二十六話 対皇樹伐採機

「……こうして集まってもらったのは他でもありません。かねてより開発を進めていた『黄昏の皇樹』を切り倒すための装置がようやく仮ではありますが、日の目を見る事になりました」


 祭祀局本部の一室、部屋と呼ぶにはかなりのスペースを誇るホール状の空間で、檀上に上がる織枝がそう告げた途端、辺りから驚嘆の声が上がる。これで、ようやく、といった言葉がちらほらと聞こえる中、織枝は背後に設置されている巨大なスクリーンにソレを映し出す。


「とある人物からヒントを得、現状この国で最も頑丈且つ、防ぐ事が難しい壁……、そう『大結界』をベースに、技術班が作り出しました」


 スクリーンには、見た感じ到底伐採が目的とは思えないような機械のシルエットやその詳細図が映し出される。

 形的には、四つのベースを配置し、それらを大結界と同じ要領で繋いでいく。最終的には、温羅の力でも破壊出来ない大結界の強度と、間に障害物があろうと強制的に繋がる仕様を利用し、皇樹を切り倒そうという作戦だ。

 原理としては、そもそも存在する物質、機械を使用するのでそこまで難しくは無いが、大結界を発生させる機械同士を認識させる事が難しく、上手く繋がらない可能性も存在する。その為、接続には細心の注意が必要で、万が一にも失敗などすれば、その瞬間にこの計画は頓挫する。何せ、そう簡単に動かせるものではなく、その場に破棄するにしても、新しい物を作ればいい、などと簡単に言えるほど容易に作成できるものでは無いのだ。加えて、装置の場所が敵に露呈すれば、その瞬間に集中砲火を受けるのは目に見えている。

 一発勝負な上に、完全に接続が完了するまで時間がかかる。その時間をどのように稼ぐかも、大きな課題の一つなのだ。


「結界装置がお互いに接続する時間に関しては、巫女隊と守護隊を総動員して何とかする予定です。が、確実に接続出来るかどうかは、技術班次第となっており、同時に彼らの双肩にこの街の命運がかかっていると言っても過言ではありません」


 これはつまり、お前らに全てがかかっているんだから、しっかりやれよ、という激励半分脅し半分といったものに代わりは無い。非常に厳しい言葉だが、彼らが成功する為には外的要因も関わって来る以上、技術班のみに責任を押し付けるわけにもいかない。


「同時に、技術班の皆が作戦の実行に集中出来るよう、他の部署の職員は全力でバックアップをお願いします。この作戦が成功すれば、かつてのミカナギ様の防衛線、それに匹敵する戦果になりましょう」


 激励と釘を刺す事を同時に行い、織枝は檀上が下がる。まばらであるが、彼女の言葉にあったミカナギ様に並ぶ、というフレーズのお陰で技術班以外にも火が付いたようだ。

 メインは彼らだけではない、サポートをするメンバーも、その中に入っているのだ、と。

 だが、彼らは気づいているのだろうか?

 かつての防衛線の折、戦った人間と伝えられた人間は違う。活躍した人間など、人の手で如何様にも変えられるという事を……。




「……はぁ」

「大丈夫ですか、姉さま?」

「問題ありません。少し……、そう、ほんの少し疲れただけです」

「それならいいんですが……」


 自室に向かう織枝に付き従うようにして、琴葉が彼女の体調を心配している。が、当の本人は問題無いとの話ではあるが、それが空元気であるのは妹の琴葉以外が見ても明らかだ。

 鴻川家へと襲来してからまだ一週間ほどしか経っていない。あの時間は彼女にとって気分転換になる良い時間ではあったが、そんな時間を頻繁に取る事が許される立場ではない。当然、長く公務から離れていればその分仕事は溜まっていき、そのせいで滞る仕事も少なくは無い。長尾が亡くなったせいで、彼が元々担当していた仕事のほとんどが織枝に回される事になり、仕事内容自体一か月前と比べると三倍以上に膨れ上がっている。……長尾自身が行っていた仕事はそう多くは無いが、彼が部下に回していたものが一気に織枝のところに来たせいだ。中には今後の事を考えさせるようなものもあったが、今は数を減らす事に集中し、精査自体はそこまでしていない。する必要があれば、後に回す、といった感じだ。

 当然、そんな生活を続けていては満足に疲れが取れるわけは無く、ブラック企業と言われてもおかしくない程の勤務時間になっていた。とはいえ、そういった公務とは関係無い琴葉には分かるはずも無く、心配する視線を送るものの、解決策を導き出す事すら出来ない。

 今にも倒れそうな体を、気力で何とか持ちこたえさせながら、いつもと変わらぬ足取りを維持しているが、そろそろ休みが必要だろう。また睦月辺りに護衛したもらい、外に出るべきかと考えていた時、ふとある人物の姿が目に入る。


「……で、それに駆り出されんのか? お前らは」

「私達、とは限りませんけどね」

「まぁ、奴さんが出てくる以上、お前らだけじゃ辛いだろうからな……。非公式だが、俺の方にも話が……」

「どうしました、兄さん?」


 和沙と鈴音がおそらく今後の活動内容に関して話していたのだろうが、和沙が織枝に気づいたところで会話が途切れる。どうやら鈴音は背中を向けているせいか、織枝の存在に気づいていないらしい。気付いた和沙の顔が引きつっているが、そんな兄の表情に首を傾げるばかりだ。


「……用事を思い出したから、俺は帰る」

「はい? いきなり何を……」

「少々待ってもらえますか、和沙君?」


 一瞬の硬直の後、戸惑う鈴音を置いて踵を返す和沙だったが、織枝の呼びかけにその足が止まる。


「おや織枝様、お疲れさ……いや、本当にお疲れですね……」


 鈴音の気安い言葉に、織枝の背後に付いていた琴葉が一瞬ムッとした顔になるが、織枝がやんわりと彼女を諫める。


「ここ最近は公務が立て込んでいますから。それよりも、和沙君に折り入ってお願いが」

「……」


 あからさまに嫌そうな顔を浮かべるも、彼女の後ろにいる琴葉に目を向け、いつもと同じように話すかどうか迷っている中、織枝が小さく笑っている。


「いつも通りで大丈夫ですよ。この子には他言しないように言っておきますので」

「その場にいる事は確定なんだな……」


 次から次へと化けの皮が剥がされていくような感じがしてならない和沙であったが、別段信用してもらえないだろうから話さなかっただけで、隠していたわけじゃないからか、その切り替えは早い。


「……で、何をして欲しいって?」


 先日家に襲撃された事もあってか、和沙の警戒心は強い。まるで不審者を見つけた犬のようだが、そんな彼の態度を軟化させようと、織枝がジリジリと近づいていく。

 なんというか、この状況だけ見れば、鈴音よりも余程姉弟のようにも見える。実際、血の繋がりも薄くではあるが、存在する。


「私の護衛を頼みたいんです」


 そのセリフを聞いた途端、ただでさえ渋い顔が、くしゃり、と潰れたそうな。




「こっちにも色々と予定はあるんだがなぁ……」

「来ておいて今更そう言うのは無しですよ」


 広々とした和室でくつろぎながら、織枝は目の前で複雑な表情を浮かべている和沙を窘める。

 ここは、神前市から少し離れた田舎街にある小さな旅館だ。小さいとはいえ、海沿いにあるお陰で食事は新鮮な海の幸や、すぐ後ろに山もあるので豊富な山の幸にありつける貴重な慰安場所だ。織枝はここを、特にお気に入りの旅館としており、度々訪れている事から女将にも顔を覚えられ、来る度に盛大な歓待を受ける。……とはいえ、その身分は明かしておらず、御前市外であるお陰か、名乗らない以上は正体がバレる事も無い。話したところで信用してもらえるかどうかすらも怪しいだろうが。

 彼女はそれを利用し、こうしてよくここに息抜きに来るのだが、いかんせんここ最近は忙しかった為か、あまり足を運ぶ事すら叶わないでいた。そのせいもあってか、女将には久しぶりに来た事を喜ばれ、尚且つ無事であった事に涙を流させていた程だ。曰く、神前市から来ているとの事で、ここ最近の騒動に巻き込まれたんじゃないか、と思われていたらしい。


「ですが、いい所でしょう? 家族水入らずにはとっておきの場所です」


 奇しくも、女将には姉弟と間違われ、本人達もそれを否定する事をしなかった為か、こうして護衛役でもあるにも関わらず、和沙も同じ部屋に宿泊する事になっている。あまり似ていないが、どことなく雰囲気が似ている、と言われた時は、まるでこの世の終わりかと思わせるような絶望感を醸し出していたが、それはまた別の話。


「別に息抜きに関してはどうこう言わんが……、良かったのか? 今局は佳境に入ってるんだろ? トップがこんなところでノンビリしてていいのかよ?」

「疲れた体と頭では、いざという時に正しい判断が出来なくなる可能性があります。それを避ける為にも、適度な適度な息抜きは重要ですからね。……ここ一週間程、ほとんど寝てませんし」

「成人する前に過労死か。笑えるな」

「もしそうなったら、毎日枕元に化けて出るので覚悟しておいてくださいね」

「……一応、神社の息子だからお祓いが出来る事を忘れるなよ」

「覚えておきます」


 本当にその気があるのか、と聞きたくなるような軽い調子の織枝に対し、和沙は怪訝な視線を送っている。

 この場にいるのは和沙と織枝の二人だけ。なんなら、鈴音も琴葉もいない。二人は今後の方針の件で祭祀局に残っており、最初和沙と織枝だけでここに来ると言った際には、妙に暗い笑顔を浮かべている鈴音と、どこかあまり納得はしていないが、琴葉も揃って送り出してくれた。和沙としては、ドナドナされていく子牛の気分であったが、琴葉によって半強制的に同行を義務付けられた。ここに来るまで何度それについて悪態を吐いていたか。


「さて、と。まだ夕食時には時間があるので……」

「……何やってんの?」

「何って、仕事ですよ?」


 呆れた事に、ここには息抜きのつもりで来たと言っておきながら、テーブルの上に広げているのは、局で使っている端末の小型携帯用のものだ。これのみの性能はそれほどのものではないが、これを使えば局にある本端末をラグのほとんどないリモート操作が可能で、いつでもどこでも仕事が出来る、というものだ。いわば、親機と子機の関係、と言った方が分かりやすいだろう。


「いや、息抜きだろ? 何で仕事なんかやってんだ?」

「確かに慰安目的でやっては来ましたが、ここでも出来る事はあります。先ほどご自身が仰ってたじゃありませんか、今祭祀局は大変な時だ、と。局にいても疲労が溜まるばかりで効率は上がりません。でしたら、とこうして息抜きも兼ねる事で、仕事の効率を上げようという事なんですが、何か問題でも?」

「問題というか……、いや、何でも無い」

「そうですか」


 それだけ言うと、織枝は自身の仕事へと戻っていく。設備的には局の方が整っているだろうに、こんな片田舎の旅館でするにはそれなりの理由があるのだろうか。

 確かに、人によっては場所を変えるだけで仕事能率が格段に上がる、と言った人間は少なくない。だが、設備が完璧に揃っている本来の職場と、どちらかと言うと何も無い状態で息抜きをメインに設計されたこの場所では明らかに効率的な意味では劣っている。

 心情的なものなのだろう。モチベーションの維持や、ここには温泉もあり、入る事で疲れを癒す事も出来る。回復に重点を置けばこれほど整った環境は無いのだろう。

 ……逆に言えば、彼女の身体はそこまで疲弊しているという事だ。また、非常に静かなのも相まって、仕事でなくとも別の作業ですら捗りかねない場所だ。

 こんなところを選ぶほど、織枝は疲れていたのだろう。和沙はそんな事を思いながら、目の前で黙々と端末に向かい続ける女性を眺めていた。

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