二十五話 秘策

「では、例の件についての対応を決めたい、のだが……一人少なくないか?」

「「??」」


 巫女隊全員が揃って席に着いている状態で、瑞枝が彼女達の顔一つ一つに視線を向け、ある事に切り込む。


「いえ、これで全員ですが……」

「鴻川兄はどうした? 彼も協力者だろう?」

「あぁ……えっと……」


 瑞枝はどうやら普段の巫女隊メンバーに加え、和沙も数に入れていたようだ。彼の少年が重要な話をする時には参加すると思っていたらしく、探すように忙しなく顔を動かしていたが、何度見返していたもそこにはいつものメンバーしかいない。


「和沙君は基本的にこういう集まりには参加しません。一応、織枝様が直々に指示を出しているそうで、私達と任務内容を共有する事はまず無いですね」

「それはそれで困るな。内容がバッティングすれば、いらぬ争いが勃発しかねない。今後はこちらにも任務内容を共有するように言っておこう」

「……無理だと思うなぁ」


 和沙に課せられているであろう任務の一部を知っている紫音の口から、小さく否定的な言葉が漏れる。しかし、瑞枝には聞こえていない様子。


「で、具体的にはどうするんだ? 織枝様としては、彼女……吉川を”保護”して欲しい、との話だったが、その方法に心当たりでも?」

「……無いな」

「……貴女が我々をここに呼んだと、そう記憶してるんだが?」


 本来であれば、作戦立案をすべきである瑞枝自身がそう言ってしまってはどうする、とでも言いたげに紅葉が溜息を吐いている。しかしながら、一概に瑞枝のみを責められるわけでは無い。実際に智里と対峙した彼女達にも、具体的な対応策は無いのだから、あくまで書面で確認したに過ぎない瑞枝を責めるのはお門違いと言えよう。それにしても、何らかの対策くらいは思いついていてもよかったものだが。


「策は無い、が、やるべき事は分かっている。吉川を保護する為にも、まずは彼女を温羅から引きはがす必要がある」

「これまでの戦闘では、常に量産型とはいえ、大型温羅の頭上から降りてくる事はありませんでしたから、もしかするとあそこから降りる事が出来ない訳でもあるのかもしれないわ。例えば、温羅を操作する為に、実は体のどこかが接続されている、何てことも」

「それは流石にぞっとしないね……。いくら祭祀局に恨みがあるとはいえ、そこまでして復讐を果たそうとするなんて、相当に一途と見た! 安心してくれ、彼女のハートはボクが……イテッ!?」

「はいはい、遊び人さんは黙っててね~。何なら撃っちゃう? その気になれば、あれくらいの人影、狙撃する事なんて訳ないけど?」

「殺す気か。狙撃はダメだ。当たり所が良くても、狙撃用に使用されるライフル弾なら、どこに当たっても致命傷になりかねない。そうなれば、せっかくの技術がパーだ。出来れば生きたまま、何なら五体満足で確保して欲しい」

「確保って言っちゃった……」


 本音が漏れた、と言ったところだろうか。だが、瑞枝でなくとも祭祀局の人間であれば、智里が有している温羅を自在に操る技術は喉から手が出る程欲しいに違い無い。何せ、それさえ手にしてしまえば、市民の安全だけでなく、温羅への理解がより高まるのだ。具体的に言えば、抑止力といった、武装目的でも、だ。

 何が何でも彼女だけは確保すべき、これは織枝だけの話ではない。この祭祀局という組織全体の総意と言えよう。こんな思惑の片棒を担がされている事を知れば、和沙は一体どう思うだろうか。意外と気にしない、なんて事もあるかもしれないが、祭祀局の前身に対して因縁がある彼にとっては無視できるような事では無いだろう。表では協力しながらも、裏では虎視眈々とこの組織を打ち崩す機会を狙っているかもしれない。

 ……いや、既にその準備に入っている事も否めない。何故なら、任務以外、織枝は和沙が何をしているのか、一切知らないのだから……。


「一体一体片っ端から片付けていく、というのが一番手っ取り早い方法ではあるが、同時に一番手間がかかる方法でもある。何せ、増援を呼ばれる可能性もゼロではない。そうなれば、我々は数の暴力で一気に擦り潰されるのがオチだ」

「となれば……不意打ち?」

「それが一番だが、我々の火力ではせいぜい一体二体を倒せるかどうか、だろう。それよりももっと効率的な方法がある」

「それは?」

「ただまぁ、この方法には少し問題点があってな、市民の理解を得る必要があるんだが……」

「あ~……、なんとなくだけど、分かった気がする」

「私もです。よくよく考えれば、佐曇でも割とよくやってた手段ですし、今更? という気持ちはありますが……、そうですよね、あそこは居住区ですもんね」

「そういう事だ」


 睦月と鈴音はいち早く気づいたようで、どこか微妙な表情をしながら頷くべきかどうかを迷っている。対して、他のメンバーは見当もつかないようで、首を捻っている。

 紅葉が提案した方法とは、何てことは無い、佐曇であちらの巫女隊がよくやっていた戦法、つまりは周りの建物を利用する、というものだ。それも、壁にするとかそういった方法ではなく、倒して障害物にしたり、そのまま敵の上に横たえさせる、など。


「そうなると、準備が必要になりますね……」

「何だか随分と簡単に話が進んでるけど、ボクにはまださっぱりだよ」

「アタシも~」

「……」


 瑠璃と千鳥は興味が無さそうにしている。そもそも彼女達が作戦に口を出してくる事は全くと言っていいほど無いので、この際気にする必要は無いだろう。


「簡単ですよ。ようは、敵を瓦礫の中に埋めてやろう、って事です」

「……? 聞き間違いかな? 到底作戦とは思えないようなフレーズが、その可愛らしい口から聞こえた気がするんだけど?」

「もう一度言いましょうか? そこらにある建物を片っ端から倒して、それで大型の動きを封じるんですよ。佐曇市の廃墟群ではせいぜい足止めくらいにしか使えませんでしたが、ここでは高いビルとか沢山ありますから、非常に効果的だと思います」

「なるほど、そういう……、え? マジで?」


 何故だか分からないが、鈴音は少し楽しそうだ。反対に、明は信じられないとでも言いたげな表情をしている。それもそうだろう。いきなり街を破壊して敵の足止めをする為の障害物にする、なんて話を聞けば、耳を疑うのが当然の反応だ。それにいち早く気づき、尚且つ乗り気な鈴音の方がおかしいのだ。


「マジだ。だから言っただろう、市民の理解を得る必要がある、とな。あそこは避難区域に指定されているが、この事件が終わり次第市民の帰る家だ。それが無くなっている、となればどれほど批判を受けるか……」

「……その作戦は無しに出来ないか?」

「そんな甘い事も言ってられない。局としてもメリットがあるのだから、協力はすべきだ」

「はぁ……、またクレーム処理に回されるのか……」


 以前は出来るキャリアウーマン、といった風貌だったが、今はその面影は微塵も感じさせない。決して若いとは言えない年齢だが、これまで上手くやってきていた事を考えると、今回の市民からの声やクレーム処理は余程堪えたようだ。思い出すだけで気が重くなっているのが分かる。

 加えて、長尾一派が摘発された事で、人手が足りない状況に陥っている。これから先、望みもしない昇進をさせられ、背負わなくていい責任を負う必要がある事を考えると、祭祀局の局員になどなるべきでは無いな、と思わせてくれるいい例だろう。その点は大いに感謝をするべきだ。


「倒壊予定の建物の持ち主を調べて、その持ち主に許可をもらうのが先決だ。このままだと、いざ解放されたとしても何を言われるか分からない。その辺りは監督官に任せるとして、我々は……」

「待て、ちょっと待ってくれ。一つ私から提案がある」

「……何か?」

「許可はとるべきではないと思う。仮に倒壊の許可をとったとしても、だ、後からごねられる事などを考えて正規の書類などを揃えているとそれはそれで時間がかかる。作戦は早い方がいい、そんな事に時間を使っている暇は無い」

「それで?」

「該当の建築物は温羅が破壊した、という事にしておくべきだ。そうすれば、保険もきっちりと降りるうえに、我々が責められる事は無い。……ほんの少しはあるだろうが、それでも直接壊したわけでは無いのだから、真正面から批判はしてこないだろう。心的な負担も考えてなんだが……どうだ?」


 瑞枝の提案は自己保身以外の何物でもない。が、巫女隊の事を考えての発言、というのは間違いでは無いだろう。


「……釈然とはしないが、それが最善であるならばそうしよう。皆、異論は無いな?」


 紅葉の言葉に、その場にいる全員が頷く。一部は何の事か一切分かっていなさそうな表情をしているが。

 ともあれ、これで彼女達の智里に対する対応策は決まった。後は和沙がどう動くかだが……、それが彼女達に共有される事は今後永遠に無いだろう。

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