第108話 突入

 突入作戦の第一段階はクリアした。……とは言ってもただ上空へと打ち出すという前提段階をクリアしたに過ぎない。幸い、進路上の小型は七瀬と葵が掃除をしてくれたおかげで、現在はつつがなく? 猛スピードで上空へと向かっている。


「さて、ここからどうするべきか……」


 進路上の敵を始末した、と言う事は足場に出来る敵もいないということだ。別段そこまで困る事でもないのだが、そうなると移動に難が出てくるのは明らかである。この打ち出した際の勢いも、おそらくそう長くはもたないだろう。

 プラン自体は無くもない。先ほど凪が何気なく口にした結界を使用した移動法。慣れるまで空中を縦横無尽に動くのは難しいだろうが、ここから距離を稼ぐ事自体はそこまででもない。


「他にやりようも無いからなぁ……」


 言いながら、足下に結界を発生させる。速度の落ちて来た体のバランスを整え、次の移動の為の体勢を作り出す。

 思えば、高くまで来たものだ。あれほど苦労して和沙が上ってきた場所まで、たった一発で到達出来るなどと、当初は思いもしなかっただろう。

 しかし、現在の黒鯨の高度は、最初よりも更に上空にある。これまでの高さでは到底届かない。

 徐々に速度が落ちた和沙の体は、やがて完全に空中で静止する。そうなると必然、今度は重力に引っ張られ、落下していくのが道理なのだが、和佐の狙いはその落下する瞬間にあった。

 上半身の回転だけで刀を頭上へ思いっきり放り投げると、膝を曲げ、まるでこれから飛び上がるぞ、とでも言いたげな体勢を取る。そして、完全に落下の軌道に乗り始めたその瞬間、足下に出していた結界を思いっきり蹴飛ばした。

 ……思惑通り、和佐の体は、本人の意思とは別に、もはや定番となりつつある超速移動で遥か上空へと放り投げられた刀の元へと移動する。空中である以上、その勢いを殺すのにかなり苦労するが、それでもただ打ち上げられただけの状態から更に上まで来る事が出来た。

 それを一度だけではなく、二度、三度と繰り返す事で更に上へと向かう。気付けば、和沙の体は雲を突き抜け、その更に上空へと上るまでに至っていた。そして……


「あそこか……」


 その視線の先、そこには、黒鯨の広々とした背中が黒い大地のように広がっている。夢にまで見た……などとは言わない。むしろ、アレの背中が出てくる夢など、悪夢以外の何物でもない。

 空飛ぶ黒い大地目掛け、長刀を投擲する。甲高い音がかなり離れたこの場所まで聞こえたが、その音に反して、意外とすんなりと長刀の刃は背中に突き刺さっている。先程と同じように、長刀が刺さった場所へと移動し、ようやくハチャメチャな空中散歩を終える事に成功した。


「さて……」


 一帯を見回すも、特に目立つ物は見当たらない。ただただ平坦な黒い地平線が続いているだけだ。この黒鯨には温羅の生成能力が備わっている。故に、中から排出する為の排出口があるはずなのだが……


「そういえば……」


 この黒鯨、確かに温羅の排出は行っていたのだが、その方法としては主に空間転移だったはずだ。陸上型はその全てが直接海上に転送されていた。しかし、だ。飛行可能な一部の温羅に関しては、空挺降下のように吐き出していたところも確認している。ということは、少なくともどこか一か所はそれ専用の排出口があるはずだ。そう考え、和佐は改めて見回すも……相変わらずそれらしきものは見当たらない。


「仕方ない……」


 目標を探す為、その場から大きく跳躍する和沙。やはりと言うか、黒鯨の上部にはそれらしきものどころか、凹凸すら確認出来ない。どうやら、下に意識を集中出来るよう、予めそういった形で生まれて来たようだ。


「何ともめんどくさい……」


 時間が無い中、侵入口を探し回る必要が出来た事に、和佐は改めてウンザリとした表情に重い溜息を吐いた。




 結論で言えば、排出口――侵入口を見つけるのはそう難しくはなかった。ただ、上部にも下部にも無かったそれは、意外にも側面にあり、せっかく上まで登ったというのに、わざわざ側面を滑り降りる必要がある事に、これまた和沙の表情がしかめっ面へと歪んでいる。

 とはいえ、内部に侵入する為には、そこから入るしかない。確認したところ、そこが唯一、黒鯨の中に侵入可能な場所となっていた。

 必要とはいえ、渋々といった表情で側面に刀を突き刺し、ブレーキをかけて滑り落ちていく。その何とも言えない間抜けな姿を、凪達が見ればどう思うだろうか。いっそのこと、笑い飛ばしてくれれば、と思っても仕方の無い話だろう。


「よっ……と」


 そうこうしている間に、排出口もとい侵入口へと到達した。少し中に入ると、そこは生物の体内、というよりも輸送機の格納庫といった印象が強い光景が目に入ってくる。基本的には黒一色だが、ところどころに温羅特有の不気味なラインが走っている。しかしながら、それらが異質なだけで、形だけ見れば非常に無機質な空間だ。流石の和沙でも、ここまで入ったのは初めてなのか、目を丸くしてその光景を眺めている。

 しばらくの間、珍しい物を見るかのように、色んな場所へと視線を右往左往させていた和沙だったが、空間の奥から聞こえてくる聞きなれた音に向き直り、長刀を構える。


『■■■■■■』


 奥からやって来たのは、中型や小型の温羅複数。数はかなり多いものの、そのどれもが生成されたばかりのようで、動きにどこか鈍重さが見て取れる。これなら、いくら数を揃えたところで、和沙の相手にはならない。迎撃を目的として差し向けたのかは分からないが、せいぜい時間稼ぎがいいところだろう。


「とはいえ、狭いのは面倒だな……」


 和沙が得意とするのは、高速機動による攪乱からのインファイトだ。そして、それは広い場所を存分に使った場合、高い効果を得られるが、こういった狭い場所では動きが制限され、真価を発揮するのが難しくなる。温羅の相手自体はそこまで困難ではないが、時間がかかる、ということだ。

 製造工場に直接乗り込むのだ、そう簡単には進めないとは思っていたが、こうもわらわらと出てこられては、どちらかというと好戦的な和沙でもめんどくささを隠せない。


「ちゃっちゃと行くか……」


 敵は全部切り伏せればいい、とは言っても限度がある。対峙する本人でなくとも溜息の一つは吐きたくなるだろう。

 腹を括った和沙が、群れる温羅を見据え、次の瞬間にはその姿が消える。直後、黒鯨の体内に響き渡る轟音の数々。

 一方的な蹂躙に終わるだろうが、時間を取られる事には変わりはない。

 いつもよりも雑に、それでいて素早く敵を倒すその姿には、一抹の焦りが見て取れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る