第90話 対処方法 後

「えっと……纏めますと、黒鯨が出現した後に対策を考える、もしくはその場で柔軟に対応する、でよろしいでしょうか?」

「それで問題無い。どのみち、机にかぶりついていても、思いつかんモノは思いつかんさ」

「そうね、こんなところで身の無い話をするより、候補生の子達を使えるようにする方が先決ね」

「そういう事だ」


 作戦はシンプルだ。その時になったら考える。聞く分には無茶苦茶だと思うだろう。実際、菫達も口には出さないが、そう思っている筈だ。


「そんな無茶が通るんでしょうか……」


 しかし、それを口に出したのは葵だった。無理も無い、彼女は本隊に上がってまだ一ヶ月経つか否かの経験しか無いのだ。不安を抱えるのは当然と言えよう。


「無茶? 通る? アホか、押し通すんだ。御巫の名はこの程度に足踏みさせてくれる程優しくない。実際、俺の母親はそうしてきたんだ。親に出来て息子に出来ない、なんて道理は無いさ」


 そう言いながら、口の端に笑みを浮かばせる。嘲笑、ではない。その表情は、不敵且つ挑戦的なものだ。その笑みを見た瞬間、不安を抱いていた一同に一抹の光が差し込む。和佐なら、やってくれるのではないか、と。


「……頼もしい事を言ってくれる」

「どうだろうな」

「?? どういう事だ?」


 葵に向けていた笑みが、時彦へと振り向く。その顔には、既に先程までの笑みは無く、元の無表情に戻っている。


「巫女の彼女らは擁護する責任があるから場合によっちゃあ全力で守る。が、それ以外は知ったことじゃあない」

「……私達はその対象に入っていない、とでも言いたいのかね?」

「いいや? あんた達、じゃない。巫女以外の全てだ」

「この街を守る事、そこに住む者を守るという役目を放棄すると言うのか!?」


 珍しく、時彦が怒声を上げる。目の前の少年が、自身が息子だと思っていた者の口から出た言葉が、彼の、いや巫女や祭祀局の役目や義務を真正面から拒絶するものだったからだ。


「役目? そんなとうの昔に形骸化したものに殉じろ、って言うのか? 冗談はよしてくれ。そうやって巫女を誑かし、自らの利益として意地汚く啜ってきたクズ共が、よく抜かしたもんだ」

「なん、だと……」

「違うとは言わせんぞ。巫女として温羅と戦わせるならまだしも、奉仕活動などと抜かし、祭祀局の印象アップの為のパフォーマンスに利用してるだろう。それで利益を享受していないと何故口に出来る」

「あの奉仕活動は、あくまで巫女のイメージアップの為だ! 戦闘では、街に被害を出す事も少なからずある。それで市民感情が悪化する可能性も踏まえて、普段からそういった活動でフォローを……」

「そういった外的要因から巫女を守るのが祭祀局だろ。本来果たすべき役目を果たしていないのはどっちだ」

「か、和佐君? 流石に言い過ぎでは……」


 見かねた七瀬が恐る恐る和佐を諌めようとするが、直後に向けられた視線を正面から受け、思わずたじろいでしまう。


「お前らもそうだ。何で疑問に思わないんだ。命を賭けて戦っているのに、どうして奉仕活動なんざしないといけない? 市民からの評判? 街への被害から目を瞑ってもらう為? それらを解決するのはコイツらで、お前達のやる事じゃない」

「……和佐、前にも言ったけど、私達は一番最初に命の事も含めて、全てに同意してる。だから、そんな事を言うのは的外れ……」

「……成る程、ここまで仕上がっていれば、随分と思い通りに動いただろうな。……先輩、いや凪、一つ教えてやる。命を失う可能性がある、という事前宣告に同意したと言ったな? その時点で奴らの思惑通りなんだよ」

「思惑? どういうことよ?」

「分からないか? 同意する、ということは、それが自己責任だと認めるということだ。つまり、祭祀局は一切責任を負わない、死んだのはお前達の実力不足、自分の責任だと言っているのと同義だ」

「そんな大袈裟な……」

「そう思うか? 思い出してみろ、あの双子が死んだ時、局の人間は一人でも頭を下げたか? 子供を死なせた事を詫びた奴がいたか?」


 凪が横目で時彦を見ている。風美と仍美の親が、二人の死と同時に勇姿を讃えられ、それに頭を下げていた事はあった。が、時彦や菫のそんな姿を見た覚えは無い。双子の死後に関する説明をしている姿は見たものの、その中には謝罪の一言も無かった。


「世間様から見れば、巫女は祭祀局に属する戦闘員だろうが、実際は各々が勝手に判断し、戦う愚連隊のようなもんだ。戦闘中、詳しい指示が無いのもそれが理由だろ。命令を出せば、責任を負う事になるからな。……本来子供を守るべき大人が、子供を利用して利権を啜る。人でなしにも程がある」


 時彦の姿を反射しているその瞳に、依然感情は浮かんでいない。だが、その奥には暗く、深い感情が蠢いている。

 その言葉に感化されたわけでは無いだろうが、誰一人として和佐の言葉を否定する者はいなかった。局関係者、巫女共々。


「この時代に流れ着いた時、そこにどんな思惑があったにしろ、俺の身柄を保護し、保証してくれた事には感謝している。けどな、俺がアンタらの先祖から受けた仕打ちは、それよりも遥かに深く、重い。積み重ねられた怨念が、数度の善行で救われると思ったら大間違いだ」


 人間不信、それと人間嫌い、ここに極まれり。嫌い、などと言う簡単な言葉で表せるものではないが、これが最も近い表現だろう。和佐の内には、巫女以外の全ての人間、まさしく有象無象を決して許さないと公言出来る程の憎念、怨念が渦巻いている。


「……お前は、私が憎い、と?」

「この世に存在する全ての人間が、だ。もちろん、無関係の者もいる。だがな、そんな事、俺には関係無い。その全てが憎く、そして殺意を抱く。……あぁでも、別に手ずから殺してやる程興味も無い。だから、ほっとくんだ。放っておいても、人間ってのは勝手に死んでいくんだから」

「……おぞましいな」

「当然だ。俺は魂の全てを、怨念と入れ替えて存在する亡霊だ。負の感情を抱かない方がおかしい」


 言いたいことを一通り口にした為か、その目の奥に潜んでいた感情はいつのまにか失せ、最近よく見る人を嘲笑したような笑みに変わっていた。


「とは言え、役目は果たすさ。それに、巫女の行く末も見届けにゃならん。羽虫のように周りを飛び回るのは結構だが、邪魔だけはすんなよ」


 ただただ厳しいだけの言葉に、この場にいる誰もが閉口した。とはいえ、和佐が嫌悪しているのは、あくまで現状を良しとし、少女達の待遇を改善しようとしない大人達に対してであり、凪達に非は無い。

 一朝一夕に変わるものではない。その事は和沙も分かっているだろう。だからと言って、先送りにしてしまえば、近い未来必ずそのツケが回ってくる。

 彼らがそれに気付くのはいつの事だろうか。少なくとも、今ここででは無いのは確かだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る