神奈備ノ巫女 御巫転移譚

表裏トンテキ

第1話 序

 夜のとばりが落ち、闇を照らす光源が街灯か、星の光くらいしか無い深夜。人気が無く、無機質な工場地帯に轟音が響く。

 爆発は光源を生み出し、その光に映る人のシルエットの後には……、その人影を追う異形。人の姿に酷似しているものもあれば、四足歩行や、宙に浮いているものまであった。

 対して人のシルエットは、彼らから逃げるようにして軽やかに走っていく。……否、正確には逃げるようにではない。まるで誘き出すかのような……。


「今よ! 集中攻撃!」


 どこからそう叫ぶ声が聞こえたと思うと、周囲の建物の影から一斉に複数の人影が出現し、逃げていた人物を追いすがっていた異形に次々と攻撃を加えていく。瞬く間に殲滅された異形の亡骸は、まるで霧散するかのようにその場から消えていった。


「これで全部かしら?」

「うーん……、報告だとこれだけだって話だったけど……」


 大弓を持った少女と、棍を構えた少女が、辺りに注意を向けながら先ほどまで異形の敵が倒れていた場所を確認する。当然の事ながら、そこにはもう何も無い。


「えぇ~、もう終わりぃ~? 私、まだ活躍してないのにぃ~」

「敵が少ないのはいいことだよ、お姉ちゃん」


 大弓と棍の少女が出てきた場所の反対側から、小柄な二人の少女が姿を見せる。双子だろうか、服装や髪型に違いはあれど、ほとんど同じ容姿の二人だったが、口にする言葉までは似通らなかったようだ。


「なにはともあれ、今回の襲撃はこれで終わりかな、っと」


 異形達を引き寄せていた少女が、右手に装備していた身の丈ほどもある盾を外そうとした、そのとき……


『緊急警戒警報発令。緊急警戒警報発令』


 唐突に彼女達の目の前にウィンドウが開かれ、そこには赤い文字で「緊急事態発生」と表示されながらアラームが鳴り続けていた。


「ちょ、ちょっと、なんなのよこれぇ!?」


 盾を持った少女が狼狽えるが、アラームは止まらない。


「額面通り、何らかの緊急事態が起こったと捉えるが妥当かと」

「今度こそ私が活躍できるの!?」


 先ほどの双子と思われる二人の内の一人、サイドテールの少女が冷静に呟くと、もう片方のツインテールの少女がまだ戦い足りないのか、目を輝かせながらサイドテールの少女に問いかける。


「なんにせよ、事態を理解しないことには……」


 大弓を抱えた少女がそこまで言ったところで、彼女達の目の前に浮かんだウインドウの画面が変わり、その向こうから女性と思しき声が聞こえてきた。


『連絡が遅くなり申し訳ありません。作戦地域E地点にて、中型を三体確認しましたのでこちらの迎撃をお願いします』


 変わった画面内では、今彼女達がいる場所からそう遠くない場所に敵を示す赤い点が三つ表示されている。


「中型が三体……、珍しいわね。伏兵として潜んでたのかしら」

「大きさ的にそれはないかと。どういう経緯で出現したのかは分かりませんが、早く迎撃すべきでしょう。……もうお姉ちゃんが行っちゃいましたし」

「何ぃ!?」


 気づけば、先ほどまでサイドテールの少女の隣にいたツインテールの少女がいなくなっている。


「私たちも行くわよ!」

『了解(です)!』


 盾を持った少女が号令をかけると、一斉に指定されたポイントへと向かう。直線距離ならばそう遠くは無いが、いかんせん複雑な工業地帯内だ。普通ならかなり時間がかかるところだが、幸いな事に、彼女達は「普通」ではなかった。

 まるで一足飛びのように工場施設の上を飛び越えると、あっという間に指定されたポイントを眼下に見下ろすポイントまで到達し、そこから件の敵を観察する。


「うわぁ……、ホントに中型が三体もいる……。めんどくさいったらありゃしない」

「あ、でもここで中型がこれだけ出てくるってことは敵も人手不足になってるんじゃないですか?」

「そんなブラック企業じゃあるまいし……。で、いたいた」


 盾を持った少女が覗き込むようにして眺めている場所には、先ほど先走ったサイドテールの少女が異形三体を相手取りながらアクロバットをきめていた。


「中型三体は流石に厄介ですが、さっさと終わらせて帰りましょう」

「そうだよね。私はお腹がもうペコちゃんだよ~」

「そうね、それじゃ行きましょう……、!」


 盾を持った少女が戦闘に入ろうとしたその時、再度アラーム音が鳴り響く。今度はウインドウは出ないものの、聞こえてきた声からは焦りの色が見える。


『申し訳ありません、そちらの戦闘区域近辺で生体反応が確認されました。大きさ的には人。現在そちらの区域で展開している警備隊はありませんので、おそらくは一般人かと思われます!』

「一般人!? 冗談でしょ!?」


 通常、彼女達が戦闘を行う場合、該当する地区とその近辺からは非戦闘員は全て避難させられる。それはこの工場地帯でも同じ事だ。また、目視確認だけではなく、特殊な電磁パルスを利用して隅々まで生体反応を調べ上げられる。

 迷いこんだ、とは考えられにくい。この近辺は封鎖済みで、人っ子一人入る余裕は無いからだ。


「とりあえず、保護すればいいのね?」

『お願いします。こちらの不手際であなた方に迷惑をかけてしまうのは重々承知しておりますが……』

「そういのは今は無し! 場所は!?」

『現在のポイントから南に二百メートルほどの海岸です。早めにお願いします』

「りょーかい! 七瀬と日向は連中がこちら側に来ないように進路を塞いでて。仍美はあの馬鹿の援護をお願い!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばすと、盾を持った少女は指定された場所に全速力で向かう。とはいえ、直線距離で二百メートルならば、今の彼女ならば十秒ほどで到達可能だ。海岸に降り立った少女は周囲を見回す。


「……! あれか!」


 波打ち際に横たわる影。暗い夜だと人影か打ち上げられたアザラシか判断に困るところだが、事前に人だと言われている以上躊躇う必要は無いだろう。

 急いで傍まで行くと、ようやくその正体が判明する。

 年は十六か七程度、少女の年齢と大差無いように思える。海水浴客が流されてきた、にしては時期が合わない。今は三月だ。ただでさえ肌寒いうえに海になど入れるはずもない。それになにより、体中が傷だらけだ。荒波に揉まれただけではこんな風にはならない。


「考えても仕方ないか……。よいしょっと……、ん?」


 少女が少年の体を抱え上げようとしたとき、少年の手から何かが滑り落ちた。


「これ……、もしかして洸珠……?」


 銀色の玉が土台にはまった形のそれは、一見すればただのアクセサリーにも見える。が、少女にとっては、ただのアクセサリーで片付かないものでもあった。


「厄介ごとの匂いがするわね……」


 苦い顔をしながら、それを懐に押し込んだ少女は、その場所から飛び上がる。少年を預けて、さっさと戦闘に戻らなければ仲間に何を言われるか分からない。そんな表情が夜の暗闇の中でも見て取れる。


「例の一般人を保護したわ。回収班をよこしてちょうだい」

『承知しました。A-2ポイントに待機しておりますので、そこまでお願いします」

「了解~」


 存外に遠い場所だ。少女的にはもっと中まで入ってきてほしいところだが、危険がある以上は仕方がないだろう。


「こっちはこっちで面倒な事にならなきゃいいわね~……」


 その愚痴が背中にいる少年の耳に届いたかどうかは分からないが、少なくとも返事は一つも無かった。


 十分後、戦闘に戻った少女は、三体の敵が倒されていた事に喜ぶと同時に、先走った少女が負った無駄な怪我に対し雷を落とすも、大した反省も見られなかった事に肩を落とすのだった。

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