第96話 フラグ回収

 黒鯨迎撃作戦、と大々的に打ったはいいものの、結局は敵が襲来しなければ作戦も何もあったものではない。

 襲来が無い以上は、作戦が発動される事はなく、準備したものも無駄になるのだが、襲来が無いに越した事はない、という事実が待機状態の巫女隊メンバーにジレンマを感じさせていた。


「あぁもう! いつまでこんな状態でいなきゃいけないのよ!!」

「少しは落ち着いてられないのか、このじゃじゃ馬は」

「なんですって!?」

「仮にもこの巫女隊の長だろ。だったら、どっしりと構えるくらいの事は出来んのか。あぁ、物理的にって意味じゃないぞ」

「うがああああああ!!」

「また荒ぶってますね……」

「いつもの光景です。むしろ、これでようやく平常運転と言ったところでしょうか」

「はぁ……」


 暇を持て余している先輩を煽るのが平常運転なのか、と誰もが問いかけたくなるところだが、いかんせん慣れてしまった日向以降のメンバーは、この光景に一切疑問を持たない。


「それにしても、確かにここ最近音沙汰無いのは少し不気味ですね」

「そうか? 別におかしい事はないだろ。たかだか一週間や二週間程度だ。そもそも、俺が来る前までは、それこそ一ヶ月や二ヶ月単位で来てたんだろ? なら、今の状況は改善していると見るべきだ」

「一番大きな問題が残ってるけどね?」

「それも含めて、だな。もともと温羅の襲来自体が異常なんだ。それが減っただけでも御の字だ。それに、準備期間が増えるのはいい事だろ?」

「それもそうですが……」

「何て言うか、メリハリが、ね……」

「だったら少しでも作戦を成功させる為に動けアホ共。いざその時になって焦るのは自分自身なんだぞ、分かってんのか」

「凪先輩ならともかく、私達はそこまで腑抜けてはいません」

「ねぇ、なんで私ならともかくって言ったの? 私アンタ達の先輩なんだけど? ねぇ」


 ダレた一同に対し、発破をかけるつもりで投げかけた言葉は、妙に的外れな場所に被弾はしたが、それでも彼女らのやる気を取り戻させるには十分だった。いや、やる気はあったのだろう、動き出すきっかけが無かっただけで。


「グズグズしてたら、候補生の子達に追い抜かされそうだしね」

「まぁ、作戦について行けない、というのは問題ですね」

「また訓練かぁ……」


 三者三様の反応を見せる少女達を見て、凪もまた気合いを入れる意味でその場で勢いよく立ち上がる。


「よし! それじゃこれから訓練に……」


――――――


『……』


 意気込んだ凪の言葉を遮るかのように響き渡る太く、低いうねりのある音。ここにいる全員、おそらく何年かかっても忘れる事など出来ないであろう、そのサイレンの音に、拳を掲げていた凪の動きが停まる。


「フラグ乱立してたもんなぁ……」


 予想外と言えば予想外だが、想定の範囲内といっても問題は無い。凪の言動はそれほどまでのものだった。


「……まぁ、お約束と言うやつですね」

「一から十までそれの塊だもんな、この先輩は」

「当然の帰結ということですね」


 好き放題言われている本人はというと、振り上げた拳が行き場を彷徨ってフラフラとしている。直前までの勢いのある表情は何処へやら。今は口を半開きにして呆然としていた。

 そんな彼女に冷や水をぶっかけるのは、お馴染みのこの人物。


「何アホ面晒してる。さっさと行くぞ」

「……アンタのその冷静なツッコミ、時々私の心抉ってるの知ってる?」

「簡単に抉れる程、柔くないだろ。鋼のメンタルしてる癖に」

「私の心はガラス細工のように繊細よ!!」

「はいはい。分かったから、さっさと行くぞ」

「偶には私の言葉を真剣に聞いてぇ!!」


 駄々を捏ねる先輩の首根っこを掴んで引きずって行く様子は、いつもの二人とは正反対の構図だ。彼女もまた、売られていく子牛のように、悲しいメロディを彷彿とさせる姿で連れられて行った。

 ……まぁ、その後素直に連れていかれる程、大人しいとも思えないが。

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