第6話 訓練? 後


 放課後、部室に到着した和佐を待っていたのは、むくれた表情を顔に張り付かせた七瀬と、それを宥める日向だった。

 室内を見回しても、他には誰もいない


「遅いです!!」


 開口一番、激昂とまではいかないものの、かなり怒っているのが見て取れる。


「……俺、なんかした?」


 傍にいた日向に小声で問いかけても、小さく苦笑いしか返ってこない。彼女もこの事態を上手く理解しきれていないようだ。


「言葉通りの意味です! 遅い! それだけ!」


 代わりに、当の本人が説明してくれる。


「そう言われてもなぁ…。特に寄り道はしなかったし、そこまで言われるほどじゃ」

「私と同じ時間、同じタイミングで終わっておきながら、私よりも遅いのが問題なんです!」

「あぁ、そういえば同じクラスだったっけ」

「あれ、知らなかったんですか?」

「あんまりクラスの人とは喋らなくてさ……」


 この場では何かある毎に突っかかってくる七瀬だが、クラスでは面倒見が良いお嬢さま風の生徒で通っている。実際、水窪家は名家の一つに数えられているが、和佐の目の前ではこうなるので、あまり信じられずにいた。


「とにかく! 他のみんなはもう行っちゃいましたから、私たちも行きますよ!」

「はーい」


 七瀬の先導で、どこかに連れて行かれるようだ。


「そういえば、藤枝先輩から訓練って聞いたけど、何をするんだ?」


 二人の後をついて行きながら、和佐が問いかける。


「色々ですよ、色々」


 日向が後ろ手を組みながら、和佐の方へと振り向く。


「色々って……」

「それぞれの役目に合った訓練……、って言っても分かりませんね。要は戦闘訓練です。ほら日向、ちゃんと前を向いて歩きなさい。すぐ転ぶんだから」

「はーい」

「戦闘訓練、かぁ……」


 小動物チックな雰囲気を醸し出す日向の後ろ姿を眺めながら、小さく呟く。


「何ですか? もしかして不満なんですか?」

「ん? あぁ、いや、不満とかじゃないよ。ただ、改めて実感しただけだよ。巫女なんだなぁ……って」

「男なのに巫女とはどういうことだ! とか言わないんですね」

「もうそれやったよ」

「おや、それは残念」


 七瀬と日向に連れられ、学校から少し歩いた場所にやって来る。そこは、市が運営するスポーツ施設だった。


「着きましたよ。ここが目的地です」


 和佐を一瞥すらせずに、七瀬は施設の中に入っていく。その後を慌てて追いかける二人。


「随分遅かったじゃない」


 そこで待っていたのは、何やら特殊な衣装に身を包んだ残りの三人と、監督役の菫だ。


「遅れてすみません。新入りの到着が遅かったもので」

「一緒のクラスなんだから、最初から案内してくれてもいいと思うんだけど……」

「ッ!」


 睨まれた。険しい顔つきではないため、余計に恐怖が増す。睨まれた和佐は思わずその場で縮こまる。


「そこまで。時間には間に合っているのだから、そこまで気にすることもないでしょう。訓練を始める前に、和佐君、これを」

「?? 何ですか、これ」


 手渡されたのは二つ折りになったカードのようなもの。大きさ的には手のひらよりもふた回り程小さい。開いてみると、特に何も表示されない。そう思った瞬間、


「うわっ!?」


 画面が飛び出てきた。ついでに、その拍子に驚き、その場に落としかけたが、なんとか受け止める事に成功する。


「あなたの端末よ。以前、鴻川支部長に頼まれていたものがようやく届いたの」

「た、端末? 何の?」

「ソリッドインテリジェントデバイス。携帯電話なんかの機能もあるから、ソリッドフォンとか、SID―シドっていうのが一般的な通称よ。あまり私は好きではないけれど」

「はー……」


 空間に画面を投影しているそれは、指一本で色んなコンテンツが選択できる。物珍しげに見る和沙だったが、周りの状況を思い出し、すぐにそれを懐にしまう。


「意外と自制が効くのね。普通の人なら、周囲の事なんてそっちのけで弄り回すものなのに」

「ね~、まだ~?」

「ちょっとお姉ちゃん」


 感心している菫とは別に、風美が痺れを切らしたかのような声を上げる。それを諫める仍美だったが、彼女もどこか待ちくたびれているようにも見えた。


「そうね。じゃ、そろそろ始めますか。日向、七瀬、変身を」

「はーい」

「分かりました」


 凪が声をかけると、和佐の後ろにいた二人から突如として突風のようなものが発生し、それが治まったころには、こちらも先行していた三人と同じく見たことの無い衣装に身を包んでいた。


「え? えええええええ!?」

「そりゃあ驚くわよねぇ」


 突如として目の当たりにした光景に、和佐は驚愕を隠せない。だが、凪は致し方なし、といった様子で和沙に説明をする。


「これが、私達”神奈備ノ巫女”の戦闘装束。私達は”御装みそう”って呼んでる。まぁ、シンプルに言えば作業着みたいなものね」

「いや、あの、そういうことじゃなくて……。一瞬で、着替え、た……?」

「あぁ、そういうこと。まぁ、そうね、私も詳しい仕組みなんかは分からないんだけど、あんたも持ってるこの洸珠、この洸珠には巫女の力が格納してあってね、それを引き出す事でこの御装に変身することが出来るの」

「変、身……?」

「そ、変身。ま、物は試しってね。あんたもやってみなさい」

「やってみろったって……」


 首から下げた洸珠を取り出す。洸珠は鈍く煌めくだけで、これといって反応は示していない。入院中、菫に持たされた時は確かに光を放ったのに、今はうんともすんとも言わない。


「これ、なんかポーズとかいるんですか?」

「ん~、人によってはいる場合もあるかな? でも、そんなのって稀だと思うわよ。普通は念じるとかだし、一度変身しちゃえば、意識するだけで反応するようになるし」

「念じる、念じる……」


 手をかざして、まるで気でも送っているかのような仕草をとってもやはり洸珠からの反応は無い。


「もしかして、あの光ったのって偶々だったんじゃ……」


 ぼそりとそう呟いたとき、横から七瀬の手が和沙の手を掴んだ。


「もっと落ち着いて下さい。深呼吸をして、もっと心を落ち着かせて」

「あ、あぁ、うん」


 流石に見かねたのか、まるで指導するような口調で指示し、その通りにする和沙。大きく深呼吸をし、改めて洸珠を見返す。


「掌で洸珠を感じてください。目は閉じて、ゆっくりと自分の息遣いに耳を凝らして……」


 目を閉じ、自身の息遣いに全神経を集中させているのか、呼吸音すらも聞こえなくなる。

 果たして、その瞼の裏では何が見えているのか。

 やがて、その目をがうっすらと開いていく。


「見えましたか?」


 七瀬のその言葉に、和佐は小さく頷く。洸珠を前に翳しながら、言葉を紡ぐ。


火雷大神ほのいかづちのおおかみより、御力おんちからたまわりたてまつる」


 そう、呟くように発すると、洸珠が淡く光る。その輝きは、時間が経つごとに強くなっていく。

そして、まるでその場で刀を振るうかのように洸珠を持った手を斜めに一閃した。

その瞬間、和佐の体は洸珠を持った手から徐々に輝きを放ち、その光が治る頃には、その姿は別物になっていた。


「で、出来た……?」

「おぉ!様になってるじゃない」

「やれば出来るじゃないですか」


各々から賛辞の言葉を受けながら、感触を確かめるかのように左手を握ったり開いたりしている。そして、右手はというと……


「何それかっこいい!!」


先ほどまで洸珠を握っていた右手には、身の丈ほどの大きさを持つ長刀が握られていた。


「まぁた随分な癖物を使うのねぇ……」

「癖物って……、うわ、重っ!?」


流石に片手で扱うには重すぎるのか、すぐに左手で支える。その様子を風見がキラキラと輝いた目で見ている。


「それカッコいい!! あたしのと交換しよ!」

「交換って、あんたねぇ……。まぁ、いいわ。これでようやく訓練が始められるわね」


そこで和佐は思い出す。変身は目的ではなく、前提条件だということを。


「とりあえず、新入りの和佐には、今の状態で出来ることを一通り教えておくわ。その他はこの間言った通り、コンビネーションの見直しよ」

「えぇ?、またあんな地味な事するのぉ?」

「はぁ……、お姉ちゃん、そんなこと言って、この前むやみやたらに突っ込んで怪我した事忘れたの?」

「そうだっけ?」

「あんたねぇ……、あの後あんだけ言ったってのにそれを忘れたっていうの!?」

「はいはい、そこまで。ひとまず、やることは決まったのだから、今日はこのまま進行します。いいわね?」

「はい」

「は~い」

「はい……」

「はい!」

「了解」


 菫が仕切り、四人が屋外の体育場へと向かう。だが、凪と菫の進行方向は逆に屋内へと向かっていた。その後に続く和沙。

 やってきた場所は屋内練習場の一つ。三人、いや、菫は加わらない為、正確には二人―が使用するには些か広すぎる場所だ。ここで何を使用というのか。


「それじゃあ、まず、基本的な事から教えるわね。あ、それと、その刀は仕舞いなさい。邪魔になるから」

「仕舞うって……、あ、こんな感じか」


 どうやら先ほど凪が言っていたように、一度変身さえしてしまえば、意識するだけで反応する。それは、変身だけではなく、武装の格納も同じのようだ。


「まず一つ目は、”結界”。私達のこの姿、”御装”の状態だと、着ていない時より格段に防御力が上がる。それこそ、自動車が激突してきても、多少痛い程度で済むくらいにはね。だから、小型の温羅だと、この”御装”の防御力でごり押ししようと思えば出来るんだけど、中型以上はそうはいかない。自動車どころか、ミサイル並の威力の攻撃を放ってくる奴もいる。当然、この”御装”はミサイルの前じゃ紙切れのようなもんね。そういった攻撃を防ぐ時に使うのが、”結界”なの」


 そう言って、凪が自身の左手を前に翳すと、掌から文様の入った陣のような物が展開される。一見すると、陣に厚みは無く、その気になれば簡単に破れそうにも見える。


「それじゃ、実践行ってみようか」


 凪の声に合わせて、いつの間に持っていたのか、菫が手元のリモコンを操作する。すると、今三人がいる反対側に何かの装置が出現する。どうやら、球技等で使用する、自動で球を打ち出す装置のようだ。なのだが、普段はゴムボールや、スポーツで使用する専用の球がセットされているその場所には、何やら黒光りする物体が鎮座している。


「行くわよ」

「どんと来い!」


 菫は号令をかけると、和佐の腕を掴んで凪から離れる。その瞬間、例の装置から勢いよく、セットされた球が発射された。

 が、次の瞬間には、鈍い音を立てて床を転がっていた。―凪の足元に、だが。


「いやぁ、やっぱり結構来るわね、これ。何キロ出てるんだっけ?」

「今設定されてるのは140キロだったかしら? そこまで早くはないわね」


 和佐が凪の足元に転がっている球を持ち上げる。特に重さを感じないのか、首を傾げているが、どう見てもその材質はゴムや木ではない。


「今は洸珠の力で身体能力が強化されてるから簡単に持てるけど、それ、50キロあるから」

「ごじゅっ!?」


 驚愕する。自身が50キロを片手で持てている事に、ではなく、そんな鉄球が140キロの速度で飛んでくるのだ。驚きだけではなく、恐怖を感じてもおかしくはない。


「温羅の攻撃ってもっと重いから、ホントはもっと強力な物がほしいんだけどね~」

「これ以上となると周りへの被害が出かねないから却下よ」

「まぁ、そうよねぇ……。とりあえず、こんな感じ。分かった?」

「わ、分かったのは分かりましたけど、出来るかどうか」

「簡単よ。掌に神経集中させて、防ぐイメージを頭で思い浮かべればいいだけだし」

「そんなアバウトな……」

「いいから、ほら、やってみ」


 凪に言われ、しぶしぶではあるが、実践してみる和沙。すると、先ほどの変身とは異なり、こちらはすんなりやってみせた。


「ほら、意外と簡単だったでしょ? そんじゃ、いってみよう!」

「え、ちょっと待って! まだ出したばっかで、維持とかは……」

「そんなもんやってりゃすぐ慣れるわよ。せんせー、準備は?」

「大丈夫よ」


先ほどと同じように、装置には鉄球がセットされており、和佐が引き攣った表情でそれを見ている。


「まずは最低速度から行ってみよう」

「だから待ってって……、うおわ!?」

「こら、避けないの。ちゃんと受け止めないと、壁に穴が空くでしょ」

「んな無茶苦茶な……」

「それじゃあ、次、行くわよ」

「ま、まだ覚悟が……」

「うりゃ」


未だに戸惑いが見られる和佐をその場に留めるように、凪が和佐に抱き着く。


「何やってんだアンタは!?」

「ぐふふ、よいではないか、よいではないか?」

「ちょ、待、身動きが」

「はい次」

「ああああああああああ!!」




二時間後、屋内練習場の隅に、精神的にも肉体的にも精根尽き果てた和佐が転がっていた。


「おーい、生きてる??」


凪がつつくも、返事はない。

ちなみに、指一本動かせなくなる程激しかった……わけではない。

事あるごとに、凪がプレッシャーをかけ続け、精神を非常にすり減らした状態で結界を貼り続けたものだから、通常よりも消耗がはやかったというだけである。


「ま、この辺りは慣れかしらね?。でも、お昼あれだけ食べたのに、一回も吐かなかった事は褒めてあげる」


まるで小さな子をあやすように、和佐の頭を撫で始める。が、それも和佐の満身創痍状態の腕に振り払われる。


「この……鬼畜め……」

「何よぉ?、これは愛の鞭だって何度も言ったじゃない。耳元で囁いてあげたでしょ」

「どこの、世界に、愛と称して、鉄球を飛ばしてくる奴がいるんだよ!?」

「あ、復活した」


何とか体を起こす和佐。腕は小さく震え、足は産まれたての子鹿のようだが、意識は保っていられるようだ。


「あんた、意外と根性あるわね。もう一セット行っとく」

「断る!!」


力強く拒否する和佐を見て、凪が腹を抱えて笑う。どうやら軽いトラウマを植え付けたようだ。和佐の目には、小さく涙が浮かんでいる。


「とりあえず、防御に関してはこれで終わりと言ったところね。後は実戦で試してちょうだい」


言いながら、菫が装置を片付けていた。今日の訓練はこれで終わりなのだろう。


「そうね?。あんまり結界を練習しても、実際に戦う時は避けた方が早い事もあるしね」

「何のための訓練だったんだよ……」

「いざという時に咄嗟に出なくちゃ意味ないでしょ? 次からは、みんなとの連携に入ってもらうからそのつもりでよろしくね?」

「え、個人の戦い方の指導とかは無いの!?」

「あるわけ無いじゃない。私、あんたの武器での戦い方なんて知らないわよ。そこは個人でやってね、って感じ?」


 どうやら、最低限の事だけ教えて、後は放置が彼女の方針のようだ。とはいえ、和佐にもこんな獲物の使い方なんて分からない。


「そういえば、鈴音さんの武器が太刀だったはず。もし、使い方が分からないなら、彼女に聞くといいわ」

「なるほど、鈴音が……、って、えええええ!? あいつ、巫女だったの!?」

「候補生、よ。この街には、あなたたち本隊とは別に候補生がいるの。彼女達も同じような訓練を積んで、後々本隊に合流すると思うわ」

「候補生なんていたのか……。ん? じゃあ、俺はなんでいきなり本隊なんですか?」

「大人の事情と、あなた自身の年齢の都合。今から候補生の訓練を始めて、使い物になる頃にはピークを過ぎているだろうから、イチかバチか投入してみて上手くいけば儲け、みたいな感じよ」

「つまり博打ってことよ!」

「……」


 まさか、自分の扱いがここまで雑だったとは思いも寄らなかったらしい。言葉が出ないのか、口をパクパクとさせている。


「それじゃ、戻るわよ。あ、御装はもう解除していいわよ」


 和佐がある程度動けるまでには回復したので、凪が変身の解除と、この場から撤収するよう促す。未だ開いた口が塞がっていない和沙は、無言でそれに従った。


「お疲れ様です」


 七瀬の澄んだ声が三人を迎える。どうやら、屋外組の四人も今しがた戻ってきたところのようだ。こちらも服装が元に戻っていた。


「そっちはどうだった?」

「散々です。やっぱり、首輪とリードが必要なんでしょうか……」

「犬飼うの?」

「あなたに付けるんですよ」


七瀬は随分と風見に手こずっているようだ。


「あらら……、問題は未だ解決せず、かな」

「そちらはどうでしたか?」


七瀬の言葉に対し、凪がピースサインを作って得意げに言う。


「ばっちり!」

「また無茶したんじゃないでしょうね……」


七瀬の視線が和佐に向く。ある程度回復はしたものの、まだ見てわかる程には疲労が残っている。


「大丈夫よ。いつも通りの内容だしね」

「あれをまたやったんですか……。知りませんよ、新人に逃げられても」

呆れたように溜息を吐く七瀬。その後ろで日向が苦笑いを浮かべている。

「それじゃあ、この後もいつも通りですか?」

「そうね、丁度いいしやっちゃいますか」


やっちゃう、の一言に不安を覚えたのか、和佐の顔が引き攣る。が、その様子を見ていた日向が笑う。


「大丈夫ですよー。今日はもう変な事はしませんから」

「今日は!? 今、今日はって言った!?」

「はいはい、そんな事はどうでもいいから行くわよ」

「ちょっと待って! どこに連れて行く気ですか!?」


 和佐の首根っこを掴んだ凪が、まるで映画に出てくる悪の親玉のような笑みを浮かべる。


「さぁて、どこでしょうね?」

「嫌だ! 俺はもう帰る!!」

「ダメですよ?。これから恒例の儀式をするんですから」

「儀式って何だよ!? 俺を黒魔術の生贄にでもする気か!?」

「黒魔術ってあんた……。曲がりなりにも私達は神道の関係者なんだから、されるんだとしたら供物だと思うわよ。……って、違う違う」


 視界の端からひょっこりと日向が顔を出してくる。


「歓迎会ですよ~」

「かんげいかい?」


 その言葉の意味を一瞬理解出来なかったのは、先ほどの訓練の疲労か、はたまたどこぞに頭でも打ちつけたのか。何にしろ、和沙の頭の中に欠片ほども無かった言葉が出てきたせいで、彼の思考が一時停止を起こしたようだ。間抜けにも、口を開けて呆けている。


「そ、歓迎会。打ち上げみたいなもんよ。ほら、さっさと行くわよ~」


 菫を除いた一行が、和佐を引きずりながら施設を後にする。


「いってらっしゃい」


 菫はそんな楽しそうな一行を無表情で見送っていた。




「やっぱり、おかしいわよね……」


 凪たちが打ち上げに向かった後、一人残っていた菫は自身の端末を、何やら難しげな表情で睨んでいた。

 そこに表示されているのは、先ほど行われていた和沙の訓練中の洸力の出力情報だ。訓練の始め辺りでは、新人にありがちな出力のブレが見られるが、それもほぼ一瞬の事。一度安定すると、それ以降はほぼ一定を保っており、訓練が終了するまで変わっていない。

 初めて、と言うにはあまりにも安定しすぎている。


(やっぱり、過去に経験があるとしか考えようがない。そうだとしても、男性の巫女、というのは聞いたことが無い。本部が隠してた? その可能性は捨てきれない)


 実際、近畿地方に本局を置く祭祀局は一枚岩ではない。純粋に市民の事を考えて行動する者もいれば、利権に取り付かれた者も存在する。祭祀局は全国に支部を置く比較的大きな組織だ。国家の意向も反映した活動を行うが、その裁量は各支部に所属する者次第となる。

 本部や別の支部が和沙の存在を隠していたとしても不思議は無い。何せ、非常に貴重な存在だ。温羅との戦い以外でも、役に立つ事が山ほどある。


「こればかりは本人の記憶が戻らないと、どうしようもないわね……」


 菫の呟きは、彼女以外誰もいない施設に小さく響いていた。




「それでは、皆々様。お忙しい中、お集りいただきありがとうございます。この度は~……、ってこりゃ何の集まりよ!?」

「いきなり言い出したのは先輩ではありませんか」

「あははははは!」

「な、何が面白かったの、お姉ちゃん?」


 歓迎会、と言われて連れ込まれたのは、全国にチェーン店を持つファミレス。

 仰々しく連れていかれるものだから、少しばかり覚悟していた和沙も、拍子抜けしたのか、今は何やらテンションが上がりきっている凪達を眺めながら、ぼんやりとしている。


「どうしたんですか? 主役なんですから、もっと張り切っていきましょうよ」

「何をどう張り切ればいいのかが全く分からないんだけど……。何か、場に酔ってないか?」

「場に酔う、ってどういうことですか?」

「あーいうこと」


 和沙と日向が視線を向けた先には、凪と仍美がドリンクの飲み比べをしている。のだが、どこかその様子がおかしい。凪は七瀬にセクハラをする上司のような絡み方をしており、更に風美は幼児退行して仍美に甘えているような状態だった。


「うわぁ……」

「阿鼻叫喚とはこういうことだな。公共の場なんだから、もう少し弁えてほしいんだけど……、それを止める役目の人物があの状態だからな」

「大変ですよね~」


 完全に他人事のように話す日向。もしかしたら、この事を予想していたのかもしれない。だとするなら、意外と強かな性格をしている。


「ほら~、あんたも飲みなさいよ~」


 ターゲットが和沙に変わったようだ。嫌そうな表情を浮かべるも、凪はそれすらも面白がって絡んでくる。


「今日の主役なんだからさ~、ほら、グイっと、グイっと」

「おい、こら、ちょっと……やめろ!」

「な~によ~、私の飲みかけが嫌だっていうの~」

「そういう意味じゃな……、あぁ、もう。鬱陶しい!!」


 金髪の美少女が絡んでくる、と言えば和沙くらいの年頃の男子なら狂喜乱舞するところなのだろうが、いかんせん絡み方が悪すぎる。

 視線で七瀬に助けを求めるも、彼女はドリンクバーで入れてきたお茶を飲みながら明後日の方向を向いている。確かに、先ほど好き放題絡まれた為、あまり関わりたくないのは分かるが、これ以上は流石に他の人に迷惑が掛かりかねない。


「先輩、そこまでで……。これ以上は店の人や他の客に迷惑が掛かりますから……!」

「大丈夫!」


 何が大丈夫だと言うのか。そう言いたそうな和沙だったが、ふと周りを見て気づいた。他の客がいない。


「貸し切りにしたから!」

「はああああああああ!?」

「多少は融通が利くからね~。私達の財力があればこんなもんよ!」

「普通にパーティ会場とか借りればよかったんじゃないですかね!?」

「そこはほら、私って庶民だし」

「庶民が大手チェーンのファミレスを貸し切りにするかああああああ!!」

「良かったね、七瀬ちゃん。突っ込み役が増えたよ。あ、これ、おいしいね」

「良い素材を使ってるんじゃないですか? あ、なかなかおいしいですね。あと、私は別に突っ込み役なんて役職に就いた覚えはありませんよ、日向」


 凪のチョークスリーパーをまともに受けている和沙を眺めながら、七瀬と日向はやってきた料理を突きながら眺めている。


「でも、和沙先輩って、訓練ですごく疲れてるはずなのに、意外と体力あるんだね」

「凪先輩一人だけならまだ大丈夫でしょうけど……。あ、風美ちゃんが……」

「うわぁ、頭から突っ込んだね。凪先輩は無駄に頑丈だからいいけど、和佐先輩大丈夫かな」

「ちょっとそこぉ! 無駄に頑丈ってどういう意味よ!?」

「あ、ヤバイ……」

「日向……」


 ターゲットが移った。七瀬と日向がなんとか回避しようとするも、今日の凪を止められる者は誰もいない。解放された和沙がとりあえずその場から逃げ出そうと席を立とうとする。が、誰かに服を掴まれて外に出られない。


「ね~ね~、これ飲んでみて~」

「んげっ!」


 服を掴んでいるのは風美だった。が、そんな事はどうでもいい、問題は彼女が持っている物だ。


「なんだ、その真っ赤な飲み物は!?」


 赤い。シンプルに言えばそれだけだが、一見すると液体とは思えないほど色彩が強い。

 意外と力が強く、上手く風美を引きはがせないので、仍美に助けを求めようとするが……。


「きゅ~……」


 どうやら既に轟沈していたようだ。


「って、やっぱりその液体ヤバイ奴じゃないか!?」

「大丈夫、大丈夫~。ちょっとピリッと来て、ズンってきて、ごぱぁってなるだけだから」

「最後の効果音の詳細が聞きたいんだけど……。いや、違う。それの効力を知りたいんじゃない。言葉の意味を……って、近づけるなぁ!!」


 真っ赤な液体が入ったジョッキを持ちながら迫る風美から、何とか逃げようとするも、端に追いつめられる。


「やめろ、やめろおおおおおお!!」

「良いではないか~、良いではないか~」


 口の中に強引に流し込まれた液体。それの衝撃のせいか否か、和佐は風美の満面の笑みを最後に意識を失った。




「大変でしたね、兄さん……」

「もうやだ、あいつらと二度と食事なんていかない……」




 後日、流石にやりすぎたのか、菫にこっぴどく叱責を受ける凪が和沙に泣きついたのは別の話。

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