第95話 候補生のまとめ役
「うぅ……、体のあちこちが痛い……」
「だから言ったじゃないですか、見るだけにしておかないと、って。ただでさえ、兄さんは容赦が無いんですから」
日が沈みかけ、空が黄昏色に染められる頃、現地解散ということでそれぞれが各々の帰路に着く中、和佐と鈴音は美月を伴って家路を歩いていた。
鈴音曰く、美月の家は鴻川の屋敷が見える程度には近いとのこと。そもそも屋敷が大き過ぎるうえ、少し小高い場所に建てられている立地上、少し離れた程度では特殊な障害物でもなければ問題無く見える為、本当に近いのかどうか疑問に思うところだが。
当の美月というと、体の至るところが痛むのか、その足取りが重い。
訓練を見学する、と言って見回っていた彼女だったが、鈴音の訓練に興味を持ち、色々質問していく内に、なら自分で体感してみろ、ということになり、何故か訓練に参加するようになった。その際、和佐が廉価版洸珠の性能を確認すしたがったせいもあり、鈴音と美月、両名ともかなり追い込まれていた。
「鈴音、よくアレに耐えられるね……。アタシはもう途中からヘロヘロだったよ……」
「厳しいのはいつもの事ですから。ですが、アレについて来られるなら、本隊としてもやっていけるかもしれませんね」
「ホントッ!?」
「無理だ」
少女達が盛り上がっているところに、まるで冷や水でも浴びせるかのような冷たい一言。
和佐の言葉に、美月はまるで捨てられた子犬のようなリアクションをしているが、和佐がそれに構った様子は無い。
「今は無理だ。黒鯨との戦いも控えてるし、下手に連携を崩す訳にはいかない。入るならその後だな。……先を担える人材が増えるのは悪い事じゃないしな」
が、その次に発した言葉で、頭の上で見えない耳がヘタっていたのがピンとたった……、そんな風に思えるほど、落ち込んでいた美月は希望に満ちた表情になった。
「これが……ツン☆デレ!?」
「前言撤回だ。今すぐ本隊に入れて、奴さんの前に突き出してやる。なに、トンファーなんて使ってるんだ、多少は防御に自信があるんだろ?」
「過ぎたる発言をお許し下さい」
「はぁ……」
指導する立場だったとはいえ、流石に和佐の顔にも疲れの色が見える。指導と分析、両方を並行して行っていたのだから当然の事だろう。
「それで、先輩、私の実力は分かってもらえましたか?」
「あ? 実力はともかく、洸珠の性能は分かった。ま、今日のところはそれだけでも収穫だ」
「洸珠しか見てなかったんですか!? 何で!? どうせならそこだけじゃなく、アタシの全てを見てくださいよ! あれだけ開けっぴろげに披露したんですよ!?」
「そこまで見る義理は無いからな」
「むきぃぃぃぃぃぃ!!」
何というか、いちいち反応が凪と似通っている為、どうにも言葉に手加減が出来ない様子だ。……まぁ、他人だからと言って容赦するような性格でもないが。
「何はともあれ、本隊の実力は分かったはずです。美月も、これで変に気を揉む必要は無くなりましたね」
「むむぅ……色々納得いかないけど、今は我慢しとく」
「そうして下さい」
「あ、じゃあ、例の作戦が終わったら、その時はちゃんと見てくださいよ! ……ってか、アタシまだ先輩の実力見てない!! 不公平だ!!」
「心配しなくても、すぐに嫌が応にも目にするだろうさ」
黒鯨迎撃作戦。襲撃を受けるまで決行される事は無いが、候補生達も駆り出される事を考えれば、嫌でも和佐の実力は目にする事だろう。規模は、二百年前程ではないものの、これまでで最大級。いかに和佐といえど、本気でやらねば敗北を喫しかねない。
「黒鯨戦では、人の活躍に目を取られて足元をお留守にしないように、だ。任せるのはあくまで小型とはいえ、数が集まれば脅威になる。胸に刻んどけ」
「胸に……ハッ!? もしやアタシの体に興味が! ダメですよ先輩! 巫女でいる間は清い体でないと力を使えないって……ああああああ、ごめんなさい冗談ですなのでその手をなにとぞ、なにとぞぉぉぉ!!」
「はぁ……」
「兄さん、すみません……」
申し訳なさそうに、鈴音が美月に仕掛けていたアイアンクローを外す和佐に頭を下げる。彼女のせいではない……のだが、候補生時代にもっとしっかりと手綱を握っていればこうなってはいなかった可能性もある。監督不行き届きというやつだ。
しかしながら、こういった性格はいざという時に役に立つ事もある。凪がそうなのだ。だからこそ、美月にもそうあってほしいと願うのは、決して間違いではないだろう。
「ま、ほどほどに期待してるぞ、後輩」
口にした“期待”は一体何に対してなのか。その言葉に、一瞬瞳を煌めかせ、誇らしげな彼女がその言葉の意図を理解するのは、そう遠くない事を祈るばかりである。
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