九話 合流
「そういえば~、今日からだってね~」
「……え? え?」
初登校の翌日、この学校に転校してきて初めての授業を特に問題も起こさずにこなした鈴音だったが、脈絡が無かったどころか、目の前に忽然と姿を現した日和に思わず狼狽を隠せずにいた。そんな鈴音を見て楽しんでいるのかどうかは分からないが、当の日和はにこやかな表情を鈴音に向けていた。
「あれ~? 聞いてなかったの~? 今日から鈴音ちゃんも訓練に参加するんだって~。私が連れてくるように言われてるから~、一緒に行こ~?」
「あ、あぁ、そう言う事……分かった、すぐに準備するよ。……けど、その出現の仕方、止めてくれない? びっくりするから」
「あははは~」
なんとも気の抜ける笑い声を聞き、ついつられて乾いた笑いを漏らす鈴音は、荷物を纏めると立ち上がった日和に付いていく。
「れっつらご~」
聞けば日和はこんなでも守備隊の小隊長だとのこと。こんな気の抜けた号令をかけられては、隊員としても気合の入れようが無いだろうに。
しかし、付いていくのはいいものの、日和の足取りはかなりふらついている。いや、ふらついていると言うより、自由奔放と言った方が良いか。とにかく、あちらこちらへと向かうその足に、鈴音は疑問を浮かべながらも大人しく付いていく。
「……ねぇ、こっちでいいの?」
「ん~、何が~?」
「何がって……、訓練所。本当にこっちで合ってるの?」
「大丈夫だよ~。実は~、こっちって~、近道だったりするんだよ~」
「ほ、本当かな……」
いまいち信用しきれない口調に、鈴音は冷や汗を流す。あの隊長や、監督官からして遅刻なんてした時には厳罰を下されかねない。それが初日となると尚更だ。
これでも佐曇では優等生で通っていた鈴音だ。こちらに来て他の生徒につられて評価を落とす事は絶対に避けたいのだろう。その足取りは徐々にどこか急いたものになっていく。その事に気付いた日和は、くるりと振り返り、ノンビリとした口調を崩さずに言う。
「まぁまぁ~、そんなに焦ってもしょうがないよ~」
「でも……」
「だから~、大丈夫だって~。ほら~」
「……は?」
未だ定まる事の無い日和の足ではあったが、どうやら彼女の足は確かに目的の場所へと向かっていたようだ。今の今までどこを歩いているか分かっていなかった鈴音だが、目の前に広がる景色を目にし、思わず間の抜けた表情に変わる。
「ほら~、大丈夫だったでしょ~?」
目の前には、以前目にした本局の広い訓練所が広がっていた。ここまで一度も屋内を通っていないにも関わらず、いつの間にかあの広大な屋内訓練場へと辿り着いていた。
「……え? 本当に近道だったの!?」
「だから言ったよ~。私~、嘘は絶対に言わないんだよ~」
「そ、そう……、疑ってごめんなさい」
「いいんだよ~。それよりも~、早く行った方がいいんじゃないかな~」
浮かんだ笑顔は崩さず、とある一点を指差す日和。そこには、既に集まっている巫女隊のメンバーの姿があった。
「わっ、マズッ……、ありがとね!!」
「いってらっしゃ~い」
ひらひらと手をはためかせる日和を背に、鈴音は駆けだした。
「遅かったな」
「す、すみません……」
仏頂面で待っていた紅葉に鈴音は頭を下げる。しかしながら、その声色はあまり怒っているものではなく、どちらかと言うと心配しているようなものだった。
「いや、責めているわけじゃない。やはり、クラスメイトとは言え、あの薬師に頼んだのはミスだったか。センスはあるんだが、どうにもマイペースが過ぎるきらいがある。どうせ、アレにそこらを連れまわされたんだろう」
「あ、あはは……」
どうやら、日和が適任でなかった事は自覚していたようだ。更には、その定まらない足取りまで理解している辺り、こうなる事は予想の範疇だった可能性も出てくる。
……ならば、最初から適任を当てればいいのでは? と思うだろうが、そこで日和が出てくる辺り、この街の巫女関係者も人手不足なのかもしれない。
「何はともあれ、こうして来たんだし、今日から本格的に私達と合流よ。改めて、よろしくね、鈴音ちゃん」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
「元気でよろしい。後は……」
睦月が来ているメンバーを見回す。睦月、鈴音を除くと三人、入れると五人だ。紹介された人数には二人足りない。
「……またあの二人か」
頭痛でも押さえるかのように、額に手を当てる紅葉の顔には、どことなく苦労が滲み出ている。ここにいない二人、紫音と明は恐らく遅刻の常習犯なのだろう。
「紫音ちゃんは分かるけど、櫨谷さんは……」
「いつものやつだろう。構わん、放っておけ。今日は新人の為に、全員の役割を理解してもらうつもりだったが……こうなれば私達でやるしかないだろう」
「足りない分は空想で補え、って事ね。何とも情けない話だけど……」
確かに、全員の実力、役割、ポジションを鈴音に教える為には、一人二人欠けると一気にその精度が低くなる。紅葉も出来れば一気に伝えたいようではあるが、いかんせん集まらない以上はどうしようも無い。
「……仕方ない、一先ずは鴻川の実力を見るとしよう。相手は私がする」
「はい、分かりました」
個人の実力を見るのは、連携を組む上では重要な事だ。鈴音もそれを分かっているからか、その言葉に素直に頷いた。が、どこか深刻な表情をしていた睦月が寄ってきて、鈴音へと耳打ちをする。
「……気を付けてね。流石に手加減するとは思うけど、紅葉ちゃん、意外と容赦ないから」
「あはは……、頑張ります……」
おそらくは鈴音の事を考えての言葉だったのだろう。その乾いた笑いと尻すぼみする言葉に、鈴音が不安を抱いていると感じたのかもしれない。睦月は不安そうな雹所うを浮かべている。
しかしながら、鈴音にしてみれば佐曇にいた頃にも到底容赦しているようには見えない訓練を受けさせられた事が何度もあった。その為、多少厳しくなろうとも、ある程度は耐えられる事が出来るだろう。この辺りは、あの手加減とは無縁の兄に感謝するべきか。
「よし、準備しろ」
先導する紅葉に連れられ、鈴音がやってきたのは件の屋内訓練場に建設された建物の内の一つ。障害物などは見当たらず、一見すると屋内運動場のようにも見える事から、ここは単純に戦闘力を計る為の施設と思われる。実戦においてここまで整った環境は滅多に無く、こういった場での演習はほぼ無意味ではあるものの、単純な計測だけであれば、この場所は最適とも言える。
「はい!」
威勢の良い返事と共に、鈴音の姿が変わる。まだ本格的に巫女となってから半年も経っていないが、訓練の度に御装の姿へ変身しており、既に慣れたものだ。
「刀か……」
紅葉が、鈴音の右手に握られた抜き身の太刀を目にして呟く。鞘は無い。と言うよりも、彼女の戦い方上、必要無いと言った方が良いか。これは和沙の愛刀に関しても同じ事だ。
マジマジと鈴音の得物を眺めていた紅葉だったが、新人の準備が出来た事に気付いたのだろう。彼女もまた、御装へと変身し、自身の武器である大剣を手にする。
「これはまた……正面からは受けたくないですね」
「さて、どこからでもいい、かかって来い。心配するな、ちゃんと手加減はしてやる」
紅葉は大剣を肩に構え、鈴音の前で仁王立ちをしている。その威風堂々とした立ち姿に、ある種の圧力すら感じるが、大型との戦いを経験した鈴音にしてみれば、そこまで恐れるようなものでもない。
「……承知しました。では、いかせてもらいます!」
「さぁ、来い!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます