第44話 別れと真実 前
風美と仍美が命を落とした戦いから一夜が明けた。
市の大型ホールでは殉職した両名の通夜が行われており、和佐達はそこに参列していた。
『お二人はクラスメイトの中でも、非常に人気があり……』
来賓の淡々とした挨拶が続く。街を守る巫女隊の一人、ということで来賓の顔ぶれは相当なものだが、この中で本気で二人を悼んでいる者が果たして何人いるのだろうか。
しかしながら、二人がクラスメイトだけではなく、同学年内でもかなり人気があったのは事実なのだろう、至るところから二人の死を悲しむ声や、すすり泣く声が聞こえてくる。確かに、風美の快活な性格は人を振り回すものの、人や自分を楽しませようとする意思があり、そういうところを慕っている人は多いだろう。また、仍美もそんな姉と常に寄り添っている為か、人への思いやりに長け、その人柄を好む者は多そうだ。
そんな二人が亡くなってしまったのだ、悲哀に暮れるのも仕方のない事だう。
『であるからして……』
だらだらと話しているのは市長だろうか。終業式で一度見たが、どうも和沙はあの人物が好きにはなれない。見た目は別として、腹に一物も二物も抱えていそうな雰囲気を醸し出しているからだろう。
そこからたっぷり三十分ほど、聞く必要があるのかすら分からない内容の挨拶を延々と聞かされ、そろそろ参列者の体力が削られ始めたころ、ようやく来賓の挨拶が終わる。
解放された参列者達が一斉にホールから出ていく。それは和沙達も同じだ。周囲の者達は皆一様にウンザリとした表情をしているが、和沙を始めとする巫女隊は周囲の者達とは明らかに異なる空気を纏っていた。
「……」
「……」
いつものように、全員が固まって行動するも、その間に言葉を発する者は一人もいない。二人の死に、全員が悔やみ、悲しみ、そして責任を感じているからだろう。その中でも、二人に別行動をとるように指示した凪の後悔は計り知れないものだ。
誰が何を言うでもなく、廊下を進み、そしてある部屋に入る。そこには、引佐姉妹の両親がおり、その対面には時彦と菫がいた。涙を流している女性を男性が慰めており、その正面で時彦が頭を下げている。
女性と男性は、部屋に入ってきた和沙達に気付くと、時彦に一礼し、部屋から出ていく。その際、和佐達をなんとも言えない目で見つめてくるが、彼らの娘達の死の一端を担ったようなものの和沙達は、視線を合わせる事が出来なかった。
「……来たかね」
姉妹の両親が部屋から出て行くのを見送った時彦が、和佐達を見ながら重々しく呟く。今回の一件、責任が重くのしかかってくるのは、時彦のような祭祀局の重役だ。預けた子供が骸となって返ってくる。その時の親の気持ちが分からないでもないだろうに。しかしながら、それを果たすべき責任と認識しているのか、彼の表情には悲しみの色は見えない。
「二人の事ですけど……」
「分かっている。手厚く葬った後、引佐家には祭祀局から二代に渡って援助が行われる。……とはいえ、彼の家にはあの双子以外子供はいないのだがな」
巫女としての活動内で殉職した場合、祭祀局から以後数代に渡って家に援助が行われる。それは、これまで役目を務めあげた者への労わりであり、その家への謝罪ととれるが、そんなものはあくまで体裁を保つ為の理由に過ぎない。遺族としても、援助をされ、それで納得がいくか、と聞かれても肯定は出来ないだろう。
「それと、二人の穴埋めの為に、既に候補生の中から本隊に上がる者を選定中だ。すぐに決まるわけではないが、一か月程で決まると思う。それまでは、四人でどうにか頑張ってくれ」
「……分かりました」
「ちょっと、待てよ」
時彦の言葉に、凪が静かに頷く。が、和佐は我慢が出来なかったのか、横から口を出す。
「なんでそんな淡々としてるんだよ。人が死んだんだぞ、それも身内だ! しかも、まだ中学二年の、先の、将来のある少女達だ! それなのに、アンタ達は……!」
「和沙っ!!」
「っ!?」
和佐の言葉に対し、凪が静止をかける。しかし、名前を叫んだ凪の語調が余りにも強く、和佐は思わず喉まで出かかっていた言葉を引っ込めてしまう。
「……分かっている。分かっているからこそ、こうなのだ。あの子達の死をいつまでも悼んでいる訳にはいかない。こうしている間にも、敵は力を付けているかもしれない。だからこそ、我々大人が率先して先に進んでいかなければならないんだ」
「でも……」
「それに、私達だって最初から覚悟のうちよ。巫女になると決めた時に、その危険性は説明される。死ぬかもしれないということ、そこまでいかずとも、大きな怪我やそのせいで今後の人生が危ぶまれることも。でも、それら全部をひっくるめて、最初に同意するの。巫女になる、って」
「……」
凪の語った内容に、和佐は言葉を失う。そんなもの、和佐は一度も説明されなかった。ただ、適正があり、物珍しいから、というだけでいきなり本隊に配属され、戦いに巻き込まれていった、という印象しかない。てっきり、他のメンバーもそんな感じだと思っていたのだ。
「適正が出た時点で選抜されるのは確かです。ですが、その際に巫女として死ぬ可能性を始め、色々な説明がなされます。それらを踏まえ、私達には選択権が与えられます。巫女になるか、それとも辞退するか。……和沙君にはそういった経緯が無かったみたいですが」
「待ってくれ、待ってくれ……。じゃあ、何で俺には言わなかったんだ!? その可能性があるかもとは薄々思っていた。けど、それさえ説明してくれれば、こんな事にはならなかったかもしれないだろ!? あの二人だって、そういう可能性を考えて、他の誰かを付けたり、もしくは俺が自発的に付いて行ったかもしれな……」
「何を言っているのかね? 君を巫女隊に入れたのは広告の為さ」
突如として割り込んでいた声に、和佐は言葉を失う。振り返ると、凪達の背後、部屋の入口に小太りの男性、佐曇市長が立っていた。
「君を色んな手続きをすっ飛ばして無理やり巫女隊に入れたのは、その希少性がもたらす広告力と、本局に対しての交渉材料とする為さ」
市長はその無駄に出っ張った腹を揺らしながら、部屋の中心へと向かって歩いて来る。いや、そんな事はどうでもいいのだろう。和沙が気になっているのは、何故ここに市長がいるのだとか、そういう事ではない。
「広……告? 交渉、材料……?」
「なんだ、まだ言ってなかったのかね、鴻川支部長」
「……忙しくてな」
市長の問いかけるも、時彦は顔を逸らす。
「なら、代わりにわしが言ってやろう。過去に実績も無い、実力も無い、技術も不明、そんな人間をいきなり実働部隊の本隊に入れると思うか? 答えはノーだ。お前さんは最初からその希少性を買われ、鴻川家に引き取られ、巫女隊へと入隊させられた。これが真実だ」
「……待って下さい、それを知ってるのって、大人達だけなんですか?」
「大人、と言うよりも、わしらのような巫女に関係する者だな。当然、彼女達も知っている。当たり前だろう、何も知らないド素人をあてがわれるのだ、その理由くらいは教えられている。心当たりの一つくらいはあるだろ?」
そういえば、分かれて行動する際には、必ずと言っていいほど凪が傍にいた。彼女がついていけない時には日向もいた筈だ。それらは全て和沙を監視、ないしは守る為だったとするならば、市長の言葉の裏打ちにもなる。
「……」
和沙の視線が凪へと向けられる。彼女はバツの悪そうに顔を背け、視線を逸らした。その後ろにいる七瀬や日向も同じだ。
彼女達のその言動が、全てを語っていると言ってもいい。更に言うならば、時彦が和沙を引き取ったのも、彼を本局への交渉材料とするつもりだったからだ。鈴音が兄妹を欲している、などとは真っ赤な嘘だろう。それどころか、家人全てがそれを知っていながら、今までそれを表に出さずに接していた事になる。
なんという道化か。最初から、何も知らずに踊らされていたと言うわけだ。
「なぁ、父さん……、今の話は全部……?」
「事実だ」
「っ!?」
最後に、一縷の望みをかけ、時彦に問いかけるも返ってきたのは無情な言葉だった。それを聞いた瞬間、和佐はもはやいてもたってもいられず、その場から走り去ってしまう。
二人の死に直面した後に、畳みかけられるように聞かされた自身への対応の真実。
……家族になる、など方便でしかない。和沙は最初から、人として扱われていなかったのだ。
部屋から走り去った和沙を誰一人として追わず……、いや追えず、その場は沈黙に包まれる。唯一、何がどうなったのか理解できていない市長が、キョロキョロと周囲に視線を向けるものの、誰一人それに応える者はいない。
この後も通夜は続いたものの、そこに和沙の姿は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます