと視線を向ける。隣にいる千鳥が明へ不審者でも見るかのような視線を向けている中、彼女は淡々と足を前に出していた。
何とかと天才は紙一重、とも言う。ならば、自分は凡人で良かった、と自身を遥かに越える才能を持つ少女を見つめながら、安堵の息を漏らしていた……その時
「ストップ」
唐突に、睦月がその場で静止をかける。何事かと他のメンバーが睦月の視線の先を追うが、そこには小さな人影があるだけだ。しかし、建物の陰に隠れて、何者かが分からない。
「ここで……」
睦月が相手に誰かと問おうとしたその時、彼女にとっては非常に聞きなれた声が辺りに響き渡る。
「悪いが、ここは通行止めだ。大人しく回れ右をするか……ここで足止めを食らうか、好きな方を選べ」
そう言いながら、建物の陰から出て来た人物。鴻川和沙が佐曇巫女隊の前に立ちはだかった。
「……和沙君? どうしてここにいるの?」
一番前にいた睦月は、完全に想定外の人物が出て来た事に頭が上手く回っていないのか、呆気にとられた表情でそんな風に問いかけた。しかし、その答えが返ってくる事は無い。和沙の目はただただ冷ややかなもので、明らかに彼女達に対して敵対している姿勢を見せていた。
「お前は……鴻川の兄か。何のつもりだ?」
「何に対しての問いだ? 俺がここにいる事か? それとも、こうしてお前達の前にいる事か?」
「両方だ。この辺りは既に隔離区域に指定されている。そんな場所のど真ん中にいる事、そして我々の前に立った事、これらの理由が知りたい」
「模範的だな。さては優等生だな、アンタ」
「はぐらかすな。こちらが納得出来る答えが返って来なかった場合、状況証拠のみで判断させてもらう」
「具体的にどうすると?」
「我々を先に進ませない、という事はこの件の片棒を担いでいると判断すると言っている。こちらとしては、一方的な決めつけだけでどうこうするつもりは無い。が、場合によっては実力行使もあり得る、という事だ」
基本的には人命第一の巫女隊の理念に反する行動だ。しかし、この状況だけを見れば、目の前にいる少年が今回の件に何らかの形で関わっていると判断するのが普通だろう。となればこうして強気な姿勢をとるのも頷ける。明確にそうだとは決まっていないが、目の前にいる少年が敵では無いという保証はどこにも無いのだ。
そんな紅葉の様子を見て、和沙は少し考えるような仕草を取る。本当に考えているのかは不明だ。しかしながら、和沙としてもここで彼女達と一戦交えるのは本意では無いのかもしれない。それならば、ここは素直に話す事も一つの手段と言えるだろうが……。
「めんどくさい」
そう言いながら、紅葉の前に立ったのは腰に差した刀に手をかけた瑠璃だ。その姿勢は誰がどう見ても分かるレベルの戦闘態勢で、それを見れば、彼女が今何を考えているのかがすぐに分かる程だ。
「待て、瑠璃! 彼は……」
「邪魔」
紅葉が止めるのも空しく、瑠璃は腰の刀の柄に手を添えたまま、恐ろしい速度で前へと踏み込んだ。
二年前の戦いで、凄まじい戦果を上げ、『神童』と呼ばれた瑠璃の十八番、それがこの神速の踏み込みと、その速度のまま繰り出される居合だ。目が良いレベルでは到底見切れず、更にはその攻撃を認識してから反応するのは至難の技と言える。当然、これに対応出来る温羅は小型には存在せず、中型ですら外殻で耐えるくらいしか出来ない。そして、彼女達巫女隊のメンバーにも、瑠璃のその一連の動作に対応出来る者はいない。
そう、だからこそ紅葉は止めたのだ。彼女達ですら対応出来ないものを、一般人に振るう事を。そして、辛うじて瑠璃の姿を捉えていた彼女達の目が、次の瞬間の惨劇を想像しながらも、それを見届けようと見開かれたまま……次の瞬間には驚愕に変わっていた。
キィン、と金属が弾かれるような音が辺りに響き、その瞬間、瑠璃の体はバンザイでもしているかのような体勢を取っていた。そして、そのがら空きの胴目掛けて、和沙の蹴りが放たれる。
「――」
苦悶の表情と共に、音も無く口から息を吐きだした瑠璃は、蹴られた勢いのまま吹き飛び、そのまま近くの建物の壁へと叩きつけられた。
砂煙の中、ピクリとも動かない少女を前に、あの一瞬で御装に変身していた和沙は小さく眉を顰める。
「え、何あれ? 流石に弱すぎないか?」
何てことは無い。和沙がやったのは、自らの目の前で居合を放とうとした瑠璃の刀に、自身の愛刀を合わせ、上に弾いただけの話。直線的な動きだからこそ、対応自体は最小の動きで済んだと言えよう。
「……瑠璃が、やられた?」
茫然とした表情で、紅葉が呟く。神前巫女隊だけではない、おそらく全国を見てもトップクラスの実力を持つ瑠璃が、呆気なく倒されたという事実を、上手く認識出来ていないようだ。そんな彼女の前に立つのは、意外にも明だった。
「驚いたよ。まさか、兄じゃなくて姉だったなんてね。それに関しては後でじっくりねっとりと話を聞くとして、今は少々荒っぽく行かせてもらうよ。まさかウチのエースがやられるとは思ってなかったのでね」
「エース? あれが? 速いだけじゃん。スピードだけで言えば、ハエの方がもっと厄介だろ」
何でも無いように言う和沙を前に、明は不敵な笑みを浮かべている。……が、その額には冷や汗が流れていた。
「ちょ、ちょっと待って!! 何でこんな事になってんの!?」
未だ茫然としている睦月以外が臨戦態勢を取る様子を見て、紫音が焦ったように口を開く。彼女としては、百鬼すら打倒する和沙を相手にしたくないという気持ちが先に行っているからだろうが、それ以前に何故こうなっているのかが上手く呑み込めていないようだ。
「真砂、構えろ。上から奴を落とすように言われているのは薄々気付いていた。だが、今のアレは紛れも無く敵だ。我々の進路を塞ぐ、な。ならば、倒すのが道理だろう」
「え、えぇ……。ちょっと、筑紫ヶ丘先輩も何か言ってよ!!」
「……ハッ、ごめんなさい、あまりにも思考が追いつかなくて茫然としてたわ。紅葉ちゃん、ちょっと待ってくれる? 私があの子と話すから、その間……」
「その必要は……無い!!」
睦月が言い切る前に、紅葉が前へと飛び出す。瑠璃程の速度は無いものの、何度も行った訓練や実践で培ったであろうその踏み込み様は、間違いなく一級品だ。その速度から繰り出される大質量の大剣は、例え中型温羅であっても耐えるのは難しいだろう。……正面から受ければ、の話ではあるが。
「おっと」
紅葉攻撃を予想していたのか、掠りもせずに避けられる。しかし、何も紅葉は闇雲に突っ込んだわけでは無い。
「もらったよ!!」
彼女の背中の陰から出て来たのは明だ。拳を覆うナックルガードに搭載されているギミック――リボルバーに撃鉄が打ち込まれ、中に装填された特殊な炸薬で拳の速度が一瞬にして凄まじいものとなる。そんな物で殴られれば、流石の和沙もただではいられない。が……
「何だそれ、面白いな」
片手で軽くいなされ、突っ込んだ勢いを利用して逆に腹部に肘を合わせられる。吹き飛ばされる事は無かったが、その力を利用され、容易に後ろへと投げ飛ばされた。
瞬く間に明が無力化され、その様子をただ見ている事しか出来なかった紅葉や睦月達。そんな彼女達を前に、和沙は笑みを浮かべながら立ち塞がる。
「さぁ、次はどうする?」
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