第109話 炉心
死屍累々、まさしくその通りにしか見えない光景を生み出した和沙の歩みは、とうとう行き着く場所まで到達する。
広い、場所だった。
まるでプラネタリウムのような球体の空間、その真ん中に鎮座するのは巨大な赤と青が入り混じった炉心だ。その大きさは、平均的な中型と大型のちょうど境目程の大きさがあるが、黒鯨の巨体を考えると、些か小さい印象を受ける。
しかし、だ、本体と比べるとどれほど小さく感じられても、いま目の前にあるのは巨大な炉心である事には変わりはなく、これを破壊しなければ、黒鯨は止まらない。これほど巨大な炉心を破壊した経験は無いが、和佐にしてみればそう苦労する事でもない。そう、思われていたが……
「まぁ、そう簡単にはいかんよな」
奥に視線を向けると、先程までのとは違うシルエットの温羅が一体……だけ出て来た。しかしながら、その温羅は小型と呼ぶには少々体格が良すぎる気がするうえ、中型と呼ぶにはかなり小柄だ。だが、そのシルエットはかなり異様なものだった。
二足歩行なのだ。それも、人型に限りなく近い。
これまで多くの温羅が出現したものの、そのほとんどが四足歩行であったり、多脚生物をモチーフにしているであろう形をしていたが、この温羅だけはそのどの温羅の形とも合致しない。とはいえ、完全に人型なのではなく、両腕の先には手の代わりに巨大な口が付いていたり、そもそも顔が人のそれではなく、まるで神話上にでも出てくる怪物のような見た目をしている。近いもので言うとミノタウロスなのだが……
「これじゃあ、キメラだな」
まさしくその通りだった。
何にしろ、この温羅を倒さなければ安心して炉心に攻撃する事は不可能だろう。ならば、先にこの温羅を片付けるのが道理だろう。
腰を落とし、身をかがめる和沙。そして次の瞬間、その姿は残像を残してその場から消える。
一拍の後、温羅の後ろに回り込んだ和沙は、そのまま首目掛けて長刀を振り下ろした。
「その首、とったあああぁぁぁあ?」
手ごたえはあった。刃も、確かに首を捕らえていた。しかし、その剣先は甲高い音を立てた後、まるで鋼でも叩いたかのように元の軌道を描き、その刀身を翻させる。
一瞬、戸惑った様子の和沙を横殴りにしようと、温羅の腕が非常に大きな動作で横殴りに振るわれる。が、既に和沙はその場から大きく距離を取っていた。
「硬ぇ……」
人型であったためか、和佐の中ではそこまで外皮の強度はないだろう、と判断していた。しかし、それが仇となったようだ。どんな形であろうと、温羅には変わりはない。そして、現存する全ての温羅に言える事だが、奴らは全員強固な外殻を持つ。サイズによって硬さの度合いは異なるが、小型でさえ、正面からでは近代兵器が通用しない程度の硬さを持つ。
しかし、和佐の長刀は勢いさえ乗ってしまえば、大型の外殻すらも易々と貫くものだ。それを弾いた、となればあの温羅の外殻は相当な強度を持っていると思われる。
「ってか、俺のパワー不足もあんのか……」
思えば、パワーに関して言えば、男性でありながら凪に劣るレベルだ。体の問題や、そもそも彼女自身の腕力が異常だから、という理由はあれど、それでも和沙自身そこまでパワーがある方ではない。だからこそ、この温羅の外殻を貫くだけの火力を捻出するには少し工夫が必要になる。
「全く、楽に勝たせちゃくれないんだ、な!」
高速で側面に回り、今度は横から首を狙う。人型である以上、弱点は人間とほぼ同じだろう。故に執拗に首を狙うのだが、そもそも外殻を貫けなければ意味が無い。それは和沙も分かっているだろう。確かめたいのは、弱点が人間と同じなのか、ではない。
「なっ……!?」
望んだ結果は得られなかった。それどころか、渾身の力で放ったはずの剣が、空を切っている事に驚愕し、一瞬、動きが止まってしまう。
たかが一瞬、されど一瞬だ。
速度をウリにしている者にとって、この隙はあまりにも大きい。そして、和佐は迂闊にもそれを晒してしまった。
不意に横から伝わる衝撃。ガードをする余地すら与えられず、まともにその攻撃を受けた和沙は、横方向に大きく吹き飛んだ。
「ぐっ……」
だが、即座にその場で跳ね起き、すぐさま飛び退く。一拍を置いた後、和佐が今しがたいた場所に凄まじい衝撃が走り、いくら内部はそこまでではないとはいえ、黒鯨の体に大きなクレーターを生み出した。
「全く……ご主人様に叱られるぞ……」
軽口を叩いてはいるが、殴られた脇腹を抑えているところを見るに、それなりのダメージが入ったようだ。痛みで弱音を吐く、なんて事は無いが、それでも顔を小さく顰めている。
しかしながら、そんな和沙を労わってくれるほど、温羅も甘くはない。和沙の動きが鈍ったと見るや否や、すかさず距離を詰めてくる。その速度は尋常ではなく、先程和沙の刀が空を切ったのも、その速さが原因だというのは、誰の目にも明らかだ。
自身に迫る速度を目の当たりにした和沙は、痛む体に鞭打ち、その場からの緊急回避を優先する。
背後で凄まじい音を立てながら崩れていく壁を感じながら、振り返ろうとしたその時、何かを感じたのか、大きく体を逸らし、体の軸をずらした。その瞬間……
一瞬前まで和沙の体があった場所を突き抜ける何かが見えた。
それは、危うく当たりそうになった和沙を通り過ぎると、壁へとぶち当たり、当たった場所を深く、深く穿っていた。
「なんだそりゃ!? ウォータージェットかよ!?」
直撃した場所から飛散するのは、何の変哲もない水だ。しかし、ただの水だとしても、それを撃ちだす力が以上だった。
直撃したところで、大きく抉れる、といった事は無い。むしろ、傷口自体は小さく済むだろう。だが、その威力はどんな防御も紙同然に吹き飛ばすだけの威力を持つ。防御力の低い和沙では、結界を重ねるくらいしか防ぎようが無く、そうしたところで、裏を取られて詰められるのがオチだ。あれの為に防御だけは出来ない。
左腕に付いた口から、徐々に吐き出す水の威力が弱まっていく。あの体のどこで生成した水かは分からないが、長時間射出する事は不可能らしい。幸運と言えばそうなるが、左から出る物は右からも出る。射出口が二つあるということは、連続で撃てずとも、もう片方はなんらかの別の意味を持つはずだ。不意打ちでやられる事だけは回避したいところだろう。
「遠、近両方に対応可能か……。めんどくさいったらないな」
愚痴を言ったところで事態が好転するはずもない。
この敵の攻略にかなり骨が折れそうだが、やはり炉心を破壊するには、この敵がネックになる。
「やっぱり……スピードか!!」
結局は自身の持ち味を最大限生かしていくしかない。そう判断した和沙は、改めて体を低く構える。
今度はただ高速移動をするだけではない。空間転移とも見紛う速度の超速移動も織り交ぜた高速機動戦法だ。
速度で付いてこられるなら、その上をいくしかない。シンプル且つ単調ではあるものの、これ以上の作戦が思いつかない以上、自身の最大の持ち味に頼るしかない。
末期的な考え方だが、死闘はまだ始まったばかりだ。
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