第97話 決戦は唐突に

「集まったわね。それじゃ、作戦の説明に入るけど……どうかしたの?」

「みんなが私を敬ってくれない……」

「いつもの事じゃない。それじゃあ、作戦の詳細なんだけど……」

「酷いッ!?」


 凪の悲哀が混じった言葉は完全にスルーされ、菫がスクリーンに映し出された現在の温羅の様子を指差している。


「……うわぁ」

「なんて数……」


 一同がスクリーンに映された温羅の数を見て愕然とする。目測ではあるが、その数凡そ二百。それも、前面に出てきているものだけの話で、後ろにいる温羅も合わせればその倍はいくだろう。


 しかし、ある人物だけは違う反応を見せていた。


「……中型以上がちょっと少ないな。小型でかさまししてる分、かなり顕著に出てる。これなら、奴に近づくのは楽にいきそうだ」

「あんた、本気で言ってんの……?」

「だってそうだろ? 大型は五体、中型にしても、二十体もいない。小型のせいでかなり数が多いように見えるが、実際脅威になるのはそこまでいない。候補生は大変だが、それにしても序盤は俺らがある程度は減らしておく。後続の相手をしてくれればそれでいい」

「和佐君の言う通りよ。これは先程陸から五キロの場所で撮られた映像。この五分後、撮影したカメラとは接続が切れたわ。大型や、例の天至型が出た時に起こる通信障害と同様のものね。その規模から足が遅く、陸に近づくのはもう少し先だけど、もう目と鼻の先にいると考えて頂戴。作戦の概要については、これから説明します」


 そう言って、菫はスクリーン上の画面を切り替える。簡単にではあるものの、そこにはこの作戦に関わる人間の配置が記されてあった。


「まずは最前線。ここは巫女隊本隊が担当します。主に中型以上の対処、及び天至型の討伐がメインよ」

「私達が担当、ね」

「小型はともかく、中型、大型はここで止めなくてはいけません」

「次に、候補生部隊」

「はい! はい!!」


 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねているのは、先日訓練に乱入してきた美月だ。その傍らには、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気を纏う少女が立っている。美月の補佐だろうか? それとも部隊の副隊長のような立場か。どちらにしろ、彼女がいる以上、美月が無茶をする事は無いように思える。


「貴女達は第二防衛ラインよ。越えられても後ろがいるから大丈夫、というわけにはいかないわ。まともに温羅とやりあう事を考えると、実質候補生部隊が最終防衛ラインになるわ。小型だからと言って油断しないように」

「はい!」

「承知しました」


 勢いよく返事を返す美月とは対照的に、傍らの少女は静かな返事をする。しかしながら、その目に宿した決意の光は、美月のものと変わらない程強い。


「最後に防衛軍と警備隊の合同部隊よ。一応、彼らも小型の相手くらいは出来るけど、それはあくまで一体二体が相手なら、の話よ。防御に関しても、例のシールドがある分それなりにもつだろうけど、中型以上となると話は別よ。出来れば彼らの所まで行かせないで。強いて言うなら、抜かれるな、という事よ」


 警備と防衛軍の合同部隊の作戦内容……ではあるのだが、菫のその言葉は彼らに向けたものではない。本隊、候補生達に対する言葉だ。お前たちが突破されたら終わり、そう考えろというお達しだろう。 

 その言葉を聞き、一同の表情が一層引き締まる。余裕など微塵も無い。今この場を緊張に支配されている。引き締めるのは結構だが、固くなりすぎは問題では無いのだろうか?


「そこまで硬くなる必要は無いわ。例え突破されたとしても対処方法はあるんだから、あくまでそのつもりでいて、と言うだけよ」


 流石に見かねたのか、菫が緊張を和らげるような発言をするものの、一同の表情は硬いままだ。ほどほどの緊張感であれば問題は無いのだが、こうも硬い様子では、出来る事も出来なくなってしまう。そんな風に考えていたところだったのだが……


「それは硬くなっているんじゃない、責任感を感じているんだ」


 そう言いながら、作戦本部の中へと入ってきたのはこの場における最高指揮権を持つ時彦だ。今回の作戦では、彼が直々に指揮を行うという事で、ここまで出張ってきたのだ。


「責任感、ですか……」

「高等部のメンバーならともかく、それ以下の子達でも感じる程の責任感だ。その重さは尋常では無いだろう。だが、逆にこうも考えられれんか? この戦いさえ、乗り越えればいいのだと」

「……」


 時彦の言葉に、一同は沈黙を返す事しか出来ない。


「実際に戦うわけではない私が言っても、責任感も何も無いかもしれん。私に出来る事は言葉をかける事だけ。しかし、だからこそこう言おう。この街を、そこに住む人々を守ってくれ。……これはお願いや君達に自発的な行動を促しているのではない。命令・・だ。ここから先、君たちには自身の行動に責任を持ってもらう。しかし、その命に対しては、その全てを祭祀局が、そして直接命令を下した私が責任を持とう。故に、怪我をしないように、などと言葉をかけるつもりは無い。私が言いたいのはただ一つ、自身の使命を全うする為、各員、奮励努力する事。以上だ」


 果たして、その言葉にここにいる何人が驚いた事か。その中には、先に時彦を無責任だと糾弾した和沙も含まれる。

 心変わりがあったのか? にしてはきっかけが余りにも軽すぎる。和沙に叱咤されたが故、と言えばそれなりに意味があるようにも感じられるが、言ってしまえばあれは一人の子供が喚き散らかしただけに過ぎない。本人もそう思っているだろう。

 だとするならば答えは一つ、気付いた、という事だろう。和沙の、いや御巫千里の怨恨を耳にし、自身が本来どうあるべきか、それを再認識した、というのが一番の理由だろうか。

 和沙の話を聞いた手前、初めは凪達も訝し気な目で時彦を見ていたが、その口が完全に閉じる頃には、その目つきは変わり、どこか感心したものになっていた。


「それでは、これより作戦行動に移ります。温羅が本格的に陸に近づいてくるまでは待機。完全に手を出せる状況になり次第、動くという事で。海上ではこちらが不利になるわ。だから、出来る限り陸に近づかせて、そのうえで上陸を防いで頂戴」

「また難しい事を……」

「無理難題を言っているのは分かってるわ。けど、貴女も分かってるでしょ? 海の上で戦うのがどれほど厄介か」


 思い出されるのは二度目の大型と戦ったあの戦いだろう。こちらは不安定な足場にも関わらず、敵の攻撃は激しさを増すばかり。防御にも攻撃にも苦労したあの戦いを、ここにきて再現したいなどと思う人間はいまい。


「多少、無茶をする事になりますが? 最悪、候補生の部隊に中型を押し付ける事になりますよ?」

「その時はその時よ。彼女達の戦闘経験はともかく、洸珠自体は中型を相手にしても押し負けない程度の出力はあるわ。問題無いとは言い切れないけど、その時は後ろにいる部隊にもフォローに入ってもらうから大丈夫よ」

「承知しました」

「他に質問は無い?」


 菫が一同を見回す。顔つきに違いはあれど、皆一様に決意に満ちた表情をしている。


「それじゃあ、配置に就いて、その時が来るまで待機」


『了解』


 固まっていた一同がそれぞれ自身の向かうべき方向へと足を向ける。そんな彼女達に後を和沙が付いていこうとした時、ふと背後から声をかけられる。


「……この戦いが終わったら、色々と話したい事がある。今までの事、そしてこれからの事を」


 真っ当な会話等、もう交わす事など無いと思っていた。だが、親の心子知らず。義理ではあるが、和佐は息子だ。親が息子を心配しない道理など無い。ましてや、それが過去に癒しきれない深い傷を負った子ならなおさら。


「……」


 和佐は何も言わず、そのまま拠点から出て行こうとする。が、しかしその足が止まった。


「……昔話はもう沢山だ。話す気があるなら、先の事だけにしてもらおうか」


 それだけ口にすると、後はもう足を止める事は無かった。

 残された時彦は、一瞬驚いた様子を見せたが、そのすぐ後には安堵の表情が浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る