第99話 第一波
先鋒が次々と撃ち抜かれていくと、途端に温羅の行軍速度が上がる。しかし、前にいる小型は海の上では足が遅く、陸上に着くまでにその場でやられるものも少なくはない。とはいえ、いくら温羅と言えど、現状を黙って見ている程呑気ではないのか、遠距離攻撃手段を持つ小型、中型が現在進行形で攻撃を続けている七瀬と葵に向き直り、狙撃しようと試みる。が……
「海って、真っ当に戦おうとすると厄介極まりないフィールドだが、今の俺にとっちゃ好都合に過ぎる場所だ。何せ、海水ってのはよく通る《・・》からな」
いつの間にか、先頭の温羅の目と鼻の先まで近づいていた和沙がそんな事を呟いている。
そう、確かに海上は戦いにくさが目立つが、和佐にしてみれば、これ以上は無いと言えるロケーションだ。海水は塩水である事、そして不純物を多く含み、伝導率が非常に高い。この状況で神立を使えばどうなるか? そんな事、考えるまでもない。
刹那、和佐の足下に葵光が走ったかと思うと、次の瞬間には周囲にいた温羅達が一体も残らず塵と化していた。少し離れた場所で、未だ海に浸かりながら七瀬と葵を狙っていた遠距離型の温羅にまで伝播しており、なすすべ無く水の中へと沈んでいく。
陸上と同じ動きが出来ないのが問題になるのならば、陸上とは違う動き方をすればいい。他のメンバーではそう簡単な話ではないが、和佐は違う。
空中に流す事が出来るのならば、当然水中も可能だ。更には電気を通しやすい海水ならば尚更だ。
しかしながら、以前海上での行動が難しいのは変わらない。小型とはいえ、浮遊している温羅も少なくは無い。動きが止まっている和沙を狙うのは当然の事だろう。だが……
「……ナイスショット」
まるでその身に近づくモノは全て撃ち落とすと言わんばかりに、和佐の周りの温羅が片っ端から落とされていく。
想定していなかった事態なのか、遠距離組の攻撃や和沙の迎撃に対する藩王が鈍い。そのおかげで、第一陣は難なくクリアする事が出来た。
「先鋒は先遣隊……いや斥候といったところか。こっちの様子を確認するだけで、積極的に戦闘を吹っ掛けてくるような奴はいなかった。だとすると……」
第二陣、和佐のいるところから少し離れた海上に、中型と大量の小型が向かってくるのが見える。ここからが本番、ということだろう。先ほどの第一陣と比べると、その規模は明らかに違う。斥候で様子を見た後は、戦闘部隊をぶつける。セオリーだが、そもそも温羅がそのような行動を取る事に驚くべきだろう。
『和沙君、気を付けてください。中型の半分以上は浮遊しています。先ほどのような範囲攻撃は通用しないと思った方がいいです』
「の、ようだな。全く、面倒極まりない……」
和佐に向かってゆっくりと前進してくるのは、この時代に来て初めて戦った中型だ。この恩多、浮遊する球体ということで、その見た目から転がって攻撃でもするのかと思われがちだが、その攻撃手段は厄介極まりない。一定範囲内であればどこにでも出現させられる砲撃陣に、鉄壁の外殻。当時の和沙達が非常に苦戦させられた事もあり、この温羅は迂闊に後ろへ行かせるわけにはいかない。
しかし、あの時とは色々と事情が変わっている。今ならばそこまで苦労する事無く倒せる可能性も……
「あ」
鈍い何かがぶつかる音がした。そう思った次の瞬間には、和沙の目の前にいたあの温羅の外殻が大きく剥がれ、そのうえ体勢まで崩していた。
外殻が剥がれた……というよりも貫かれてへこんでいると言った方がいいか、そこには全長一メートル程の黒い鉄杭が刺さっている。――パイルランチャー。葵の持つ遠距離狙撃用武器によって、かつてあれだけ苦戦した温羅の外殻が簡単に貫かれてしまった。
今の和沙でも似たような事は出来るが、これはこれで悔しいのだろう。口元がへの字に歪んでいた。
『い、今です!』
外殻を貫きはしたものの、炉心を破壊するには至っていない。以前戦ったとはいえ、葵にとってはこれが初邂逅となる。いくら七瀬から炉心の位置を聞いていたとしても、遮蔽物越しに狙撃出来るほど非常識な腕はしていなかったらしい。
「……もう一発撃ちゃいいのに」
『あ、あまり連射出来るような武器ではないので……。装填中に体勢を立て直されちゃうので、私の位置からじゃ炉心を狙うのは難しいです……』
「……了解。じゃあ、こっちで始末しとく」
『ごめんなさい……』
『こら、後輩を虐めるんじゃないの』
一つ嘆息すると、長刀を逆手に持ち替える。その場から蒼雷の軌跡を残しながら跳躍、そのまま上空から炉心目掛けて落下し、いとも容易く刺し貫いた。
攻撃の一つすら許されず、ただ一方的に下される。その散り際は、かつて和沙達を苦しめた敵とは思えない程あっけないものだった。
「さて……、次だ」
倒した相手に抱く感情など無い。足下で塵と化している温羅の骸に一瞥すらせず、次の相手へと視線を向ける。
やはり攻撃部隊、と言うべきか、その勢いは第一陣とは比べものにならない。大量の小型の中に混じる中型、という形で侵攻してくる温羅だが、流石の和沙もその全てを迎撃する事は敵わない。
「何体か抜けた。後ろは任せたぞ」
『んな他人事のように……』
『先輩、ちゃんと止めてよぉ!』
「後が
流石に何度も受ければ学習するのか、温羅達の動きに変化が見られてきた。そのおかげか、和佐も放電一辺倒の攻めを止め、動く事にしたのだが……そこはやはり海上。動きづらい事この上ない。
このままでは満足に動けそうにもない、と判断した和沙は、一旦陸へと戻とうと踵を返す。しかしながら、今度は逆に上手く動けない事を利用して足止めをされる。長期戦になる事を考えると、ここで無理をして消耗するのは避けるべきだ。そう考えているのか、以前の戦いで行った跳躍は行わず、邪魔をしてくる温羅一体一体を地道に排除しながら陸に近づいていく。
ようやくたどり着くころには、既にかなりの数の小型温羅が上陸に成功していた。それを凪と日向が上手く食い止めている様子だ。
「ちょっと! 連れてこないでよ!!」
「抜かれたんだよ。全く、ちょこまか動きやがって」
「和沙先輩、もうちょっとくらい減らしてくれてもいいんじゃないですか?」
「抜かせ、これ以上張り切って本番迎える前にダウンしたらどうしてくれる。これでも相当減らした方だ。後はお前らでどうにかしろ」
事実、これでも和佐は第一陣のほとんど、そして第二陣の半分以上は屠っている。それなりに働いているのも確かだ。
「はっ……!! ……ですが、想定よりも数が多くないですか!? いくら侵入口を絞って、一度に上陸出来る数を限定しているとはいえ、このままでは押し切られます!!」
「なら、大人しく後ろに押し付けろ。何のために第二防衛線、最終防衛ラインがあるんだよ」
「少なくとも、仕事を押し付ける為ではないと思いますが!?」
そんな事を言っている間にも、敵の侵攻は止まらない。第二陣の後ろがどうなっているのかは分からないが、攻撃が今よりも緩い、ということはないだろう。そう考えると、ここで時間をかけるのは悪手としか言いようがない。
「ごめん!! こっちも抜かれた!!」
凪の声に振り向くと、小型が一体、彼女の脇をすり抜けている。その体躯の小ささから、上手く捉えきれなかったのだろう。見た目に違わぬ速度で内陸へと向かっていく。
「マズ……」
「くない。前に集中しろ! 後ろは候補生がいる!」
「……っ!!」
和佐の言葉に、凪は前に向き直る。小型一体逃したから何だと言う。そんな和佐の横顔を一瞥しながら、正面から来た敵を叩いていく。
心配、と言えば言い方は良いが、ようは信用しきれていないのだ。最近またの候補生の実力を知っているのは、上がってきたばかりの二人。彼女達が心配の声を上げてない以上、問題は無いのだろう。しかし、凪にしてみれば未知数の状態だ。小型であっても迂闊に後ろに逸らすことは出来ない。
しかし、和佐は任せろ、と言った。
今はその言葉を信じて前に集中するしかない。
「頼んだわよ、後輩達……!」
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