第36話 急転直下 前

 海水浴から帰ってきて早三日。夏休みだからと言って、否夏休みだからこそ、巫女隊の活動は普段よりも多い。

 公共施設の掃除は当然の事、中には幼稚園で飼っている動物の世話や、老人ホームでのレクリエーションなど、和佐が疑問を浮かべるようなものまで、様々なボランティアの指示が舞い込んでくる。

 常に冷房が効いている場所で活動を行うわけではない為、時と場合によっては、疲労と暑さで倒れそうにもなる。が、そこは凪の自称出来る女の知恵や、日向がおばあちゃんから聞いたと言う知識でどうにか対策していた。


「あ゛づい゛~……」

「まったくよ~……、また温度上がったんじゃないの……?」

「今現在の気温は……、三十六度ですね……。人肌と同等の温度です……」

「あ゛~……」

「お姉ちゃん、お腹出てるよ……」


 部室棟の一室、巫女隊が与えられた部屋にて、巫女隊メンバーが暑さに参り、だらけ切っていた。

 いつもなら注意する七瀬も、今日は他のメンバーと同じく机に突っ伏して屍と化している。


「先輩~、神奈備の巫女権限で部室にクーラー付けてもらってくれよ~……」

「そんな要求が通るなら、とっくにやってるわよ……。去年、どうしても耐えられなくて直談判しに行ったら、そんな余裕は無い、ってクーラーの効いた部屋で説教されたわ……。あ、思い出したらムカついてきた……」

「ボランティアだなんだとさせておいてこれだ。巫女の扱いについて抗議した方がいいんじゃないか?」

「したところで変わるわけないじゃないの……。所詮私達は便利屋なんだから……」

「だからってこれじゃあな……。こっちが活動できなきゃ、向こうも困るんじゃないのか?」

「結局はボランティアだから。あればいいな、程度にしか認識されてないんじゃないの……」

「雑な扱いだな」


 巫女の扱いについて愚痴をこぼすも、それで部屋が涼しくなるはずもない。

 今日は朝から活動を行っていたものの、午後からは特に予定は無い。和沙としては、意味も無く部室に集まる事に異議を唱えたが、凪曰く、いつなん時温羅が襲来してくるか分からない以上、こうして集まっているのが一番とのこと。変身さえしてしまえば、どこにいようがすぐさま駆け付ける事が出来るのだが、残念ながら和沙の存在がある為そうもいかない。よって、渋々ここで待機している訳なのだが……。


「もう嫌、暑いの嫌い……。外出たくない、家の涼しい部屋で惰眠を貪りたい……」

「あんたねぇ……、そんなんだから出不精って言われてんのよ? 少しばかり暑いのが何よ! 女は根性!!」

「はぁ……、もう突っ込む気力の無い……」


 完全に参っているのか、そのやり取りにいつものキレは無い。普段からあれなのも逆に問題なのだが……。


「あ゛~……」


 もはや、元気と言う言葉そのものでもあった風美ですら、脱力感に支配されている。流石の凪も、これではまずいと思ったのか、目の前で死屍累々と化しているメンバーを見て、決断を下す。


「しょうがない……。今日は今日はもう解散に……」


 と、そこまで口にした瞬間だった。


「こんにちは~!」


 ドアを開け、気持ちの良い挨拶と共に中に入ってきたのはもう一人の元気少女、日向だ。野暮用の為、一人だけ別行動をとっていたのだが、用事が済んだのか、合流してきたようだ。


「みんなどうしたの? 元気がな……暑っ! 何この部屋物凄く暑いよ!!」


 日向が部屋に踏み入ったと同時に後ずさる。


「夏なんだから、暑いのは当然でしょ……」

「いや、換気しないと暑いのは当然ですよ……」


 珍しく、日向が凪に呆れている。が、すぐにその表情が得意げなものへと変わる。


「えっとですね、今日おばあちゃんに用事を頼まれてたのは知ってますよね?」

「うん、知ってる。だから遅くなったんでしょ?」

「そうなんですけど……、あった。じゃじゃ~ん!」


 日向がポケットから取り出したのは、何やらチケットのようなもの。そこには、大きな文字で無料、と書いてある。


「何それ?」

「ショッピングモールに出店してるアイス屋の割引チケット~」

「アイス!?」


 アイス、その言葉を聞いた瞬間、風美の体が勢いよく跳ね上がる。


「いや、思いっきり無料、って書いてあるけど?」

「あれ? ほんとだ。それじゃあ無料券ですね。いっぱい貰っちゃいました」


 日向の手に握られている無料券は、少なくともここにいる人数分はありそうだ。心なしか、仍美ですら日向の手に向けられている視線がどことなく輝いているような気がする。


「つまり、これからみんなでモールに行こうっていう事?」

「そういう事です」


 胸を張る日向。なるほど、確かに涼をとる意味でもモールに行くのは今のところ最良の選択肢と言える。


「行こ! 今行こ! すぐ行こう!」

「ちょ、あんた……、ちょっと待ちなさい!!」


 途端に元気になる風美に、思わず凪が慌てる。すぐにでも飛び出していきそうな姉を、妹が必死に抑えている。


「分かった、分かったから……。あんたね、その前に無料券を持ってきてくれた日向に何か一言……」

「日向ちゃん、ありがとう!!」

「う、うん……、どういたしまして……」

「無駄に素直だから怒りにくい……。それじゃ、日向の好意に甘えて……、あんたたち、何やってんの?」


 凪が視線を向けた先には、未だに机に突っ伏している和沙と、腕を枕にして熟睡でもしているかのような七瀬がいる。ちなみに、二人とも日向が部屋に入ってきてから、一度も反応していない。

 暑さに弱い和沙は分かるが、何故七瀬まで……?


「帰りたい……。帰って自分の部屋で涼みたい……」

「……」


 和佐は辛うじて返事が返ってくるが、七瀬は完全に沈黙している。


「七瀬、ほら七瀬~、あんたの半身がアイス食べに行こう、って言ってるわよ」

「……はっ! すみません、寝てました……」

「こんの暑い中でよくもまぁ……。しかし、珍しいわね、あんたが居眠りなんて。何かあったの?」

「いえ……、少し夜更かしを」

「夜更かし、ねぇ……。何をやってるのやら」

「聞きたいですか!? 聞きたいですよね! それでは、私が今やってるネトゲの話を……」

「あ~……、うん、大体分かったからいい。てか、むしろやめて」

「それは残念です……」


 七瀬の居眠りの原因が判明した……、のだが、凪はそこから先は聞きたくないとばかりに、七瀬の言葉を遮る。まぁ、誰だって興味の無い話は聞きたくない。


「ていうか、あんたゲームばっかりやってて、ちゃんと課題進んでるんでしょうね?」

「はい? 七月中に終わらせてますが……?」

「こういうところは優等生なんだからもー!」


 凪の言う事ももっともだが、今はそれどころではないだろう。風美を抑えている仍美も、そろそろ限界のようだ。


「そんじゃ、行くわよ~……、ちょっと待って」

「??」


 各々が頭に疑問符を浮かべる中、凪は未だその場から動こうとしない和沙の首根っこを掴む。


「う~、あ~」


 どうやら、他のメンバーが出て行った後、自分だけ帰路に着こうとしていたのだろうが、凪の目はそれを許さない。


「それじゃあ改めて……、行くわよ」


 凪と和沙以外が、なんとも言えない目で二人を見ている中、凪が悠々と部屋から出ていく。呆気に取られていた一同だったが、すぐさま我に返り、その後を追って行った。

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