第100話 第一波到来
『候補生一同に告げる。第一防衛線が突破された。これより戦闘が発生する。各員、気を引き締めるように』
端末から聞こえてきたその言葉に、灰色の御装を着用した少女達が体を強張らせる。
総勢二十名弱。その全てがまだ年端もいかない少女達だ。義務教育すら終わっていない彼女達に、命を賭けろなどと、なかなかに酷な事をする。
敵の打倒、その為の力と技術は身につけたものの、やはり精神の方は一朝一夕にどうにかなるものではない。見れば、恐怖の為か足を震わせている者もいる。いくら巫女として命のやりとりに同意したとはいえ、実戦経験の無い彼女達にとって、これからやって来るであろう異形は十分恐怖するに値する存在だ。
そんな中、真っ直ぐに温羅が来るであろう方向を睨みつける者がチラホラ見える。候補生達のまとめ役である、美月とその傍に控える眼鏡をかけた少女だ。また、その後ろでも何人かが同じように真正面向いている。察するに、彼女達こそが、現在本隊合流候補の筆頭だろう。各々、光らせた目には力が見える。
「聞いた通りよ! これから敵が来る! 私達はそれを迎撃する! 実にシンプルね!!」
「……作戦などは無いんですか?」
「無い!!」
「潔いの良い事で……」
凪を思わせるような勢いの美月に対し、眼鏡の少女はあくまで淡々としている。
「ですが、この場合下手に策を弄さず、正面からぶつかるというやり方は間違いではありません。シンプルなのはメリットでもあります」
「さっちゃん、難しい事考えるの苦手だもんねー」
「脇を突かないで下さい、鬱陶しい」
「ああん、酷い!!」
このやり取りに意味は無い。しかし、効果を期待するのであれば、彼女達の背後に控える仲間達が、少しでも戦いやすくなるよう、緊張を解す事だろう。そして、それは期待通りの効果を見せた。
「よぉし! 硬さも取れた事だし、派手に行くわよ、みんな!!」
美月の指差す先、そこから一体の温羅が近づいて来る。彼女達の初戦闘、その獲物とならん小型温羅は、勢いを殺さず、ただ全速力で向かって来る。
迎え撃つ体勢を整えた美月が、両手のトンファーを握り締めながら、深く構え、そして……
重い打撃音が響き渡った。
しかし、美月はその場から動いていない。ただ、目の前打撃音行われた予想外且つ、ある意味でじゃ想定内だった事態に、口を半開きにしながら、呆然としている。そして、それは彼女の後ろにいた者達も同じだ。
「……さっちゃん? 流石の私も、それはどうかなって思うんだけど……」
「おや、これは申し訳ありません。何せ、随分と無防備でしたので、つい」
つい、で敵の横っ腹を鉄拳で貫くのか、とはここにいる誰もが思っただろう。
だが、彼女のこの一撃のおかげで、少女達の目の色が徐々に変わってくる。自分達でもやれる、という事が証明された。今の彼女達には、それだけで十分だった。
「ま、まぁいいわ。それじゃ、その次は私が……って、待ってさっちゃん! 突っ込まないで!!」
どうやら、凪とは違い、美月は人を困らせるのではなく、人に困らせられるタイプのようだ。もしくは周りがあまりにもぶっ飛びすぎているのか。
しかしながら、このさっちゃんと呼ばれている少女、見た目だけなら理知的な大人びた少女なのだが、その本質は全くの別物のようだ。先走る、と言うよりも、敵を見ると勇んで吶喊していく。顔に表情が出ていない為、直情型、というわけではないだろうが、それにしても手が出るのが早い。美月はさぞ苦労しているのだろう。
一体目を屠り、次に目を向けると、どうやら第一防衛ラインは完全に抑えきれていないようで、小型ではあるものの次がどんどんやって来る。流石に眼鏡の少女一人ではキツイのか、美月がそのフォローに入ろうとしていた。
「だから先走らないでって! ほんとにもう……」
「次から次へと来ますね。前線は崩壊したのでしょうか?」
「どうだろ? ホントに崩壊してるなら、来るのは小型だけじゃないだろうし、そもそもこんなに少なくないと思う。多分、攻撃体勢に移行したか、もしくは私達が暇してると思ってわざと流してるか……」
「まぁ、私は暇しないのでドンと来い、って感じですが」
飛びかかって来る小型を拳で迎撃しながら冷静に話すその姿は、恐怖すら感じさせる。だが、美月は慣れているのか、背中越しの相棒に対し、呆れた視線を送っている。
「そんな事より、流石に二十人では侵入箇所を全てカバーするのは無理でしょう。私は向こうに行きますよ」
気のせいだろうか。そう口にする彼女の足取りが妙に軽いと思うのは。
「行くのはいいけど、他の人のフォローもお願いね」
「嫌です。私の取り分が減るじゃないですか」
「ホントに、この脳筋は……」
気のせいではなかったようだ。スキップでもしそうな程、軽やかな走りで、少し離れた場所に続々と侵入してくる温羅目掛けて疾走する。
「頼むよ、後ろに逸らせないんだから……」
口から漏れた溜息は重々しく、普段から随分と苦労しているが様子が見て取れた。
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