第22話 蒼光 前

 休養期間が終わり、そろそろ一学期の終業式が近づいていたある日。風美の一言が部室の中にいたメンバーを凍り付かせる。


「お化け屋敷に行きたい!!」

 凍り付いた、とは言っても、別にその場の空気が悪くなったというものではない。一部のメンバーはまたか、といった表情をしているが、それ以外のメンバーの表情が文字通り凍り付いていたのだ。


「お、お、お、お化け屋敷って……お姉ちゃん、まさかあそこじゃないよね……?」


 表情が凍り付いているメンバーの一人、仍美が絞り出すように口にしたのは、一体どこの話だろうか。


「あそこだよ~」


 仍美の震えた声など知ったことか、とでも言いたげな風美。凪がやけに楽しそうな事に疑問を覚え、和佐が傍にいた日向に問いかける。


「なぁ、あそこってどこだ?」

「街の北の方って山になってますよね、そんなに標高高くないけど。その山の麓に廃神社があるんですけど、その中にそこそこ大きな屋敷があるんです。多分、そこの事じゃないかと」

「この街に住んでいる人ならほとんど全員が知ってるわよ。幽霊屋敷、って。何でも、昔その屋敷で、幼くして病気で亡くなった少女の霊が出るらしいわ。実際、見た人が何人もいるから、信憑性はあるわね」


 日向の言葉に補足を入れるのは凪だ。しかし、どこか様子がおかしい。普段なら、真っ先に提案に乗るはずの凪が、あまり関わりたくなさそうな表情をしている。


「クラスでもね、興味本位で行った奴が見てるのよ。幽霊を。他の人が言ってた通り、少女の幽霊だって。それがね、手招きするらしいのよ、こっちに来い、こっちに来いって。んで、そいつ、そのすぐ後に熱出して寝込んでね、それから祟りだなんだって言って大騒ぎしてたからよく覚えてるわ」

「でも、最近はほとんどあそこに近寄る人っていませんよね。神社だから取り壊す事も出来ませんし」

「い~き~た~い~」

「お姉ちゃん!!」


 仍美が珍しく大声を上げる。その様子に流石の風美も自身の言動に反省したのか、口を噤んでいる。単純に、大声を出した仍美に驚いた、という見方もあるが。


「あれ? そういえば七瀬は」

「あ~……、あそこです」


 日向が指差したのは、部室の隅。そこには、丸くなって耳を塞いでいる七瀬がいた。


「……もしかして、そういうこと?」

「そういうことです……」


 色んな意味で濃い七瀬にも、苦手な物があったのか、と驚く一同。


「ふっふっふ、これはいい情報を手に入れたわね」


 凪が不敵な笑みを浮かべている。彼女の場合、ロクでもない事に使いそうなので、日向か、もしくは本人から直接釘を刺される必要があるだろう。


「そ、それよりも、時間、大丈夫ですか……?」

「へ……、やばっ!?」


 ボランティアの準備を行っていたのを忘れ、お化け屋敷の話題に盛り上がっていた面々は、時計を見て約束の時間がすぐそこまで迫ってきている事に焦る。


「ちょっと七瀬! あんたもそんな隅で縮こまってないで、手伝いなさいよ!!」

「……」

「なんでこう肝心な時にぃ~~~~!!」

「ほら七瀬ちゃん、もう怖い話とかしてないから!」

「あははは、七瀬ちゃん怖がり~~」


 日向が必死に七瀬を立たせようとするが、もはや梃子でも動かない彼女を動かそうとする方が時間の無駄だろう。七瀬をどうにかしようとする傍で、和佐は自分の準備を黙々と行っていた。




 こんな風に、七月上旬から中旬までの、巫女隊の活動は平和そのものだった。

 そして、迎えるは一学期終業式当日。巫女隊の一同は、この日も朝から部室に集まっていた。


「それじゃあ、今日は終業式よ。……とは言っても、私達は式の撤去の手伝いがあるだけだけどね」

「ですが、準備等は昨日のうちに終わらせているので、後は終わった後の会場の撤去だけとなります」

「もうただの便利屋だな」

「そう言うのも分かるけどね。これもまぁ、役目の一つみたいなものよ」

「それに、人に役に立つって良いことですよ。喜ぶ顔を見るのって、こっちも嬉しくなるし」

「日向は特殊だからなぁ……」


 彼女達も一生徒とはいえ、行事やイベントの雑事に駆り出される事も少なくは無い。自身が所属している学校ならば尚更だ。巫女隊の立場上、一番上に来るのは学生ではなく巫女という身分になる。そのうえ、普段から特例で授業の免除等を受けている以上、こういう指示を拒否するのは難しい。

 まぁ、彼女達は役目を比較的ポジティブに考えている。ボランティアなども、面倒事としてではなく、あくまで行事の一環と捉えている。そういった考え方が出来るのも、彼女達を取り巻く環境のおかげか。はたまた、彼女達の人柄がそうさせるのか。


「そんで、これはこっちに移動……って、和沙、あんた聞いてんの?」

「聞いてる聞いてる」


 片付けの説明をしていた凪に、和佐は手を小さく振り返す。

 和佐達が在学しているこの学校は、小中高一貫なうえ、一学年の生徒数が非常に多い。その為、こういった行事ではかなり大規模になる。準備もそうだが、片付けもスムーズに行う為にこうして事前に打ち合わせをしておくのがこの学校では通例になっている。人も多ければ、やる事も多い、ということだ。


「んで、担当は私と和沙が高等部、日向と七瀬が中等部、引佐姉妹が初等部を担当してちょうだい。とはいえ、終業式が終わったらすぐ、じゃなくて、ホームルームが終わってからの話だけど」

「準備の時と同じように、候補生の子達も手伝ってくれるのか?」

「そのつもりよ。とはいえ、私達みたいになんでもかんでも押し付けるのは無しよ。他の子たちはあくまで女の子なんだから」

「凪先輩……、その言い方だと私達が女の子じゃないみたいに聞こえますよ」

「私達はレディ、だからね!」

「はいはい」

「和沙! あんた最近ツッコミが雑になってきてるわよ! ツッコミ役としての責務はどうしたのよ!」

「いつから俺がそんな役職に就いたんだよ……。こうも毎回突っ込まされちゃあ、いい加減疲れもする。たまには徹頭徹尾真面目を貫き通したらどうなんだよ」

「そんなの、私のキャラじゃないでしょ」

「キャラって……。いやまぁ、実際そうか」

「……」

「ん? どうかしたか、日向」


 何やら、日向が和沙を凝視している事に気づく。


「……いやぁ、ツッコミって免許皆伝とかあるのかな、ってちょっと思っちゃって……」

「ツッコミの、免許、皆伝!」


 凪が腹を抱えて笑っている。もとはと言えば、諸悪の根源は馬鹿笑いをしている本人なのだが、自覚はおろか意識も無さそうだ。


「……一つ聞きたいのですが、誰が誰に免許を皆伝するのですか?」

「七瀬ちゃんが、和佐先輩に」

「ツッコミ師弟……!! 駄目、お腹痛い……!」

「何言ってるんだよ。どっちかと言うと、七瀬もボケ側だろ」

「ちょっと待ってください! 私のどこがボケなんですか!?」

「むしろどこをどう見たらボケ以外になるんだよ。たまにこっち側になるだけで、基本的には向こう側だろ!」

「あ、あの……、そろそろ時間が……」


 仍美が時計を確認し、式の時間が迫っている事を伝えるも、部室内は阿鼻叫喚と化している。彼女のか細い声が上手く通るはずもなく、唯一の頼みの綱でもある姉はと言うと……。


「……ぐぅ」


 熟睡中であった。この騒音の中、よく寝られるものである。

 結局、このボケとツッコミ騒動は、菫がいつまでたっても来ない彼女達を呼びに来るまで続く。




「私のせいではありませんからね……」

「……分かってるよ」


 小さな声で発しながら、和佐の隣に並んだ七瀬が睨む。和沙もまた応えるが、今は式の最中、大きな声は出せない。

 壇上では、学園長が眠気を誘発しそうな長い挨拶を行っている。いや、挨拶と言うよりも説教か。数世紀と続いてきているこの無駄な伝統はどうにかならないのか、と思っている者がこの場には何人いるのだろうか。少なくとも、和佐一人だけではあるまい。

 学園長の話が終わり、一息ついたと思いきや、今度は別の人間が壇上に上がる。校内ではあまり見ない人物だ。来賓だろうか?


「……誰だ?」

「……市長です。こういう場でアピールすることで、次の市長選を有利にしようと画策している、というのを聞いたことがあります」

「公職選挙法とかにひっかかるんじゃないか?」

「あくまで、母校に在学中の後輩への激励、という名目で誤魔化しているそうです。祭祀局や、候補生からはあまりよく思われてはいませんが」

「確かに、神経質な癖に、自分には甘そうな顔をしてる」


 悪態を吐く和沙を、少し離れた場所から見ている菫が睨む。しかし、特に何かを言われる事もなく、つつがなく式は進んでいく。

 挨拶や、夏休みの注意事項等が終わり、そろそろ式もたけなわになった頃。他の生徒がようやく終わるのか、等を口にしだした時、少し離れた場所にいた菫の元に、見慣れないスーツの男が近づき、何やら耳打ちをして離れていく。

 男との話が終わると、菫は深刻そうな表情を浮かべ、口に手を当てて何かを考え込んでいる。が、すぐに決心したのか、まだ式の最中にも関わらず、和佐と七瀬の元へと近づいてきた。


「何かあったのですか?」


 七瀬の言葉に、菫は小さく頷く。


「二人とも、落ち着いて聞いて頂戴。つい先ほど、温羅の襲来が確認されたわ。まだ、避難警報が出るほどの距離には近づかれていない。今なら先手を取れるわ」

「つまり、出動、と」

「そういうこと。巫女隊にはすぐさま出てもらいます。あなたたちも目立たず、ゆっくりとここを出ていきなさい」

「……はい」

「俺は大丈夫なんですか?」

「……何が?」

「公には、関係者、としか公表していないんですよね? だとしたら、あまり疑われそうな行動は避けた方が……」

「他の関係者も出るから問題無いわ。その辺りは気にしないで」

「……了解」


 その言葉を聞いた和佐と七瀬は、その場から静かに移動する。菫は和佐達に出動を告げた後、凪がいる列へ向かっていく。


「全く、空気の読めない連中……」

「むしろ読まれたら読まれたで怖いですけど」


 夏休みを目前にしているにも関わらず、襲来した温羅にボヤキながら、和佐と七瀬は式が行われていた建物から出る。すると、先程菫に報告に来ていた男性がそこにいた。


「お待ちしておりました。車の準備が出来ているので、こちらへ」

「変身して走った方が速いんじゃないか?」

「街中では目立ちますので……」

「なるほど……」


 あくまで市民からの見た目を重視するようだ。この辺りは、立場上仕方がないとは思うが、それで手遅れにでもなればどうするつもりなのだろうか。


「お待たせ。状況は?」


 和佐達に少し遅れる形で残りのメンバーが出てくる。凪はすぐさま現状を問うが、男性は首を横に振る。


「詳細はまだ上がってきていませんが、観測班によると、大型が混じっているそうです」

「大型……!」


 その一言を聞いた面々に緊張が走る。一ヶ月近く前になるとはいえ、あの時の印象を忘れる事などそうそう出来ない。

 少なくとも、苦戦する事は間違い無いだろう。全員の雰囲気が暗くなりつつある中、パン、と乾いた音が鳴り響く。


「上等じゃないの! この間の借り、返させてもらうわ!」


 凪が左手に右手の拳を打ち付け、不敵な笑みを浮かべながら言う。その姿に、思わず陰鬱とした表情を浮かべようとしていた面々に明るさが戻る。


「そうですよ! リベンジやっちゃいましょう!」

「今度は遅れをとりません」

「今度はぶっ飛ばしてやる!」

「わ、私も頑張ります!」


 凪に触発されたのか、各々が気合いを入れるように声を上げる。


「ほらほら、アンタからはなんか無いの?」


 その様子を祭祀局の男性の一緒に見ていた和佐の脇腹を、肘でつつく凪。


「……ああいう仕草を、年頃の女子がやるのはどうなんだ? やっぱり中身はおっさんか、男子中学生じゃないのか?」

「あんた……言うに事欠いてそれか!!」


 掴みかかってくる凪を華麗に躱す和佐。その様子を見ていた男性からも笑い声が聞こえる。


「はいはい、その元気はこの後の戦いの為にとっておきなさい」


 関係者への通達を終た菫が、式場から出てくる。片手に持った端末には、おそらく観測班からの報告が送られて来ているのだろう。絶え間なく鳴り響く通知音に、視線だけ向けながら確認を行なっている。

 今の今までふざけていた凪も、菫が来たことですぐさま表情を引き締める。


「今分かってる事は一つ、大型がいるという事だけ。これに関しては、無理に倒す必要は無いわ」

「倒す必要がないとは……?」

「簡単な話よ。調べたところ、過去に襲撃してきた大型の大半がある程度のダメージを受けると、撤退している事が確認されているわ。小型や中型とは違って、個体数が少ないから退いているのか、それとも別の理由かは分かっていないけど、勝機があるとすればそこね」

「なら、速攻で大型にダメージを与えて追い返すのが一番ね」

「その方針には同意したいけど、他にも小型や中型がいる事を忘れずに」

「分かってるわよ。私もそうだけど、ウチのメンツはそう何度も遅れをとるような子達じゃないって」


 それぞれが強く頷く。菫の表情は晴れないが、今は彼女達に任せるしか無い。


「それじゃあみんな、頼んだわ」


『了解!』


 こうして、一学期最後の戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る