第9話 初戦闘 前

 端末に表示されたポイントに到着した一同は、周辺の警備をしていた警官に、自身が巫女であると証明し、今回の襲撃の対策班班長だと思われる若い男性に話し掛ける。


「どんな感じ?」


 開口一番、凪が現状を問いかける。対して、班長は落ち着いた様子で答えた。


「数は中型が一体、小型が五体ほどです。今はまだ、積極的にこちらに向かって来てはいません」

「中型一体、小型が五体、か……。初陣としてはこれ以上ないシチュエーションね」

「はい?」


 チラリ、と凪が和佐を見る。その視線の意味が分からない対策班班長。


「いや、何でも無いわ。それじゃ、こっちが中に入ってる間、外は頼むわね」

「お任せを」


 実に心強い。見た目が若いから、と思っていたが、なかなかに弁えているようだ。

皆の元に戻った凪は、現状と、これから自分たちがやるべき事を伝える。


「どうでした?」

「中型が一、後は小型が五、だってさ」

「規模としては大した事はありませんね。これなら、初めてでもどうにかなるのでは?」


 七瀬もまた、和佐を横目で見やる。が、当の本人に、緊張している様子は見られない。


「どうにかなる、ね……。ちょっと心配だけど、これも経験か。よし! 七瀬、風見は私に付いてきなさい。あんた達と私は、中型を討伐しに行くわ。日向、仍美と和佐は小型の始末。頼んだわよ」

「あれ? そういえば鈴音はどうするんですか?」


 凪の振り分けたメンバーの中に鈴音がいない。彼女も候補生という立場であり、訓練を積んでいる以上、戦うこと自体は出来るはずだ。


「候補生は専用の洸珠を持っていないから、こういった突発的な戦闘には参加出来ないんです」

「そうだったのか……」

「ですので、ここで皆さんの無事を祈っています」

「大丈夫よ。この程度なら、経験を積んだベテラン巫女にとっちゃ、ウォーミングアップ程度だもの」

「ふふ……、では、快勝するように祈る事に変えておきますね。あ、あと、仍美さん」

「は、はい」

「兄さんの事、お願いします」


 一瞬、仍美は何を言われているのか分からない、といった表情を作ったが、すぐにその意味を理解したのか、力強く頷く。


「それじゃ、全員準備は出来てるわね。出来てないなんて言わせないわよ!」

『はい!』


覇気の満ちた返事が辺りに響き渡る。


「状況、開始!」


凪の号令と同時に、各々が変身、光に包まれたまま駆け出す。 変身が完了すると、先ほど振られた通りに分かれ、それぞれが指定された地点へと向かう。

ある程度走っていると、先行して先を確認していた日向が、止まるように合図する。


「どうしたんだ?」


壁に張り付き、曲がり角の向こう側を覗き込むようにしている日向。その視線の先にいたのは、異形としか言えない姿のモノ。四足歩行のモノが四体と、二足歩行だが、背中の触手で歩行しているモノが一体。そのどれもがどす黒い外殻で覆われ、体の至るところに青や赤の線が入っている。

 それらが、まるで這いずるような音を立てながら、こちらにむかって進んできていた。


「小型が固まって移動してるので、前から私と和佐先輩、後ろから仍美ちゃんが奇襲をかけて一気に倒しちゃいましょう」

「挟撃って事か? 後ろにはどうやって回るんだ?」

「そこは仍美ちゃんの得意分野ですよ」


 日向の後ろで待機していた和佐だが、いつの間にか、自身の背後にいたはずの仍美が姿を消している。


『背中を取りました』


 端末から聞こえてきたのは、いつもの仍美の小さな声。だが、今日のそれは、普段の自信無さげなものではなく、冷静沈着で、どことなく背筋に寒気が走るものだ。


「それじゃ、行きますよ。ひっとあんどあうぇいですからね!」

「了解。いつでもオッケーだ」


 少しおかしな発音になっている事に気づいていないのか、和佐が小さな笑いを堪えながら答える。


「ゴー!」


 言うが早いか、自身の合図よりも早く飛び出した日向が、先頭の四足歩行の温羅に攻撃を仕掛ける。

 棍の先が四足歩行温羅の横腹にクリーンヒットしよろけたが、行動不能には至っていない。


「はぁっ!!」

 そこに、気合い一閃。直ぐさま後ろに下がった日向の横から、和佐が飛び出して長刀を唐竹割りのように、上段から振り下ろした。


「■■■■■■!」

 

  断末魔が上がるが、一切の抵抗を許さず、一体目が倒れる。初陣でいきなり撃破。この快挙に酔ったのか、一瞬和佐の動きが止まる。


「下がって!!」


 襟元を掴まれ、後ろに引っ張られる。その勢いで転がるが、後転の要領で直ぐさま起き上がった。見ると、今の今までまで和沙が立っていた場所に、二本足の温羅の触手が深々と刺さっていた。


「うわぁ……」


 おそらく、掠ったとしても無視出来ないダメージを負うのは必然だろう。直撃などすれば、目も当てられない事になるのは明白だ。


「倒したら下がる! あれだけ言われたはずですよ!」

「すまん。あと、次からは気を付ける」

「今から!!」


 まるで自動小銃のように放たれる触手を掻い潜る日向。だが、触手温羅に攻撃が届かない。

 しかし、日向が一番厄介な触手温羅を引き付けているおかげで、後ろの四足歩行二体を仍美が難なく倒していた。

 残り一体となった四足が、触手に気を取られている日向を闇討ちしようと、横から襲い掛かった。


「踏み……込む!!」


 しかし、それを後方から見ていた和沙が許さない。長刀の刀身が火花が走るほど地面擦れ擦れを滑らせ、四足の首を刎ねる勢いで斬り上げる。


「■■■!」


 直撃、だが……


「浅い!?」


 振り下ろした時よりも勢いが足りなかったのか、固い外殻に阻まれ、壁に叩きつけるだけに終わる。


「……なら!!」


 長刀を振り上げた体勢のまま、もう一歩、大きく踏み込む。そして、四足が和沙に飛び掛かってくるのと同時に振り下ろした。

 撫で斬りにする、と言うよりも、叩き斬る、といった表現の方が合う一撃を受けた四足は、地面に出来た小さなクレーターの中で霧散していった。


「……ふぅ。っとと、残り一体!」


 一息吐こうと、一瞬気を抜きかけたが、すぐさまもう一体の事を思い出し、刀を構えて後ろに下がる。


「■■■……」


 ……下がったが、どうやら杞憂に終わったようだ。あの高速で放たれる触手でも、二人掛かりとなると厳しかったらしい。仍美が背後から二本の短刀で止めを刺していた。

 そのまま、触手温羅が霧散するまで二人はその場を離れなかったが、消失したことを確認すると、和佐のいる場所まで戻ってきた。


「……ひっとあんどあうぇいじゃなかったですね」

「う……、え~っと、まぁほら、倒したんだから結果オーライってことで。……ダメ?」

「別に~、いいんですよ~、倒したんだったら~。でも、なんで先生がその戦い方に拘るのか、ちょっとは考えてください!」

「わ、分かったよ……。でも、頼むから、この事を報告するのは勘弁してくれ……」

「……。いいですよ、私は言わないです」

「あはは……」


 むくれた日向を前に、ホッと胸を撫で下ろす和沙と、それを眺めながら苦笑いを浮かべる仍美。未だ課題は多いが、とりあえず、初陣は快勝となった。

 そう、思っていた時、路地に響く電子音。それは、日向の端末から発せられていた。


『あ、あー、日向、聞こえる?』

「はい、聞こえてます。どうしたんですか、先輩?」

『そっちの状況教えてくれる?』

「こっちに来てた温羅は全部倒しました?。和佐先輩も頑張ったんですよ。二体も叩き潰しちゃいました」

『そ、お疲れ様。で、ちょっと悪いんだけど、こっちに合流してくれる? この中型、想像以上にメンドくさくってねぇ』

「分かりました。すぐそっちに行きますね」

『頼んだわよ?』


 通話が切れる。終わる寸前、何やら轟音のようなモノが聞こえたが、向こうはいったいどうなっているのか。


「と、いうわけで、移動します!」

「……なんか、不穏な音が聞こえた気がするんだけど」

「いつものことですよ」

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