第42話 双子 後

 敵は実に分かりやすく、また強大だった。

 二人共気合を入れて出てきたのものの、やはりその姿を見ると奮い立てた闘争心も、容易に縮こまってしまう。それほどまでに大きな相手だった。


「やっぱり……、大型……」

「一番最初に見たやつと似てるね~」


 距離は離れているが、絶対に安全とは言えない距離。故に、彼女達の動きその一挙手一投足に至るまで神経が張り巡らされている。


「さっきの攻撃って、多分あれだよね」

「うん……、すごい威力だったね~」


 仍美の視線の先には、温羅の中央の発射口と思われる場所の注がれている。一見すると、大砲のようにも見えなくは無いが、その中心に装填されているのは砲弾ではない。

 杭だ。巨大な杭が、発射口にセットされている。先ほどの攻撃、あれはあの杭が発射されたものだったのだ。


「あんなの直撃したら痛いじゃ済まないよね~」

「そもそも、何かを感じる程原型留められるのかな……」


 などと言いながらも、その目は大型へと向けられている。現在は装填中なのか、目立った動きは見られない。


「今のうちに接近しよ。あの大きな体じゃ、自分の真下に向けて攻撃なんてすると、自分からダメージを与えるようなものだし」

「りょーかいー」


 遮蔽物を利用しながら、自分達の姿を補足されないように上手く近づいていく。幸い、そこまで視野が広くないのか、今のところ二人に気づいた様子はない。

 壁を伝い、死角になりそうな場所を選んで地道に接近していく。が、意外と距離が離れていなかったのか、至近距離まで近づくのにそこまで時間はかからなかった。

 一体目、二体目もそうだったが、やはり大型と呼ばれるだけあって、その大きさはとてつもないものだ。足下付近まで近づいた仍美が見上げるも、ここまで近づくと上の方を視認することがかなり難しい。


「どうする?」

「足下に潜り込む。お姉ちゃんは……、迂闊に手を出すのはマズいかも」


 敵の攻撃手段があの杭だけとは限らない。風美に陽動をさせると、何らかの攻撃を受けるのは間違いない。杭は来ないだろうが、自分を中心とした範囲攻撃くらいは持っているだろう。そうすると、下手に陽動をさせるよりも、一緒に足下まで潜ってもらった方がいいだろう。


「お姉ちゃんは私の後についてきて。出来るだけそっちのスピードに合わせるから」

「おっけー」


 風美も俊敏性はかなり高いが、妹がそれを遥かに上回る為、仍美が自分のペースで走ると、風美がそれについていけない。だからこそ、仍美が風美に合わせる形になる。相手の懐に潜りこむスピードは下がるが、下手に温羅の前に出て刺激するよりかはマシだろう。


「それじゃ、行くよ!」

「うん!」


 仍美が自身の言葉と同時に物陰から飛び出す。そして、一拍遅れて風美がそれに続く。

 温羅からは足下が見えていないのか、思いっきり飛び出した二人に一切反応を示さない。


「これなら、いけるかも……!」


 相手の大きさが想定以上だった為、その懐に潜り込むのに少し時間がかかりそうだが、温羅の反応の鈍さが幸いし、なんとか攻撃を受ける前にその足下に潜りこめそうだ。しかし……


「仍美っ! 待って!!」


 あともう少し、と言ったところで背後から声がかかる。それに反応した仍美がその場で動きを止めた。


「どうしたの!?」

「上!!」

「上って……っ!?」


 風美が指差した先を追っていくと、その先にあったのは、無数の発射口と思しき穴。そこには、先ほどのもの程ではないが、二人を仕留めるには十分すぎる程の大きさの杭が無数に装填されていた。


「お姉ちゃん、避けて!!」


 即座に向きを変え、元来た道を戻ろうとするも、遅い。

 発射口から無数の杭が風美と仍美目掛けて発射される。まさに全身全霊をかけた加速に、仍美の足が悲鳴をあげるが、そんな事はお構いなしに踏み込み、この杭の雨から逃げる事が難しいであろう風美を抱えて一気に離脱を図る。

 仍美が通り過ぎた場所に次々と杭が突き立てられ、道に墓標のように並び立っていく。幸運なのは、その下に眠るのが風美と仍美ではなかったことか。

 大型の攻撃をかいくぐり、先ほどまで隠れていた場所に何とか戻る事が出来た二人は、安堵と自身らの見通しの甘さから溜息を漏らした。


「無理だったねぇ……」

「うん……」


 仍美が完全に意気消沈した様子で小さく頷いた。

 しかしながら、作戦自体には問題は無かった。問題があるとすれば、あの大型の戦闘力を見誤ったところだろう。形からして、遠距離型である事は確かだが、至近距離まで接近された時の対応手段が予想以上に強力だったというだけの話だ。


「どうしよう……、先輩達が今どこにいるかも分からないのに……」

「ん~……、待っているだけじゃ辛いかもね……」


 風美が遮蔽物越しに温羅の動きを観察している。のだが、どうもその表情が芳しくない。


「どういうこと?」

「見れば分かるよ」


 風美に促され、仍美もまた遮蔽物越しに温羅の姿を確認する。温羅は依然静止したままだが、向きが二人の方に向いている。まるでその存在を完全に感知しているかのようだ。

 微動だにしないものの、その威圧感を感じさせる様相に、仍美は完全に気圧されている。風美も表には出していないが、あの温羅には言い知れぬ恐怖を感じている模様。


「隠れても補足される。近づこうとしても、あの攻撃のせいで至近距離まで近づけない。どうしよう……」

「逃げる?」

「……多分、それが一番いいかもしれないけど……」


 距離が開けば、今度はあの大きな杭の的になる。建物の影などに隠れながら移動すれば、当たる確率は低くなるだろうが、先ほどの無数の杭を見た以上、遠距離への攻撃手段がそれだけとは思えない。おそらく、他にも何か持っているだろう。


「通信は……、相変わらず無理かぁ」


 端末をどれだけ触ったところで、通信が繋がる様子はない。諦めて端末を懐にしまうも、手詰まりな状況に変わりは無い。


「けど、こうして隠れてれば、少なくとも攻撃は……」


 そう言いかけた時だった。


 仍美と風美の体を隠していた瓦礫が吹き飛ぶ。当然、その裏にいた二人の体も宙を舞い、地面に叩きつけられた。


「が、は! な、にが……」


 一瞬、詰まった息を整えながら、攻撃を受けた方角を見て固まる。先程まで足下に向けられていた発射口が、こちらを向いている。


「……」

「仍美っ!!」


 風美が叫ぶも、仍美は温羅から視線を外さない。いや、外せない。

 ガコン、何かが装填される音だろうか、そんな鈍い音が辺り一帯に響いた。

 仍美に向けられるのは、先ほどと同じく無数にある小型の杭の発射口。そして、そこから一斉に攻撃が放たれる。


「っ!!」


 持ち前の俊敏性の為せる技か、すぐさま全力でその場から飛び退いたおかげか、直撃はせず、せいぜい杭が地面に突き立った際の衝撃波を受ける程度で済む。……が、着地に失敗した仍美の口からは苦悶の声が漏れ、またその衝撃により、肺から一気に空気が失われ、一時的な呼吸困難に陥ってしまう。


「く、あ……」


 朦朧とする意識の中、仍美の視線が風美を捉える。何故か上手く攻撃を避けたというのに、風美が随分と慌てた様子を見せている。

 そして、遂には妹をかばう為か、遮蔽物の影から出てくる。

 次弾が来る、そう思っていた仍美は、何とか彼女の行動を抑えようとした、その瞬間、


 手を伸ばす風美の後ろで、先程撃ち込まれた杭が弾け飛んだ。


 再び衝撃波によって吹き飛ばされた仍美と風美。朦朧としていた意識には逆に、それが衝撃となって意識をはっきりさせる事となる。


「お、姉ちゃん、大丈夫……!?」

「……」


 まるで仍美を爆風からかばうように覆いかぶさってきた姉に問いかけるも返事が無い。


「お姉ちゃん……、駄目だよ、次が来るよ……! だから、早く起きて、お姉ちゃ……、お姉ちゃん?」


 そこで、仍美は姉の異変に気付く。胸の上下が確認出来るので息はしている。だが、正面から見た風美の目が妙に虚ろになっている。


「お姉ちゃん、どうし……」


 上体を起こし、姉の体を支えようとした時、ふと仍美の左手にぬるりとした感触が走る。恐る恐る手を見ると、まるで桶に張ってあるソレに突っ込んだかのように真っ赤に染まっていた。

 仍美はソレが何なのかを思考する。しかし、それを理解してしまうと、目の前にいる姉の状態を悟ってしまう。それを拒否しようとするも、やはり現実はソレを直視する事を強要する。風美の体が力無く、横に倒れてしまう。


 風美の小さな体、その三分の一はあるかと言う部分がそこに存在していなかった。


 正確に言えば右半身、それがまるで吹き飛ばされたかのように消失しており、そこから流れ出るのは夥しい量の血液だ。

 致命傷なんてものじゃない。まだ呼吸出来ているのが奇跡だ。


「お、ねえちゃん……? お姉ちゃん!!」

「……」


 仍美の声に、辛うじて顔を動かす事で反応する風美。しかし、その動きは普段の彼女と比べるとあまりに鈍く、そして表情には生気が無かった。


「お姉ちゃん! 今助けるから! だから、もうちょっと頑張って……!」


 涙混じりの悲痛な叫びが反響する。仍美が自身の御装を引きちぎって、応急処置を行おうとするが、手が震えて思うようにいかない。


「なんで……、なんで!? お姉ちゃん、ちょっと待ってて、すぐに助けるから! 絶対に助けるから!!」


 幾度かの失敗を経て、ようやく形にすることが出来た、出来たのだが……、既に風美の体からかなりの量の血が流れ出てしまい、もはや彼女の体は半分屍のような状態になっていた。


「い、やだ……、嫌だよ、お姉ちゃん……」


 力無く、その場に項垂れる仍美。そんな仍美を光の宿らない目で見つめながら、風美の口が小さく動く。


「よ、み……、今、すぐ、にげ、て……」

「お、ねえちゃん……? なに言ってるの……? 嫌だよ……、絶対に嫌だよ!!」


 頑なにその場から動こうとしない仍美。そんな妹を悲し気な目で見た風美は、小さく首を横に振る。


「つ、ぎ、がくる……。ここ、に、いたら、あぶない、から、はや、く逃げて……」

「嫌だ!!」


 悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。力無く横たわる風美もまた、仍美のその叫びに驚いたのか、小さく体を震わせた。


「嫌だ、絶対にお姉ちゃんを一人で置いていくのは嫌だ!」

「で、も……、て、きが……」

「私一人で食い止める、私一人で倒す、それも出来ず、ここにお姉ちゃんを置いて逃げるくらいなら死んだほうがマシだよ!」

「……」

「私は、私は一人じゃ何もできないの。いつもお姉ちゃんがいてくれたから、ずっと頑張れたの。それなのに、ここでお姉ちゃんを失って、一人で生きたくなんてない。一人は、嫌だよ……」

「……う、ん。ごめん、ね……」


 いつまでたっても姉離れが出来ない妹に、風美が小さく笑いかける。

 地面が振動する。どうやら、次の攻撃の為に温羅が向きを変えているらしい。

 小さく涙の伝う目で温羅を睨む仍美。しばらくすると、その目から流れる涙を払い、風美に向かって笑顔を作る。


「ごめんね、お姉ちゃん。私行ってくるよ。お姉ちゃんを一人にはしない。絶対にあいつを倒して帰ってくるから、また一緒に服、見に行こうね」

「……うん」


 残った左手が伸ばされる。動かす事は出来ても、もはや握る力すら残っていないその小さな手を、仍美が柔らかく握りしめる。

 既に冷たくなった手から、暖かい妹のぬくもりを感じた風美は、握られた手を見ながら小さく笑みを浮かべた。

 やがて、どちらからともなく握られた手が離される。力の籠った目で温羅を見据えながら、離れていく妹の背中に姉は小さく、本当に小さく呟く。


「がんばって」


 姉のその言葉が聞こえたのかどうかは分からない。しかし、仍美ははっきりと、力強く答えた。


「うん、行ってきます」


 遮蔽物から飛び出す仍美。真正面に大型温羅を迎えながら、二刀を構える。

 まるで応えるように、温羅が全ての発射口を仍美へと向ける。


「……」


 温羅の様相に、仍美の足が震え……ていない。その足はしっかりと地に立ち、まさしく迎え撃つに格好の体勢を取っている。

 温羅の内部で駆動音が鳴り響く、装填だろうか。だが、この好機を見逃す仍美ではない。


「っ!! ああああああああああ!!」


 足に全身全霊を集中し、地面を踏み潰すかと思う程の衝撃を生み出しながら加速を行う。

 口にした声が、自らを奮い立たせる。彼女のこれまでの巫女としての戦いの中で、これほどまでに力が巡った事は無かっただろう。それほどまでに、今の仍美は全てを賭ける勢いで臨んでいた。

 空を駆けるように、飛び出した仍美が大きく刃を突き出す。


 十全以上に力を発揮した彼女でさえ、その刃が、届かせる事は出来なかった……。

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