第8話 束の間の安息とは? 後

「で、何故ここにいる?」


 和佐の疑問は場所に対してではない。目の前にいる人物に対してだ。


「いえ、兄さんの一大事だと聞きましたので、急いで参りました」

「その割には全く焦ってる様子は無いし、むしろ笑ってるし!」


 何故か一行が向かったショッピングモールの前で待っていた鈴音。彼女は満面の笑みで全員を迎え、ウンザリとした表情の和沙に並ぶ。


「ふふん、これはいい仕事をしたと言わざるを得ないわね!」

「あんたのせいかあ!!」

「まぁまぁ兄さん。あ、お久しぶりです日向先輩、七瀬先輩」

「久しぶりだね!」

「お久しぶりですね」


 和佐を宥めるのもほどほどにした鈴音は、彼女達の後ろに付くようにしてついていく。


「ね、ね、あたしは!?」

「風美さんは毎日クラスで会ってるでしょう。ですが、仍美さんとは別のクラスですね」

「あ、はい。よろしくお願いします……」


 何故か鈴音に対してよそよそしい態度をとる仍美。


「はぁ、仍美~。あんたまだ鈴音に対して苦手意識が抜けてないの?」

「おや、苦手だったんですか?」

「い、いや、そうじゃなくて……」


 わたわたと手を顔の前で振る様子を見ると、日向とは別の意味での小動物っぽさを感じる。


「えっと、その……、鴻川さんって大人っぽいじゃないですか。見た目も、性格も。だからちょっと意識しちゃうっていうか……。それに、鴻川さんが候補生なのに、私が本隊にいるなんておかしいし……」


 確かに、仍美の見た目は子供っぽく、その性格も相まって歳相応に見える事はあっても、大人びている、とは言えない。反対に、鈴音はその歳の割に発育が良く、また落ち着いた性格をしているため、本来の年齢よりも高く見られる。……自宅にいる時を除いて、だが。


「あんたねぇ……」

「それは違いますよ、仍美さん」

「はえ?」

「見た目や性格なんて問題ではありません。あなたが本隊にいる、と言うことは、私よりも優れている、という証明になります。……はっきり言って、私にはまだその権利がありません。いつかは追いついてみせる、とは思っていますが、今はまだその背中には遠い。……分かりますか? あなたが私に負い目を感じるのは、私を侮辱している事と同じです。もし、私に思うところがあるのなら、負い目を感じるのではなく、むしろ挑戦を待ち構えるくらいの気持ちでいてください。その方が、私もやりがいがありますから」


 鈴音は仍美の心の内を否定する。しかし、それはただの否定ではない。それは彼女の実力が確かな物であること、そして自身の超えるべき存在であることを自覚させるものだ。

 なるほど、大人びている部分は確かに存在する。が、それ以上に彼女は年相応の対抗心を持ち合わせていた。

 無言で頷く仍美を見た鈴音は、満足そうに笑みを浮かべた。


「さて、問題は解決した?」

「も、問題っていうほどのものではありませんけど……」

「むしろ、距離が縮まりました。これだけでも収穫があったというものです」

「それは良かった。でもね、そろそろ行かないと、うちのじゃじゃ馬娘が暴走しそうなのと、仏頂面の王子様が逃走を図りかねないの」

「それは大変ですね」

「嬉しそうに言うことかな、それ」

「あははは……」


 苦笑いをする仍美の視界の端では、一人で突っ走りかけている風美の首根っこを掴む七瀬と、和佐を宥めている日向が映っていた。


「よし、それじゃしゅっぱーつ」

「しんこーう」


 一行は意気揚々とショッピングモールの中へと入っていく。

 週末、学校は午前中で終わり、仕事が休日の所も多く、かなり混雑している。この地域で最も大きなショッピングモールなだけあり、入っている店も様々だ。

 客は主に女性客が多く、その理由としては、やはり洋服店が多いからだろう。そこかしこにウインドウショッピングを楽しむ女性客が見える。

 巫女隊に所属する彼女達も、本来であればそういった店を周りながら、他の女性客のように服を見て回るのが普通なのだろうが……。そうは問屋が卸さない。


「さぁ、ここよ!」


 一行が辿り着いたのは、一見すると少し豪華なファミレスだ。が、表に出ている看板メニューを見て、和佐の頬を引き攣る。


『極上ステーキ、十人前食べたら賞金10万円!』


「無理だ!!」


 踵を返そうとする和沙を逃げられないように、凪がすぐさま首元を捕まえる。


「大丈夫よ、流石にこれを食べろとは言わないわ。他にもいっぱいあるから、遠慮せずにどれでも好きなの頼みなさい!」


 他のメニューに目を移す。が、どれもこれもボリュームを追究したような物ばかりで全くと言っていいほど和沙の食指は動かない。


「さぁ、行きましょー」


 気乗りがしない和沙だが、抵抗したところで凪の腕っぷしに敵うはずもなく、そのまま無抵抗で店の中へと連れ込まれていく。

 背景でドナドナがかかってそうな哀愁漂う姿が店内へと消えていった。



「うぅえぇ……、食べ過ぎ……うぷ」


 店から出てきた一同。それぞれが満足そうな表情をしている中、和佐だけは青い顔で壁に手を付いていた。


「兄さん、頑張ってください」


 鈴音が励ますも、しばらく動けそうにない和沙は、手頃な場所にベンチを見つけ、そこに座り込む。


「何よ、だらしないわね~。あの程度でダウン?」

「先輩、俺の倍は食べてたもんな……。あれがどうすればその体に収まりきるんだよ……」

「先輩、すごかったですね~」


 和佐が言った通り、凪の食べた量は和沙の倍以上。普通に考えれば、女子高生が食べる量ではない。


「いやぁ、訓練の後だからお腹減っちゃってさぁ。ついついこう、ガッツリとね」

「そんなに沢山食べてると、どんどん下腹部にお肉が……」

「いいの! 私は全部ここに栄養が行くからいいの!」


 そう言って胸を張る。確かに、同年代の少女達に比べると大きいが、そもそも戦闘を行う巫女としてはどうなのか。


「これだけ大きかったら、もう盾要らないね。肉壁だね!」

「だまらっしゃい!!」


 風美の悪意の無い一言が、凪を涙目にしてしまう。泣くぐらいなら摂取量を抑えればいいのに、とはここにいる誰もが思っているだろう。


「こ、コホン。それじゃ、ちょっと腹ごなしにウインドウショッピングと行きましょうか」

「そうだね、どこ行こうか?」


 流石に見かねた七瀬がそう提案し、それに乗っかる日向。多少、凪の気分も晴れているような気がする。


「お、俺はしばらくここで休んでる……」

「ダメー!」

「ぐおっ……、ぐぇ!?」


 休憩しようとしていた和沙を、後ろから引っ張ったのは風美だ。そのまま後ろに転げ落ち、鈍い音が響き渡る。


「お、お姉ちゃん! 駄目だよ、そんな事しちゃ!」

「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ……。食事後の軽い運動にしては、少々ダメージがでかすぎ……、分かった、分かったからついていくから離してぇ!!」

「おー、和佐先輩、ついてくるってさ!」

「ナイスよ! さぁ、女の子のショッピングと言うものをその身に叩き込んであげるわ!!」

「勘弁してくれ~……」


 同情の目は向けられるものの、誰一人として助けてくれる者がいないのが悲しい事実である。

 ショッピング、ということで、彼女達も年頃の女の子だ。当然、向かう場所は決まっている。


「スポーツショップ!」

「何でですか!!」


 突っ込んでから、頭を振って自身を落ち着かせようとするが、目の前の光景は七瀬の許容量をオーバーしているのか、すぐに諦めたような目になる。

 そして、小物でもなく、服でもなく、真っ先にスポーツショップを選んだ凪はというと、一目散にダンベルのある場所に向かう。……あれは本当に女子高生なのか。


「いや、ほら、私って武器が大盾じゃない? だから、少しでも腕力を付けようと思ってさ」

「いえ、変身すれば、御装の効果で身体能力は大幅に上昇するはずですが……」

「いいの! 私はトレーニングが好きなの! 決してダイエットの為じゃないの!」

「脂肪を燃焼するのは有酸素運動であって、無酸素運動である筋肉トレーニングでは脂肪は消費しないのですが……」

「やめて! 私のささやかな努力を否定しないで!」


 泣き崩れる凪の横では、日向と風美が色々とトレーニング用具を見ている。意外とこの二人は興味があるようだ。が、七瀬と仍美に関しては、特に関心が無いのか、そこまで商品に気が行っていない。


「とりあえず、ここはまた今度にして、服でも見に行きましょう。凪先輩のスタイルは、今のままでも十分魅力的ですよ」

「うん……」


 鈴音にフォローを入れられ、手を引かれながらショップを出ていく。これではどちらが年上か分かったもんじゃない。


「そういえば、夏物の服が無かったので、買っておかないといけませんね」

「え? もしかして、毎年買ってんの……?」

「私の、ではありません。兄さんのです」

「あぁ、そういえば……」


 和佐の服は現状、退院する時に用意してもらったものと学生服、家で着る簡単な物しか無い。本人はその時になれば買えばいい、と思っているのか、今の家に来てから一度も服を買っていない。買う必要がある場面が無いためだ。


「別にいいよ。夏になったら買えば」

「駄目です。トレンドというものがありますし、こういう物は早めに買っておいて損はありません」

「うげぇ……。じゃあ、ちょっと、今から適当に買ってくるから……」

「一緒に行きます」

「え。でも、ほら、他のみんなが面白くないと思うし、俺一人でも……」

「え、何? 和佐を着せ替えするの?」

「お~、面白そう」

「動きやすい恰好なら任せて!」

「なら、ここで恥の一つでもかいてもらいましょうか……」


 逃げ道が無くなった。


「それでは、行きましょうか」

「何でこうなるんだ……」


 本日何度目かの連行。最早、和佐には自由意志など与えられていないようだ。そのまま紳士服売り場まで連れていかれ、周囲から奇異の目で見られながら、次から次へとその手に服が載せられていく。


「あの……」

「何ですか、兄さん。今忙しいので後にして下さい。あ、こっちも良くないですか?」

「いいじゃない。んじゃ、こっちも追加で」

「これはこれは? アロハ?」

「時期的には申し分ありませんが、なにぶん場所が場所なので、それは合いそうにないですね」

「そっか?、残念」

「……普通、こういう着せ替えイベントの対象って、女の子がメインだと思うんですが」

「あ、あはは……」

「はぁ……」


呆れたような表情を浮かべる七瀬、乾いた笑いを漏らす仍美、そして重苦しい溜息を吐く和佐は、何故か紳士服売り場で、男性用の服を物色している少女達から離れてその様子を見ていた。

案の定、周りの男性客からは、奇異の目で見られている。所在なさげに縮こまるのも仕方がないというものだ。


「それじゃあ、兄さん、次はこれをお願いします」

「えぇ……」


何故女性は、服装に関してここまで拘りを見せるのか。

渋々渡された服を持って試着室へと向かう。中に入り、服を脱ごうとしたその時、遠くの方で何かが鳴り響いている音が聞こえた。


「何の音?」


試着室から出ると、何やら慌ただしい。周りにいた客たちが一斉に何処かへ向かって行く。


「うわっ!?」


状況を確認しようと、鈴音達の元へ行こうとした瞬間、ポケットからこれまた焦燥感を煽る音が鳴った。それは、ポケットに入れていた端末から鳴っているようだ。

アラームなど、この時間に設定している筈もない。端末の画面を表示させた和佐は、そこに表示されている文字を見て、首を傾げた。


「緊急事態……?」

「あ、いたいた。そんなとこで何やってんの」

「え? あぁ、何か、変な画面が出てきて……」

「緊急招集よ。準備しなさい」


こうして、和佐の半休は終わりを告げた。

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