第7話 束の間の安息とは? 前

 初の訓練と阿鼻叫喚の歓迎会から二週間。授業が午前中しかない所謂半ドン、と呼ばれる週末。巫女隊のメンバーは、空いた午後の時間を利用して戦闘訓練を行っていた。

 戦闘経験が無く、当初は出遅れたスタートの差を、何とか埋められるように四苦八苦していた和沙だったが、ほぼ毎日行われていた訓練のおかげで、何とか形にはなってきていた。


「次、行くわよ」

「はい!」


 大盾を構えた凪の後ろにぴったりと張り付く七瀬。その手は、すぐさま射れるように常に大弓の弦を引き絞っていた。


「今!」

「はい!」


 凪が全力で的に近づき、射程内に入ったと同時に、七瀬と位置を入れ替える。正面を向いた七瀬は、即座に照準を付け、的に向かって矢を放った。


「流石だな……」


 矢は一切の誤差も無く、的の中心を射抜いていた。ガードの内側という、視界が完全に塞がった状態からの射撃。彼女の腕と、対応速度の速さが尋常ではないことが垣間見える。


「和沙先輩、次行きますよ~」

「あぁ、うん。分かった」


 日向に呼ばれ、和佐は自身の訓練に意識を向ける。

 和佐の武器は長刀。扱いが難しいため、普通に扱おうとしても、逆に和沙自身が振り回される可能性が高い。頼みの綱であった鈴音も、流石に和沙の長刀を見た瞬間、教えられる事はほとんど無い、と言い、結局教えてもらったのは構え方程度だった。

 なら、独自に使い方を考えるしかない。それを考えた結果、この戦い方に落ち着いた。

 ガコン、と重い音が鳴り、厚さ10センチ以上はありそうな壁が現れる。それに向かって、日向が自身の身長よりももう一回りほどの長さを持つ棍を振り下ろす。


「はあああああああああ!!」


 猛ラッシュ。まるで、そのまま壁を叩き潰そうとするかのような勢いで攻撃を続けていく。すると……


「っ! 今!!」


 壁だと思われていたそれは、いきなりちょうど真ん中から左右に分かれ、的を露出させる。それを見た瞬間、日向が後ろに下がり、その真上を飛び越しながら、和佐が長刀を的に向かって振り下ろす。


「はぁっ!!」


 長刀が地面に勢いよくぶつかり、火花が散る。的はと言うと……


「おぉ、真っ二つだ」


 見事、真ん中から両断されていた。

 和佐の考えた戦い方とはこの事だ。ヒット&アウェイ。長刀の重さとリーチを生かした戦法。ほぼ常に誰かと一緒にいる必要はあるものの、被害が少なく、ダメージを与えるのも一瞬ということで、これが採用された。


「何をしてるの! 対象を倒したらすぐに下がりなさい! 日向さんも、前に出る!!」

「は、はい!」

「す、すみません……」


 とはいえ、完成にはまだほど遠かった。撃破するまではいいが、その後の動きに精細を欠いている。それが菫の評価だ。


「和沙君は後衛のつもりで。後衛がダラダラと前でやるわけにはいかないでしょ? 日向さんは、和佐君と違ってずっと敵に張り付いていないと。あなたの攻撃速度は隊内でも一番なのだから、常に敵にダメージを与え続けるつもりでやりなさい」

「はい」

「はい……」


 日向の返事は普通だったが、和佐はどこか覇気が無い。と言うより、疲れているようにも見える。


「和沙君、睡眠はしっかりとってる?」

「一応……。家の人があまり夜更かしとか許してくれないんで」

「慣れない事をしているせいかしら……。それとも変にプレッシャーをかけてたり……?」


 菫が和沙の状態を分析していると、自分の訓練が終わったのか、それとも休憩に入ったのか、凪が和沙達の元へとやってきた。


「あんた、また食べてないんじゃないの?」

「うぐっ……」

「どういうこと?」


 菫が初耳だ、とでも言うように聞き返す。


「この子、普通の人より食べる量が少ないのよ。今日もまともに食べてないんじゃないの?」

「そうなの? 和佐君」

「……どうしても無理、ってわけじゃないんです。ただ、あまり食べる気がしないと言うか、何と言うか……」


 呟くように言うあたり、これでは駄目だという意識はあったのだろう。とはいえ、少食をそう簡単に変える事などできない。いや、食べられないわけではないので、厳密には少食ではないのだが。


「はぁ……、ロクに食べていないことは分かったわ。でも、それでは根本的な解決にはならないから、鴻川家に連絡を入れさせてもらいます」

「いぃ……。それだけはご勘弁を……」

「ダメです。全く、成長期に必要な栄養を摂らないで強くなるわけないじゃないの」


 尤もだ。これに関して、和佐を擁護できる者はいないだろう。


「ねぇねぇ、食べるのが苦手なら、慣れればいいんじゃないか?」

「それが簡単にいけば苦労はしないんだよ……」


 日向の提案はシンプル且つ最も効果のある方法だが、和佐の言う通り、それが可能なら既にこの問題は解決している。


「日向、それよ」


 しかし、この凪という少女には、そんな事情が通用するはずもない。指を鳴らしてウインクをするその姿に、和佐は言いようのない不安を感じていた。


「何々? なんの話?」


 そこにやって来たのは、風美と仍美の双子コンビ。二人もようやく訓練が終わったのだろう、和佐達の話に混ざろうとしてくる。


「風美、久しぶりにあそこに行こうと思うんだけど、どう?」

「ほんと? やったぁ!!」

「お姉ちゃん、元気だね……」


 凪の話がそこまで嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと跳ねる風美に対して、仍美は酷く疲れた顔をしている。風美に大分振り回されたのだろう。


「なんか嫌な方向に話が持っていかれてる気がするんですけど……」

「恨むなら、日頃の体調管理を怠っている自分を恨んでください」

「ぐぅ……」


 相も変わらず、七瀬の和沙に対する態度は軟化しない。いや、今回の件については、完全に和沙の自業自得なのだが。


「と、言うわけで、今日の訓練は終わり!! 今から街に繰り出します!」

「はぁ……、まだ訓練を始めて二時間程しか経っていないのだけれど。今のままでは、和佐君の戦力は大して期待できないわよ」

「形にはなってきてるんだからへーきへーき。それに、訓練を続けようにも、当の本人がスタミナ切れじゃーねー」

「それもそうね……。今のまま続けても、効率は低いまま、なら、休養を入れて、次の訓練からもっと頑張ってもらう方がいいわね」

「そういうこと。英気を養うのも訓練の一環、ってね。ほらほら、さっさと準備する」

「また連行されるのか……」


 相も変わらず首根っこを掴まれて連れていかれる和沙。この扱いが改善する事はあるのだろうか?


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