第37話 急転直下 中

「なんと言うか、手慣れてますね……」


 結局、和佐の事を一度も離さなかった凪は、ショッピングモールに着くとようやく和沙を解放する。一度も逃げ出す機会が無かったのか、それとも最初から諦めていたのかは分からないが、和佐は終始大人しかった。単に、暑さにやられていただけかもしれないが。


「アイスだ~!」


 モールに着くなり、風美がアイス屋に特攻をかます。慌てて仍美がその後を追う。


「走ったらこけるわよ~」

「大丈夫だよ~」

「ほんと、自由だこと」


 先に行った風美の後ろ姿を眺めながらしみじみと凪が言うが、日向がまだ無料券を渡していない事に気づき、二人の後を急いで追う。


「年寄り臭い事言ってないで、さっさと行くぞ」

「あら意外と乗り気……、って誰が年寄じゃい!」


 凪へのツッコミもほどほどに、和佐も七瀬と共に先に行った三人の元へと向かう。

 アイス屋の前に来ると、案の定と言うか、風美がどれが良いか迷いに迷っていた。横から仍美も選ぶのに協力しているが、なかなか決まらない様子。


「何やってんのあんたたち」

「む~、なかなか決まらないよ~……」

「あ、お姉ちゃん、こっちもいいかも」

「え、どれ!?」

「……仍美が障害になってるんだな」


 風美が決めかけたところに、仍美が他のものを進める。これのおかげで、なかなか決められない様子だ。


「ふーん、ちなみにどれ?」


 横から凪が顔を出し、ガラスケースの中を覗き込む。風美が指差したのは、抹茶ストロベリーなどというなんとも言えない怪しい雰囲気を醸し出している味だ。初見の人は絶対に選ばないであろうその味に、何故か風美は興味を示している。


「それじゃあ、私はそれにする」

「えっ!?」


 凪が躊躇も無く風美が指差した謎の味のアイスを注文する。

「ん? みんなで好きな味を選んで、それぞれ分け合えば色んな味が楽しめるじゃない

「おー、凪ちゃん頭良い!!」


 それならば、と風美も好きな物を注文していく。隣にいる仍美もそれに倣う感じだ。


「へ~……」

「何よ、その顔は」

「いや、年長者っぽいところもあるんだな、って思ってさ。けどまぁ、リーダーっていうよりも、保護者、って感じだけど」

「ふふん、出来る女ってのはね、こういう細かな事にも気配りが出来る女の事を言うのよ。分かったら敬いなさい!」

「普段があれだからなぁ……。ギャップ萌えってやつか? いや、萌えてはないな」

「敬ってよ!!」


 これさえ無ければ、いい先輩なのだが、とは七瀬の弁である。

 結局、それぞれが好きな物を選び、それをシェアする、という形に収まった。


「いやぁ~、涼しい場所で冷たい物を食べる。これこそが夏の醍醐味ってやつよねぇ~」

「世の中には、冬にこたつに入りながらアイスを食べる、なんて季節への冒涜的な慣習もありますが、やはりアイスは夏に限りますね」

「妙に俗っぽいんだよなぁ、このお嬢様は……」


 各々が自身の選んだアイスに舌鼓を打ちながら、口々に感嘆の言葉を呟く。


「仍美のちょっともらうね~」

「じゃあ、私はお姉ちゃんの……、これ何の味!?」

「ストロベリーミント~」

「凄い味が売ってるんだね~……。あ、七瀬ちゃん、ちょっともらうね~」

「では、私は日向のを……。キャラメルですね、これ」

「当たり~」


 みんなが楽しんでいる様子を見ながら、凪が得意気な口調で和沙に絡んでくる。


「私の作戦大成功~。どうどう? 見直した?」

「別に悪くは思ってないよ……。ただまぁ、先輩にしちゃ珍しくいいアイデアじゃないか」

「やっぱりそう思ってるんじゃない!! ……っと、いただき!」


 一瞬怒ったかと思ったが、次の瞬間には和沙のアイス目掛けてスプーンを振り下ろし、見事強奪に成功する。……が、その顔を顰めるのにそう時間はかからなかった。


「これ、何……?」

「え? 醤油小豆」

「醤油!? 小豆は良いとして、醤油って何よ!?」

「いやまぁ、あったし。ちょっと冒険してみようかと思ったら、このザマ」


 よく見ると、他のみんなはどんどん口の中に運んでいるのに、和佐だけは一口だけ

口にして後はそのままだ。要は外れだったのだ。


「もうちょっと考えて頼みなさいよ……」

「まぁ、食べられないわけじゃないからいいんだが、予想以上に癖が強かった……」

「当り前よ!!」


 凪と和沙が夫婦漫才を繰り広げている傍ら、七瀬達は順調にアイスを消費していく。


「ふはははは、私の味が何か気になる? 気になるなら奪ってみるがいい!!」

「さっき自分で言ってただろうが……」

「あら、あの子たちみたいに私達も仲睦まじいやり取りとかしないの?」

「するか!! 姦しいのは女性陣だけで十分だ!!」


 凪と和沙のやり取りを尻目に、七瀬達はこれからどうするかを話し合っている。


「特に急ぎの用事はありませんし、またモールを一巡りしましょうか?」

「いいですね、今のうちに秋物を揃えておきたいですし」

「秋物? 秋刀魚?」

「何で食べ物の方にしか思考が行かないかなぁ……」

「秋物かぁ……、私去年のが着れるからまだいいかなぁ……」

「ダメですよ日向。服は毎年揃えないと。年頃の女の子なら当然の事です」

「でも、凪先輩はそんなに買わないって言ってたよ?」

「あの人は女子じゃないので。おばあちゃんみたいなものだと思ってください」

「そこぉ! 人が見てない事をいい事に、デマを流そうとしない!!」


 どうやら和佐との争いに勝った様子の凪が、自身の知らない所でいつの間にかおばあちゃん扱いされている事に待ったをかける。その背後では、敗北を喫した和佐がベンチの上でうつ伏せに倒れていた。


「服くらい毎年買ってるわ!!」

「下着は無しですよ?」

「……ジャージは?」

「もっと無しです!!」


 まさかの発言。凪は家ではジャージで過ごしていると言うのだろうか。


「いやほら、言い訳をさせて頂戴」

「どうぞ」

「私達ってさ、こういう役目な都合上、休みの日でも制服でいる事が多いじゃない? だから、私服を着る機会ってあんまり無いのよね」

「その意見には同意します」

「でさ、私って服が合わなくてなる事が多いから、それならジャージでいいや、ってなって……」

「待ってください。ジャージに落ち着くのにも言いたいことはありますが、服が合わなくなる事が多い? それは身長的な意味で?」

「ううん、胸」

「まだ成長しているというんですか!? この無駄極まりない乳は!!」

「ちょ、ま、叩かないで!!」


 七瀬が怒りに任せ、凪の胸を左右から叩きまくる。普段冷静な七瀬だからこそ、今の光景は異様にしか映らない。

 しかし、凪の成長に怒り狂うほど、七瀬のものも小さいわけでは無いのだが……、思うところがあるのだろうか?


「大きいからって良いことなんて無いのよ? 買ったばかりの服はすぐに着れなくなるし、動くと痛いし……、何より周囲の男共の視線が全部ここに集中するし」

「不思議だったんです。先輩の御装が何故あんなに胸を強調するようなデザインになっているのか。固定してたんですね、あれ」

「そうです、はい。御装ならその都度体に合うように設計されてるから問題無いけど、私服は……」

「だからって許されるとでも思ってるんですか!!」

「ひゃん!!」


 何度目かの張り手。それが凪の胸にクリーンヒットする。


「目障りなんですよ、ボンボンボンボン!! 視界の端で毎回毎回跳ねて!! そんなに揺れて痛いなら、胸の部分だけ乳袋の形状にした甲冑にすればいいじゃないですか!! ゲームの女騎士みたいに!! 温羅の触手でヌルヌルにされればいいんですよ! ほら、くっ殺って言ってみて下さいよ。言ってみて下さいよおおおお!!!」

「……凄い荒れてますね」

「三徹だって。いつも思うんだけど、七瀬ちゃんって、凄い体力だよね。……やり過ぎるとこうなっちゃうけど」


 目が据わった状態でひたすら凪の胸をしばき回している七瀬に対し、一同は恐怖を覚える事しか出来なかった。

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