二十四話 事実を覆う疑惑

「……あぁ、あれか」


 鈴音が本部で叱責を受けている頃、和沙は一人壁の内側へと入り、あるものを探していた。そうそう見つかるようなものじゃない、とは事前に織枝へと伝えていたのだが、探してみると、これが意外と早く見つかるものだ。

 建物の間に隠すようにして設置されていたそれは、以前長尾が自作自演の為にあらゆる場所に設置していた温羅を呼び込む機械と全く同じ物だった。これで、長尾と智里が繋がっていた事が確定したわけだが、問題はこの技術をどちらが提供したか、だ。

 巨大な発電施設の地下に研究所を作らせ、そこであれだけの研究を行っていたのだ、素直に考えるのであれば長尾だが、彼側の技術であると考えると矛盾点が発生する。温羅を局地に集める事が出来るのであれば、そもそも人造温羅など必要としない。後々調べたところでは、あの人口的に作られた温羅達は、その体の造りから体を構成する細胞まで自然発生したものとほとんど大差が無かった。まるで自然発生のクローンとでも言うべき存在であるが、自衛軍に特殊な部隊を用意し、この機械で集まった小型温羅を捕まえればいいだけの話だ。炉心の質や場所にこそ違いはあれど、違うのは一部の身体の造りと、出力くらいのものだ。大型程の明確な違いは無い。

 となれば、残った選択肢として智里が挙げられるのだが、彼女はどうやってこのような装置を作り出したのか、それが新たな疑問として湧いて出てくる。研究所にいた研究員程の知識は無いだろうし、何より設備なども必要とする。到底一人の少女に用意できるものではない。協力者がいるのか、それとも……


「……考えたところで仕方ない、か」


 あの戦い以降、智里が動きを見せる様子は無い。もしかすると、あちらはあちらで事情が複雑なのかもしれない。神流の素顔を見た際、彼女もまた驚きを隠せずにいた。初めに和沙を見た時、何のリアクションもとらなかったところを見るに、彼女もまた、神流の顔を見た事が無かったようだ。


「……あれ? だったら外で会った時はどうしてたんだ?」


 一度すれ違ったあの時、確かに和沙は神流の素顔を見たような気がしていた。だが、あの時どんな顔をしていたのか、それを思い出す事は叶わなかった。




「成果は……?」


 和沙が部屋に入った途端、静かな声でそう問いかけられる。いかにも威圧感と清廉さの混じったものだったが、それに対し和沙は手を肩の位置まで持っていき、首を竦めるような仕草をしている。


「あった。とはいえ、長尾のものと同じ、ってだけだな、分かったのは」

「なるほど、やはりあの二人は繋がっていましたか……」


 やはり、という事は織枝もまた、件の二人が何らかの方法で共謀している事は分かっていたのだろう。デジタルだけでは無く、書面にも残す事が多かった長尾の事だ、重要な事を紙に書いたまま、さぞ立派な金庫の中にでも入れていた可能性がある。一支部の長としてはどうかと思うが、今回に限ってはそれが幸いした、と言うべきだろう。


「だが、研究所じゃあ似たような物は見つからなかった。となると、奴さんが技術を持ってるって事になるんだろうが、向こうにそんな事が出来る施設と知識があるようには思えない」

「ですが、無い、とは限らない。それは、先日和沙様のお母様が実際にそれを証明してくれました」

「……」


 渋い表情を浮かべる和沙。確かに、故人である神流を現代に再現しているのだから、その気になれば知識や設備を作る事は可能なのかもしれない。問題は、それらの情報を一体どこから引き出してきたのか、だ。生産能力があっても、設計図が無ければ物を作る事は叶わない。となれば、その情報となる何かを、彼女は握っていると考えるべきだろう。でなければ、二百年以上前の人間を、寸分違わずに再現する事は不可能だ。


「そちらに関しては後々調査を行うとして……、今は別の問題が浮上してきている最中でして」

「別の問題?」

「敵方に御巫がいた、という事です。今は緘口令を敷いてあの場にいた者を含め、一部の者の耳にしか入れてはおりませんが、これが長く持つとは思えません。うっかり口を滑らせる、何て事も無いとは言い切れないので、どうしようかと」

「単純に噂は噂、事実は事実として扱えないのかよ?」

「残念ながら、事態はそこまで単純ではありません。職員は人間です。ふとした時に情報を漏らしたとしてもおかしくはありません。加えて、長尾の一派が虎視眈々と逆転の機会を窺っています。もし彼らの耳に入れば、瞬く間に情報は拡散されるでしょうね」

「その前に問題の元凶となったものを排除しろ、ってか?」

「端的に言えばそうなります。同時に、私が関係無い、という事もそこで証明出来ればありがたいのですが……」

「名実共に、おたくは偽りの御巫となるわけだ」


 もともと一般市民には彼女の本当の素性など分かりはしない。系統図などを公開しているわけでは無いし、市民が認め、その生活を支えてきた御巫家は一つしか無いからだ。中には自分も御巫の血筋だ、などと宣う輩もいなくはなかったが、その全てが民意と裏の力で潰されている。逆に言えば、御巫家、という立場が覆る事は無いのだ。

 ……だが、その血に御巫の血は混じっていない。一般的な巫女としての力を宿す者はこれからも現れるかもしれないが、和沙や神流と言った人の願いや希望を背負って戦えるほどの人間は生まれない。それを自ら認めたも同然だ。


「我々はあくまで『御巫家』です。ミカナギ様である、と名乗った事はありません。その名を改めてお返しする事も出来ませんが、それでも御巫としてこの地を治めていくことくらいは出来ます」

「大層な事で……。自分で言っといて何だけど、名前なんざどうでもいいだろうに」

「そうはいきません。名前一つで人々の安心を買えるのであれば、私はどんな名でも名乗ります」

「ほう……ほーう……、どんな名前でも?」

「……流石に常識の範囲内に抑えていただけると」

「なんだ、つまんねぇ」


 一体この少年は何をしようとしていたのか。しかし、だ、彼女の意気込みは伝わったが、だからといってそれがそのまま市民に伝わるわけでは無い。一般人の中には、そもそも彼女の声が届かず、一方的に悪く言うものも少なくは無い。そんな人々にいちいち構っていてはそれこそキリが無いが、だからといって無視するわけにもいかない。無視出来ないからこそ、先ほど彼女が言ったように、今回の件は御巫家は関係ない、という事を示すため、早めに決着が望まれるのだ。


「まぁ、やる事自体はシンプルで助かるがな。出てきた敵を殲滅すればいい。だろ?」

「殲滅はやめてください。それと何度も言うようですが、例の吉川さん、彼女に関しては確実に身柄を抑えるようにお願いします。今の話し合いでもそうでしたが、彼女は確実に私達以上の何かを持っています。それを得る機会を棒に振りたくはありません。なんとしてでも、お願いします」

「別にそれはいいんだけどよ、協力してくれるか否かは向こうの気分次第だろ? 何か策でもあるのか?」

「……考えは、あります。あくまで彼女の情に訴えるものではありますが、無駄に終わる事は無いでしょう。ただ、前提として吉川さんを連れてきてもらう必要がありますが」

「なんとかふん縛ってくるさ。とはいえ、俺は俺で先に相手をしなきゃいけない奴がいるから、その後でな」

「分かっています。そちらも優先順位は高いですので、お好きな方から先にどうぞ」


 好きな方を、とは言ったが、どちらも難易度が高い事には変わりない。前者は過去の怨恨で、後者は何がどうなっているのかは分からないが、現代に生きている以上、そして敵に回っている以上、戦う事を避けるのは難しい。

 結局のところ、選択肢は和沙にある。智里を優先して確保するのか、それとも母を討つ事を第一と考えるのか。最終的に両方やらなければならないのだから、ここは自身の欲求に従うのが正しいのだろう。それを理解しているのか、織枝がそれ以上何か言う事は無かった。




 非常に厄介極まり無い話ではあるが、やがて来るであろう戦いに備える事は重要な事でもある。……のだが、問い詰められる筋合いは無いと和沙は思っていた。この時までは。


「……」

「……」


 鴻川宅のリビングには、和沙と鈴音が顔を合わせて座ってはいたが、その雰囲気はいつもとは全くと言っていいほど異なるものであった。具体的に言うのであれば、重いのだ。特に、鈴音の纏う空気の質が。

 ところどころを包帯で覆っているところを見るに、彼女としては珍しく怪我をしているのが分かる。その理由が、昼間の件である事を和沙はまだ知らない。

 彼女の表情は、どこか張り詰めたようなものでは無く、何か決心をしたような表情になっていた。何が原因でそうなっているのかは、ただ黙って座るように言われた対面の和沙には到底分からない話だ。ただ一つだけ言える事は、非常に居心地が悪い事のみ。


「で、改まってなんだよ? 帰ってきてそうそうえらく深刻な表情で座れ、なんて言ってきたけどさ。何かした覚えも無いぞ?」

「つまり普段は何か変な事をしている、と。そしてそれを自覚している、という事ですね?」

「げ、しまった……」


 秘密裏に動く事もあれば、単純に面白そうだからという理由で動く事もある。和沙の行動理念は、大義とは全くと言っていいほど無縁なものだ。本人もそれは理解している。自覚も、している。

 だからこそ、こうして改まった場を設けられるとどうにも居心地が悪くて仕方がないのだろう。いつもは平然としている彼の目も、右へ左へと泳ぎ回っていた。


「冗談です。今日はただ聞きたい事があっただけですから」

「聞きたい事の為だけにそこまでかしこまるのはお前のキャラじゃないだろう」

「おや、そうですか。でしたら、少々強引に……」

「ストップ! 待て! だからと言って暴力に訴えるのは良くない!!」

「暴力を振るうつもりはありません。ただ、少しばかり呼吸困難にはなるかと」


 真顔で手を不規則に動かす鈴音に、言いしれようのない恐怖を感じる和沙。流石に怯える兄を見てこれはこれでどうかと思ったのか、小さく咳払いをした鈴音は、居住まいを正す。


「聞きたい事ですが……例の女性の事です」

「ん、ん? 女性って……女癖が悪いとか言いたいのか? そりゃまぁ、関わる人間片っ端から女性が多いけど、それは立場上の問題で……」

「御巫神流」


 鈴音のその言葉を聞き、和沙の口が止まる。まさか妹の口からその言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。その目は小さくではあるが、驚愕の色を見せている。


「兄さんがそうだと言った以上、あの女性は兄さんの本当の母親であり、そして一番最初の”巫女”である事を否定はしません。ただ、仮に本人だとして、何故あの方はあちら側に付いているのか、そして何故この時代に生きているのか、そして兄さんがあの人を倒せるのかどうか」


 前二つは単純な疑問だ。確かに、初代巫女である神流が敵として、それも温羅の仲間として現れた事には疑問を感じざるを得ない。また、彼女が亡くなってから優に二百年は過ぎている。にも関わらず、彼女の十代とほぼ同じであろう外見を持つ和沙と全く同じと言っても過言ではない見た目で現れた。亡くなった当初の姿としては、あまりにも不自然過ぎる。

 そして三つ目。これは和沙の戦闘力としての意味合いもあるが、それ以上に実の母親を殺せるのか、という意味だ。こう見えて、和沙は他人には当たりがキツイが、身内にはかなり甘い部分がある。鈴音に対する態度もそうだ。瑠璃に師になってくれと頼まれた際には、心底面倒な表情で無下にしたが、鈴音が頼めばそれなりに悩んだうえで拒否するであろう。結果は同じなれど、過程は異なる。これは非常に重要な事だ。

 そんな彼が実の母親相手にどこまでやれるのか、それを鈴音は憂いていた。


「……なんだ、お前は俺がアレ相手に手を抜いていたとでも?」

「その可能性は捨てきれません。ですが、それ以上に肉親に対する情が兄さんの刀を鈍らせたのかと」

「冗談じゃない。アレに手を抜いた状態で勝てる程、俺はまだ人間を辞めちゃいない。単純に実力の差だ。洸珠のオリジナルを持ってたからとはいえ、たった一人で十年近く戦ってきたんだ。俺はようやくその半分、ってとこ。むしろあの仮面を叩き切った事を褒めて欲しいくらいだ」

「そんなに強いんですか、あの方は?」

「強い、弱い、なんて話じゃない。アレの実力は人外だ。お前らから見たら俺も大概だろうが、俺から見ても異常なんだよ」


 鈴音にしてみれば、この街の巫女隊メンバー全員でかかっても傷一つ付けられない和沙の実力も既に怪物なのだが、その彼が自身を遥かに超える人外と称している事が上手く理解出来ないのか、パチクリと瞬きを二、三回する程度に留まっている。


「アレを仕留めるには、尋常じゃない身体能力と、訳の分からない反応速度と、人間とは思えない判断能力を超える何かをやらなきゃならん。先日の戦いである程度コツは掴んだが、それでも確実とは言えない。それこそ、俺が死を覚悟しなきゃいけない程にな」


 要は相打ち覚悟の特攻をかます、と言っているのだ。その言葉に、鈴音は暗い表情を浮かべる。


「そんな顔するなよ……。秘策はある。一撃を当てる事さえ出来れば、あとはいくらでも、な」


 少し困った顔になりながらも、和沙の口からは強気な言葉が出てくる。しかし、死を覚悟する、そんなワードが兄の口から出てきた時点で、鈴音の胸中は穏やかではない。

 信じるしかないのは確かだが、兄を心から信用出来る、そんな何かが欲しい、と鈴音の胸の内では、不穏な感情が渦巻いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る