第10話 初戦闘 後
「すみません! 遅くなっちゃいました!」
該当のポイント、先ほどの路地よりもかなり広い道路に来た和佐達。先に来ていた三人が戦っていたのは、和佐達が倒した小型よりも一回りどころか、何体か集合して合体したのではないかと思うほどの大きさだ。例によって、ドス黒い外殻と、所々走っている赤と青の線が禍々しい。
「来た、メインアタッカー来た!」
「?? 何言ってるんですか?」
「日向、気にしないで下さい。凪先輩がおかしいのはいつもの事です」
「ぬぁんですってぇ!?」
応援を呼んだ割には随分と元気そうだ。とはいえ、苦戦しているのは確かなようで、今もチームワークを利用して攻撃を仕掛けるが、有効打どころか、中型に攻撃が辿り着きすらしなかった。
「七瀬ちゃん、どんな感じ?」
日向が、今しがた攻撃を防がれた七瀬に状況を尋ねる。七瀬は、苦々しい表情を浮かべながら弓の弦を引く。
「硬いです。少なくとも、風見さんの攻撃は通りませんし、私の攻撃も有効打には至ってません」
「しかも何あのビーム! 遠距離攻撃するくせに、硬いってズルくない!?」
「タンクが魔法アタッカー兼任してるようなものですね。AOEまで持ってるのは流石にチートを疑います」
「私、たまに七瀬ちゃんが何言ってるのか分かんない」
何かの専門用語だろうか。日向が首を傾げるのを見て、七瀬が少し恥ずかしそうに咳払いをする。
「凪先輩のアレじゃダメなんですか?」
「ムリムリ。そもそもアレは至近距離まで寄らなきゃダメだし、機動力が無い私があいつ相手に近づけると思う? あ、太ってるって自虐ネタじゃないわよ?」
「言わなきゃ気付かなったのに……」
「しまったあああああ!!」
コントのようなやり取りを交わしながらも、敵の攻撃を時に躱し、時に防ぎ、そして隙あらば攻撃を加えるその姿勢は流石と言うべきか。
しかしながら、やはり攻撃が通らない。当たってはいるのだが、効いている素振りが無い。
「火力不足かぁ……」
「どうしましょうか? このままですとジリ貧になりますけど」
「私は突破力は無いからなぁ……。機動力と火力かぁ……」
チラリ、とその目がある人物を捉える。和佐だ。流石に手を出すのは危険だと思っているのか、戦闘範囲圏外から中型を見つめている。
「一か八か、ね……。和佐!」
「ん? え? 何ですか?」
蚊帳の外にいるつもりだったのか、唐突に呼ばれて驚く和佐。手招きされているのを見て、中型の先頭範囲圏内に入らないように慎重に凪に近づく。
「あんた、小型を外殻とか弱点無視して叩き潰したそうじゃない」
「斬ったんです! 確かに、強引ではありましたが、潰してはないです!」
「そんな事はどうでもいいの。あれの外殻、突破出来る?」
「どうでもいいって……、まぁいいか。踏み込みがしっかり出来て、上段から振り下ろしたら多少のダメージは見込めると思いますけど……」
「よぉし、突っ込みなさい!」
「はぁ!?」
無茶苦茶だ。只でさえ今日が初戦闘の和佐に、このビームの雨の中を突っ切れと言うのだ、この隊長様は。
「いやいやいやいやいや! あんなん躱し切れるわけないでしょうが!!」
「ふっふーん、そこは身持ちが鋼の如く硬い私の出番よ。あんたを途中まで無傷で送り出してあげる」
「途中まで!?」
凪がウインクをして、さも自信ありげに言うが、一部のフレーズに不穏なモノを感じる。
「至近距離まで接近すると、集中攻撃受けるからね。ビーム自体は防げても、威力で押し返されるのよ。だから途中まで」
「その後は……?」
「気合いで避けなさい! 女は度胸! よ」
「男ですが!? どこからどう見ても男なんですけど!?」
「髪の毛長いし、背高くないし、女みたいな顔立ちしてるしイケルイケル」
バシン、と大きな音が鳴るほど、凪が和佐の背中を叩く。気合い注入のつもりなのだろうか。強く叩き過ぎたのだろう、痛みを逃すように、空中で手をヒラヒラとさせている。
「突っ込む時も、出来る限りの援護はするから、安心して行ってきなさい!」
「安心出来ない……。水窪さぁん……!」
「分かってますよ……。あと、さん付けは不要です。気持ち悪いです」
辛辣ではあるが、この場合、彼女以上に頼りになる存在はいない。
「それじゃ、準備しなさい。七瀬、端末越しに合図を出すから、その瞬間にアイツに矢の雨をお見舞いしてやって!」
「承知しました!」
相変わらず、こちらの攻めの手は緩まない。が、それ以上に返ってくる反撃が激しすぎる。
「じゃ、行くわよ」
「ええい、どうにでもなれ!」
「それじゃあ、遠慮なく!」
その返答を肯定と取ったのか、大盾を前に掲げながら中型に向かって走る。その後にピッタリとくっ付いて行く和佐。
当然、敵が接近を許すはずもなく、散発的だった攻撃が、一気に二人に集中する。攻撃の密度をずらす為、一直線ではなく、右に、左に、とずらして突っ込んでいく。
そうやって、ちょうど中間地点辺りまで来るが、流石に動くこと自体が難しくなり、その場で留まる事しかできなくなる。しかし、本番はこれからだ。
「七瀬、準備、は!?」
『いつでも行けます』
「よし! 和佐、三つ数えるから、それで飛び出しなさい!」
「了解!」
真正面からビームを受け続けている盾を、少し横にずらす。
「一……」
すると、ビームが若干それ、凪の負担が軽くなる。
「二……」
だが、敵の動きもそれに対応し、すぐさま再度中心に攻撃が集中するようにビームの照準をずらした。
「三!!」
まるで、それを待っていたかのように、先ほどとは真逆へ盾を向けた。そうすると、中心へと照準を合わせなおしているビームが、盾に沿って流れていく。
この瞬間、盾を向けた反対側に攻撃は来ない。全攻撃がその真逆に流されているからだ。
「っ!!」
凪の声に合わせ、彼女の後ろから和沙が勢いよく飛び出す。それに合わせて、敵に襲いかかる無数の矢。七瀬の攻撃のおかげで、中型の意識が一瞬、後方へと逸れる。
「今だ、行けぇ!!」
凪の声が和佐の背中を後押しする。中型の意識が後衛に逸れた今しか好機は無い。そう考えた和佐は、足のバネをフルに生かし、一気に距離を詰める。
「しまっ!?」
しかし、もうあと数歩というところで、唐突に目の前に現れた魔法陣のようなビームの発射口。その照準は的確に、和佐の頭を狙っていた。
刹那、発射口が輝き、和佐の頭に向かってビームが放たれるが、すんでのところで体を大きく反らしてそれを避けた。
「胴体を狙いな、間抜けぇ!!」
叫びながら、その体勢でもう一歩大きく踏み出すと、体がまだ反っていることを利用し、遠心力を刀に乗せながら、力の限り振り下ろした。
おおよそ刀で斬ったとは思えない轟音が鳴り響く。手応えは、あった。その事実を証明するかのように、砂埃の向こう側に、半身が大きく縦に切り裂かれた温羅の姿が見えた。切り裂かれたところからは、赤と青の入り混じった球状の何かが見える。
「炉心露出! 今よ!!」
凪の号令に合わせて、七瀬の射った矢と、風見の二丁拳銃から放たれた弾丸が、一斉に炉心へと襲いかかる。
だが、温羅も黙ってやられる気はないのか、次々にビームを撃ち出し、応戦してくる。
更に……
「まずいわね……」
凪の呟きは、和佐によって作られた傷跡に向けられている。決死の突撃によって作られたその傷が、徐々に再生していく。恐らく、完全に回復するまでそう時間は掛かるまい。
「仕方ない!」
盾を構えると、再び凪が前に出て接近しようと試みるが、最早近づける気など毛頭無いのか、ここに来て、一層敵の攻撃が激しくなる。
七瀬も自分に降りかかってくる攻撃を躱しながら矢を射っている為、どうしても手数が落ちる。それは風見も同じだ。
仍美が背後に回れないか試行錯誤しているが、こちらも撃たれる攻撃は妙に正確で、満足に動けていない。日向に至っては、その戦闘スタイルを考えればどうしようもない。
「凪先輩!」
見れば、先程付けた傷の六割程が既に再生していた。炉心など、半分以上が隠れてしまっている。
「七瀬! あの亀裂、もっと広げられない!?」
「溜めればなんとか……。けど、今は無理です!」
集中砲火を受けている状態では、チャージに時間が掛かる攻撃が出来ない。
「ええい、仕方がない! 今、そっちに行くから……」
凪が七瀬のチャージ時間を稼ぐ為に、彼女の盾になろうとした時だった。
「まだ……開いてろぉ!!」
今までどこにいたのか。和佐が温羅の上空に現れ、落下の勢いを利用して刀を亀裂に突き立てる。
余程深く刺さったのか、刀身の半分が温羅の中に埋まる。だが、それだけでは、動きを止める事など出来ない。
「■■■■ーーー」
苦悶の声だろうか。謎の音を発しながらも、温羅は和佐にビームの発射口、その全砲門を向けた。
「そうだ……、こっちを、見ろ!!」
だが、これこそが和佐の狙い。
温羅の砲門全てが和佐に向かって灼熱の閃光を放つ。しかし、点に対する攻撃だった為か、その場から全力で飛び退く事で攻撃を避けた。
それでも、無理な体勢だったせいか、空中でバランスを崩し、着地に失敗する。失敗するも、全力で叫んだ。
「大須賀ぁ!!」
砲門は全て和佐に向いている。この機会を逃す程、彼女達は甘くなかった。
いつの間にか、温羅の傍まで接近していた日向が棍を振りかぶる。その狙いの先は、和佐が深々と突き刺した長刀の柄。
「おっ任せぇ!!」
フルスイング。柄を正確に狙う事で、亀裂を更に大きく裂く事に成功する。
温羅が体勢を崩す。が、和佐に向けられた砲門はそのままだ。和佐が発射直前の砲門に向けて結界を展開……しようとした。
「残念!!」
温羅の側面を襲う無数の銃弾。ダメージなど殆ど無いが、気を引くには十分だった。意識が風見を向いたその一瞬、回り込んで来ていた仍美が、和佐を抱き抱えて一気に凪達の元へと離脱する。
「あんたねぇ、無茶し過ぎなのよ!」
戻った和佐を迎えたのは凪の叱責。だが、怒りの表情は一瞬で、直ぐさま親指を立て、ニヤリと不敵に笑った。
「けど、ナイスよ。良くやったわ」
「チャージ完了です」
凪の横で構えた七瀬が、静かに告げる。彼女が弓に番えている矢には、青い光が宿っている。
「よし、風見!」
「はーい!」
温羅の気を引く為に、撃ち続けていた風美が攻撃はそのままに、和佐達の方へと向かってくる。それと同時に、こちらに向かうようにして、先ほど大きくなった亀裂が向きを変え、その奥にある炉心が露出する。
「頼んだわよ、七瀬」
「お任せを」
七瀬は集中力を高める為に息を止め、狙いを定める。限界まで引き絞られた弦がキリキリと音を立て、光を纏った矢が今か今かと脈動しているように錯覚する。
時間にして五秒も立たず。真っ直ぐに目標を定めた七瀬の指が、今、矢を離した。
放たれた矢は一寸の狂いもなく直線に、目指す目標へと飛んでいき……、そして……
炉心を、貫いた。
「■■■■■■!!」
まるで天にも届こうかと言うほど、大きな断末魔を上げた温羅は、穿たれた炉心からゆっくりと砂に変わっていく。砂へと変わる現象は、炉心から炉心を覆っていた外殻へと移っていった。
あれだけ苦戦した中型の温羅だったが、倒してしまえばあっけないもの。炉心さえ破壊されてしまえば、十秒ほどで砂に変わってしまった。
「兄さん!!」
対策班班長の元へと戻ってきた和沙達を一番最初に迎えたのは、兄を呼ぶ妹の声だった。
鈴音が、何よりも先に和沙の元へと駆けてくる。その表情は、心配で心配で堪らない、とでも言いたげなものだ。
「大丈夫でしたか?」
「ちょっと左手を捻った程度だよ」
妹を安心させるために手を軽く振ってみるも、その手を掴まれてしまう。
「そういう安易な考えが重大な事故に繋がるんです。治療はちゃんとしないといけません」
「だ、大丈夫だよ。それに、まだ終わってないし」
「そうそう、あんたにはこれからお説教のフルコースが待ってるわ」
「げ」
満面の笑みを浮かべた凪が、和佐の肩を叩く。口元は笑っているのだが、目が笑っていない為、非常に怖い。
「あれだけヒット&アウェイで行けって言ったのに、あんなにへばりついて……。何で私が一撃離脱戦法に徹しさせたか分かってんの?」
「でもほら、中型は倒したんだし、結果オーライってことで……」
「中型だけじゃない。小型にも似たような事やったらしいわね。しかも、また下がるのを忘れてたとか」
「んな!?」
口止めしたはずだ、と和沙が日向を見る。が、日向は自分ではないと首を横に振るだけだ。日向ではないとすると、一体誰が……。
「あんたの様子を見てたのは日向だけじゃないわよ」
日向だけじゃない、とすると……。
「まさか……、引佐妹!!」
首を勢いよく仍美の方へと向ける。当の本人は、困った表情をしながら笑うばかり。
「日向さんが、”私は”って言いましたよね? そういうことです」
「こんなところに伏兵が……」
「さぁて、ペナルティはどうしようかしらねぇ」
もはや恒例となった凪の意地の悪い笑み。和沙の知る中で、これほどまでに悪役のような笑い方が似合う人間は他にいない。それほどまでに、良く似合っていた。
「それにしても、今回の敵ってちょっと変でしたよね?」
何故か凪が和佐にコブラツイストを仕掛けている傍で、仍美が恐らくずっと思っていたであろう疑問を口にする。
「確かに。あそこまで厄介な中型は見たことありませんね。普段なら、もっとあっさり倒せるはずなんですが」
「固いし、ビームいっぱい撃ってくるしで凄かったよね」
「あたしの銃、あんまり効かなかった?」
「お姉ちゃんと私は、一撃が軽いからね」
各々が今回の相手に対する印象を吐露する。ほとんど無傷に終わったとはいえ、ああも苦戦する相手が次から次へと来られると流石に辛いのだろう。
「そのことなんだけど、今回の戦いで大きな課題が見つかったから、まずはそれの解決が先かな」
和佐に関節技を決めながら、凪が口を開く。鈴音の目が厳しいので、先程捻ったと言っていた左手には一切触れていない。
「課題、ですか……?」
「ズバリ、火力の増強よ!」
ビシリ、と擬音が鳴りそうなほど勢いよく指を指す。……別に何も無い虚空に、だが。
「今回、戦ってみて分かったけど、私たちには絶望的に火力が無い。正直、和佐がいなかったら、私がヤバイ橋を渡らなくちゃいけなかったし」
「やっぱり結果オーライだ!」
「それとこれとは話が別よ」
「ぐえぇ……」
チョークスリーパーを極められて苦しそうに呻く。凪の豊満な胸が当たり、普通の思春期男子なら羨ましがられるシチュエーションだが、本人にそんな余裕は無いらしい。
「これからの課題は、火力不足の解消! 一先ずはそれがなによりも優先すべき課題よ」
「ですが、武器種別的に難しくありませんか? 日向ちゃんの棍や和佐君の刀はともかく、風見さんや仍美さんは難しいと思います」
「そこはほら、考え方の違いよ。その武器単体でダメージを出すのが難しいなら、他と組み合わせればいい。例えば、さっき和佐と日向がやったみたいな合体技とかね」
恐らくは、亀裂を拡張したあのコンビネーションの事を言っているのだろう。少なくとも、技と呼べるものではなかったが、確かに的は射ている。
「合体技! カッコいいですね!」
「私も! 必殺技が欲しい!」
「必殺技とはまた違うかなぁ……」
威勢はいいが、微妙に勘違いをしている風見に溜息を吐く凪。
「あの、すみません……」
「ん? どしたの、仍美」
おずおずといちゃ様子で、仍美が凪の腕辺りを指差す。
「和佐先輩、息してます?」
「へ?」
気付いた時には時すでに遅し。極まっていた凪のチョークスリーパーは、いつの間にか和佐の意識を綺麗に持って行っていた。
「あら、やり過ぎたかしら。軟弱よのぉ、これじゃ世界は取れないぞぉ」
「そんな無駄に冷静に何を言ってるんですか! と、とにかく意識をなんとか……」
「あぁ、いえ、そのままで大丈夫です」
「へ?」
何故か冷静に仍美が蘇生しようとするのを止めた鈴音。兄が気絶しているというのに、何故ここまで落ち着いていられるのか。
「……起きてると、ロクに治療も受けずに放置しちゃいそうですから。寝かしておいた方が楽なんです」
鈴音が、念のために来ていた救急隊員に、和佐を運んでもらう。
「それでは、私はこれで失礼します。皆さまもお気をつけて帰られるよう」
そう言って、いつの間にか停まっていた黒塗りの車に乗る。これまたいつの間に現れたのか、初老の男性が車のドアを閉め、残った凪達に一礼すると、運転席に乗り込んで出発してしまった。
「……心配してたり、扱いが酷かったり、あの子も大概分からないわよねぇ……」
「でもまぁ、心配しているのは確かだとは思いますよ? ……どういう形で、かは分かりませんが」
既に小さくなった鈴音が乗り込んでいる車に向かって呟いた。
「強く生きろ、少年」
「先輩、和佐君の乗った救急車は向こうです」
「……てへ」
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