五十九話 手掛かりの在り処

 先日、ショッピングモール近くで起きた襲撃による爪痕が想定以上に深かった為か、モールはしばらくの間休業という形をとっていた。とはいえ、普段店を出しているモールが閉まっているだけで、そこで商売をしていた人達はそれぞれ別の形で自分達の商売を続けていた。復旧すれば、すぐに戻れるようにする為だろう。しかし、流石は街のど真ん中に温羅が出現する街。その復興速度も尋常ではない。


「ん~……」


 既に半分以上の復旧が終わっているモールを背に、和沙は一人何やら地面とにらめっこをしながら唸っていた。

 小さなクレーターとなって陥没しているその場所は、先日和沙が百鬼と激闘を繰り広げた場所だ。分類上では小型温羅ではあるが、所詮温羅である事には変わりは無い。そんな相手に手古摺った事に悔恨でも抱いているのか、と思われたが、どうやらそうではないらしい。


「流石に手がかりなんか残ってないかぁ……」


 和沙がここに来た理由としては、百鬼が何か手掛かりでも残していないか、と思っての事だ。その手掛かりとは、ここ最近幾度となりと起こっている地震について。

 当初は長尾が何らかの手掛かりを持っていると思っていたが、残念ながらこの件に関してはシロ。これ以上無いくらい潔白だ。その他についてはまた別の話ではあるが。

 しかし、そうなっては何が要因でこのような地震が頻繁に起こるのか。自然災害である事を完全に排除すれば、残る原因はただ一つ、温羅だ。

 以前、睦月はこの地震がここまで頻発するようになったのは、昨年末、温羅が度々出現するようになってからだという。そんな情報があったのだから、そこまで考え込まずともおのずと答えは出るだろう、なんて思ってはいけない。それ以外にも疑う物が多いのが、この本局という場所だ。

 そういった理由もあり、和沙はこうして激闘の跡へとやって来たのだが、想像以上に得るものが無かった。よくよく考えれば分かる事だが、例え原因の一端となっていたとしても、末端の温羅だと何も知らないどころか、そもそも自分が何故暴れているのかさえ分かっていないものが多い。当然、手掛かりなんて持っているはずが無い。


「外れかぁ……、ま、仕方無いよなぁ」


 期待していなかったと言えば嘘になる。しかし、予想自体はしていた。だからこそ、こことは別に、他の場所にも人を向かわせているのだ。いずれ当たりは引くだろう。

 そんな風に楽観的に考えていた和沙だったが、ふと、ある事を思い出した。

 紫音は確か、あの時人を雇った、と言っていた。なら、その雇われた者達はどこへ行ったのか? 元も子もない事を言ってしまえば、おそらく前金だけ受け取ってドロンか、もしくはこの件を危険すぎると判断して消えたかのどちらかだろう。しかし、紫音の言い草から、小型の温羅自体は既に捕まえ、後はけしかけるだけだったのだろう。だとするならば、その時点で今回の件の片棒どころかほぼ主犯格と考えても良い。そこまでどっぷりと浸かっていれば、玄人でなくとも逃げ出すのは難しいと思うだろう。

 もしも、だが、その雇われた者達が逃げていなかったとすれば? そして、見つかった檻の中身を問題無く放していたとすれば?


「確か、檻は……」


 その場に居合わせたわけではない為、その後に見つかった檻の場所等は知らない。ならば知っている人物に聞けばいい。

 懐からSIDを取り出すと、ある番号にかける。一コール、二コールと数え初めたものの、相手はすぐさま通話へと出た為、これ以上数えるは必要無かった。


『はい、睦月です』


 出たのは、ここ最近和沙の態度が以前のものに比べると百八十度どころか、斜め上やら下やらにぶれまくっている事に頭を痛めている近所のお姉さん、睦月だ。思い返せば、彼女もまた、その場にいたのだから、檻があった場所がどこかは知っているだろう。


「一個聞きたい事があるんだけど」

『え、あれ? 和沙君!? 番号教えたっけ!?』

「どうでもいいだろそんな事。それよりも、先週の土曜日、例の戦いの後だ、檻が見つかったって言ってたよな?」

『え、えぇ、そうね。見つかったわ。でも、それがどうかしたの?』

「どこで見つかった?」

『どうかしたの? 何かあった?』

「いいから答えろ」

『そんな言い方しなくても……』


 最早質問に対する答え以外は不要だとでも言いたげな和沙に、睦月は端末の向こう側で少しいじけたような声を出してる。しかしながら、和沙の遊びの一切無い声色に、少なくとも急を要する事態である事は把握したのか、一拍の間を置いた後に、ゆっくりと口を開いた。


『……モールから西に百五十メートル程の小さな路地よ。小さな、とは言っても、入り組んでるわけじゃなくて歓楽街の路地から入ってすぐの所。明らかに街灯なんかも無い薄暗い場所だから行けば分かると思うわ』

「行けば分かるんだな? 把握した」

『分かってはいると思うけど、あまり深入りはしないでね。力じゃ解決できない事もあるんだから』

「冗談、何もしなくても向こうからやって来るんだ。なら、こっちから仕掛けるのもアリって話だろ。それに、力じゃ解決しないのなら、解決する状況に持っていけばいい」

『そんな無茶苦茶な……』


 端末越しでも呆れている様子が目に見えるようだ。脳筋ではないものの、力でごり押ししようとするその姿は、睦月でなくとも見る者に不安を与えるのだろう。鈴音は放任している辺り、和沙の事を信頼しているのだろう。単に諦めているだけかもしれないが。


『ともかく、何かあったらこっちにも知らせて。お願いだから』

「善処するよ」


 心配そうな声で懇願する睦月へと、そんなつもりなど一切無さそうな声色でそう言い放つと、通話を切り端末を懐へと戻す。果たして、今現在通話の向こうの睦月はどのような表情をしているのか。それを和沙が知りうる事は無いだろう。知る気も無いのではないだろうか。

 しかしながら、これで場所は判明した。後はそこに急行するだけだが……


「歓楽街って……。なんでモールの近くにそんなもんがあるんだよ……」


 遊ぶ為の場所、と言えば確かにショッピングモールも歓楽街も大差は無い。問題はその内容だ。例えるなら、一般向けコーナーと成人向けコーナーが仕切りも無しに並べられているようなものか。

 夜には煌びやかに光り輝く場所ではあるが、光が強ければ強い分、影も大きくなる。そこに目を付け、舞台の一部として利用したのだろう。


「はぁ……」


 和沙の吐く溜息が重い気がするのは気のせいではないはずだ。その名称の印象だけで、気が滅入ってくるのだろう。その気持ちは分からないでもない。

 重々しい足取りで教えてもらった場所へと向かう。はたして、何が見つかるのやら。

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