第11話 その意識はいずこ? 前

 火花が走る。正面から鋭い刃を受けてもなお揺るがないその大盾の持ち主は、攻撃を逸らされた勢いで崩れた体勢を見逃さない。


「もらいっ! ……ありゃ?」


 が、見逃さないのと当たらないのは別。敵を押しつぶそうと楕円形の盾が覆いかぶさったが、圧殺したのは空気だけだった。

 一転攻勢、先ほど攻撃を捌かれたが、今度こそはとでも言いたげに、またもや同じ角度から全く同じ攻撃が襲い掛かる。


「悪いけど、そうはいかない!」


 その攻撃を防ぎ、返す刀で敵を叩き切る。攻撃直後の膨大な隙は、彼にとって恰好の的だった。

 頭の頂点から真下まで、縦に両断された小型の温羅が霧散し消えていくまで、和沙はその様子を見守る。曰く、倒したと思って背中を向けたらグッサリやられたと、とある先輩の経験談と注意を聞いたからだ。

 ……まぁ、当の先輩はというと、自身でそう言っておきながら、攻撃を外した事にいじけ、現在は和沙の目の前で地面にのの字を書いているわけだが。


「私の獲物をとられた~……」

「はぁ……。そう言うならきっちり攻撃を当ててくださいよ……」

「あんなに早く動かれたら当たるわけないじゃないのぉ!!」

「防御はこれ以上無いってくらい完璧なんだけどなぁ……」

「私、身持ちの硬い女ですから!」


 相も変わらず清々しい笑顔と、綺麗なサムズアップを見せてくれる凪。




 現在の状況はというと、前回の戦闘から約二週間、主に攻撃に重点を置いた訓練を行っていた和沙達。次の襲撃はまだ先だと高を括っていたが、意外と早く温羅が襲来。現在はそれの対応中、ということだ。

 しかしながら、まだ先の話だと思っていた一同にとって、この襲撃は完全に予想外のものであった。連携等もまだ甘く、当然、火力アップなどまだまだの状態で、今回の襲撃に臨んでいる。


「むぅ……、小型が多くてやりづらいったらないわね」

「狭い路地に入られると、武器の関係上振り回すのが難しいですからね。……ってか、なんで俺と先輩がペアなんですか?」

「何よ、私とのランデブーじゃ不満だっての!?」

「あぁもう、めんどくさい……。水窪にでも押し付ければよかった……」


 ウンザリとした表情で歩を進める和沙。小型の温羅が複数入り込んだと思われる、小さな路地を一つ一つ確認していく。


「何言ってんの、こないだの戦闘であんだけ私達の言ったことをぶっちぎってくれたんだから、私自らが監視するのは当然の事じゃない。相っ変わらず、言ったことやんないし」

「うぐ……」


 この二週間ほどの間も、以前と同様にヒット&アウェイを心掛けた戦法を取るように凪だけではなく、菫からも何度も言われているにも関わらず、インファイトを行う事が多い。相手次第では仕方が無いのかもしれないが、先ほどの小型に対しても同じことをする辺り、これはもう癖と言った方がいいのかもしれない。


「まぁ、怪我さえしなければ、私だってそこまでクドく言う気は無いのよ? けど、実質あんたの火力は、普段簡易的に出す場合は、ウチの中じゃあトップクラスなんだから、そう簡単に離脱させるわけにはいかないの。分かってる?」

「……分かってますよ。出来る限り、一度目の攻撃後には、前に踏み込まないように頑張ってますよ。ただ、な~んか上手くいかないっていうか、なんていうか……」

「分かってるならいいわ。さっさと残りのやつを狩りつくすわよ」

「りょーかい」


 普段はおどけている事が多い凪だが、ふとした拍子にこういった顔を見せる事がある。こういうところがあるからこそ、上の人間や隊の仲間たちに信頼されているのだろう。普段アレだが。


「こっちはいないわね」

「こっちも右に同じ」


 小さな路地をいくつか確認する。夜という事もあり、灯りがまともに点いていない路地の中は闇そのものだが、少なくとも温羅の気配も姿も見当たらない。しかし、観測された数と倒した数が合わない為、どこかにいる事は確かだ。


「路地から出たのかもしれないわね。そうなると、みんなと合流かぁ」

「観測者に連絡してみます? もしかしたらどこにいるか分かるかも」

「電力馬鹿みたい食うから、あんまり使わせるな、って言われてるからなぁ……。まぁでも、万が一外に抜けてたら事だし、連絡してみるか」


 凪が懐から端末を取り出し、操作する。すぐに、現場周辺の観測を担当している観測者に繋がった。


『はい、こちら観測担当官です』

「あ、悪いわね。ちょっと頼みたい事があるんだけど」

『はぁ……、その周辺の温羅ですよね。ちょっと待ってください』

「いやぁ、話が早くて助かるわ。お願いねぇ」

「……」

「何よ」


 おそらく、担当者が通信の向こう側で温羅の観測を行っているのだろう。電子音が端末越しに聞こえる中、和佐が凪を訝し気な目で見ていた。


「いや、今の言い方から、もしかして毎回観測をやり直してもらってるんじゃないかと」

「失敬な。毎回じゃないわよ、二回に一回……は言い過ぎか、三回に二回くらいの割合よ!」

「それ結構な頻度ですよね!?」

「仕方ないじゃない。目がいいわけじゃないから、目視じゃ限界があるのよ。今だってほら、見失ってるでしょ?」

「だからって見失ったことを誇らしげに言うか……」

『見つかりました』


 凪が唇を尖らせ、いじけ始めたくらいで観測担当者からの返事が返ってきた。


『そこから結構離れていますね……。こちら側に向かっているのではないようですが、だからと言って、他のみなさんが対応している中型と合流しようとしているわけでもないようです』

「ん? どういうことですか?」

「……ふむ、もしかしたら、こっちをハメようとしてるのかもしれないわね」

「ハメる? 罠に、ってことですか?」

「そゆこと。逃げた小型を追跡するから、引き続き観測を続けて、何か変な動きがあったら知らせて」

『分かりました』


 通信が切れる。切れた後に表示された画面を見ると、和佐達が今いる場所から少し離れた場所に赤い点が複数点滅している。それが和沙達が追っている小型の温羅だろう。動いていないところを見るに、待ち構えているようだ。


「さて、さっさと片づけて、みんなと合流するわよ」

「はいはい」


 軽い返事を返しながら、走りだした凪の後ろについていく。

 いくつかの狭い路地を抜け、怪しいネオンが輝く階段の横を通り、少し広めの路地に出る。小型の温羅がいる場所の目と鼻の先だ。端末を見ると、赤い点は動いておらず、息を潜めて待ち構えているのか、微動だにしない。


「あんたは左ね、私は右」

「二人同時に行くには狭いと思うんですけど……」

「なら、和佐が先に行きなさい。私は右からの攻撃に対応するから、その間にパパっとやっちゃいなさい」

「了解」


 刀を構える。目標は十五メートル程先にある看板の裏。おそらく、周り込めば温羅の姿をばっちりと視界に捉えられるだろうが、邪魔が入る可能性も考慮すると、それは悪手だろう。


「よし、行きます」


 足に力を込め、一気に踏み込むと同時に、看板ごと、その裏に隠れていた温羅を両断する。


「――――――」


 もはや断末魔を上げる間も無く塵になっていく。先ほど凪に言われた為か、一度その場で止まって、隠れているもう一体を警戒するが、いきなり出てくるような事はない。


「なら……!」


 やることは同じだ。踏み込み、叩き切る。路地から見ると、死角になっている壁の凹み、そこに急接近し、隠れていた温羅目掛けて袈裟斬りにする。が、向こうも和沙の姿を見るや否や、いきなり飛び掛かってきた。


「うわ!?」


 刀の根本で殴るような形になり、上手くダメージが入らなかった温羅は、そのまま和沙と凪を一瞥もせずに走っていく。


「逃げた!?」

「馬鹿、何してんの! さっさと追いかけるわよ!」


 いつの間に倒していたのか、凪の足元には霧散仕掛けている温羅の骸が転がっている。出遅れた和沙の代わりに、凪が先ほどの温羅を後を追う。それに追従するようにして、和佐も後を追う。

 既に温羅の姿は見えない。しかし、この辺りはそこまで横道が多いわけではない。逃げる事に集中するのであれば、派手な動きが制限される狭い路地は避けるだろう。

 先ほど観測担当者が温羅を観測する際、ついでにマーカーを付けてくれたおかげで、追うこと自体は難しくはない。が、問題は奴が何を目的として逃げているのかで、それ如何では、こちらが退却することもあり得る。

 仍美ほどではないものの、盾さえ構えなければ、凪自身もかなり機動力がある方だ。端末に表示されている赤点に近づいている。温羅自体も、何かおかしな行動を取る素振りは無い。しかし、警戒するに越したことはない。そう考えながら、和佐は凪の後ろをついていく。


「よし、見つけた!」


 更に二、三分程走ったところで、ようやく温羅の姿を肉眼で捉えられた。そのまま一気に距離を詰めようとする凪。


「っ!?」


 だったが、和佐が何かに気づき、彼女の腕を力一杯引っ張り、静止させる。


「ちょっと! 何するのよ!?」


 当然、振り返った凪の顔には、困惑半分、怒り半分といった表情で和沙に至極最もな抗議を行う。が、和佐の目は彼女を見ていない。


「何? どうしたのよ……」


 凪のその言葉に返答は無い。代わりに、和佐の指が何もないはずの虚空を指している。訳が分からない、と言いたげに凪はその指の先を見るが、彼女には何も見えていない。

 いや、正確には和沙にもほとんど見えていなかった。ただ、自身の直感が危険だと語りかけたから静止したまで。まさか、本当に何かあるとは思っていなかったのだから。

 和佐の指が虚空に触れる。見た目ではそこに何かあるようには思えない。だが、その指が何かに引っかかった瞬間、凪の顔が青ざめる。


「糸……?」

「極細の、それこそ一般人なら首が落ちているレベルの強度」


 そこに張ってあったのは糸である。それも、肉眼ではほぼ見えないレベルのもの。更に言うと、和佐が今口にしたように、それほどの細さでありながら、普通の人ならば簡単に首が落ちるレベルの鋭さと耐久性を持っている。

 例えるなら、蜘蛛の糸の細さのピアノ線、と言ったところか。


「誘い出された、ってこと?」

「多分。最初っからあそこで決める気なんか無かったんじゃないか」


 その言葉を肯定するかのように、路地の先で和沙達を凝視しながら立ち止まっている温羅。おそらく、あの時和沙に襲い掛かったのも、誘い出す為の布石であって、本気で攻撃してきたわけではないのだろう。


「温羅が罠を張った……? いえ、戦術を使ってるって言うの!?」

「その可能性は否定できませんね……。事実、こっちは罠に嵌められかけ……、いや、嵌められたんですから」

「何言ってんの、糸は回避して……、ひっ!?」


 和沙の視線の先、そこには先ほどの立ち止まった温羅と、いつの間にかその上に覆いかぶさるようにして、中型の温羅が姿を現れていた。それも、今までのような異形の姿ではなく、まるで蜘蛛のような外見をしている。


「糸を使って罠を張った、ってところからもしかしたら、って思ったけど、やっぱそうだよな……。先輩、とりあえず、ここは一旦退いて……、先輩?」

「む、む、む、む、む、む、む、む……」

「む?」

「虫はいやあああああああ!!」

「はぁ?」


 予想外の方向から予想外の反応が返ってきた。確かに、あれも形だけなら虫なのだから、間違ってはいないのだが……。


「無理、ほんと無理! 虫だけは本当に無理なの!!」

「ええぇぇぇ……。あんたそういうキャラなの? どっちかっていうとあれだろ? 虫が苦手なら虫を食べればいい、とか言う人種じゃないの?」

「馬鹿じゃないの!! 虫なんか食べられるわけないじゃない!! あんな、足がいっぱいあって、黒光りして、ちょこまかちょこまか動くやつなんかもおおおおおおお!! 無理!!!」

「何をどう嫌っているのかよく分かったよ……。とりあえず、下がりましょ? ここでまともにやったら、やっこさんの思い通りですよ」

「よし逃げよう、今逃げよう、すぐ逃げよう!」


 幸か不幸か、蜘蛛型の温羅はどうやら問答無用でこちらを襲い掛かるような事はしないらしい。もしかすると、罠や奇襲に長けているが、正面からの戦闘は苦手なのかもしれない。そう考えると、わざわざ小型を使って和沙達を誘い出した理由も分かるというもの。

 先ほど通ってきた道を引き返す和沙達。後ろからあの温羅は追いかけてこない。小型も来ないところを見るに、あの中型のサポート役なのかもしれない。


「あ、あ~、観測担当者、聞こえますか?」

『はい、こちらは観測担当です』


 先ほどの蜘蛛型温羅を目にしてから、完全に戦意喪失している凪を尻目に、和佐は観測担当に連絡を取っていた。


「想定外の事態が発生しました。報告を受けていた小型十三、中型一に加え、中型がもう一体いる模様です」

『もう一体……? 最初の観測では中型は一体しか観測されなったはずですが……』

「あれを小型だと仮定しても、数が合わない。……少し気になったのが、該当の中型温羅が小型の温羅と連携をとっていました」

『連携!? それは、突発的な行動、ということですか? それとも……』

「戦術的な意味です。中型が張った罠にこちらが誘導されました。おそらく、個別に知性があるんだと思います。それを踏まえると、観測に引っかからない何らかの能力を備えている可能性も……」

『無きにしも非ず、ですね。温羅の生態は、二百年研究を続けていても分からない事が大多数、との事です。そういった能力を持った温羅が現れてもおかしくはありません。……仕方がありません、中型が出てきた以上、あなたと凪さんの二人での討伐は困難です。一度下がって、皆さんと合流してくだ……』


 不意に、通信にノイズが走る。大きな破裂音のようなものが鳴った後、通信が完全に切れ、更に電波も圏外になっていた。


「これはマズイかもなぁ……」


 未だに蹲っていじけている凪を横目に、和沙は小さく呟いた。

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