第110話 執念の果てに

 轟音、金属音、そして何かが叩きつけられる音が断続的に広く、そして閉鎖的な空間の中に響き渡る。

 部屋のいたるところで火花が散り、蒼い光が走っているが、未だ激闘の決着が着く様子は見られない。


「あぁくそ、鬱陶しい!!」


 膠着状態……とは言い切れない。どちらかと言うと、今は和沙が押されている状況だ。まさか、たかだか小型と中型の合間に位置するような中途半端な敵にここまで苦戦するとは思わなかった、というのが本音だろう。

 しかしながら、よくよく考えてみれば、和佐が苦戦するのも無理も無い話だ。何しろ、この温羅は黒鯨の心臓部とも言えるこの場所の守護を任されているのだ。中途半端な実力では無い事は、和佐でなくとも分かる事だろう。

 事実、この温羅の強さはその身体能力だけに留まらない。左からは先ほども行っていた高圧水流による遠距離攻撃、右からは何をどうやればそうなるのかが非常に気になるところだが、高熱を纏った刃……というよりも刃を模した炎が噴出する。左のような長距離攻撃ではないが、近距離の攻撃手段と見た場合、迂闊に防御も出来ない程の高熱を有している。そも防御に適していない和沙の愛刀では、一瞬にして溶かされるかへし折られるだろう。

 遠近両対応に加え、本隊の運動能力も極めて高い。厄介の一言では済まされず、ただ純粋に強力な相手だ。


「チッ!!」


 横薙ぎに振るわれた右の炎剣がその付近に陽炎を発生させる。舌打ちをしながらそれを躱すと、その横腹を思いっきり蹴り飛ばし、距離を離す。洸力と神立で身体強化を施した蹴りだ、それなりに距離自体は稼げたものの、ダメージが入っている様子は無い。ここまで何度も攻撃を加えたが、その硬さは異常を通り越してもはや感心するレベルだ。

 しかし、だ、和沙もここまで何も考えずにがむしゃらに攻撃していたわけではない。敵の行動を観察し、どこをどう攻めればいいのかを常に考えていた。そこで、ある事に気付いた。この温羅、その硬さは前述の通りだが、常に硬いわけではない。激しく動く事もあってか、攻撃を受ける直前までは外殻の硬さはそこまででもない。いや、硬くない、というよりも柔軟性がある、と言った方がいいだろう。これはこれで打撃武器を使っていればダメージが通りにくいが、和佐の武器は長刀、斬撃がメインだ。

 それに加え、何度か狙いを変えてみたところ、どうやら頭部が弱点の一つな様子だ。どのような防御体勢であっても、必ず頭部をかばうような形をとる。弱点なのは分かったが、どんな体勢からでもかばわれるのでは、攻めるのが非常に難しい。こちらもやり方を考えなければならない。

 和沙が色々と思考を巡らせている間にも、温羅の攻撃は続く。左右の口から吐き出される炎剣と高圧水流に加え、凄まじいまでの身体能力に、和佐はただただ翻弄されるばかりだ。

 そうしている間にも、刻一刻と時間は過ぎていく。温羅にしてみれば、時間さえ稼げれば後は地上地上部隊が上陸し、蹂躙して終了、という事なので無理に和沙を仕留めに来てはいないのだろう。だからと言って、素直に受ければそれもまた死に直結するのも事実だ。


 やはり、多少無理をしてでも攻撃を通すしかない。しかし、そうするにはあまりにもベースのパワーが違い過ぎる。


「……仕方、無いか」


 グッ、と拳を握る。その顔には、どこか覚悟をしたかのような表情が浮かび上がる。しかし、歯が軋みを上げる程噛みしめられているところを見るに、本人にとっては、あまりいい判断とは言い難いようだ。

 だが、それらを抑え込んでまで実行するという事は、もはやそれくらいしか手段が無いという事でもある。或いは、何らかの理由があってここまで使用しなかったか。

 とはいえ、この温羅の外殻の牙城を崩すのは生半可な手段では難しい。今の和沙に、限られた条件を達成するだけの力があるのかは分からないが、何かしらの手段はあるのだろう。その目は油断など一片も見せず、温羅へと向けられている。

 温羅もまた、和沙の尋常ではない雰囲気を感じ取ったのか、先程と比べるとかなり警戒心を強くしている。お互い、この次の攻防が雌雄を決すると判断したのか、場に張り詰めた空気が充満する。


 睨み合ったまま、ただ時間もだけが過ぎて行く。

 機会を伺っているのか、それとも精神集中が必要な力なのかは分からない。ただ、和佐は眼前の敵を睨み続けている。


 時間が動いたのは、その直後の事だった。


 これまでの動きとは異なり、地面を舐めるかと思う程の低い姿勢で温羅へと突進していく。これまで蓄積したダメージのせいか、その動きはそこまで早くはない。しかし、その直線的且つ、スピード感の無い動きが逆に温羅を警戒させた。

 その足が数歩、前に出る。その瞬間、まるで地面を撫でるような動きを行った瞬間、地面に光が走った。

 一瞬、それこそ瞬きをする一瞬の事だった為、その光がどのような物だったかを視認するのは至難の業だろう。しかしながら、分かる者には分かる速度であったうえ、和沙との戦闘を行ってきた者ならば、雷には最大限警戒を見せていただろう。それは温羅とて同じ事だ。

 しかし、発生が一瞬だっただけではなく、和沙の使用する雷攻撃・神立は、基本的に接近戦に強く、遠距離になればその威力は減衰していくと考えていい。故に、この離れた距離で和沙の手に雷が迸ったところで警戒するに値しない、と考えていたのだろう。

 その考えは正しい。それこそ、和佐と相対する者としては最善の手とすら言える。


 その雷の色が、蒼だったら、の話だが。


 和佐の体が宙に浮く……いや、温羅の頭上に向けて大きく跳躍した。それに意識をとられ、上を向いた瞬間……温羅の足下に衝撃が走った。

 敵は目の前にいるのに、何故足下から攻撃が来るのか? そういった考えがあったのだろう、一瞬その動作が遅れたが、たった一瞬の事だ、胴から下を硬化し、足下からの攻撃を防ぐ。

 温羅を襲ったのは、黒く、淀んだ光を放つ水晶のような結晶体だった。それが棘を形どり、無数の槍となって地面から生え、温羅に襲い掛かっていた。その穂先には、まばらであるが、黒い稲妻が迸っている。

 足下からの急襲も防ぎ、改めて和沙に向き直ろうとした瞬間、またしても温羅に衝撃が走る。ただし、今度は足下ではない、頭上からだ。


「切り札ってのは、最後までとっておくもんだ!!」


 足下の水晶はブラフだったのだろう、そちらに一瞬気を取られた瞬間、和佐は一気に温羅へと急降下し、頭に目掛けて刃を突き立てる。その直前に温羅が和沙に気付いたせいで、そこまで深くは無いが、それでも致命的に近いダメージを与えている。

 しかし、ここで決めなければ次またチャンスが巡ってくるか分からない。そういった考えからか、距離は離さず、ここで決めると言わんばかりに刃を押し込もうとする和沙。当然、それを防ぐ為、温羅は抵抗する力を強くする。

 しかし、防御と同時に攻撃を行おうとする癖があるのか、この温羅、まんまと和沙の作戦にひっかかり、下半身を硬化したせいで動きが鈍り、更にはそちらを継続的に硬化しているおかげか、上半身を硬化出来ないでいる。

 だが、下半身が使えないとはいえ、そこは温羅、その膂力は和沙をゆうに凌駕している。時間をかければ不利になるのは和沙の方だ。


「チッ……」


 和佐の左掌が地面へと向けられる。その先には、防ぎ切られた水晶があった。和沙が手を向けた途端、黒い光が唐突に輝きを増し脈動するようになる。そして、そのままの形を保ちながら、巨大に、鋭利に変化していく。無論、それを防ぐ為、温羅は下半身の硬化を継続させている。しかし、このまま二方向から攻め切れば、和佐の勝利だ。そう思った瞬間だった。


「クソッ……!!」


 左腕が掴まれた。いや、正確には温羅の右の口で噛みつかれたと言った方が良いだろう。何にしろ、掌を逸らされた事で水晶の動きは止まり、攻め手は再び和沙のみになった。おまけに、腕は掴まれたまま。


「う、ぐ……」


 更に、噛みつかれた腕から嫌な音が聞こえてくる。最初はミシミシと軋むような音だったが、次第に何かが切れる音、割れる音へと変化していく。

 噛み砕かれる、そう判断した和沙の行動は、腕から神立を通す事、だった。

 正直なところ、悪手としか思えなかった。ただでさえ、腕の未来は温羅に握られているうえ、今噛みついているのは右、つまり……


「ぐ、あ……っ!」


 和沙の手から雷が発せられる直前、それを察知した温羅が腕から炎剣を出現させる。当然、噛みつかれた状態の和沙の腕は、薙がれるまでもなく、その刀身に焼かれ、燻られ、熱される。数千度、なんて必要無い。ただ、八百度程度で人間の腕など簡単に炭化し、崩れ去る。

 和佐の腕も同じ事。腕先が熱され、それが上へ、上へと伝わり、そして……黒く染まり、崩れた。

 支えるべき腕を失った和沙の体は、バランスを崩し、後ろへと大きく崩れる。勝負あった。そう、思ったのか、温羅の口元がまるで人間のそれのように歪んだ。


「……その脳天貫く為なら、腕の一本や二本くれてやる!!」


 そう、口にした瞬間、反っていた和沙の上半身が勢いよく戻ってくる。そしてそのまま、少し先が刺さった長刀の柄頭目掛けて、あろうことか頭突きで刀を温羅の頭に押し込んだ。

 ゴン、と鈍く痛々しい音が響き渡る。柄頭に接している額から、赤い筋が垂れていく。 長刀の刀身が、先程よりも深々と温羅の頭部分に突き刺さっており、あれだけ抵抗の為に力を入れていた腕が一ミリも動かない事ところが温羅の絶命を意味していた。


 つまるところ、腕を失うところまで計算の内だった、と言う事だ。和沙が戦闘不能に近い状態になれば、否が応でも隙を見せる。そう、考えた末での行動だった。

 勝つ為には手段を選ばない、よく耳にする言葉ではあるが、その手段の中に自身を犠牲にする、という手段が入っている者はそう多くはないだろう。

 目下の脅威を打倒した和沙は、思わずその場に座り込む。疲れた、なんてものではない。左腕を喪失したのだ。利き腕ではないとはいえ、これからの生活に支障が出るのは確実だ。炭化し、崩れた為、繋ぎ合わせる事すら出来ない。もう少し考えて行動するべきだった、そう考えるのは本人だけではないだろう。


「……先も何も、まずはコイツをどうにかしないとな」


 そう呟きながら、依然輝き続ける目の前の炉心を見上げる。

 あれだけ強力な護衛を置いていたところを見るに、この炉心には攻撃手段が無いのだろう。内側に格納されるべき器官に迎撃能力が存在する事自体が異常ではあるが、念のため、と言う事もある。

 重い腰を上げた和沙は、ゆらりと立ち上がった後に、長刀を肩に担いだ。


「さて、最後の一押し、がんばりますかね」


 これが本当に最後の一撃になると願い、この部屋に蒼い輝きを迸らせた。

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